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百貨店は「殺される」のではなく「自死」しているだけ

 誰が百貨店を殺すのか
閉店続き、市場規模36年ぶり6兆円割れ
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/072400684/

この記事が日経ビジネスオンラインに掲載された。
オンラインはダイジェスト版で、こちらは誌面に掲載されたそのままである。

タイトルのつけ方は何とかの一つ覚えとしか言いようがなく実態を反映していないといえる。アパレルは「殺された」側面があるが、百貨店は記事中にもあるように、小売りの王様だった60年代・70年代にその優越性から、納入メーカーにリスクを押し付け、今に至るわけだから「殺された」というのは当てはまらず、「自死した」というべきであろう。

この記事は全般的によく考察されていると思うが、百貨店の売上高低下についての根本的な部分を見逃しているように感じる。
貧富の格差が拡大して、高額な百貨店衣料品を買えなくなった人が増えたということは前提にあるにしても、ファッション衣料と日常衣料が限りなく近接したことによって、「百貨店で服を買う」ことの意味が薄れていることを認識した書き方ではないと感じる。

例えば、記事中では

60年代は「百貨店で既製服を買う、という行為が時代の最先端だった」と、アパレルの歴史に詳しいウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッションの尾原蓉子会長は指摘する。ファッションも今とは全く異質の輝きを放っていたのだが、百貨店はアパレル業界との「なれ合い」の中で、いつしかその輝きを失ったのだ。

とあるが、この認識は書き手も尾原氏も甘いのではないか。

60年代までは既製服そのものがほとんどなかった時代で、多くの場合は家庭で縫われていた。
当方の母親も70年代はまだ洋裁というものをやっていて、自分で洋服を縫っていた。
当時の雑誌には型紙が付録として付けられていた。

存在しなかった商品が供給されたのだから、消費者がそれに飛びつくのは当たり前で、初期のビデオデッキや初期の液晶テレビ、初期のiPhoneなどが飛ぶように売れたのと同じ理由だ。

また、初期商品が高額だということも家電製品や自動車と変わらない。
当然、60年代の既製服はそれなりに高額で、低価格衣料品は生まれていなかった。どうしても節約したい人は70年代が終わるころまでは、当方の母親のように自宅で縫っていた。

「百貨店で買うことが時代の最先端だった」のではなく、これまでに存在しなかった商品が百貨店に大量供給されたから、百貨店へ買いに行っただけのことである。
たしかに最先端だった部分はあるだろう。それ以外の商業施設がほとんどなかったのだから。
ここを記者も尾原氏も事実誤認しているのではないか。

一方、かつての百貨店は「大衆に受けそう」なものなら何でも飛びついて、導入するのが早かった。
昔、にぎわった大食堂も屋上の遊園地もその一例だろう。
これは記事が指摘する通りである。
それがいつの間にか過度な名門意識を持ち始め、プライドだけが高いガチガチの保守組織に変貌してしまった。

実際に百貨店での催事で売り場に立っていると、意味のない名門意識を持ち、プライドだけがやたら高く、保守意識で固まった社員が数多くいることを身をもって体験できる。
あんな社員ばかりなら、そりゃ業績が低迷しても仕方がない。

マスコミの多くは百貨店について割合に同情的な報道が多い。
例えば、この記事の「殺された」という表現にしてもそうだ。
逆に百貨店で買い物をしない(できない)人は年々増えており、今の20代・10代の多くは百貨店に行ったことさえない。
30代・40代にしても百貨店に行かなくなった人は多いのではないか。

当方は47歳にしてカネなしなので、百貨店で買い物をすることは10年位前からなくなった。
2007年ごろから百貨店で洋服は買っていない。

しかし、大手メディアにいる社員の多くは、いまだに百貨店で服を買っている。
彼らの収入の良さがうかがいしれるが、この格差が、百貨店報道のピントをズレさせているのではないかと思う。
大手メディアは二言目には「民意」とか「国民の声」とか「庶民感覚」いうが、それらからもっとも乖離した場所にいるのが大手メディアの社員である。

当方がやり取りしている経済誌の30代・20代の記者だっていまだに百貨店で洋服を買っている。
また、当方が様々なことを教えていただいた業界の先輩が付き合っておられる経済各誌の30代記者も百貨店で洋服を買っているという。
大手新聞社・大手テレビ局の社員も同様だろう。

彼らにとっては百貨店は「親しみのある場所」なのであり、今の40代以下の消費者の多くが百貨店離れしているのとは正反対といえる。

それにしても、百貨店が「ファッション」にこだわっているうちは、百貨店の売上高が回復することなんてありえないだろう。
先ほどの話に戻るが、既製服そのものがなかった60年代とは時代が異なる。70年代・80年代もまだその延長線上で服は売れた。
それぞれが洋服を持っていなかったからだ。しかし、今の消費者はそれぞれが膨大なタンス在庫を抱えている。
よほどの「何か」がなければ洋服なんて買う必要がないのである。

また、洋服の歴史がなかったころと、さまざまなテイスト別・ジャンル別・スタイル別でのすみわけが出来上がった現在とでは、洋服の売れ行きが異なるのは当然で、以前のような活況ぶりが戻る可能性があると考えるのはアホとしか言いようがない。

セクシー系、アメカジ系、ナチュラル系、原宿系などさまざまなスタイル別に住みわけがなされており、2000年までのように、全員がビッグトレンドに飛びつくような事態は今後絶対に起きない。

そこを理解しない限り、売れる洋服は作れないだろうし、百貨店の凋落の原因は報道できないだろう。

あと、横道にそれるが、相変わらずルミネの社長はピントのズレたことを言っていると思う。

バーゲンの前倒し傾向について

「売るプロが努力を放棄して、商品を作ってくれる人たちに申し訳ないと思わないのか」。駅のファッションビルを運営するルミネの新井良亮会長は憤る。

と記事中にあるが、そういうルミネそのものが、ウェブで先行値引き販売を行っている。定価で売る努力をいち早く放棄しているのはルミネ自身ではないか。何を言っているのか。

それに「作ってくれる人たちに申し訳ない」という人情論もまったく賛同も共感もできない。
作っている人はあくまでも「仕事」として作っているのであってボランティアでも人道的活動でも奉仕でもない。経済活動の一環である。
だったら、販売員だって「売ってくれる人」である。

「売ってくれる人に対して、こんな売れなさそうな商品を作って申し訳ないと思わないのか?」と言わねばならない。

当方が大好きな韓非子にはこうある。

王良が馬を愛し、越王勾践が民を愛したのは、民を戦に駆り立てたり馬を速く駆けさせるためである。医者が人の傷口を吸い、血を口に含むのは肉親の情愛ではなく、利益が得られるからである。

