カテゴリー: 産地 (1ページ / 6ページ)

幻に終わった「エコファー」への名称変更

最初は奇異に感じていても、慣れてくればそれはそれで良いと思えてくる。
奇異な名称であったり、デザインであったり、というのはそんなものである。

9月から「仮面ライダービルド」が始まったが、今回はあまりデザインに対して反対意見は見られなかった。
しかし、これまで毎年、新ライダーのデザインが発表されると、あまりにも突飛なデザインであるために、反対意見が噴出する。
東映もそれを狙ってわざとそういうデザインにしているのではないかと思う。

番組が始まってしばらくすると、「それはそれなりにイイ」という意見が増え、反対意見はなりをひそめる。
もちろん、頑強なアンチ論者は消えることはないが、主流派ではなくなる。

だいたいの物事はそんなものである。

5年くらい前からフェイクファーに対して「エコファー」という名称が用いられるようになった。
最初はなんだか、落ち着かないなあと思っていたが聞き慣れるとあまり違和感がなくなってきた。
毎年の仮面ライダーと同じである。

ところでこのエコファーという名称は、当方というか、当方が参加したチームの失敗が思い出される。

2010年から3年間、高野口産地を手伝ったことがある。
高野口産地は、フェイクファーの産地である。

通常のフェイクファーは中国製が主で、それは安価だからという理由がある。
これまでの考え方なら、高価なリアルファーに対して、安価な商品を作るために安価なフェイクファーを使う。
高野口のフェイクファーはそういう中国製よりも圧倒的に高額であり、安価な商品作りには適さない。
だからといって、高額品に用いられるかというとそうではない。高額品になるとリアルファーを使用する。

産地側もそれなりに努力はしてきた。
限りなく本物に近い見た目を再現したり、合繊ではなくウールを使用することで本物のような手触りを実現したり、そういう開発を続けてきた。
また、裏に塗るバインダーを工夫することで、固くならないのに毛が抜けにくくもした。

それでもなかなか業界にも消費者にも浸透しにくかった。

それが、動物愛護の風潮もあって、5年くらい前からフェイクファーへの注目が高まった。
そのときから「エコファー」という名称が世界的に用いられるようになった。

高野口産地を手伝ったのは、その直前くらいの時期である。

フェイクファー=安物という図式から脱却するためにどうするかということを会議していて、当方の属したチームのメンバーから「フェイクファーのフェイクという名称にマイナスイメージが強いから名称を変えてみてはどうか?」という提案があった。

「安価な素材はフェイクファー、高野口産地のはそれとは違う〇〇ファー」という打ち出しをしてみてはどうか?

という提案だった。

このメンバーとは現在疎遠になっていて、平素の主義主張にはほとんど当方は賛同できないのだが、ときどきこういう良い提案をすることがある。そこが最大の長所といえる。
このときもその一端を見せた。

そこで、さまざまな名称案が出された。
その中に「エコファー」も含まれていた。

エコファーを含むいくつかの案に集約され、産地側に「どれかを選んでほしい」と言ったところ、産地側は名称変更を却下したのである。
正直、そのとき「事は終わった」と感じた。

産地が却下した理由も理解はできる。

「聞き慣れない名称だから奇異に感じる」
「取引先が戸惑う」
「認知されるまで時間がかかる」

などなどだ。

しかし、外野から見ればその危惧は取るに足りないものだし、何よりもコストゼロでイメージチェンジができてしまう。
デメリットはごくわずかでメリットのほうが大きい。

それから1年後くらいに、欧米ブランドで「エコファー」という言葉が使われ始めた。
初めてそれを見たときに「ほら、見たことか」と思った。

今さら言ったところで時間は巻き戻せない。
決定的瞬間を目の当たりにできたことに満足すべきなのかもしれない。

国内の繊維産地、洋服関係の製造加工業はこれまでのやり方では注文は増えずに製品も売れにくくなっている。
そもそも洋服のブランド自体が従来のやり方では商品が売れにくくなっている。

となると、何かを変えなくては再び売れるようにはならない。
それは製造方法だったり商品のデザインだったり名称だったり何かを変えなくては再び売れるようにはならない。

従来通りのやり方が受け入れられなくなったから売れなくなったのである。
じゃあ、もう一度売れるようになりたければ、「従来通り」を変える必要がある。簡単な理屈である。

ところが、産地も製造加工業もブランドも「従来通り」を変えることを頑なに拒む。
「従来通り」のままで売れることを願っているように見えるが、それは単なるエゴでしかない。

洋装関連のみならず、和装も他の物作りも、伝統工芸も同じように見える。
「俺たちは変わるのは嫌だが、売れるようになりたい」と願っているように見える。

しかし、そんなことが不可能であることは子供でもわかる。
何一つ変えなくても売れるなら、どうして今売れていないのか。
従来通りが支持されていないから、今売れていないのではないか。

商品や製造工程を変えなくても、販促手法や広報宣伝手法を変えれば売れるようになるかもしれない。
それとて、販促手法や広報宣伝手法は変えているのである。

「俺たちは何一つ変わらないが、売れるようになりたい」というのは何とも傲慢すぎるのではないか。

NOTEを更新しました⇓
「数字だけ」を見て失敗したアパレル経営者たちの事例
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n3260aa3e5852

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生地の特性をお客に説明するのが販売員とブランドの仕事だろ?

