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庶民向け商品での「本物追求」が販売不振を招く

冷たい雨が降ったりやんだりしていた金曜日。

いつものスニーカーのSTEPを覗いた。
スポーツブランドのスニーカー類はここが現在は業界最安値ではないかと思う。
ABCマートは一昨年くらいから露骨に値上げしており、いまだにABCマートが売れている理由がわからない。
同じ品物ならスニーカーのSTEPの方が断然に安い。
もしくはYahoo!ショッピングで探すか。

そこにはベージュのリーボックのクラッシックタイプのスニーカーが3990円に値下げされて並べられていた。

これはなかなかいいな、と思って見ていたら、販売員が声をかけてきた。

「これ本革なんですよ。ほかにも黒とか紺もあるんですがそちらは合皮なんです。お買い得ですよ」。

たしかにお買い得である。
本革でしかもデザインも悪くない。3990円なら破格値だ。

一口にベージュといってもいろんな色がある。

例えていうなら、エンダースキーマみたいな感じだ。

エンダースキーマのスニーカー
http://www.arknets.co.jp/category/ABC_1041/A3_MIP_06.html

値段と材質を聞いて俄然、購買意欲が頭をもたげてきた。
当方の購買意欲は値段で大きく左右される。

どんなに「良い物」でも1万円を越えるものには購買意欲はわかない。
5000円以下に値下げされると購買意欲がわく。

だから6万円もするエンダースキーマはどんなに力説されようともちっとも買おうとは思わない。

どうしよう、買おうと思えば買えるが・・・・。

しばらく逡巡していたが、ふと「本革」という部分に引っかった。
ちょうど雨がシトシトと降っていた。

黒とか濃い茶なら水に濡れても乾かしてクリームを塗れば大丈夫だが、ベージュだと乾かしても染みが残る。
そういうときは全体を水に漬けてから乾かせばある程度解消されるのだが、黒とか濃い茶の本革に比べてメンテナンスがめんどくさい。
おまけに汚れも見えやすい。
白とかベージュなどの淡色は汚れと水の染みに弱い。

灰色の空から落ちてくる雨を見ながらそんなことを考えていた。

よし、心残りではあるが、めんどくさがりの当方としては買わないでおこう。
そう結論付けてスニーカーのSTEPを後にした。
販売員さんごめんなさい。

で、歩きながら内心で疑問が次々にわいてきた。

なぜ、リーボックはベージュだけ本革にしたのだろう?
黒や紺と同じように合皮にすべきだったのではないか?
ベージュだけ本革で作ったから売れ残ってSTEPでたたき売られているのではないか?
だとしたらリーボックの商品計画は失敗ではないか?

などなど。

繊維・アパレル・ファッション業界にはいまだに「本物信仰」が根強く残っている。
「本物は良い」「本物は評価してもらえる」「本物は売れる」と。
だが果たしてそれは本当だろうか?

現に「本物の革」のベージュのリーボックは売れ残って3990円でたたき売られているではないか。

もちろん、本物を評価する客層は存在する。
それは富裕層に限られているといえる。
富裕層向けの商品なら、ある程度「本物」を追求してもそれなりの値段で売れるだろう。

しかし、リーボックのスニーカーのような、低価格品ではないが大衆向け商品で「本物」にこだわることは却って営業不振の原因にもなりかねないのではないか。

大衆向けにはイージーケア性・イージーメンテナンス性が大前提として求められるのではないか。
同じベージュのスニーカーでも合皮なら間違いなく買っていた。
もしかしたら合皮なら値下げされずとも売れていたかもしれない。

話は少し逸れるが、11月29日から12月4日まで阪急百貨店うめだ本店10階で恒例の生地販売会「テキスタイル・マルシェ」を開催した。
さまざまな種類の生地があるので、当然、通常の洗濯には適さない生地もある。
しかし、「洗濯機でザブザブ洗えないと嫌」と言って、購入しないお客は予想以上に多かった。

百貨店とはいえ、大阪の百貨店は阪急に限らず天神橋筋商店街で値切ってるような富裕層でない客も多く来るから、いわゆる庶民がほとんどで、この庶民はイージーケア性や洗濯性をことのほか重視する。
いくら風合いが良かろうと手間暇かけて製造加工しようと、そんなところに価値は見出さない。

まず第1はイージーケア性で、風合いの良さやモノづくりへのこだわりはその次の価値である。

そういえば、先日、こんなお客もいた。
「最近、ウールのセーターの暖かさを再認識した。でも最近はあまりウールのセーターが売られていなくなった。どうしてですか?」と尋ねたお客がいた。

マジレスすると、

1、ウールの値段が高くなって低価格ブランドではコストが合わなくなった
2、ウールは洗濯や保管の手間がめんどくさくて避けられるようになった

理由はこの二つである。
もちろん、それを説明したところ納得してお買い上げいただいた。

「本物」のウールよりもお手軽なアクリルセーターの方が庶民には好まれやすい。
アクリルセーターは洗濯も保管も楽ちんで、虫に食われて穴が開くこともない。

こうして見ると、大衆向けの低価格~中価格帯を企画製造販売している企業が「本物の良さ」なんてことを追求するのは営業方針としておかしいということになる。

もちろん「本物」を知ることは大事だし、それは否定しない。
しかし、それは富裕層向け商品で追求すれば良いのであって、庶民向けの商品でそれを追求することは、単に販売不振を招くだけで何の利益もない。

国内の繊維・アパレル・小売り企業が低迷する理由はさまざまあるが、この「本物信仰」が自社の客層と適合していないというのも一つの理由ではないか。本物を追求したければ富裕層向けの商品を開発してはどうか。
庶民は過剰な本物なんて求めておらず、それよりもイージーケア性・機能性を求めている。
そんな客層に本物を売るのは至難の業だし、売れたところで無用なクレームを引き起こすだけではないか。

本物が売りたければ富裕層向けの商品を開発すべきで、庶民向け商品で「本物」を追求する必要はまるでない。

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我が国が中国工場へ再投資する必要はない

中国工場に関する不思議な記事を読んだ。

https://senken.co.jp/posts/view-171116

記事というよりはコラムだ。
短いので全文を引用したい。

日本向けが中心の中国のニット工場が「利益が出ない。工場をやめたい」と言ってきた。昨年まで200人規模の工場だったが、現在、合理化を進め人を減らしている。設立して20年、これまでなら20周年記念パーティーなどを考えたはずだ。今、残る職人たちが出資し経営を続けるかどうかを話し合っている。
中国人の工員は4年間勤めると長い方だという。いい職場があればすぐに転職してしまう。工員は育たず職人にまで至っていない。高度な機械が揃っていても使いこなす力がなければ宝の持ち腐れだ。
日本の小規模専門商社やニットメーカーが中国生産を見直し、不良品発生率が低く、CSR(企業の社会的責任)の仕組みが整う工場に切り替えようとしている。