車作りの職人が車を作ると、人々が富貴になることを望み、棺桶職人が棺桶を作ると、人々が早く死ぬことを望む。これは車を作る職人が善人で、棺桶職人が悪人だということではない。

人々が富貴にならなければ車は売れないし、人々が死ななければ棺桶が買われることはない。人が憎いわけではない。人の死によって利益が得られるからである。

単なる経済活動、仕事である作り手に対して、「作ってくれる人」と言っている時点で、ルミネ社長の認識は2000年前の韓非子に遠く及ばないということがわかる。

庶民感覚から大きく乖離したメディアが同情的に報道しているうちは、百貨店が回復することもないだろうし、百貨店の委託販売体質が改革されることもないだろう。

百貨店は「殺される」のではなく、「自死している」としか言いようがない。

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売上高だけでなく店舗数も激減した百貨店 でも総営業時間は激増

 百貨店全店の売上高合計が2016年はついに6兆円を割り込んで、5兆9780億円にまで低下したことは周知の事実で、それに対して対策が様々議論されているが、実もふたもない言い方をするなら、既存の個々の店舗が少しずつ売上高を伸ばした程度では、百貨店全体の売上高は回復しないのではないかと思っている。

なぜなら、百貨店の店舗数自体が減っているからだ。

不振百貨店の閉店が近年相次いでいるが、不振とはいえ、各店100億円前後の売上高がある。
不振百貨店が閉店するたびに百貨店全体では100億円ずつ売上高が減っているともいえる。

逆に残存した個々の店舗が売上高100億円を増やそうとすると並大抵の努力では実現できない。
相当にキツい作業になる。

日本百貨店協会の資料を見てみる。
これは2014年までの資料だが、売上高のピークは90年で9兆3000億円ある。
このときの店舗数は260店である。

キャプチャ

ちなみに日本百貨店協会によると2017年4月度は229店となっており、90年当時より約30店減っている。

百貨店の店舗数がもっとも多かったのは、99年で311店舗ある。
311店舗もあるのに売上高は9兆円を割り込んで8兆9900億円にまで低下している。
各店舗の売上高が如何に下がっていたかがわかる。

99年というとユニクロのフリースブーム(98年)の翌年でまだブームは継続しており、低価格化がキーワードになっていた。
翌年の2000年にそごうが経営破綻して民事再生法を申請している。

ピーク時から比べると今は百貨店店舗数が80店近くも減っているということになる。

これだけ店舗数が減れば、残存した個々の店舗が少々売上高を伸ばしたところで、かつてほどの売上高には回復できないことは、誰でもわかるだろう。
利益面は無視して、売上高だけを伸ばそうとすると新店舗をオープンさせることがもっとも手っ取り早い手法である。イオンリテールとイオンモールの手法はこれに近い。

店舗数がこれだけ減っているということはその逆で全体売上高は下がって当たり前ということになる。

現在、残存する百貨店は、今後、オンリーワン・ナンバーワン店舗しか残らないだろう。
どこか強い企業、強い店舗だけが生き残り残存者メリットを得るという未来図しか残されていないと個人的に見ている。

百貨店全部が今の規模で生き残るということはひどく楽観的なファンタジーだろう。

ついでに営業時間を見てみる。

売上高ピークの90年の総営業時間は2847時間だったのに対して、97年にはすでに3000時間を突破してそこから右肩上がりに総営業時間は増えていく。

ピークは2005年の3565時間で、その後、一旦3400時間台に下がるが、2014年は3553時間にまで増えており、ピーク時とほとんど変わらなくなっている。
そしてこの間、一貫して百貨店売上高は減り続けているのだから、百貨店が如何に効率の悪い販売方法を採っているかがわかるのではないか。

営業時間を増やしても売上高は回復せずに下がり続けている。
もちろん全体売上高が減っているのは店舗数が減っていることもあるが、営業時間を増やすことでは売上高低下に歯止めがかけられていないともいえる。

営業時間が長時間化するということは、百貨店の社員だけではなく、アパレル各社から派遣されている販売員も勤務時間が長時間化しているということであり、販管費が増える要因にもなっている。

普通に考えると営業時間が長くなればそれだけ販売員の人件費(人数を増やす、または労働時間を長くするから)は増えることになるが、それを抑える傾向が強いから、「衣料品販売員は拘束時間が長いわりに給与が良くない」といわれ、販売員が集まりにくくなっているといえる。

各メディアでは今更、「なぜ百貨店業界は衰退したのか」という犯人捜しをいまだにしているが、ここまで店舗数が減り、それに比例して総売上高が減ってしまっている状況で、犯人捜しをしたところで手遅れではないか。
先程も書いたように、百貨店全店が今の規模を維持して生き延び続けるというのは不可能としか思えないから、どこか特定の強い店舗、強い企業だけが生き残れる方策を探るべきだろう。

はてさて、最後まで生き延びられる百貨店はどこになるだろうか。

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そごう 壊れた百貨店―乱脈経営の全貌とメインバンクの過ち
『週刊ダイヤモンド』特別取材班
ダイヤモンド社
2001-04



「無くなっても誰も困らない」百貨店という業態は生き残れるか?

 大西洋・前社長が電撃解任され三越伊勢丹HDの新体制が発足したわけだが、一連の動きについては賛否両論さまざまな意見がある。

お家騒動によってイメージ低下を懸念する声も多いが、杉江新社長に期待するという声もあるし、大西・前社長の不備を指摘する声もある。

大西時代には催事が160~200もあったという報道もあり、それが事実だとすると、現場が疲弊するのも理解できる。催事で目先を変えて売り場の鮮度を保ちたかったのだろうが、ネタはそんなに落ちているわけではないから、ネタ作りだけでも現場は疲弊する。

そんな中で一連の動きに対する報道で個人的に賛成できる部分が多いのが、ダイヤモンドオンラインのこの記事である。

三越伊勢丹HD「1億かけて1銭の利益も出ない催事」が象徴する苦境
http://diamond.jp/articles/-/127814

仕入れ構造改革について「利益貢献額は目標値を上回ったが、改革に要したコストを含めればマイナスの可能性がある」と負の側面を挙げ、中小型店の展開については「ビジネスモデルを確立する前に店舗数を拡大してしまった」として見直す方針を強調。特にエムアイプラザについては、新規出店の原則凍結を打ち出すなど、大胆に見直す考えだ。