みなさん、おはようございます。^^

驚いた方も多いと思うが、昨日の夜からこのブログのデザインが変わった。

変わったというと自分で変えたように聞こえるが、変えてもらったのである。当方はウェブなんて触れない。(笑)

このブログも開設してもうすぐ7年になるので、デザインを一新してもらって、気分転換してみたいと思う。
ちなみにドメイン、URLは変わっていない。以前まではライブドアブログだったが、今のこれはワードプレスである。

また引き続きお付き合いを願いたい。

9月22日の金曜日、朝に見知らぬ人からメールをいただいた。

「このたび、当社がテレビから取材を受けていて、その取材の内容の放送が決まりました。これまでこのブログを読んできて、一つの成果が出たのでお礼方々」

という丁寧な内容だったが、当方はお会いしたこともないし、何もしていない。まったくもって先方が努力してこられた成果でしかない。

しかし、ほんのわずかでもお役に立てたというなら嬉しい限りである。

メールをいただいたのは、新潟五泉市の横正機業場さんである。

五泉というとニットの産地として有名だが、和装用の絹織物の産地でもある。
とはいうものの、実は当方も五泉に絹織物の産地という認識はなかった。当方の勉強不足もあるが、産地としての知名度もそれほど高くないといえる。

http://www.minkyo.or.jp/01/2017/09/nipponnochikara_105.html

関西ではこの番組は9月24日(日)朝5:50~6:20という早い時間帯の放送なので、到底起きることができないので録画した。
日曜の朝は、午前7時30分の宇宙戦隊キュウレンジャーに間に合うように起きるというのが当方の長年の生活習慣である。

録画したのを見た感想をまとめてみたい。

まず、五泉の絹織物は、京丹後と同じく、真っ白な白生地で出荷される。
白生地産地ということが、京丹後と同様で、産地ブランド化しにくい。

なぜなら、白生地は他の地域に出荷され、染色や柄付けを施され、違う名前の織物になってしまうからだ。
例えば、京友禅などになってしまう。京丹後も五泉もまったく同じだ。

今回の横正機業場さんは、染色業者に依頼して、オリジナル商品化に臨んだが、京丹後の白生地業者はリスク(開発費用の投資、売れ残り、返品など)を恐れて一部を除いてはそれに踏み出せずにいる。もちろん、踏み出した業者も京丹後にはあるが、付き合った感じでいうとそれは1割か2割で、残り8割近くは手をこまねいている状態にある。

まず、白生地産地というところに五泉も京丹後もハンデがあったといえる。
そのハンデを乗り越えるかどうかは、経営者次第である。

番組の作りは、過剰な演出もなく、見やすい物だったと感じる。
しかし、個人的な補足や感想もここでまとめてみたい。

「五泉の絹織物がどうして洋装には進出できなかったのか?」

という言葉が番組中で流れる。

これには理由があって、白生地だということ。
もう一つが、和装の生地は幅が狭くて洋服の生産には向いていないということもある。
生地幅が狭いということは番組中では触れられていない。

和装の反物の生地幅は38センチしかない。
洋装の生地は、狭幅でも70センチ強あるし、広幅だと1メートル~1メートル50センチある。

絹織物自体も価格が高いが、狭幅の生地で洋服を作れば、裁断による生地ロスが生じて、和装よりも生地値がさらに高くなる。
となると、使用した生地値だけで1着2万円とか3万円になることも珍しくない。

これを店頭販売すれば軽く10万円を越える値段になる。
よほどブランド価値がなければおいそれとは売れない値段である。

番組内で気になったことがもう一つ。
横正機業場さんは、自社オリジナルのストールブランド「絽紗」を完成させる。
夏物の着物で使用されるスケスケ生地の「絽」「紗」の織り方を生かした絹の薄手生地ストールである。
もちろん、白生地ではなく染色されている。

これがユナイテッドアローズの重松理会長の目にとまって、商談が始まるのだが、
ボリュームが欲しいという重松会長の言葉から、横幅を広げることになる。

大判化した結果、広げたときにピンとまっすぐにならず、たわんでしまい、それを解消するように指摘される。

様々な試行錯誤を繰り返し徐々に解消していくのだが、完全解決したという放送はなかったので、今も試行錯誤が続いているのではないかと推測される。
細い糸で低密度で織っているのだから、厚地や高密度織物のようにピンっと張ることは不可能で、さらに生地幅を広げているから自重はさらにたわみを作る。

重松会長も「生地の特性だから」と番組内でも発言している。

しかし続けて「お客に特性だからとは説明できない」と発言しており、個人的にはここに疑問を感じる。

え?それを説明するのが販売員であり、ブランドの仕事じゃねえの?

じゃあ、防縮加工(スキュー)を施していないデニム生地を使ったビンテージ風ジーンズを何故のうのうと販売しているのか?
洗濯したら捻じれて縮むのが「生地の特性」ではないか。その「生地の特性」をお客に説明して納得してもらっているのではないのか。何を寝ぼけたことを言っているのか。

デニム生地は「生地の特性」を説明し、あまつさえ、それを「味」だと説明している企業が、何故、薄手絹織物の「生地の特性」は説明できないのか。ダブルスタンダードにもほどがあるのではないか。

もちろん、テレビ番組の発言なんてズタズタに切り裂かれて再構成されていることは承知している。実際にその場でどういう文脈でその発言に至ったのかはわからないから、幾分か割り引いて聞く必要はある。

だが、それでも「特性だからとは説明できない」という発言は、どうかと思う。
本心から語っているのだとしたらお笑い草でしかない。まさしく草不可避だ。

トップ企業の経営トップが本心からその認識だとすると、やっぱりアパレル業界はダブルスタンダードが横行するろくでもない業界だといえる。

いずれにせよ、横正機業場さんには飛躍のチャンスが訪れており、うまく掴んでもらいたいと思わずにはいられない。

NOTEを更新しました⇓

「原価率50%」商法はナンセンスでしかない
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/nf12f449b36a1

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産地ブランドが単なる「思い出作り」で終わる理由

繊維産地の「産地総合展」の多くは、サンプル製品を見せ球として展示しながら、実際はそのサンプルを作った生地の受注を取るというのが目的だが、近年(といっても10年以上前から)産地の生地を使った独自製品、産地オリジナルブランドの展示会も増えてきた。

しかし、概して「産地ブランド」の多くは3年くらいで活動を停止したり、「恒例の行事」的に毎年、展示会を繰り返したりしている。

生地の場合は、各社はそれぞれに専門なので「納入条件」とか「掛け率」とかそういうものが設定されている。だから、生地展で受注があってもそれで対応ができる。
けれども、製品の場合は、各社とも手探り状態であり、「価格設定はこれでよいのか?」「生産数量はどれくらいなのか?」なども全くわかっていない。それどころか、そもそも「ターゲットはどこに設定しようか?」「コンセプトはどうしようか?」ということも少なくない。