とある。
これはその通りで、中国では繊維関係の工場に工員が集まらなくなっている。
当方が付き合っている国内企業何社もが口をそろえている中国生産の問題点だ。

理由は中国の経済発展である。
経済発展すると、中国に限らず繊維の製造加工業なんていう業種で働かずとももっと儲かる産業があちこちにできる。
重化学工業しかり、IT業しかり、金融業しかりだ。
経済発展前は繊維の製造加工業でもやらないと仕方がなかったが、他の儲かる産業が増えればそこで働いた方が、効率的である。

当然、かつての欧米諸国もそうだったし我が国も、今の中国もそうなっている。
いずれ、アセアン諸国やインドもそうなるだろう。

また、10年前くらいの中国工場にすれば、我が国との取引はあまり美味しいものではすでになくなっていた。
中国は世界の工場として欧米ブランドの生産を請け負っていたが、それに比べると多品種小ロットでうまみが無かったからだ。
おまけに品質に対する注文はうるさい。

欧米ブランドなら1型1000枚、1万枚が当たり前の発注数だが、我が国アパレルは1型50枚、100枚くらいの発注数しかない。
こんなめんどくさい仕事を受けたがらないのは当然である。

最近では中国リスクに備えて、生産をアセアンに切り替える日本企業も増えた。
大ロットはアセアンでという仕組みが出来上がっており、必然的に仕事が減った中国工場が小ロット生産を受け入れることも増えた。
1型100枚で製造を請け負う中国工場も珍しくはなくなっている。

このコラムの前半部分はそういう状況を説明しており、それはその通りだ。
今後、中国工場の廃業や倒産はますます増えるし、工員を確保するのはますます難しくなる。

意味がわからないのは後半である。

日本市場は多品種小ロット短サイクル、ある程度高品質で安価であることが要求される。かつて香港や韓国が生産基地だったが、中国本土に替わられ今はその姿は無い。中国は日本に近く、中国の中小工場も国際認証取得などブランド化ができれば香港、韓国の轍(てつ)を踏まずに済むと思える。日本は経験と教訓を生かし改めて中国生産に再投資する機会かもしれない。



字数が限られているコラムなので、言葉足らずになった部分はあるのだろうが、なぜ今更我が国が中国工場へ再投資する必要があるのだろうか。まったく理解不能な主張である。
この記者は中国人の回し者だろうか。

そもそも、中国で工員が集まらないのは、中国人と中国社会の問題であって、中国人自身がやりたがらない仕事にどうして我が国が再投資する必要があるのだろうか。
また、工員にならないという選択をしたのは中国人自身であり、その判断は他国者がどうこうできるものではない。

さらにいうと、最近ではアセアンの工場が増えているが、その工場の経営者は本土を見捨てた中国人だったり韓国人だったりするケースが多い。ベトナム、ラオス、カンボジアには中国人経営者の工場が多くある。
本土での製造加工をあきらめたのは、ほかならぬ中国人経営者であり、そのあきらめた工場にどうして我が国が再投資する必要があるのか。

我が国企業は我が国の利益を最優先すべきである。

今、日本が投資すべきはアセアン工場、インド工場と国内工場である。

アセアンやインドで小ロット生産は現時点では不可能だから、国内工場を強化すべきであろう。
国内でも工員は集まりにくいから、少人数でも運営できるように限りなく全自動に近い省力化を目指すのが正しい方向性といえる。
個人的には製造加工も機械によって全自動すべきだと思っているが、全自動は不可能なので極力人手が要らないように機械化するのが理想といえる。
またこれは、人手が集まらない中国工場に対しても同じで、それは中国人経営者が機械化を進めるのが正しく、中国人経営者がやらないなら我が国が肩代わりする必要はない。

一方、あと20年以内になくなってしまう繊維の製造加工技術が国内にはたくさんある。

これをどうするかは大きな課題で中国工場に人手が集まらないことなど些末な問題でしかない。
なくなってしまう技術を保存・維持するために投資すべきだとは思うが、なくなってしまっても構わないとして放置するのもそれはそれで一つの選択肢である。

本来であれば業界新聞はこの部分に対して問題を投げかけるべきであり、どうでもよい他国の工場への再投資を呼びかけるというのはまったく意味がないし筋が外れている。
アメリカ、ヨーロッパでも繊維の製造加工業は減っている。欧米工場に対して再投資を呼びかけずに中国のみに呼びかけるのはどういう意味があるのか。なぜそれほど中国に思い入れがあるのか理解できない。
我が国にとっては中国も欧米も等しく外国でしかない。

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繊維・衣料品業界は製造加工工程の全自動化を進めるべき

先日、某ファッション専門学校の関係者から、その学校の顧問みたいな御老人が「AIを使って販売員を再教育するシステムの構築」というプロジェクトを立ち上げるための企画書を書いていると聞いた。

いや、マジで意味わからん。(笑)

現在、衣料品の販売員は成り手が少なく、時給1,000円以上にしても集まらない状況にある。
その状況を解決するために、自動レジの導入やタッチパネルの導入などの施策が行われており、少ない人手でのオペレーション体系が構築されようとしている。
今後、さらに技術が進歩すればAIが接客の一定部分を請け負うことも出てくるだろうと考えられる。

販売員が全く不要とも思わないし、販売員になりたい人はなれば良いと思うが、成り手が少ない状況というのは今後も変わらないだろうから、その穴埋めとしてAIを活用したり、自動化を推進することはブランド側にとっても当然といえる。

しかし、AIを使って販売員の再教育というのは活用法が違うのではないか。
そんなめんどくさいことをせずともAIに店内のオペレーションの何割かを代行させることを考えた方がシンプルではないか。
今のプランは「仕事のための仕事」を作り出そうとしているに過ぎない。