とあり、それはその通りだ。
とくにエムアイプラザやイセタンサローネ、イセタンハウスなどの中小型店は不振だといわれており、拡大路線を転換することは当然だろう。

業界内部から聞こえてくるのは、東京ミッドタウンに出店した「イセタンサローネ」と大名古屋ビルヂングに出店した「イセタンハウス」の不振の噂だ。

ただでさえ店舗面積の狭い伊勢丹新宿本店のさらにその中小型版は果たして必要なのだろうかと思ってしまう。ジェイアール大阪三越伊勢丹からリニューアルしたルクアイーレ内の伊勢丹コーナーもわずか1年ほどで縮小されてしまった。縮小されたということは業績不振だったと考えるべきである。業績が好調なら拡大もしくは維持されていたはずだからだ。

しかし、この記事では

 ただ、今回、未達に終わった中期経営計画は、杉江社長が当時、経営戦略本部長として大西前社長とともに策定したもの。社長就任時の記者会見でも「計画の立案には私も携わった」と明言している。

 杉江社長は、不採算事業の見直しを後回しにして成長事業を優先していた大西前社長に対し、「自分はコストカットに最優先に取り組むべきだと訴えていたと」主張するが、「なぜ計画策定時ではなく、今になって全否定するのか疑問は残る」と指摘する百貨店関係者は少なくない。

とも指摘しており、これもその通りである。

杉江新社長は大西時代の中期経営計画の策定にもかかわっており、それを今更まったくの他人事のように批評するのはどうかと思う。

もちろん、反対意見を述べたもののトップの意向で却下された可能性もあるが、経営戦略本部長という要職にあったのだから責任は免れない。
現場の平社員や外部の評論家とは立場が異なる。

人件費の削減は大西・前社長も取り組むべき課題だとしていた。

三越と伊勢丹が合併して、本部スタッフをほとんど減らさないままに10年が経過してしまっている。
合併したら本部スタッフは1・2倍くらいに抑えねばならないのに、これを純増ないし微減で10年過ごしてしまったとかつて大西・前社長も反省の弁を述べたことがある。

今回、大西・前社長の根回し不足という要因はあるものの、地方店リストラに現場が反発して電撃解任に至ったと公表されており、杉江新社長のリストラ構想も容易く実行できないのではないかと見られてもおかしくはない。

この記事は

もっとも中計の達成度や業績を見れば、大西路線の成果には確かに疑問符が付く。杉江体制に入り、その問題点の洗い出しがようやく始まったわけだが、かといって明確な成長戦略があるわけでもない。立て直しに残された時間は、決して多くはない。

と結ばれており、これもその通りである。
そもそも従来型百貨店を維持しながらの成長戦略なんていうものは考えられない。

それが可能ならジェイフロントリテイリングは「脱百貨店」を打ち出さなかっただろう。

これは大西・前社長も明言されたことがあるのだが、今の時代、百貨店はなくなっても誰も困らない。
百貨店従業員とその家族、納入業者とその家族は困るだろうがそれくらいである。
今の百貨店はライフラインでもなければ圧倒的なステイタスシンボルでもない。

そういう「なくても困らない物」をどのようにブランド化して、大衆から利用され続ける店にするのか。
百貨店各社にはそういう難問の解決が求められており、何らかの答えを導き出さなければ市場から退場させられてしまう。

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同じ事象でも切り取り方によって見え方は変わる

 今日はなんということもない感想なのだが。

先日、名古屋の老舗百貨店である丸栄に関するニュースが報道された。

一つは、丸栄が百貨店事業から撤退する可能性が高いこと。

丸栄 百貨店業務から撤退も
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170412-00002376-cbcv-bus_all


もう一つは、丸栄が興和の完全子会社になること。

興和が老舗百貨店の丸栄を、TOBで完全子会社化
https://www.wwdjapan.com/408855

である。

どちらも同じ会見から記事にしているわけで、本来は、二つまとめて一つの話になるのだが、記者や媒体がどちらの内容が重要だと考えているかで、クローズアップする部分が変わってくる。
これはその見本みたいな事例だといえる。

事実としては、

7年前に興和が子会社化した丸栄だが、業績不振が続いているので、100%子会社にしてしまって再建に取り組む。再建案としては百貨店事業からの撤退もあり得る。

ということである。

このうちのどこを重要視するかは記者や媒体の判断によって異なるということだ。

今回の報道の場合、世間的な話題性も含めると、「百貨店事業から撤退の可能性」という方がニュースバリューがあるだろう。

もうすでに2010年に丸栄は興和の子会社になっている。
この時点で興和が株式の69%を所有していた。

これが100%になると丸栄の上場廃止という事態になり、それなりには重要な事実だが、上場廃止以外はあまり現状と変わらない。

まあ、これがいわゆる報道で、どこを切り取るかによって記事の印象はまったく異なってしまう。

さて、丸栄の2017年2月期の業績だが、

17年2月期は売上高が前期比10.5%減の186億1200万円、営業損失は4億8500万円(前期は2億7800万円の赤字)、経常損失は6億2600万円(前期は4億2600万円の赤字)、純損失は8億9500万円(前期は5億6400万円の赤字)に留まっていた。

とある。

赤字もひどいが、売上高がかなり低い。
たった186億円しかない。これは地方の中型ファッションビル程度の売上高である。

名古屋市内の百貨店は「4M」とか「4M1T」と言われてきた。
4Mとは、松坂屋、三越、名鉄、丸栄で、1Tはジェイアール名古屋高島屋である。
近鉄百貨店は残念ながら含まれていない。(笑)

丸栄はWWDの記事によると、1615年創業というから、関ケ原の合戦の15年後に創業されているということになる。
三越の創業350年を上回る老舗といえる。

しかし、2005年以降、業界での存在感は乏しい。
地元関係者は別として、筆者のような他地方の人間からするとほとんど知名度も認識もない。
筆者の認識は丸栄を除いた3M1Tである。

松坂屋が売上高1000億円規模であることを考えると、売上高186億円というのは、差が開きすぎているといえる。

しかも他地方に多店舗展開しているわけでもないから、百貨店としてのバイイングパワーは落ちる。
納入メーカーからすると1店舗での仕入れ枚数が多いわけでもないし、店舗網を生かして多くの枚数が仕入れられるわけでもない。
だったら、メーカー側には付き合うメリットはあまりない。

事業再建案の一つとして出された、「百貨店事業からの撤退の可能性」はそれなりに妥当だといえる。
ここまで売上高が低下してしまえば、バイイングパワーは極度に弱まっているから、ブランドテナント店を誘致しての貸しビル業にシフトすることは合理的な選択肢の一つだろう。

「百貨店の伝統ガー」という嘆きの声も聞こえてきそうだが(笑)、冷静に考えると、この丸栄だって400年も続いてこられたのは、時代に合わせて売る物や売り方を変えてきたからではないか。