当然、この手の展示会は、製品ブランド展示会とは名ばかりの「見せるだけ」の展示会で終わってしまう。
「見せるだけ」だから収益化もできず、行政の補助金や助成金に頼ることになる。そして補助金や助成金は3年間で終わることがほとんどなので、必然的に活動も3年間で終わる。

それでもあきらめきれない場合は、違う行政組織から補助金や助成金を引っ張ってくることを画策し、実行する。
県がだめなら市、市が終わったら町、ナンタラ省の●●課が終わったら隣の課、というような具合である。
もちろんそれも3年間で終わるから、3年ごとに「助成金ジプシー」となってしまうわけである。

「継続は力なり」とはいうが、見せることだけを「継続だけ」していても何の力にもならないし発展することはない。
結局、「通常の展示会」として売らないと何も始まらない。

多くの産地ブランドが長続きしないのはこのためだ。
生産されたサンプルや少数の商品は「記念品」として産地組合事務所に展示されるのが関の山である。助成金ジプシーをやって、成しえたことは「思い出作り」だけなのかと呆れるほかない。

先日、それに意義を唱える若き産地企業の経営者に偶然会うことができた。

まだ全国的には無名だが、「見せるだけ」に終始して満足している産地製品展示会を強く批判し、いかにして受注を取るかということを真剣に考えている。

組合の取り組みがダメなら、自社オリジナル製品を開発してどのようにして卸すかを考えている。

いわゆる国内ファクトリーブランドの多くは、「格安品」は製造できない。
だが割安品なら製造は可能だ。

多くのこの手のブランド、国産押しのブランドの問題点は、その安くはない商品をマスの売り方で売ろうとするところにある。
1足1500円の靴下は決して安くはないが高すぎるわけでもない。

しかし、マスで売ろうとすれば、1足1500円では無理だろう。
グンゼや無印良品の機能性に優れた靴下が3足990円以下で販売されている。

じゃあ、つまるところ、それはニッチ市場、マニア市場へ売ることを考えなくてはならない。
この手の商品をマスに売ろうとするから、経済誌や業界紙ならいざしらず、一般の「モノ雑誌」にまで「原価率50%」という大見出しを付けたタイアップ記事を載せなくてはならなくなってしまうのである。

この経営者は、自らの商品をニッチ向けだと分析し、そのニッチ向け店舗へのみ卸すことを始めている。
その冷静さは、繊維・衣料品業界でも得難いし、産地ではもっと得難い。

いずれ、もう少し取材を重ねたらご紹介したいと思う。

それにしても、マス化させたいなら、衣料品でいえば、ユニクロがありジーユーがあり、無印良品が市場を席捲している時点で、格安でなければマス化できない。もはや、バッタ屋商品ですら「特別には安い」と感じられないほど安い商品が日常に溢れている。

それでいて品質は最低限以上の水準はある。

となると、繊維業界人がいうような「価値ある高額な物をマスに買ってもらう」なんてことはほとんど実現不可能である。

そこそこに高い物は、特定の愛好者に向けて売るべきで、その愛好者に売るにはどのようにすればよいのかということを考えるのがマーケティングであり、販売戦略である。

業界で話題のあの「原価率50%」ブランドでさえ、この「価値ある高額な物をマスに買ってもらう」幻想に取りつかれているのではないかと感じる。
あんなニッチな商品を売っておきながら。

繊維業界人・衣料品業界人は根本から考え直す必要があるのではないか。

noteを更新しました。⇓

ユニクロより優れた商品は確実に存在する
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n42506aa8f0fe

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製造業者がフリーライダーになろうとした話

 国内の産地や製造加工業者からは、ブランドにひどい目に合わされたという話をよく聞く。

例えば、無断返品されたとか、商品の未引き取りがあるとか、難しい仕様なのに納期が短かったとか、サンプルを渡したら他の安い工場にコピーさせたとか、そういう類の話は掃いて捨てるほどある。

その一方で、ブランド側からも産地や製造加工業者の取り扱いに困るという話もある。

こちらは大概が、産地や製造加工業者がブランドの製品デザインやマーチャンダイジングに口をはさんでくることだ。

もちろん、製造業者の見地から、生地や縫製、その他仕様についてアドバイスすることは必要だし、それはブランド側にとってもありがたい話で、実際に、製造業者のアドバイスによる改良があったから商品化できたということはけっこうある。

これは理想的な取り組みだといえる。

しかし、こんな困った例もある。

先日、あるデザイナーから相談を受けた。
相談内容はこうだ。

「新しいブランドを立ち上げるために製造業者と何度もミーティングをしていたら、業者が『いろいろとアイデアが湧いてきた』と言い始めて、業者自身がデザインした商品を新ブランドのラインナップに差し込もうとし始めた。何度断っても聞き入れようとしない」

とのことだった。

当方は、即座に「それは製造業者のタダ乗りだから、その業者を切るべきだ」と返答しておいた。

この製造業者は根本的に勘違いをしている。
というか勘違いしかしていない。

まず、第1に、ブランドの立ち上がりはブランドコンセプトに沿った商品のみを展開すべきで、他の異なるテイストの商品を差し込むべきではない。
立ち上がりで商品のテイストが乱れれば、ブランドとして離陸できない。
そのブランドが成長し、拡大した場合には、そういう「異なる」商品をアクセントとして差し込むこともできるが、これからスタートするブランドにそういうことをすべきではない。