すべてとは言わないが、多くのファッション専門学校にはこういう正体不明の顧問とかアドバイザーみたいな業界老人が携わっている場合が多く、そのあたりの闇が通常のアパレル企業よりも色濃い。
これもファッション専門学校の弱点の一つといえる。

まあ、それはさておき。

実は販売員や店頭作業以上に自動化が必要なのは製造・加工工程ではないかと思っている。

繊維・生地・衣料品の製造・加工はもっと劇的に全自動化すべきだと思う。
国内では工場経営や作業現場での後継者不足が早くから言われている。
また海外では成り手はたくさんあるものの、低賃金労働や長時間労働などの問題が指摘されている。

そういえば、先日、国内でも某産地の「毛焼き工場」が現在では1社しか残っておらず、あと10年もすればその産地から「毛焼き工場」は消滅してしまうとのことだ。

現在でも自動化できている部分はあるが、それをより大幅に進めて全自動化を目指してはどうかと思う。
国内では後継者不足であり、その理由は、仕事の受注量が不安定だとか低賃金だとかそういうところにある。
そこを無理やり「物作り神話」をでっち上げたところで、詐欺の被害者が増えるだけである。

だったら機械化を進めて全自動化を目指した方が良い。
海外でも同じだ。
低賃金で長時間労働が問題なら全自動化を目指せば良いと思う。

ナイキの生産自動化がアジアに与える衝撃
アジアでは6割近い雇用が失われるとの指摘も
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/108556/102900021/

こんな記事が先日、日経ビジネスオンラインに掲載された。

ナイキは2015年、米フィットビットのヘルス・ウエラブル機器や中国レノボのサーバーを受託製造することで知られる米フレックスと手を組んだ。労働集約的とされる運動靴の生産工程に、自動化を取り入れるためだ。

とある。

ナイキの場合はスニーカー生産が自動化の対象だが、これを衣料品や生地・糸作りにまで各社は波及させるべきだと個人的には考えている。

国内の後継者難と海外の低賃金・長時間労働がある程度緩和されるからだ。
何も無理に人が縫うこと、人の手を介することにこだわる必要はない。
結果として同じ物が出来上がるなら、人が介していようが全自動だろうがどっちでも構わない。

料理でもやたらと手作りにこだわる人間がいるが、あれはまったく理解できない。
美味ければ機械が作ろうが、コンビニ弁当だろうがなんでも構わない。
冷凍食品でも構わない。

衣料品でも個人的には、手縫いよりもミシン縫製のほうが好きだ。
手縫いはやっぱり縫い目が微妙に不均一である。そこが良いという人がいるが、実は何が良いのかさっぱりわからない。
それよりもミシンでまっすぐ整然と作られた縫い目のほうが美しいと思うし、好きだ。

ミシンを踏むのが人間でなくてもまったく構わない。
ロボット技術が発達してロボットが踏めば良いと思うし、全自動ミシンが開発されても良いと思う。

労働集約型の産業である繊維・衣料品の生産問題を解決するには全自動化が最適だと思う。

先ほどの日経ビジネスオンラインの記事では

そうした委託先となってきた国々では今、低賃金から脱して高付加価値なものを生産する中進国に成長するチャンスをロボット化、自動化によって奪われるのではないかとの懸念が広まっている。



とあるが、それは致し方ないのではないかと思う。
あまりにもひどい低賃金・長時間労働がなくなるのだからある程度は歓迎すべきではないか。
すごく繊維製造業が好きなら別だが、そうでないなら、ほかの産業に従事すれば良いのではないか。

低価格グローバルブランドが製造に関して非難されることがあるが、逆に言うと、その国にとってはその製造受注は経済的になくてはならない部分もあるということである。
雇用を生み出して、その途上国の経済を支えている部分もある。
だから、記事のような懸念が生まれるわけだ。
単純な低価格グローバルブランドやファストファッション撲滅論はそのあたりを全く考慮していないから、個人的には賛同しない。

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幻に終わった「エコファー」への名称変更

最初は奇異に感じていても、慣れてくればそれはそれで良いと思えてくる。
奇異な名称であったり、デザインであったり、というのはそんなものである。

9月から「仮面ライダービルド」が始まったが、今回はあまりデザインに対して反対意見は見られなかった。
しかし、これまで毎年、新ライダーのデザインが発表されると、あまりにも突飛なデザインであるために、反対意見が噴出する。
東映もそれを狙ってわざとそういうデザインにしているのではないかと思う。

番組が始まってしばらくすると、「それはそれなりにイイ」という意見が増え、反対意見はなりをひそめる。
もちろん、頑強なアンチ論者は消えることはないが、主流派ではなくなる。

だいたいの物事はそんなものである。

5年くらい前からフェイクファーに対して「エコファー」という名称が用いられるようになった。
最初はなんだか、落ち着かないなあと思っていたが聞き慣れるとあまり違和感がなくなってきた。
毎年の仮面ライダーと同じである。

ところでこのエコファーという名称は、当方というか、当方が参加したチームの失敗が思い出される。

2010年から3年間、高野口産地を手伝ったことがある。
高野口産地は、フェイクファーの産地である。

通常のフェイクファーは中国製が主で、それは安価だからという理由がある。
これまでの考え方なら、高価なリアルファーに対して、安価な商品を作るために安価なフェイクファーを使う。
高野口のフェイクファーはそういう中国製よりも圧倒的に高額であり、安価な商品作りには適さない。
だからといって、高額品に用いられるかというとそうではない。高額品になるとリアルファーを使用する。

産地側もそれなりに努力はしてきた。
限りなく本物に近い見た目を再現したり、合繊ではなくウールを使用することで本物のような手触りを実現したり、そういう開発を続けてきた。
また、裏に塗るバインダーを工夫することで、固くならないのに毛が抜けにくくもした。

それでもなかなか業界にも消費者にも浸透しにくかった。

それが、動物愛護の風潮もあって、5年くらい前からフェイクファーへの注目が高まった。
そのときから「エコファー」という名称が世界的に用いられるようになった。

高野口産地を手伝ったのは、その直前くらいの時期である。

フェイクファー=安物という図式から脱却するためにどうするかということを会議していて、当方の属したチームのメンバーから「フェイクファーのフェイクという名称にマイナスイメージが強いから名称を変えてみてはどうか?」という提案があった。

「安価な素材はフェイクファー、高野口産地のはそれとは違う〇〇ファー」という打ち出しをしてみてはどうか?