1615年の創業当時は当然百貨店だったわけではなく、着物を売っていた。
着物の販売に固執していれば、おそらくは現在まで企業としては存続できていなかっただろう。

どこかの時点で着物の販売をやめたということだ。

となると、ここまで既存の百貨店業態で失敗してしまえば、異なる形態に変わるほかないと外野のオッサンは思う。もちろん、変わるにも資金が必要だから、今の丸栄自体にはそんな金はないだろう。
そのために親会社の興和がある。

そういう意味では、今後、興和と丸栄がどのような再建案を提示し、どのように変わるかに注目したい。
変わらなければ座して死を待つのみだろう。







ファッション企業に入社する人すら、百貨店ではファッション用品を買わない時代

 甲斐性無しの貧乏人たる筆者は普段、百貨店とは無縁の生活をしている。
以前も書いたようにここ10年間近くは百貨店で買い物をしていない。

例外は、大丸梅田店のユニクロで3度か4度買い物をしたくらいで、少なくとも2010年以降は百貨店で買い物をしたことがない。

ただし、仕事上、一応百貨店のニュースなり動向なりはチェックしているが、あくまでも「観察対象物」としてしか眺めていない。

先日、某ファッションアクセサリー大手の役員の方と久しぶりにお会いしたが、今年も100人を越える新入社員があったという。その100数十人中で、百貨店で買い物をしたことがあると手を挙げた人は、1割程度しかいなかったらしい。

10~20人程度だったとのことで、「若い人の百貨店離れはここまで進んでいるのかと驚いた」とおっしゃっていた。

若い人どころか今年47歳になるオッサンだって利用していないのだから、百貨店離れは全年代通じた傾向ではないかと思う。

そのアクセサリーの新入社員の中で百貨店を利用していると答えた人は、何を利用しているかというと「食品」「スイーツ」で、洋服を含めたファッションを利用していると答えた人はゼロだった。

食品は消え物で一度食べてしまえばなくなってしまうから、愛好者は定期的に購入する。
また、食品は衣料品を含めたファッション用品に比べて全般的に価格が安い。

酒とか肉とか魚介の一部には例外があるが、他の食品やスイーツで何万円もするような商品はあまり売っていない。せいぜい5千円とか1万円くらいだ。

一方、百貨店のファッション用品で5000円だと、催事の投げ売りセール品くらいで、ちょっとマシなものを買おうと思うと1万円は軽く越える。

スイーツだと高くても1個500円とか1000円で、2000円を出せば2~4個くらいは買えるから、所得の少ない若い人でも買える。1個500円のショートケーキは高いが、普通に働いていれば月に何個かは買えるが、3万円の洋服を年に何枚も買うことは所得が低い人間にとっては難しい。

そうなると、筆者も含めて百貨店ではファッション用品をなかなか買わなくなるが、スイーツや食品は定期的に買うようになる。

実は、これはファッションを売りにしている伊勢丹新宿本店でも同じで、食品売り場が活況を呈している。
3月に電撃解任された大西洋前社長も昨年夏の取材時には「地下の食品売り場が最近は好評です。ファッションを売りにしている新宿本店なのでちょっと複雑ですが」と答えておられた。

最近、好調だと報じられる大丸東京店もその要因として、地上1階をスイーツ売り場にしたことが挙げられている。

通常の百貨店1階は化粧品売り場だったり、ラグジュアリーブランド売り場だったりするが、大丸東京店はスイーツを中心とする食品売り場にしたことが集客装置となっている。

ターミナル駅隣接という特性もあるのだろうが、実際に大丸東京店を訪れると1階は平日昼間でも活況で、上の階に行けば行くほど閑散としている。
8階あたりは平日昼間だと恐ろしく閑静である。

小売店やブランドには2つのやり方がある。

1、啓蒙活動を行いながら、消費者や顧客のニーズを作る、または誘導する
2、消費者や顧客のニーズに合わせて品ぞろえやサービスを変える

この2つである。
どちらが正しいとはいえないが、即効性があるのは、2のやり方だろう。
1のやり方は時間も根気も必要になる。

今の多くの消費者はファッションよりも食品のほうが興味が高い。
だったらそのニーズに対応して、1階を食品売り場にした大丸東京店のやり方は適切だといえる。

他の百貨店も見習ってもよいのではないか。

何せ、百貨店内にも入店するファッションアクセサリー大手に入社する新入社員全員が、百貨店でファッション用品を買ったことがないという時代になっている。
百貨店で買い物するのは1割程度で、しかも食品とスイーツしか買っていない。
これが現実である。

啓蒙活動を行いながら、需要を喚起しニーズを作るというやり方は否定されるべきではないが、今の百貨店にそれを根気よく続けられる環境があるとは思えない。
業績が下がればリストラが行われ、首切りが行われる。

Jフロントリテイリングは大丸と松坂屋でかつて大規模な人員削減を行ったが、大丸、松坂屋の店舗の中にはさらなる人員削減の計画案を練っている店舗があるという噂も聞こえてくる。

いずれにせよ、従来通りの「百貨店でござい」という姿勢では消費者ニーズを作ることも、沿うこともできない。
そのことは百貨店関係者は自覚すべきだ。



三越伊勢丹、自壊の予兆

 三越伊勢丹HDの大西洋社長の電撃解任の背景の全容が各社の報道によってほぼ明らかになってきた。

その中でも日経ビジネス3月20日号の巻頭6ページ特集「三越伊勢丹、自壊の予兆」は経緯があますところなくまとめられており、自分の個人的見解とも重なる部分が多く、秀逸といえる。
ぜひ、ご一読をお薦めする。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/031300536/?ST=pc

各社の報道で改めて浮き彫りにされているのが、大西洋社長は現場の若手社員からはそれなりの信望を得ていたが、中間管理職や経営陣からの信望は得ていなかったということである。

大西社長はマスコミに積極的に顔を出し、マスコミでの発表を行うことで、社内を動かそうと考えていた。
実際に在職中にこれほど頻繁にテレビ、新聞、雑誌などのメディアに登場した百貨店社長はいないだろう。
これを「出たがり」「スタンドプレー」と評する人もいるが、実際に数度に渡ってインタビューしてみると「三越伊勢丹という社名の知名度をもっと高めるために、あえて積極的に出るようにしている」という答えが本人から返ってきたことがある。

それはおそらくその通りなのだろうと感じた。

一連の大西社長の独断専行は、「百貨店が今のままでは存続できない」という強い危機感からだった。
外部から来た人がその組織に対して強い危機感を抱くことは百貨店に限らず珍しいことではないが、生え抜き社長がここまでの強い危機感を持つというのは本当に珍しい。