次に、製造業者はあくまでも製造業者でしかない。デザイナーではない。

個人的にこの製造業者が悪質だと思うところは、デザイナーの新ブランドにタダ乗りしようとしているところだ。最近流行りの言葉で言うとフリーライダーだ。

便乗である。

もし、製造業者にアイデアが湧いてきて、そのアイデアと自分のデザインで勝てると思うなら、自身のブランドを立ち上げて売り出すべきである。

売れる自信がないからデザイナーのブランド・アイデアに便乗、タダ乗りしようと思っているだけのことだ。

しかも、業者にアイデアが湧いたのは、デザイナーの発案に触発されたからで、言ってみれば二次創作のようなものである。

二次創作を本家の創作者に押し付けるという態度はお笑い種でしかない。

実はこの手のことは、今に始まったことではなく、昔から産地や製造加工業者にはけっこうあった。
「父親の時代には『ワシはセンスがあるから~』と言って自分がデザインした商品を他社のブランドに差し込もうとしたことは珍しくなかった」という製造関係者もいる。

センスがあるなら、自分でブランドを立ち上げるべきであり、何を寝言を言っているのかと呆れるほかない。

国内の産地や製造加工業者は衰退・減少しており、自社製品の開発が生き残りの一つの方法だとみなされている。
自社製品開発はかなり難しい。そう簡単に収益化できるものではないし、下請けしかしてこなかった製造加工業者にそのノウハウはない。

それゆえ、今後はこういうブランドにタダ乗りしようとする業者は昔よりも多く出現するのではないかと考えられる。

彼らは意外に狡猾なところがあるから、圧倒的戦力をそろえている大手ブランドにこの手のことは絶対に仕掛けない。仕掛けるとすれば、力の弱い小規模零細ブランドに対してである。

小規模零細ブランドや小規模零細デザイナーは注意が必要だ。

noteで有料記事を始めてみました~。

鎌倉シャツのビジネスモデルが秀逸なポイントを考えてみた
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/na76c612e6d37

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いつだって、可笑しいほど誰もが誰かパクりパクられているのさ♪

 最近、ブランド間での商品の同質化が激しいといわれている。
それはどうして起きるのか。

先日、こんなことがあった。
某靴工場の人と会う用事があった。

雑談をしていると、「某セレクトショップが、某老舗靴ブランドの商品を持ってきて『これと同じのを作ってくれ』と依頼してきた」そうだ。

これだけを聞くと、某セレクトショップはなんと悪辣なのだろうと憤りそうになるが、話には続きがあって、

「でもその老舗ブランドも別の靴を作る際には、そのセレクトショップの別の商品を持ってきて『これと同じのを作ってくれ』と依頼してきた」とのことだから、どっちもどっちである。

こうやって業界はお互いパクリ合っているから、必然的に商品も同質化する。

これは靴のことだが、洋服や雑貨もほぼ同じ構図だ。

お互いがお互いの売れ筋商品を持ってきて「これと同じものを作ってくれ」と依頼するのである。
これで同質化しない方がおかしい。

もともと、ファッション業界はそういうパクリ愛パクリ合いで成り立っており、それで各ブランドが規模を拡大してきたことは事実である。

商標(ブランド名)をわざと類似させることもあり、業界の若手の中にはいまだに「コム・デ・ギャルソン」と「コムサ・デ・モード」の区別がついていない人もいる。

15年くらい前にファッション専門学校を卒業した学生が、就活でファイブフォックスの面接を受けて「ぼく、昔からコム・デ・ギャルソンが大好きだったんです」と言ったことがある。
もちろんその学生は不合格に終わった。

それはさておき。

しかし、オッサン世代として20年くらい前を思い起こせば、各ブランドはお互いにパクリ合いをしていたが、丸パクリすることはほとんどなく、商品にはそれぞれのブランドっぽいアレンジが施されていた。

トレンドの情報源もたいがいがパリコレだとかミラノコレだとかニューヨークコレに限定されるので、どうしても同じような商品になる。
今では、ほとんどどのブランドも見分けのつかないトレンド商品が並んでいるが、20年くらい前はブランドごとにそのトレンド商品のアレンジも違っていた。

うちはフェミニンなテイストだから、少しフリルを付け加えましたとか、うちはカジュアルテイストなのでロゴプリントを施してみました、とかそういう具合にパクリ商品もトレンド商品もブランドごとにアレンジされていたので、「きわめて同質化している」ようには見えなかった。

ところが、各ブランドがデザイナーや企画担当者を「コスト」とみなしてリストラを進めた結果、そういう「アレンジ」を施せる人が社内にいなくなった。
代わりに登用された若手の仕事は、他社の売れ筋の丸パクるだけだし、外注デザイナーに頼めば、その外注デザイナーは何社もの企画を受けているから、必然的にそのブランド間での商品デザインは似てしまう。

丸パクリ感がにわかに強まったのは、インターネットとデジタルカメラが普及し始めた2000年ごろからだと記憶している。

すでに2002年ごろ、児島の某洗い加工場へ取材に伺ったところ、そこの社長が「東京のナントカってブランドの企画のおねえちゃんが、『こんなふうに加工してください』ってデジカメの写真をメール添付して送ってきよった」と言って、その画像を見せてくれたことがある。

メールに添付されていたのは、当時人気だったジーンズカジュアルブランドの商品写真だった。

このころからすでにこういう「お手軽商品企画」は横行していたのである。

今現在の風潮はその延長線上にあるだけのことだ。

そして、今、低価格ブランドが、手段は別として商品の企画力・デザイン力を高めている。丸パクリ合いばかりしている既存アパレル各社がそれに対抗できるとは到底思えない。

noteで有料記事を始めてみました。

三越伊勢丹とカルチュアコンビニエンスクラブの提携は何が目的だったのか?
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n101ec8cd6c29?creator_urlname=minami_mitsuhiro

ファクトリエが国内工場を立て直せない最大の理由
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/nd2f9baabd416?creator_urlname=minami_mitsuhiro

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愛し愛されて生きるのさ
小沢健二
EMIミュージック・ジャパン
1994-07-20


LIFE
小沢健二
EMIミュージック・ジャパン
1994-08-31


愛し愛されて生きるのさ
transit general office inc.
2014-03-19




「名刺代わりのホームページ」さえ持っていない工場は存在しないのも同然

 繊維・衣料品に関する製造加工業はいまだにウェブを軽視している人が珍しくない。
もちろんウェブ万能ではないことは言うまでもないが、ウェブ無知ではどうしようもないのが現状なのだがそのことを理解していない人が多い。