という提案だった。

このメンバーとは現在疎遠になっていて、平素の主義主張にはほとんど当方は賛同できないのだが、ときどきこういう良い提案をすることがある。そこが最大の長所といえる。
このときもその一端を見せた。

そこで、さまざまな名称案が出された。
その中に「エコファー」も含まれていた。

エコファーを含むいくつかの案に集約され、産地側に「どれかを選んでほしい」と言ったところ、産地側は名称変更を却下したのである。
正直、そのとき「事は終わった」と感じた。

産地が却下した理由も理解はできる。

「聞き慣れない名称だから奇異に感じる」
「取引先が戸惑う」
「認知されるまで時間がかかる」

などなどだ。

しかし、外野から見ればその危惧は取るに足りないものだし、何よりもコストゼロでイメージチェンジができてしまう。
デメリットはごくわずかでメリットのほうが大きい。

それから1年後くらいに、欧米ブランドで「エコファー」という言葉が使われ始めた。
初めてそれを見たときに「ほら、見たことか」と思った。

今さら言ったところで時間は巻き戻せない。
決定的瞬間を目の当たりにできたことに満足すべきなのかもしれない。

国内の繊維産地、洋服関係の製造加工業はこれまでのやり方では注文は増えずに製品も売れにくくなっている。
そもそも洋服のブランド自体が従来のやり方では商品が売れにくくなっている。

となると、何かを変えなくては再び売れるようにはならない。
それは製造方法だったり商品のデザインだったり名称だったり何かを変えなくては再び売れるようにはならない。

従来通りのやり方が受け入れられなくなったから売れなくなったのである。
じゃあ、もう一度売れるようになりたければ、「従来通り」を変える必要がある。簡単な理屈である。

ところが、産地も製造加工業もブランドも「従来通り」を変えることを頑なに拒む。
「従来通り」のままで売れることを願っているように見えるが、それは単なるエゴでしかない。

洋装関連のみならず、和装も他の物作りも、伝統工芸も同じように見える。
「俺たちは変わるのは嫌だが、売れるようになりたい」と願っているように見える。

しかし、そんなことが不可能であることは子供でもわかる。
何一つ変えなくても売れるなら、どうして今売れていないのか。
従来通りが支持されていないから、今売れていないのではないか。

商品や製造工程を変えなくても、販促手法や広報宣伝手法を変えれば売れるようになるかもしれない。
それとて、販促手法や広報宣伝手法は変えているのである。

「俺たちは何一つ変わらないが、売れるようになりたい」というのは何とも傲慢すぎるのではないか。

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「数字だけ」を見て失敗したアパレル経営者たちの事例
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生地の特性をお客に説明するのが販売員とブランドの仕事だろ?

みなさん、おはようございます。^^

驚いた方も多いと思うが、昨日の夜からこのブログのデザインが変わった。

変わったというと自分で変えたように聞こえるが、変えてもらったのである。当方はウェブなんて触れない。(笑)

このブログも開設してもうすぐ7年になるので、デザインを一新してもらって、気分転換してみたいと思う。
ちなみにドメイン、URLは変わっていない。以前まではライブドアブログだったが、今のこれはワードプレスである。

また引き続きお付き合いを願いたい。

9月22日の金曜日、朝に見知らぬ人からメールをいただいた。

「このたび、当社がテレビから取材を受けていて、その取材の内容の放送が決まりました。これまでこのブログを読んできて、一つの成果が出たのでお礼方々」

という丁寧な内容だったが、当方はお会いしたこともないし、何もしていない。まったくもって先方が努力してこられた成果でしかない。

しかし、ほんのわずかでもお役に立てたというなら嬉しい限りである。

メールをいただいたのは、新潟五泉市の横正機業場さんである。

五泉というとニットの産地として有名だが、和装用の絹織物の産地でもある。
とはいうものの、実は当方も五泉に絹織物の産地という認識はなかった。当方の勉強不足もあるが、産地としての知名度もそれほど高くないといえる。

http://www.minkyo.or.jp/01/2017/09/nipponnochikara_105.html

関西ではこの番組は9月24日(日)朝5:50~6:20という早い時間帯の放送なので、到底起きることができないので録画した。
日曜の朝は、午前7時30分の宇宙戦隊キュウレンジャーに間に合うように起きるというのが当方の長年の生活習慣である。

録画したのを見た感想をまとめてみたい。

まず、五泉の絹織物は、京丹後と同じく、真っ白な白生地で出荷される。
白生地産地ということが、京丹後と同様で、産地ブランド化しにくい。

なぜなら、白生地は他の地域に出荷され、染色や柄付けを施され、違う名前の織物になってしまうからだ。
例えば、京友禅などになってしまう。京丹後も五泉もまったく同じだ。

今回の横正機業場さんは、染色業者に依頼して、オリジナル商品化に臨んだが、京丹後の白生地業者はリスク(開発費用の投資、売れ残り、返品など)を恐れて一部を除いてはそれに踏み出せずにいる。もちろん、踏み出した業者も京丹後にはあるが、付き合った感じでいうとそれは1割か2割で、残り8割近くは手をこまねいている状態にある。

まず、白生地産地というところに五泉も京丹後もハンデがあったといえる。
そのハンデを乗り越えるかどうかは、経営者次第である。

番組の作りは、過剰な演出もなく、見やすい物だったと感じる。
しかし、個人的な補足や感想もここでまとめてみたい。

「五泉の絹織物がどうして洋装には進出できなかったのか?」

という言葉が番組中で流れる。

これには理由があって、白生地だということ。
もう一つが、和装の生地は幅が狭くて洋服の生産には向いていないということもある。
生地幅が狭いということは番組中では触れられていない。

和装の反物の生地幅は38センチしかない。
洋装の生地は、狭幅でも70センチ強あるし、広幅だと1メートル~1メートル50センチある。

絹織物自体も価格が高いが、狭幅の生地で洋服を作れば、裁断による生地ロスが生じて、和装よりも生地値がさらに高くなる。
となると、使用した生地値だけで1着2万円とか3万円になることも珍しくない。

これを店頭販売すれば軽く10万円を越える値段になる。
よほどブランド価値がなければおいそれとは売れない値段である。

番組内で気になったことがもう一つ。
横正機業場さんは、自社オリジナルのストールブランド「絽紗」を完成させる。
夏物の着物で使用されるスケスケ生地の「絽」「紗」の織り方を生かした絹の薄手生地ストールである。
もちろん、白生地ではなく染色されている。

これがユナイテッドアローズの重松理会長の目にとまって、商談が始まるのだが、
ボリュームが欲しいという重松会長の言葉から、横幅を広げることになる。

大判化した結果、広げたときにピンとまっすぐにならず、たわんでしまい、それを解消するように指摘される。

様々な試行錯誤を繰り返し徐々に解消していくのだが、完全解決したという放送はなかったので、今も試行錯誤が続いているのではないかと推測される。
細い糸で低密度で織っているのだから、厚地や高密度織物のようにピンっと張ることは不可能で、さらに生地幅を広げているから自重はさらにたわみを作る。

重松会長も「生地の特性だから」と番組内でも発言している。

しかし続けて「お客に特性だからとは説明できない」と発言しており、個人的にはここに疑問を感じる。

え?それを説明するのが販売員であり、ブランドの仕事じゃねえの?