逆に何がそこまで生え抜き社長の危機感を強めたのか不思議でならない。
ストレートにそれを質問したことがあるが、こちらの尋ね方が悪かったのか、納得のできる返事はなかった。

今回の日経ビジネスの特集でも書かれているように、大西社長の一連の行動は「百貨店事業を守るため」だったことは間違いない。
その真意が経営陣や管理職には伝わらなかったということで、伝え方が不味すぎたという部分は大西社長が反省すべき点である。
伝わらないということは、思ってもいないのも同然だからだ。

よく引き合いに出されるJフロントリテイリングと高島屋という競合他社は、百貨店事業から不動産事業や商業施設事業へと大きく舵を切っている。

強い者が生き残るのではなく、変化に対応できた者が生き残るとよく進化論が引き合いに出されるのだが、百貨店事業から他事業へと舵を切って生き残ることは正解の一つだといえる。
企業は「存続できてナンボ」みたいな部分があり、いくら理想をぶち上げても倒産してしまえばお終いだからだ。

三越との統合で生じた余剰人員を削らず、さらに百貨店事業をある程度守ろうとするなら、大西社長の取った多角化事業(個々の事業内容の正誤は別として)しか方法はなかった。

今回の一連の騒動で、週刊誌からも取材を受けたが、その中で週刊誌記者が「OBや現職に聞きまわったのですが『大西社長は優しいところがあるからリストラは避けたかったんじゃないか』という意見もありました」と話していて、それは事実なのだろうと感じる。

大西社長の一連の改革は未完のまま終わることになるが、どのような完成形を描いていたのかというは一度尋ねてみたい気もする。
日経ビジネス誌の中には、カルチュアコンビニエンスクラブとの提携が、実は「枚方Tサイト」の手法を地方店に導入する目的があったと書かれているが、これはその通りで昨年のインタビューの中でも直接聞くことができた。

解任騒動の決め手となった地方店の業態変更の具体案は「Tサイト」型店への移行をにらんでいたのではないかと推測している。

それにしても、大西社長を解任した結果、登場した新社長が「新規事業よりも構造改革を優先する」と明言したことは、中間管理職や経営陣にとっては、どう映ったのだろう。
否応なく、リストラが先行することになるのだが、大西社長を退任させたことは彼らにとって藪蛇だったのではないかと思える。

記事には「うちはJフロントリテイリングのようになってほしくない」という社員の声が採り上げられているが、杉江新社長の方針を素直に読むなら、Jフロント型百貨店への移行だと読める。

日経ビジネスでは、82年に会社を私物化して解任された三越の岡田茂社長、93年に改革を独断専行して解任された伊勢丹創業家4代目の小菅国安社長の事例も引き合いに出している。
スキャンダルまみれだった三越・岡田社長の解任は当てはまらないとしても、改革を急ぎ過ぎた伊勢丹・小菅社長の解任は、今回と重なる部分がある。

個人的に見るなら、伊勢丹という百貨店の弱みは、新宿店のみが突出し過ぎており、地方店が弱すぎて極めてアンバランスだという部分にある。
小菅社長は新宿本店依存度を下げる改革をしたかったとあり、大西社長はリストラを回避したままで百貨店事業依存度を下げる改革をしたかったという部分が重なる。
そして、その改革はどちらもほぼ独断専行で進められた点は同じだ。

ただ、改革は独断専行でないと成功しないこともあるから、一概に独断専行が悪く、合議制が正しいとも言えない。独断専行ができずに潰れてしまった企業もこれまで数多くある。

記事中には「腰が低く、改革を愚直に進めようとした大西社長に『独裁者』の表現は似合わない」とあるが、それはその通りで、世の中の人が思い描く「独裁者」像とはまるでかけ離れた紳士だった。
アパレル業界にはそれこそ絵に描いたような独裁者社長は多くいる。独裁者、暴君なんて掃いて捨てるほど見てきた。

そういう人々と比べると大西社長の人間性はまったく異なっている。

さて、日経ビジネスが指摘するように、三越伊勢丹は今回の騒動によって、ブランド力は相当傷ついている。
対応を誤るとタイトルにもある通り「自壊」しかねない状況にある。

三越と伊勢丹が合併して百貨店の王者になったと目されたが、実は経営は危機に陥っていたということになる。
統合後10年が経過してその病巣が白日の下に晒されることとなったが、これを取り除くことができなければ、市場から退場することになるだろう。


誰からも信頼される 三越伊勢丹の心づかい
株式会社三越伊勢丹ヒューマン・ソリューションズ
KADOKAWA
2017-02-24



百貨店がニトリに助けられる時代

 家具インテリアにはほとんど興味がなく、必要に迫られて国道沿いのニトリや家電量販店の家具売り場を物色して必要最小限の商品を買うくらいだ。

だから、大型家具はもう10年以上何も買っていないし、今後もよほど不具合が出ないと買い替える予定もない。
捨てるのにもお金が必要だし。

今、新しく買いたいのは扇風機で、15年くらい使ってきた扇風機がついに昨年夏に動かなくなってしまった。
別にダイソンの羽のない扇風機なんて欲しくなくて、オーソドックスな5000円くらいまでの扇風機が欲しい。
それをまた15年くらい使うつもりだ。(家具ではなく家電だが)

まあ、そんな人間なのでニトリやイケアが人気がある理由がわからない。
売れる理由はわかるのだが、そんなに年に何度も家具店で買い物をする人が多数いる理由がわからない。

家具店でそんなに年に何度も買う物があることが信じられない。

しかし、そんな「家具音痴」の人間を後目に、ニトリの勢いはすごいと思う。(自分はほとんど利用しないけど)

ニトリ/タカシマヤタイムズスクエア出店で、商業施設の客数が増加
https://ryutsuu.biz/strategy/j031426.html

ニトリホールディングスの似鳥昭雄会長は3月14日、昨年12月に新宿の「タカシマヤタイムズスクエア」南館に出店した「ニトリ新宿タカシマヤタイムズスクエア店」の客数が平日で1万5000人、土日は2万5000人~3万人が来店し、想定を大きく上回っていると発表した。

ニトリのオープン当初は、タカシマヤタイムズスクエア全体の客数が前年同期比で15%増となり、現在でも約12%増の客数で推移しているという。
タカシマヤタイムズスクエアのレストラン街も盛況となり、客数増による相乗効果があったと評価している。

とのことで、ニトリに百貨店が助けられる時代が来るとは、10年前に誰が想像しただろうか。
百貨店マンはこの事実を直視すべきで、少しばかりの新規事業を立ち上げた経営者を「労働強化」を理由に引きずり降ろしている余裕など百貨店という斜陽産業には本来ない。