社長自らがブログを書くとか、SNSで発信するとかよりもその前段階として「名刺代わりのホームページ」すら持っていない企業・工場は世間が想像するよりもずっと多い。

今の世の中、調べようと思えば最初に「ウェブで検索」する。
「名刺代わりのホームページ」すら持っていなければ、その検索に引っかかることさえない。
つまるところ、仕事の問い合わせが来る可能性はゼロ%である。

「名刺代わりのホームページ」さえ持っていれば、まだ新規の仕事の問い合わせが来る可能性は高まる。ゼロ%ではない。

自らが自らを窮地に追い込んでいながら、仕事がないと嘆いている業者・工場のなんと多いことか。
挙句の果てに「業界構造がおかしい」とか「みんながモノづくりをわかっていない」とか「ファッションが変わった」とか愚痴をこぼすが、それって「名刺代わりのホームページ」さえあれば、何%かは解決できたはずである。

こちらから言えば、完全なる自業自得であり、おかしいのは「名刺代わりのホームページ」さえ持とうとしないそちらの時代遅れの認識である。

先日も、モノづくり系のコンサルタント?プロデューサー?から、「いろいろな工場の強い技術を合わせて商品開発をしてウェブで販売したい」という相談を受けたが、それは大賛成なので、ぜひともやってみればよいのである。

ただし、自社のホームページさえ3年近く更新していない人が、ウェブでどれほど売れるのかはなはだ疑問でしかないが。(笑)

断っておくと、このコンサルタント?は製造にはそれなりに長けておられる。また工場との商品開発も悪くはない。その部分では大いに評価できるが、問題はウェブに対する認識が甘すぎるところである。

モノづくりに長けている人は、思考方法までが「産地のオッサン」化してしまうのだろうか。

おそらく、商品開発はそれなりに成功すると思うが、ウェブでの販売は大失敗するだろう。
ホームページすら持たない者同士の連携して、自分たちが主導するのだから、結果は目に見えている。

ウェブやウェブ販売に強い業者と組むなら成功の可能性は高まるが、それを介さない現在の構想のままで動けば、失敗に終わる可能性は極めて高い。個人的には99%失敗すると見ている。

それはさておき。

日経トレンディの記事で、新興の「Knot(ノット)」という手ごろな腕時計ブランドが掲載されていた。

手ごろな国産腕時計「ノット」、意外な誕生の秘密
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/1033760/073100012/

当方は3年前まで腕時計をしていなかった。
今でも仕事以外ではあまり腕時計をはめない。

腕時計は嫌いだし、めんどくさい。
あと、夏は手首が蒸れて汗をかく。

それでもあれば便利だし、仕事上スマホを取り出して自国確認できない場合もあるので、それに備えて3年前にホームセンターダイキで腕時計を買った。3000円くらいである。

腕時計がめんどくさいのは、電池交換という部分にもある。
ダイキには、セイコーQ&Qというラインがあり、ここには太陽発電腕時計があった。

電池交換不要である。
しかも10気圧防水なので、これを買った。

しかし、3年も使えば飽きてくる。
先日、Amazonでためしに太陽光発電腕時計を調べてみた。

セイコーのQ&Q
カシオ
シチズンのアルバ

という3国内メーカーの商品を見つけた。
一応検索の縛りは、太陽光で1万円以内という条件を自分で設けた。

だいたい2500~10000円くらいまでの価格帯の商品が3メーカーともある。
もちろん、もっと高い5万円、10万円、20万円以上という商品もセイコー、カシオ、シチズンともにある。

その検索で見つけたのがこのKnotというブランドだった。
ほんの3週間ほど前のことである。

価格は1万8000円くらいだ。

それがたまたま記事に掲載されていたので、何とも運命を感じてしまう。

この記事を読むと、時計の国内製造業も繊維製品と同じだということがわかる。

かつて何十社もあった製造業がいまでは1社になっていて、それも大手の丸抱えだから製造を断られたとある。
いろいろと探して廃業寸前の工場を見つけて作ってもらうことに成功したそうだ。

繊維製造業は1社とはいわないが、数が年々減っていることは同じだ。

工場を探すのにひどく苦労したというが、その理由は

ところがそういうところはウェブサイトすら持ってないわけですよ。電話帳にも載ってない。そこで弊社の役員で某大手時計メーカーの開発責任者だった人間の昔のつてをたどったりしていろいろな工場にご連絡をしたんですが、やはりほとんどの工場は時計の生産をやめていました。

とのことであり、ここも繊維製品とまったく同じである。

ウェブサイトすら持っていない。

これは現在のビジネス環境において致命的な失策だ。
ちなみに「ホームページ」という名称はひどく幼稚なので、正しくはウェブサイトと呼ぶ。
永江一石さんではないが、「ホームページ」なんて呼び方をしているウェブ業者は信用するに足りない。
レベルの低い相手にわかりやすく説明するために「ホームページ」を方便として使うことはあっても、「ホームページ」という呼称に何の疑問も持っていない業者はド素人と変わらないといえる。

それにしても分野は違えど、製造加工業というのは押しなべて考え方は似てしまうものなのだろうか。

廃業することが決定している場合は別として、まだまだ工場経営を続けたい、息子や孫に経営を譲りたい、と考えている工場経営者がいるなら、今すぐ「名刺代わりのホームページ」くらいは作るべきである。

良い物を作っていたらどこかから評判を聞きつけて有名な人が注文してきてくれる、なんていう情景は漫画かドラマか池井戸潤の小説の中だけにしか存在していない。

あと、繰り返すが、今現在ウェブをやっていない業者が、いきなりウェブ通販をやってもそれはほとんど失敗するだろう。いまだにウェブを簡単に考えている「モノづくり脳」が多すぎることも、国内の製造加工業者が衰退する理由の一つだろう。