じゃあ、防縮加工(スキュー)を施していないデニム生地を使ったビンテージ風ジーンズを何故のうのうと販売しているのか?
洗濯したら捻じれて縮むのが「生地の特性」ではないか。その「生地の特性」をお客に説明して納得してもらっているのではないのか。何を寝ぼけたことを言っているのか。

デニム生地は「生地の特性」を説明し、あまつさえ、それを「味」だと説明している企業が、何故、薄手絹織物の「生地の特性」は説明できないのか。ダブルスタンダードにもほどがあるのではないか。

もちろん、テレビ番組の発言なんてズタズタに切り裂かれて再構成されていることは承知している。実際にその場でどういう文脈でその発言に至ったのかはわからないから、幾分か割り引いて聞く必要はある。

だが、それでも「特性だからとは説明できない」という発言は、どうかと思う。
本心から語っているのだとしたらお笑い草でしかない。まさしく草不可避だ。

トップ企業の経営トップが本心からその認識だとすると、やっぱりアパレル業界はダブルスタンダードが横行するろくでもない業界だといえる。

いずれにせよ、横正機業場さんには飛躍のチャンスが訪れており、うまく掴んでもらいたいと思わずにはいられない。

NOTEを更新しました⇓

「原価率50%」商法はナンセンスでしかない
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/nf12f449b36a1

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産地ブランドが単なる「思い出作り」で終わる理由

繊維産地の「産地総合展」の多くは、サンプル製品を見せ球として展示しながら、実際はそのサンプルを作った生地の受注を取るというのが目的だが、近年(といっても10年以上前から)産地の生地を使った独自製品、産地オリジナルブランドの展示会も増えてきた。

しかし、概して「産地ブランド」の多くは3年くらいで活動を停止したり、「恒例の行事」的に毎年、展示会を繰り返したりしている。

生地の場合は、各社はそれぞれに専門なので「納入条件」とか「掛け率」とかそういうものが設定されている。だから、生地展で受注があってもそれで対応ができる。
けれども、製品の場合は、各社とも手探り状態であり、「価格設定はこれでよいのか?」「生産数量はどれくらいなのか?」なども全くわかっていない。それどころか、そもそも「ターゲットはどこに設定しようか?」「コンセプトはどうしようか?」ということも少なくない。

当然、この手の展示会は、製品ブランド展示会とは名ばかりの「見せるだけ」の展示会で終わってしまう。
「見せるだけ」だから収益化もできず、行政の補助金や助成金に頼ることになる。そして補助金や助成金は3年間で終わることがほとんどなので、必然的に活動も3年間で終わる。

それでもあきらめきれない場合は、違う行政組織から補助金や助成金を引っ張ってくることを画策し、実行する。
県がだめなら市、市が終わったら町、ナンタラ省の●●課が終わったら隣の課、というような具合である。
もちろんそれも3年間で終わるから、3年ごとに「助成金ジプシー」となってしまうわけである。

「継続は力なり」とはいうが、見せることだけを「継続だけ」していても何の力にもならないし発展することはない。
結局、「通常の展示会」として売らないと何も始まらない。

多くの産地ブランドが長続きしないのはこのためだ。
生産されたサンプルや少数の商品は「記念品」として産地組合事務所に展示されるのが関の山である。助成金ジプシーをやって、成しえたことは「思い出作り」だけなのかと呆れるほかない。

先日、それに意義を唱える若き産地企業の経営者に偶然会うことができた。

まだ全国的には無名だが、「見せるだけ」に終始して満足している産地製品展示会を強く批判し、いかにして受注を取るかということを真剣に考えている。

組合の取り組みがダメなら、自社オリジナル製品を開発してどのようにして卸すかを考えている。

いわゆる国内ファクトリーブランドの多くは、「格安品」は製造できない。
だが割安品なら製造は可能だ。

多くのこの手のブランド、国産押しのブランドの問題点は、その安くはない商品をマスの売り方で売ろうとするところにある。
1足1500円の靴下は決して安くはないが高すぎるわけでもない。

しかし、マスで売ろうとすれば、1足1500円では無理だろう。
グンゼや無印良品の機能性に優れた靴下が3足990円以下で販売されている。

じゃあ、つまるところ、それはニッチ市場、マニア市場へ売ることを考えなくてはならない。
この手の商品をマスに売ろうとするから、経済誌や業界紙ならいざしらず、一般の「モノ雑誌」にまで「原価率50%」という大見出しを付けたタイアップ記事を載せなくてはならなくなってしまうのである。

この経営者は、自らの商品をニッチ向けだと分析し、そのニッチ向け店舗へのみ卸すことを始めている。
その冷静さは、繊維・衣料品業界でも得難いし、産地ではもっと得難い。

いずれ、もう少し取材を重ねたらご紹介したいと思う。

それにしても、マス化させたいなら、衣料品でいえば、ユニクロがありジーユーがあり、無印良品が市場を席捲している時点で、格安でなければマス化できない。もはや、バッタ屋商品ですら「特別には安い」と感じられないほど安い商品が日常に溢れている。

それでいて品質は最低限以上の水準はある。

となると、繊維業界人がいうような「価値ある高額な物をマスに買ってもらう」なんてことはほとんど実現不可能である。

そこそこに高い物は、特定の愛好者に向けて売るべきで、その愛好者に売るにはどのようにすればよいのかということを考えるのがマーケティングであり、販売戦略である。

業界で話題のあの「原価率50%」ブランドでさえ、この「価値ある高額な物をマスに買ってもらう」幻想に取りつかれているのではないかと感じる。
あんなニッチな商品を売っておきながら。