似鳥会長は、「現在、百貨店から出店してほしいという要望が多数出ているが同じ場所には、出店できないので、交渉をすすめている最中だ」と語る。

という一文があるが、今後、都心百貨店の多くにニトリが出店することになると考えられる。

新宿高島屋タイムズスクエアにはユニクロも入っており、もう百貨店が従来型の品ぞろえやブランドラインナップだけでは集客できなくなっていることは、大丸梅田へのユニクロの出店を見てもわかる通り、公然の事実といえる。

また、百貨店が「小売りの王様」ではなくなって久しいが、ついにドラッグストアにまで売り上げ規模を抜かれてしまった。

ドラッグ店市場規模 百貨店超え 6.4兆円、16年度5.9%増
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ15I8C_V10C17A3TI1000/


百貨店売上高が6兆円を下回る状況の一方で、ドラッグストアは6兆4千億円となり、売り上げ規模だけでいえば百貨店を追い越してしまった。
もっとも、これには中国人観光客による爆買い効果も含まれているため、どこまでがドラッグストア本来の実力かというのは、見解の別れるところではある。

百貨店の苦戦の理由は、以前にも書いたと思うが、高級婦人服への過度な特化があると思う。
これは、松岡真宏さんの持論で、

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100507/214292/?P=1

に述べられている。

どうして高級衣料の消費が低迷しているかというと、

1、可処分所得の伸び悩みあるいは低下
2、高級衣料と低額衣料の見た目にほとんど差がなくなったこと

を理由として何度も挙げているが、それ以外に、一般大衆の意識変化があるのではないかと思う。

90年代半ばごろまでは、「ボロ家に住んで50円のパンを食べていても洋服だけに特化して凝る」というオシャレさんが多数いた。
それが2000年代から、「洋服もインテリアもアクセもサプリも雑貨も食事も自動車も全てトータルで垢抜けていること」が、「オシャレ」だという感覚に変化したと見ている。

でなければ、定期的にニトリやイケアに足を運ぶ人が多数現れる理由がわからない。
家具や食器なんてなんでもいい、と筆者のように考えると10年に一度くらいしかそんな店に足を運ばない。

ただし、身の回りすべての物に気を使ってそろえると、各商品が高額品では破産してしまう。
そんなことができるのは本当の金持ちだけだ。

中間層以下がすべての物に気を使ってそろえようとすると、収入や貯蓄の範囲で賄うなら、ある程度の低価格品・お値打ち価格が求められることになる。

感度は最先端でなくても構わないが、そこそこのセンスが必要とされる。

これを「高感度低価格」とまとめれば良いのか、「中感度低価格」とまとめれば良いのか悩むところではあるが、「最高感度高価格」が対象外となることだけは間違いない。

そういう「そこそこの感度でそこそこ安い」という商品が服ならユニクロやジーユーだろうし、家具インテリアならニトリということになる。

収入が伴わないのに、洋服に限らず借金してまで「最高感度高価格」商品を買い集めることが「下品」「分不相応」「愚か」という風に多くの人が判断するようになった。

業界人からすると「感性の退化」ということになるのかもしれないが、甲斐性無しの貧乏人たる筆者からすれば、随分と健全で成熟した考え方だと感じられる。

この風潮が今後一転して「最高感度高価格品」を求めるようになるとは考えられない。

だから衣料品業界としては、これに対してどう取り組むかが課題となる。
やり方は様々あるだろう。

企業規模やブランド規模に応じて、高価格に特化して数少ない顧客に寄り添うというのも正解の一つである。
ただし、大幅な売り上げ増は見込めない。

一方、高感度低価格をさらに進めるというのも正解の一つである。
ただし、こちらはどの分野にしろスケールメリットが求められる。

これまでの意識やこれまでの仕組み・やり方をまるで変えることなく、中途半端なままで、高額商品に取り組んだり、逆に低価格商品に取り組んだりすることがもっとも危険で、何一つ効果が得られない。
それで疲弊しきっているのが、一部を除いた現在のアパレル業界といえる。

もちろん、「中感度中価格」という方針も正解の一つだが、それとても、従来の百貨店向け・専門店向けアパレルの意識のままでは到底消費者には支持されない。
ワールド、オンワード樫山、三陽商会、イトキン、ファイブフォックス、TSIホールディングスをはじめとする百貨店・専門店向けアパレル各社(中小も含めて)の衰退と没落を見ればそれは明らかである。

ニトリに助けられる百貨店の報道を見ながら、つらつらとそんなことを考えた。

ニトリ 成功の5原則
似鳥昭雄
朝日新聞出版
2016-08-19





三越伊勢丹の社長解任劇で感じた百貨店従業員の認識の甘さ

 三越伊勢丹ホールディングスが杉江俊彦・次期社長の会見を行った。
出席していないので、それについて書かれた記事を読んだ感想をまとめてみたい。

ちなみに三越伊勢丹ホールディングスの次期社長は決まったが、百貨店事業を手掛ける三越伊勢丹の次期社長はまだ決まっていない。

各報道とも言葉遣いや書き方には違いがあるが(書いている人が違うため当たり前)、論調はほとんど同じだ。

三越伊勢丹、トップ交代で明示された「進路」
杉江次期社長「私は構造改革を優先する」
http://toyokeizai.net/articles/-/162603

社長辞任の三越伊勢丹、新トップは「大丸流」 数値・利益重視の経営目指し、不動産事業にも意欲
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/031300619/?rt=nocnt

東洋経済オンラインと日経ビジネスオンラインの記事だが、論調はほぼ同じだ。

主要な骨子となる要素を箇条書きで挙げてみる。

1、杉江次期社長は、大西社長を支えてきた人物で大西路線を「基本的には」踏襲する
2、始まっている新規事業は当面継続するが、着手していない新規事業は再考する
3、構造改革、人件費削減を優先して進める
4、マネージメント層、管理職、役員との対話を優先する
5、おそらく百貨店事業は大西時代より重視されない

ということになる。

賛否はあったが、大西社長が新規事業を積極的に立ち上げたのは、各識者が指摘しておられるように、大規模なリストラを回避する目的があったと見られている。

百貨店という事業に人一倍の愛着を持っていた大西社長は百貨店事業を存続させるために、新規事業を多数立ち上げて事業の多角化を実現し、愛着のある百貨店事業を守ろうとしていた。
よく引き合いにだされるJフロントリテイリングは、「脱百貨店」を掲げており、各店舗内の百貨店従業員をかなり削減し、ユニクロやアダストリアなど従来百貨店には適さないとされていた低価格ブランドをテナントとして入店させている。