そしてそれは自業自得でしかない。

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「機能性追求」には限界がある

 今回もそうだが、第一織物の吉岡社長の記事はいつも製造業にとって良いサジェスチョンを与えておられると思う。

高級ブランドが頼る繊維の匠「第一織物」の正体
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/080400148/

まあ、タイトルは陳腐だし、個人的には「匠」という形容詞が嫌いだ。
「美人すぎる〇〇」と同じくらいありふれた形容詞だと思う。

メディアの報道が正しいとするなら、日本は今頃美人であふれかえっているし、匠であふれかえっている。
しかし、現実には、美人は数少ないし、匠もそれほどたくさんいるわけではない。

第一織物は福井の合繊織布工場である。
合繊関係の工場は、合成繊維自体が大量に製造されるため、基本的には低工賃での大量生産が前提となっていることが多い。

そのため、どうしても大量に使用してくれるブランドと薄利多売で取引をすることが多かった。

自動車や機械などへの産業資材供給だったり、大手スポーツメーカーだったり、そういう取り組みが多かったし、今でも多い。

少し前だとユニクロやニトリとの取引も多かった。
ケタ違いの生産数だからだ。

しかし、そんなときでも吉岡社長はメディアで「ユニクロやニトリがいくら美味しいからといって、そこに集中すれば、工賃や納期を相手側にコントロールされる危険があるし、契約がなくなったときには工場が立ちいかなくなる。もっと取引先を分散すべき」という趣旨のことを発言しておられた。

まさにその通りである。

今回の記事でも

「例えば、生地中の糸の密度が100本から101本に上がったことを優位性だと言うこと自体が愚かだ。機能性を打ち出していくような商品は、生産の速さから価格まで考えて、日本に残る道理はない」。

というコメントを出しておられる。

これもその通りで、「糸の密度を100本から101本に上げる」ことを競っている国内の繊維製造加工業者はいまだに珍しくない。

技術的にはその「1本を増やす」ことが難しいのかもしれないが、実際のところ、出来上がった生地、ひいてはその生地で作った服にどれほどの違いがあるのか、ブランドも実感できないし、消費者はもっと実感できない。

しかし、技術開発は必要だからそういう開発は地道に続ければよいと思うが、問題は、製造加工業者がそれをセールスポイントとして打ち出すことだ。打ち出すのは構わないが大抵の場合は、何の効果もない。

なぜなら、ブランド側はその効果が分からないからだ。
実際に工場側も効果が分からない場合もある。
もちろん消費者にも伝わらない。

これは無用のスペック自慢でしかない。

吉岡社長が記事でも語っておられるように、最新鋭の設備を備えた中国工場、これからはアセアン工場と高機能・高スペックさを競っても勝ち目は薄いのは事実といえる。

だから第一織物は、機能性の追求ではなく、感性の追求を続けたとのことだ。

「柔らかな手触りがほしい」「とにかく軽い質感がいい」といった高級ブランドの注文に対応できた第一織物は、ファッション向けの合繊生地の市場の拡大とともに急成長を続けている。

これはこれで一つの正解といえる。

しかし、外野から見ていると、この「感性の追求」というのも相当に難しい。
それこそ開発担当者、経営者などの「個人的能力」に頼る部分が相当に大きい。

いくら大事に丁寧に後継者を育成しても、それは数値化しにくいから、すべてを継承させることはできない。また、既存のものを継承させても、新しいものを作り出せるとは限らない。

機能性の追求もつねに他社との競争で、今現在の「世界一」とか「業界一」の高機能は必ず、いずれ追い抜かされる。
だから、機能開発をすることは悪くはないが、売り方として「世界一」「業界一」を謳うことは、そういう「競争」に巻き込まれてしまいやすくなり、厳しい状況に陥る。

第一織物のいう「感性の追求」も、個人的能力に負うところが大きいので、確実性はない。

繊維業界の国内の製造加工業者は、前者の機能開発競争・スペック競争を続けてきて疲弊している部分があるから、「感性」へシフトするということは正解の一つといえる。

しかし、感性を売り物にし始めると、それは個人的能力に負うところが増えるため、継承は不確実になる。

企業運営に「楽チン」な方法なんてないが、どちらを採るにせよ厳しいことには変わりがない。

そして、これは製造加工業者だけではなく、アパレルブランドにもいえることで、感性を売り物にしすぎると二代目・三代目でだいたい劣化する。
まあ、業界には「若社長はバカ社長」みたいなのは数多くいるが。

一方で、製造加工業者のオヤジみたいになって、「去年より重量を200グラム軽減できた」とか「去年より速乾性が5分早まった」とか、そういうことを盛んにアピールするブランドもある。
しかし、ガチのアスリートや登山家以外に、服が200グラム軽くなることに価値を見出す消費者がどこにいるだろうか?
乾くのが5分早くなることに価値を見出す消費者がどこにいるだろうか?
(ガチのアスリートや冒険家を除いて)

製造加工業もそうだが、アパレルブランドでも「高スペック競争」や「感性の追求」の罠にはまった企業は少なくない。
いかに繊維・ファッションビジネスの舵取りが難しいかがわかる。

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これまでの産地コンサルタントが失敗した理由

 「作ってくれる人に申し訳ないと思わないのか」というのは、先日、報道されたルミネ社長の言葉だが、先日も書いたようにこの言葉にはナンセンスさしか感じない。

「産地保護のためにセール後倒し」

とか

 さんざん、ウェブで先行値引きをやっておきながら、「実店舗のセール後倒し」

とか

以前からルミネの社長の言動は全く賛同も共感もできない。
だれがこの人を支持しているのか疑問しか感じない。

まあ、それはさておき。

繊維製品、伝統工芸品、その他もろもろの製造加工業者は星の数ほどあり、下請け仕事が激減している彼らが志向してるのは、自社ブランド開発・自社製品開発である。

これは彼らが生き残るためには不可欠な取り組みとなっている。

しかし、彼らが成功したケースはほとんどない。
絶対に失敗するとは言わないが、どうだろうか、体感的に8割は失敗しているのではないかと思う。
他業界のことは浅学菲才にしてわからないから、繊維製品に限れば9割前後は失敗しているのではないかと感じる。