繊維業界人・衣料品業界人は根本から考え直す必要があるのではないか。

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ユニクロより優れた商品は確実に存在する
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製造業者がフリーライダーになろうとした話

 国内の産地や製造加工業者からは、ブランドにひどい目に合わされたという話をよく聞く。

例えば、無断返品されたとか、商品の未引き取りがあるとか、難しい仕様なのに納期が短かったとか、サンプルを渡したら他の安い工場にコピーさせたとか、そういう類の話は掃いて捨てるほどある。

その一方で、ブランド側からも産地や製造加工業者の取り扱いに困るという話もある。

こちらは大概が、産地や製造加工業者がブランドの製品デザインやマーチャンダイジングに口をはさんでくることだ。

もちろん、製造業者の見地から、生地や縫製、その他仕様についてアドバイスすることは必要だし、それはブランド側にとってもありがたい話で、実際に、製造業者のアドバイスによる改良があったから商品化できたということはけっこうある。

これは理想的な取り組みだといえる。

しかし、こんな困った例もある。

先日、あるデザイナーから相談を受けた。
相談内容はこうだ。

「新しいブランドを立ち上げるために製造業者と何度もミーティングをしていたら、業者が『いろいろとアイデアが湧いてきた』と言い始めて、業者自身がデザインした商品を新ブランドのラインナップに差し込もうとし始めた。何度断っても聞き入れようとしない」

とのことだった。

当方は、即座に「それは製造業者のタダ乗りだから、その業者を切るべきだ」と返答しておいた。

この製造業者は根本的に勘違いをしている。
というか勘違いしかしていない。

まず、第1に、ブランドの立ち上がりはブランドコンセプトに沿った商品のみを展開すべきで、他の異なるテイストの商品を差し込むべきではない。
立ち上がりで商品のテイストが乱れれば、ブランドとして離陸できない。
そのブランドが成長し、拡大した場合には、そういう「異なる」商品をアクセントとして差し込むこともできるが、これからスタートするブランドにそういうことをすべきではない。

次に、製造業者はあくまでも製造業者でしかない。デザイナーではない。

個人的にこの製造業者が悪質だと思うところは、デザイナーの新ブランドにタダ乗りしようとしているところだ。最近流行りの言葉で言うとフリーライダーだ。

便乗である。

もし、製造業者にアイデアが湧いてきて、そのアイデアと自分のデザインで勝てると思うなら、自身のブランドを立ち上げて売り出すべきである。

売れる自信がないからデザイナーのブランド・アイデアに便乗、タダ乗りしようと思っているだけのことだ。

しかも、業者にアイデアが湧いたのは、デザイナーの発案に触発されたからで、言ってみれば二次創作のようなものである。

二次創作を本家の創作者に押し付けるという態度はお笑い種でしかない。

実はこの手のことは、今に始まったことではなく、昔から産地や製造加工業者にはけっこうあった。
「父親の時代には『ワシはセンスがあるから~』と言って自分がデザインした商品を他社のブランドに差し込もうとしたことは珍しくなかった」という製造関係者もいる。

センスがあるなら、自分でブランドを立ち上げるべきであり、何を寝言を言っているのかと呆れるほかない。

国内の産地や製造加工業者は衰退・減少しており、自社製品の開発が生き残りの一つの方法だとみなされている。
自社製品開発はかなり難しい。そう簡単に収益化できるものではないし、下請けしかしてこなかった製造加工業者にそのノウハウはない。

それゆえ、今後はこういうブランドにタダ乗りしようとする業者は昔よりも多く出現するのではないかと考えられる。

彼らは意外に狡猾なところがあるから、圧倒的戦力をそろえている大手ブランドにこの手のことは絶対に仕掛けない。仕掛けるとすれば、力の弱い小規模零細ブランドに対してである。

小規模零細ブランドや小規模零細デザイナーは注意が必要だ。

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鎌倉シャツのビジネスモデルが秀逸なポイントを考えてみた
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いつだって、可笑しいほど誰もが誰かパクりパクられているのさ♪

 最近、ブランド間での商品の同質化が激しいといわれている。
それはどうして起きるのか。

先日、こんなことがあった。
某靴工場の人と会う用事があった。

雑談をしていると、「某セレクトショップが、某老舗靴ブランドの商品を持ってきて『これと同じのを作ってくれ』と依頼してきた」そうだ。

これだけを聞くと、某セレクトショップはなんと悪辣なのだろうと憤りそうになるが、話には続きがあって、

「でもその老舗ブランドも別の靴を作る際には、そのセレクトショップの別の商品を持ってきて『これと同じのを作ってくれ』と依頼してきた」とのことだから、どっちもどっちである。

こうやって業界はお互いパクリ合っているから、必然的に商品も同質化する。

これは靴のことだが、洋服や雑貨もほぼ同じ構図だ。

お互いがお互いの売れ筋商品を持ってきて「これと同じものを作ってくれ」と依頼するのである。
これで同質化しない方がおかしい。

もともと、ファッション業界はそういうパクリ愛パクリ合いで成り立っており、それで各ブランドが規模を拡大してきたことは事実である。

商標(ブランド名)をわざと類似させることもあり、業界の若手の中にはいまだに「コム・デ・ギャルソン」と「コムサ・デ・モード」の区別がついていない人もいる。

15年くらい前にファッション専門学校を卒業した学生が、就活でファイブフォックスの面接を受けて「ぼく、昔からコム・デ・ギャルソンが大好きだったんです」と言ったことがある。
もちろんその学生は不合格に終わった。

それはさておき。

しかし、オッサン世代として20年くらい前を思い起こせば、各ブランドはお互いにパクリ合いをしていたが、丸パクリすることはほとんどなく、商品にはそれぞれのブランドっぽいアレンジが施されていた。

トレンドの情報源もたいがいがパリコレだとかミラノコレだとかニューヨークコレに限定されるので、どうしても同じような商品になる。
今では、ほとんどどのブランドも見分けのつかないトレンド商品が並んでいるが、20年くらい前はブランドごとにそのトレンド商品のアレンジも違っていた。

うちはフェミニンなテイストだから、少しフリルを付け加えましたとか、うちはカジュアルテイストなのでロゴプリントを施してみました、とかそういう具合にパクリ商品もトレンド商品もブランドごとにアレンジされていたので、「きわめて同質化している」ようには見えなかった。