つい先ごろは栄の松坂屋にもヨドバシカメラをテナント入店させた。

大西社長はそのような「脱百貨店」はしたくないということを再三、過去のインタビューでも答えていたし、筆者が昨年行ったインタビューでも繰り返していた。

今回の電撃解任の理由は、労働組合とそれに同調した役員、管理職などによるものだとされていて、彼らの反発の原因は

1、相次ぐ新規事業の立ち上げによる労働強化
2、機関決定されていない地方店の縮小や業態転換などに言及した
3、地方店の縮小や業態転換への発言をリストラ解雇が始まると理解してしまった。(実際は誤解)

とされている。
個人的には、これら以外にも大西社長の持論である「スピード感重視」「危機感の強制」ということへの情緒的反発もあったのではないかと想像している。

大西社長のいう「スピード感」というのは、なんでも「早くやれ」「すぐに結果を出せ」ということではなく、即断即決、意思決定の速さ、行動に移るスピードアップということが主眼だったが、そこも誤解された部分もあるのではないか。
また、「危機感の強制」というのは、大西社長の百貨店事業への危機感というのは相当強く、筆者は「生え抜きでここまでの危機感を持つのは珍しい」と感じたほどである。

実際に、従来通りの百貨店事業を存続させようとすると、かなり難しい状況にあるし、生半可なことでは存続させることは難しい。今後は、大手百貨店も淘汰されることは目に見えており、例えば、そごう西武の決算はかなり追い込まれている。

すべてを捨てて「脱百貨店」をする必要はないが、百貨店事業を存続させるためには「何か」は変革しなくてはならなかった。

大西社長の立ち上げた新規事業や施策がすべて正しいとは思わないが、これまで通りのやり方では活路がなかったのは間違いない。

今回の電撃解任、次期社長の会見を見て感じることは、百貨店従業員の認識は恐ろしく甘いということである。
また、大西社長を引きずり降ろしたがために逆に構造改革・リストラが始まることになってしまっており、従業員側からすれば、なんというバカげた結果になっているのだろうと呆れてしまう。

ぬるま湯で保守的な体質な百貨店従業員は、急激な変化に反発を感じ、その元凶だと感じた大西社長を引きずり降ろしたが、それがかえってリストラを始めるきっかけになってしまうという結果になった。
今頃、彼らはどういう思いで次期社長の会見や一連の報道を眺めているのだろうか。

リストラを回避させるために行った解任劇がリストラ開始の引き金になっているという構図は、外野から見れば喜劇以外何物でもない。

先ほど挙げた日経ビジネスオンラインの記事にはこんな一節がある。

社内からは「経営者のタイプが変わったとしても、事業構造としてJフロントのような企業にはなるべきではなく、百貨店らしさを追求するべきだ」という声も聞こえる。

もうアホらしくて失笑を禁じ得ない。

百貨店らしさを追求したいのであれば大西社長を引きずり降ろすべきではなかったのである。
大西社長は「百貨店らしい百貨店」の存続を目指していた。計数に強い新経営者になれば、採算性の低い業態の在り方を変えられるのは当然だろう。

その程度の判断もできず、目先の現象のみに反発していた百貨店従業員というのは、本当にぬるま湯体質で危機感が欠如している。今回の一連の騒動でそれが明確に浮かび上がったといえる。

たしかに大西社長には対話や根回しが欠けていたかもしれないが、大規模リストラを回避し続けてきた。一方、次期社長は対話を重視する(と言っている)が、構造改革やリストラを先行させるのである。

従業員的立場に立つなら、どちらが自分たちにとって有利だったのか明らかではないか。

次期社長がいつごろから、どれくらいの規模で構造改革やリストラを行うのかは示されていないが、その時になって労働組合や従業員が「雇用を守れ」なんていう声を挙げてもナンセンスすぎて、外部からの支持は集まらないだろう。自分たちが望んで引き起こした結果である。

強いリーダーシップによるトップダウン方式の経営に激しい拒絶を見せた今回の電撃解任劇は、三越伊勢丹の「終わりの始まり」になるのではないかと、個人的には見ている。






改革路線が潰されて大規模リストラが始まる可能性も

 三越伊勢丹HDの大西洋社長が電撃解任される直接的な働きかけは労働組合からだった。

これを見るにつけ、一連の大西改革は現場社員にとっては苦痛だったのだろうと察せられる。
日経新聞の記事によると、少ない人員に対して次々と新しい仕事を積み上げられて現場は疲弊していたとされているが、まあ、それはその通りだったのだろう。

2012年から始まった大西改革の眼目は、

1、新規ビジネスを作り出すこと
2、従業員の意識改革

にあった。その次の段階もあったのではないかと思われるが、もうそれが形になることはない。

まず、1についてだが、外食やブライダルなどとの合弁会社設立、エステや旅行会社のM&A(企業買収)などを実行した。

EC強化やファッションヘッドラインという自社ウェブメディアの立ち上げもあった。

個々の事例を見ると、その意図がよく分からないものもあるし、効果があったとは言い難いものもある。

三越伊勢丹HDの百貨店依存比率は92%に及ぶ。
文字通り、「百貨店のみの一本足打法」である。
その一方で、百貨店事業の利益率は1%強しかなく、Jフロントリテイリングや高島屋に比べて格段に低い。

きらびやかな伊勢丹新宿本店のイメージや大西改革による話題性であまり注目されてこなかったが、足元はすでに崩れ始めていたといえる。

経営者ならここで選択が迫られる。

1、大規模な解雇を含めたリストラを行う
2、大規模解雇を回避するならほかの成長エンジンを作る

である。

実際に6回ほどインタビューをした個人的感想をいえば、大西社長は百貨店が大好きだった。
Jフロントリテイリングのような「脱百貨店」を唱えるつもりは毛頭なかった。

そうなると、大好きな百貨店を守り、雇用を守ろうとすると「百貨店自体を成長させる」か「百貨店事業以外の新規事業を立ち上げ、ホールディングス全体の収益をかさ上げする」という方針にならざるを得ない。

そして、大西社長は後者を選んだ。

小島健輔さんが、「大規模なリストラを先延ばしして受け皿としての新規事業作りを行っていた」と指摘されるのは、言い方は別として、そういう側面も十分にあったと考えられる。

「百貨店自体を成長させる」という構想は不可能だったのだろうかという疑問を抱く人もいるかもしれないが、これはかなり難しいのではないかと思う。
それほど簡単にできるなら、とっくの昔にどこぞの百貨店が実践しているだろう。

状況から大西社長の思考をたどると、

百貨店を守るために新規事業で収益をかさ上げする

そのためには従業員の意識改革が必要だ

という結論が導き出されたのだろうと思う。

いくつかの百貨店で催事販売をしたり、取材した感想でいうと、百貨店の従業員や管理職者は保守的でスピード感がなくて、危機感のない人が多い。(全員がそうだとは言わない)