彼らの失敗する最大の要因の一つは、「売る場所がない」ことである。
せっかく作ったのは良いが、売る場所を持っていない、売る場所とのつながりがない、ことが彼らのオリジナル製品開発を失敗に導いている。

もちろん、作った物が全然ダメな場合も多い。
いわゆる「作り手気質丸出し」の自己満足商品も多い。
しかし、そうではない商品が出来上がる場合もけっこうな割合であるのだが、そういう商品が売れないのは、彼らに売る力・売り場とのつながりが全く欠如しているからである。

繊維業界をこれまで跳梁跋扈してきた旧型コンサルタントの多くがブランド開発で成功に導けなかった最大の要因が、旧型コンサルタントの多くが売り場とのパイプを持っていないことである。

商品のデザインやら、販促のやり方やら、そういうことを指導できても、出来上がった商品を売り場に持っていく力・人脈がない。だから、いくら良い商品が出来上がっても、製造加工業者は離陸できずに終わる。

産地ブランドでも多くの場合は、3年くらいやって、あとは記念品として開発した商品が残るという結果である。ナンタラ産地組合の事務所に行けば、過去の記念品がところ狭しと飾られている。

ほとんどの場合は「作ってお終い」というのがこれまでの実態だった。

で、こういう製造加工業の現実を見ると「作ってくれる人に申し訳ない」どころか、作ったは良いが売り先のない人の方が数多くおり、作るよりも売ることの方が大変だというのが実際のところといえる。

だから、ルミネの社長の考え方はおかしく、逆に売り場の人間は「こんなダサい商品作って、売ってくれる人に申し訳ないと思わないのか?」くらいを言ってもばちは当たらない。

製造加工業の有力なコンサルタントとして中川政七商店が注目されている。

https://medium.com/to-nine-blog/nakagawamasashichi-1-135cb582a248

ここにも記事が掲載されているが、中川政七商店が重宝がられているのは、自社で売り場を持っているからという要因が大きい。

もちろん、商品づくりのアドバイスも優れているとは思うが、出来上がった商品を売る場がすでに中川政七商店が持っているということが強い。

直営店があり、ウェブ通販がある。
あと百貨店や専門店へ卸すこともできる。

これまでの旧型コンサルタントが持ち合わせていなかった機能である。

これと似たような機能を持っているのが、セメントプロデュースデザインで、直営店はほぼ無いに等しいがウェブ通販、百貨店・専門店への卸売り、ポップアップショップはある。

いずれにせよ、これまで、繊維産地や繊維の製造加工業が、コンサルタントやデザイナーとの協業をやってもほとんど成功しなかったのは、「売り場」へのアプローチができなかったためで、現在注目されている新型のコンサルタントやプロデュース業は自ら「売り場」を備えている。

傍から見ていたら、「己が作らせた物を己の売り場で売って二重に儲けてすごいな」と思ってしまうのだが、製造加工業者からすると「これまでは売り場がなかったが、今回は売り場もセットになっていてありがたい」ということになるらしい。

感謝されながら二重に儲けられるというのは、何ともはや、美味しいシステムとしか言いようがない。

「売り場」を持たない旧型コンサルタントや旧型プロデューサー、旧型デザイナーは今後、ますます食い扶持を減らされることだけは間違いない。

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日本の工芸を元気にする!
中川 政七
東洋経済新報社
2017-02-24


経営とデザインの幸せな関係
中川 淳
日経BP社
2016-11-03


衣料品の国産比率は金額ベースで26%

 衣料品の国産比率は3%というのは、よく言われることだが、最近これが独り歩きしすぎていると感じる。
この数字が事実であることは間違いないが、この数字は「数量ベース」なのである。

国内で流通している総量に対して3%ということである。

しかし、店頭を見てみると、「日本製」と書かれた衣料品は結構ある。
低価格カジュアル店は別として、3000円台の日本製衣料品も珍しくない。
みなさんの体感的には恐らく3%よりも多いと感じているのではないだろうか。

別の数字を示すと、「国産比率は約26%」ともいえる。
これは「金額ベース」である。
販売された金額をベースとすると国産比率は26%前後ということになる。

なぜなら、日本製衣料品は比較的高額だからである。
日本製で「Tシャツ590円」なんていう商品は、バッタ屋以外の正規店では存在していない。

となると、自動的に金額ベースでの日本製衣料品比率は高くなる。

経産省が2015年に作成した資料にもそれは明記されている。

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seizou/apparel_supply/pdf/001_03_00.pdf#search=%27%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%A3%BD%E8%A1%A3%E6%96%99%E5%93%81%E6%A7%8B%E6%88%90%E6%AF%94%E9%87%91%E9%A1%8D%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%27

ついでにスクリーンショットも貼っておく。

経産省キャプチャ

輸入品浸透比率が2012年の段階で、金額ベースでは73%になっている。
ということは国産比率は2012年の時点では27%あったということになる。

そこから5年が経過して、国内の縫製加工業者はさらに減っているだろうから、順当に考えると25~26%というのが現在の状況だろう。

金額ベースに比べて、数量ベースが急落した理由は何だろうか?