ところが、各ブランドがデザイナーや企画担当者を「コスト」とみなしてリストラを進めた結果、そういう「アレンジ」を施せる人が社内にいなくなった。
代わりに登用された若手の仕事は、他社の売れ筋の丸パクるだけだし、外注デザイナーに頼めば、その外注デザイナーは何社もの企画を受けているから、必然的にそのブランド間での商品デザインは似てしまう。

丸パクリ感がにわかに強まったのは、インターネットとデジタルカメラが普及し始めた2000年ごろからだと記憶している。

すでに2002年ごろ、児島の某洗い加工場へ取材に伺ったところ、そこの社長が「東京のナントカってブランドの企画のおねえちゃんが、『こんなふうに加工してください』ってデジカメの写真をメール添付して送ってきよった」と言って、その画像を見せてくれたことがある。

メールに添付されていたのは、当時人気だったジーンズカジュアルブランドの商品写真だった。

このころからすでにこういう「お手軽商品企画」は横行していたのである。

今現在の風潮はその延長線上にあるだけのことだ。

そして、今、低価格ブランドが、手段は別として商品の企画力・デザイン力を高めている。丸パクリ合いばかりしている既存アパレル各社がそれに対抗できるとは到底思えない。

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三越伊勢丹とカルチュアコンビニエンスクラブの提携は何が目的だったのか?
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ファクトリエが国内工場を立て直せない最大の理由
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愛し愛されて生きるのさ
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「名刺代わりのホームページ」さえ持っていない工場は存在しないのも同然

 繊維・衣料品に関する製造加工業はいまだにウェブを軽視している人が珍しくない。
もちろんウェブ万能ではないことは言うまでもないが、ウェブ無知ではどうしようもないのが現状なのだがそのことを理解していない人が多い。

社長自らがブログを書くとか、SNSで発信するとかよりもその前段階として「名刺代わりのホームページ」すら持っていない企業・工場は世間が想像するよりもずっと多い。

今の世の中、調べようと思えば最初に「ウェブで検索」する。
「名刺代わりのホームページ」すら持っていなければ、その検索に引っかかることさえない。
つまるところ、仕事の問い合わせが来る可能性はゼロ%である。

「名刺代わりのホームページ」さえ持っていれば、まだ新規の仕事の問い合わせが来る可能性は高まる。ゼロ%ではない。

自らが自らを窮地に追い込んでいながら、仕事がないと嘆いている業者・工場のなんと多いことか。
挙句の果てに「業界構造がおかしい」とか「みんながモノづくりをわかっていない」とか「ファッションが変わった」とか愚痴をこぼすが、それって「名刺代わりのホームページ」さえあれば、何%かは解決できたはずである。

こちらから言えば、完全なる自業自得であり、おかしいのは「名刺代わりのホームページ」さえ持とうとしないそちらの時代遅れの認識である。

先日も、モノづくり系のコンサルタント?プロデューサー?から、「いろいろな工場の強い技術を合わせて商品開発をしてウェブで販売したい」という相談を受けたが、それは大賛成なので、ぜひともやってみればよいのである。

ただし、自社のホームページさえ3年近く更新していない人が、ウェブでどれほど売れるのかはなはだ疑問でしかないが。(笑)

断っておくと、このコンサルタント?は製造にはそれなりに長けておられる。また工場との商品開発も悪くはない。その部分では大いに評価できるが、問題はウェブに対する認識が甘すぎるところである。

モノづくりに長けている人は、思考方法までが「産地のオッサン」化してしまうのだろうか。

おそらく、商品開発はそれなりに成功すると思うが、ウェブでの販売は大失敗するだろう。
ホームページすら持たない者同士の連携して、自分たちが主導するのだから、結果は目に見えている。

ウェブやウェブ販売に強い業者と組むなら成功の可能性は高まるが、それを介さない現在の構想のままで動けば、失敗に終わる可能性は極めて高い。個人的には99%失敗すると見ている。

それはさておき。

日経トレンディの記事で、新興の「Knot(ノット)」という手ごろな腕時計ブランドが掲載されていた。

手ごろな国産腕時計「ノット」、意外な誕生の秘密
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/1033760/073100012/

当方は3年前まで腕時計をしていなかった。
今でも仕事以外ではあまり腕時計をはめない。

腕時計は嫌いだし、めんどくさい。
あと、夏は手首が蒸れて汗をかく。

それでもあれば便利だし、仕事上スマホを取り出して自国確認できない場合もあるので、それに備えて3年前にホームセンターダイキで腕時計を買った。3000円くらいである。

腕時計がめんどくさいのは、電池交換という部分にもある。
ダイキには、セイコーQ&Qというラインがあり、ここには太陽発電腕時計があった。

電池交換不要である。
しかも10気圧防水なので、これを買った。

しかし、3年も使えば飽きてくる。
先日、Amazonでためしに太陽光発電腕時計を調べてみた。

セイコーのQ&Q
カシオ
シチズンのアルバ

という3国内メーカーの商品を見つけた。
一応検索の縛りは、太陽光で1万円以内という条件を自分で設けた。

だいたい2500~10000円くらいまでの価格帯の商品が3メーカーともある。
もちろん、もっと高い5万円、10万円、20万円以上という商品もセイコー、カシオ、シチズンともにある。

その検索で見つけたのがこのKnotというブランドだった。
ほんの3週間ほど前のことである。

価格は1万8000円くらいだ。

それがたまたま記事に掲載されていたので、何とも運命を感じてしまう。

この記事を読むと、時計の国内製造業も繊維製品と同じだということがわかる。

かつて何十社もあった製造業がいまでは1社になっていて、それも大手の丸抱えだから製造を断られたとある。
いろいろと探して廃業寸前の工場を見つけて作ってもらうことに成功したそうだ。

繊維製造業は1社とはいわないが、数が年々減っていることは同じだ。

工場を探すのにひどく苦労したというが、その理由は

ところがそういうところはウェブサイトすら持ってないわけですよ。電話帳にも載ってない。そこで弊社の役員で某大手時計メーカーの開発責任者だった人間の昔のつてをたどったりしていろいろな工場にご連絡をしたんですが、やはりほとんどの工場は時計の生産をやめていました。