大西社長はその体質に危機感を持ったのだろう。

自身の過去の著書でも、昨年のインタビューでも盛んに「スピードが遅い」「危機感がなさすぎる」を連発されている。

他業種の成長企業のスピード感を取り入れることを最重要課題としていた。
それが従業員にとっては苦痛だったのだろうと想像できる。

百貨店業界の危機を煽られるのも苦痛だったのかもしれない。

それでも状況を眺めると、百貨店業界は危機に瀕しているといえる。
売上高が6兆円を割り込み、地方店の閉店や撤退、倒産、営業譲渡が相次いでいる。

だからこそ、スピードを上げて新規事業や百貨店改革を成し遂げたかったのだろう。
もう百貨店にはのんびりゆっくり改革している時間はない、という思いだったのだろう。

今回の電撃解任は労働組合と現場従業員によるものなので、後任社長は当然、現場に対する配慮を強いられ、大規模で急激な改革はできにくくなる。
なぜなら、また労働組合と現場によって電撃解任される恐れがあるからだ。

自然と、改革のスピードは遅くなるし、改革自体がなくなる可能性もある。

違法なブラック経営者に従業員がNOを突き付けることは当然の権利だし、そうすべきである。

しかし、今回の場合はそれに相当するのかどうか。
むしろ、従業員の収入源である会社そのものが業績低迷をすると、大規模解雇をせざるを得なくなる。
百貨店という旧態依然とした企業が、従来通りのやり方では生き残れないというのは衆目の一致するところである。

大西改革をつぶしたことで却って大規模解雇を招きかねず、従業員は自分たちを窮地に追い込んだのかもしれない。

仮に、今後、三越伊勢丹が従来路線に戻るとするなら、その業績は必ず今以上に低迷する。
そうなった際には問答無用の大規模解雇が始まるだろう。
その時に労働組合が「雇用を守れ」と言い出してもそれは、後の祭りでしかない。




三越伊勢丹の従業員は「変わらないこと」を選んだように見える

 三越伊勢丹ホールディングスの今回の社長解任劇は、本当に興味深い。
大西社長を追い落としたのは誰だったのかというところに注目が集まっていたが、日経新聞の報道によるとそれは労働組合だったとのことである。

なんという強大な労組なのだろうか。

三越伊勢丹、大西改革に労組反旗 石塚会長が辞任迫る
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ07I3B_X00C17A3EA2000/?dg=1&nf=1

百貨店最大手、三越伊勢丹ホールディングス(HD)の経営トップが代わる。7日、大西洋社長(61)が辞任し、杉江俊彦取締役専務執行役員(56)が4月1日付で昇格すると発表した。大西氏は収益の柱を増やそうと、多くの新規事業を進めてきた。これに現場が反発して、労働組合が辞任を要求。経営から距離を置きつつあった石塚邦雄会長(67)が辞任を迫る異常事態だった。

とのことである。

記事自体は途中までしか読めないが、この報道を元にまとめられたこのブログでおおよその顛末はわかる。

[三越伊勢丹社長降ろしのドラマが深い] 三越伊勢丹HDの労組が大西改革に反旗。辞任というより降ろされたに等しい。次期社長の杉江氏は融和派だが、また百貨店一本足経営に戻るつもりなのか、今後どうするのか。
http://www.okatai.com/blog/2017/03/07/mitsukoshi-isetan-rouso-onishi-sugie/

新しい試みに現場社員の負荷は増え続けていたが、インバウンド(訪日外国人)や富裕層による消費が拡大している局面はよかった

その効果がはがれ落ちると「『新規事業で収益を上げろ』と厳命されても対応できない」(関係者)と、隠れていたひずみが表面化

本業の立て直しに追われている中、最終的には労働組合の関係者が石塚氏に泣きつき、改善を強く要求する事態となった

事態が動き出したのは4日午後

「現場がもうもたない。構造改革による混乱の責任をとりやめてもらいたい」
三越伊勢丹HD本社の一室で石塚氏は大西氏にこう切り出し辞表を差し出した
 
なんと労働組合関係者が会長に直訴。で、会長が大西氏に、辞めてくれという事態。完全に社長降ろしの現場。

とのことである。

当初は、三越派による巻き返しかと考えられていたが、労組と現場が反発していたということで、もちろん、それに同調した上層部もいたことだろう。

三越伊勢丹に限らず、複数の百貨店で催事販売をした経験からいうと、百貨店の社員は基本的に保守的で新たな試みを嫌う人が多いと感じる。

矢継ぎ早にさまざまな改革が行われれば、当然それに対する現場からの反発はあっただろうと推察される。
また、大西社長自身もそれを知っていたので、なかなか現場が変わらないという発言もあった。

大西支持者の社員もいたが、結局は少数派だったということだろう。

著書でも買いているように、大西社長はとにかくスピードを上げることを重視した。
個人的な経験で言っても、百貨店はなかなか物事が決まりにくい。

そういう多くの社員はスピード化に反発を覚えたのだろう。

それでも実際のところは、社員が反発するほどのスピード化でもなく、三越伊勢丹との合弁相手の会社に取材をしたこともあるが、やっぱり百貨店の意思決定は遅いという感想を相手が抱いていた。

一例でいえば、出張でもそちらは即決するが、三越伊勢丹はなかなかその稟議が通らない。

現場からするとスピード化を強制されて苦痛だったのかもしれないが、異業種と比べるとまだまだ遅いのが実情である。

各報道で指摘されているように、三越伊勢丹の業績悪化に対する大西社長の経営責任はある。
4年以上も社長に就いていたのだから、責任追及されることは仕方がないだろう。

それでも百貨店事業比率が高すぎ、その百貨店事業そのものが苦戦に転じた状況下で、多角化という方針は完全なる間違いとは言えないのではないかと個人的には思う。

逆に新社長に就任する杉江俊彦専務が、「本業回帰」というメッセージを発しておられるが、大丈夫だろうかと疑問を感じる。
大西社長も多角化とは言いながら、本質的には百貨店重視の姿勢であり、その結果が現在の業績悪化なのである。これ以上さらに百貨店を重視するという姿勢で効果が出るのだろうか。

また、今回の解任劇で三越伊勢丹のイメージは悪化した。
この悪イメージを逆転させるのは簡単なことではない。

単なる本業回帰だけではまったく効果がないだろう。

これから中期的には三越伊勢丹にかなり厳しい状況が続くだろうと見ているが、果たしてどうなることやら。



大西洋漂流76日間 (ハヤカワ文庫NF)
スティーヴン キャラハン
早川書房
1999-05



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