とのことであり、ここも繊維製品とまったく同じである。

ウェブサイトすら持っていない。

これは現在のビジネス環境において致命的な失策だ。
ちなみに「ホームページ」という名称はひどく幼稚なので、正しくはウェブサイトと呼ぶ。
永江一石さんではないが、「ホームページ」なんて呼び方をしているウェブ業者は信用するに足りない。
レベルの低い相手にわかりやすく説明するために「ホームページ」を方便として使うことはあっても、「ホームページ」という呼称に何の疑問も持っていない業者はド素人と変わらないといえる。

それにしても分野は違えど、製造加工業というのは押しなべて考え方は似てしまうものなのだろうか。

廃業することが決定している場合は別として、まだまだ工場経営を続けたい、息子や孫に経営を譲りたい、と考えている工場経営者がいるなら、今すぐ「名刺代わりのホームページ」くらいは作るべきである。

良い物を作っていたらどこかから評判を聞きつけて有名な人が注文してきてくれる、なんていう情景は漫画かドラマか池井戸潤の小説の中だけにしか存在していない。

あと、繰り返すが、今現在ウェブをやっていない業者が、いきなりウェブ通販をやってもそれはほとんど失敗するだろう。いまだにウェブを簡単に考えている「モノづくり脳」が多すぎることも、国内の製造加工業者が衰退する理由の一つだろう。

そしてそれは自業自得でしかない。

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「機能性追求」には限界がある

 今回もそうだが、第一織物の吉岡社長の記事はいつも製造業にとって良いサジェスチョンを与えておられると思う。

高級ブランドが頼る繊維の匠「第一織物」の正体
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/080400148/

まあ、タイトルは陳腐だし、個人的には「匠」という形容詞が嫌いだ。
「美人すぎる〇〇」と同じくらいありふれた形容詞だと思う。

メディアの報道が正しいとするなら、日本は今頃美人であふれかえっているし、匠であふれかえっている。
しかし、現実には、美人は数少ないし、匠もそれほどたくさんいるわけではない。

第一織物は福井の合繊織布工場である。
合繊関係の工場は、合成繊維自体が大量に製造されるため、基本的には低工賃での大量生産が前提となっていることが多い。

そのため、どうしても大量に使用してくれるブランドと薄利多売で取引をすることが多かった。

自動車や機械などへの産業資材供給だったり、大手スポーツメーカーだったり、そういう取り組みが多かったし、今でも多い。

少し前だとユニクロやニトリとの取引も多かった。
ケタ違いの生産数だからだ。

しかし、そんなときでも吉岡社長はメディアで「ユニクロやニトリがいくら美味しいからといって、そこに集中すれば、工賃や納期を相手側にコントロールされる危険があるし、契約がなくなったときには工場が立ちいかなくなる。もっと取引先を分散すべき」という趣旨のことを発言しておられた。

まさにその通りである。

今回の記事でも

「例えば、生地中の糸の密度が100本から101本に上がったことを優位性だと言うこと自体が愚かだ。機能性を打ち出していくような商品は、生産の速さから価格まで考えて、日本に残る道理はない」。

というコメントを出しておられる。

これもその通りで、「糸の密度を100本から101本に上げる」ことを競っている国内の繊維製造加工業者はいまだに珍しくない。

技術的にはその「1本を増やす」ことが難しいのかもしれないが、実際のところ、出来上がった生地、ひいてはその生地で作った服にどれほどの違いがあるのか、ブランドも実感できないし、消費者はもっと実感できない。

しかし、技術開発は必要だからそういう開発は地道に続ければよいと思うが、問題は、製造加工業者がそれをセールスポイントとして打ち出すことだ。打ち出すのは構わないが大抵の場合は、何の効果もない。

なぜなら、ブランド側はその効果が分からないからだ。
実際に工場側も効果が分からない場合もある。
もちろん消費者にも伝わらない。

これは無用のスペック自慢でしかない。

吉岡社長が記事でも語っておられるように、最新鋭の設備を備えた中国工場、これからはアセアン工場と高機能・高スペックさを競っても勝ち目は薄いのは事実といえる。

だから第一織物は、機能性の追求ではなく、感性の追求を続けたとのことだ。

「柔らかな手触りがほしい」「とにかく軽い質感がいい」といった高級ブランドの注文に対応できた第一織物は、ファッション向けの合繊生地の市場の拡大とともに急成長を続けている。

これはこれで一つの正解といえる。

しかし、外野から見ていると、この「感性の追求」というのも相当に難しい。
それこそ開発担当者、経営者などの「個人的能力」に頼る部分が相当に大きい。

いくら大事に丁寧に後継者を育成しても、それは数値化しにくいから、すべてを継承させることはできない。また、既存のものを継承させても、新しいものを作り出せるとは限らない。

機能性の追求もつねに他社との競争で、今現在の「世界一」とか「業界一」の高機能は必ず、いずれ追い抜かされる。
だから、機能開発をすることは悪くはないが、売り方として「世界一」「業界一」を謳うことは、そういう「競争」に巻き込まれてしまいやすくなり、厳しい状況に陥る。

第一織物のいう「感性の追求」も、個人的能力に負うところが大きいので、確実性はない。

繊維業界の国内の製造加工業者は、前者の機能開発競争・スペック競争を続けてきて疲弊している部分があるから、「感性」へシフトするということは正解の一つといえる。

しかし、感性を売り物にし始めると、それは個人的能力に負うところが増えるため、継承は不確実になる。

企業運営に「楽チン」な方法なんてないが、どちらを採るにせよ厳しいことには変わりがない。

そして、これは製造加工業者だけではなく、アパレルブランドにもいえることで、感性を売り物にしすぎると二代目・三代目でだいたい劣化する。
まあ、業界には「若社長はバカ社長」みたいなのは数多くいるが。

一方で、製造加工業者のオヤジみたいになって、「去年より重量を200グラム軽減できた」とか「去年より速乾性が5分早まった」とか、そういうことを盛んにアピールするブランドもある。
しかし、ガチのアスリートや登山家以外に、服が200グラム軽くなることに価値を見出す消費者がどこにいるだろうか?
乾くのが5分早くなることに価値を見出す消費者がどこにいるだろうか?
(ガチのアスリートや冒険家を除いて)

製造加工業もそうだが、アパレルブランドでも「高スペック競争」や「感性の追求」の罠にはまった企業は少なくない。
いかに繊維・ファッションビジネスの舵取りが難しいかがわかる。

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