様々な要因が考えられるが、最大の要因は、衣料品の供給数量が増えたことだろう。
そしてその増えた分量はほぼ中国をはじめとするアジア製だった。

例えば、ユニクロの台頭。

衣料品の供給枚数は20億枚から39億枚に倍増している。
正確には一時期41億枚まで拡大したが、やや減少して39億枚になった。
このあたりの2億枚の減少は、市場の悪さを鑑みて各社が少しずつ生産調整・在庫調整を行った結果だといえるのではないだろうか。

この増えた20億枚のほとんどが中国をはじめとするアジア製だったといえる。

これによって、数量ベースでの国産比率は急落した。
もちろん、国内の製造加工業者が減少し続けているのは言うまでもないが、もし、供給数量がここまで激増しなければ、数量ベースの落ち込みはもう少し緩やかだったのではないかと思う。

要するに、分母が激増した結果、数量ベースの国産比率が急落したのである。

ちょうど、食料自給率の議論と似ている。
我が国の自給率が低いといわれ続けているが、それは「カロリーベース」での議論であって、カロリーベースなる不思議な指標を採用しているのは我が国と韓国くらいだ。

オウベイガーのみなさんが大好きな欧米諸国は「生産額ベース」で食料自給率を論じている。

だから、「欧米に比べて我が国の食料自給率が低すぎる」というのは、基準が異なるので議論としてはおかしい。
生産額ベースでの我が国の食料自給率はだいたい65%前後もある。

本来は、欧米と比較するならこの生産額ベースで論じるべきで、もしカロリーベースで論じたいなら欧米の自給率もカロリーベースで換算し直さないと意味が無い。

なんだか、カロリーベースで大騒ぎしている自給率と、数量ベースで大騒ぎしている国内衣料品比率はちょっと似た構図ではないだろうか。

金額ベースでの26%というのもかなり厳しい状態であることは間違いないが。

とはいえ、国内の衣料品製造業者は減少の一途をたどっており、今後ますます減少することは間違いない。
一部の強い国内業者を残して、最終的には経営が悪化していたり、後継者がいない業者は消滅してしまうだろう。

最近では、ファクトリエやトウキョウベースといった国産品を扱う新興企業が登場しており、それらが発展することで国産業者の減少が食い止められるのではないかという期待が寄せられているように見えるが、それは糠喜びというものではないかと思っている。

なぜなら、ファクトリエやトウキョウベースという企業が扱っている国産業者は、いわば「強者」に分類されるものがほとんどで、弱小零細業者は扱っていない。
極端な言い方をすれば、強者はファクトリエやトウキョウベースが無くても存続し続けるだろうし、弱小零細は取り扱われないのだから、いくらファクトリエやトウキョウベースが巨大化しようと、経営環境は好転しない。
だから弱小零細業者はこれからもどんどんと姿を消し続けていくだろう。

弱小零細業者がもしも、生き残りたいと思うなら、自助努力しかない。

新進著名企業は助けてはくれないし、アパレル業界にキュウレンジャーみたいな究極の救世主は永遠に登場しないからだ。
最近、キュウレンジャーには12人目の新メンバーとして「伝説の救世主」も登場したが、そんな伝説の救世主も業界には永遠に登場しない。

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オミクロンな物作りを追求しても消費者には伝わらない

 衣料品やファッション雑貨類において、粗悪品は問題外として、要求水準以上のクオリティがあれば、次は「売り方」を工夫すべきである。

産地や工場に行くとよく聞かれるのが「〇〇ブランドの方が売れているけど、うちの方が品質が良い。なぜなら、うちの生地の方が経糸が〇〇本多いから」というような言葉である。

別に経糸に限ったことではない。
ニットやジャージなら目付(めつけ)だったり、目数(めかず)だったりする。
縫製工場ならステッチの幅が〇〇ミリだとかそういう類のことである。

繰り返すが、粗悪品は問題外だ。

しかし、要求水準以上の品質が実現された後、さらに目数を1つ増やすとか、ステッチ幅を1ミリ縮めるとか、そういうミクロなことを追求しても消費者にはわからないし、商品は売れない。

もちろん、物作りの姿勢は否定しない。
それはいくらでも追求すれば良いが、売るためには違うテクニックが必要になる。
「売る」のと「開発する」のとで区別をつけて取り組まねば効果がないし、それをするのが工場の経営者である。

それができないなら工場の経営は他者に譲るべきだろう。

先日、ある国内靴下工場の人に会った。
最近の業績が芳しくないそうだ。

粗悪品を作っているのではない。
むしろ、高品質品を製造している。
だけど売れない。

問題は、品質ではなく、売り方ではないか。

最近は奈良の靴下産地の尽力もあってさまざまな国産靴下ブランドが生まれている。
機能性に焦点を当てたものもあれば、色柄などのファッション性に焦点を当てたものもある。
その中で、もっともポピュラーな国産靴下ブランドといえば、タビオの「靴下屋」だろう。

タビオの靴下はたしかに高品質だが、数ある国産靴下の中でもっとも品質が高いかというとそうでもない。
同等の商品も数々あるし、この某工場はタビオよりも高品質だと自負している。
まあ、控えめに見積もっても同等レベルにはあるだろう。

だが、売れ行き、知名度はタビオと各社では段違いだ。

どうしてそうなったのか。それは「売り方」「見せ方」の問題で、タビオが上手くてその他は下手くそだったからだ。

この某工場の社長は根っからの職人肌らしく、苦境を乗り切るために「さらに高品質化を目指そう」と発破をかけているらしいが、はっきり言ってピントがズレている。

売りたいなら、広報・宣伝に力と金を使うべきだし、販促も強化する必要がある。

単に品質をさらに高めたからといって、売れると考えているなら考え違いも甚だしい。

例えば、合格点が100点満点中60点だとする。
大概の消費者は70点~80点くらいの出来であれば、満足する。
あとは価格とかデザインとか機能性とかそういうところの工夫が重要になる。

ところが、今、この某工場がやろうとしていることは、93点の品質を95点に上げようとすることだ。
大変な難業だと思うが、消費者にはその2点の差はほとんど伝わらない。
なぜなら、消費者は靴下のプロではないからだ。

目数を1つか2つ増やしたところで、何の効果も消費者は実感できない。

それなら、目数を1つか2つ減らして値段を下げたほうがよほど消費者の食いつきが良い。

今回はたまたま靴下工場の人と会ったのでこういう書き方になったが、国内の他の分野の繊維製品もほとんど同じである。
消費者には実感できないミクロを越えたオミクロンな世界を必死になって追求している。

その行為は尊いが、ビジネスには不適合である。

こういうオミクロンな物作りの良さを追求している間は、この某工場の商況は好転しないだろうし、他の国内の繊維製造業の苦境は改善されない。

オミクロンな開発は重要だが、それはあくまでも開発と位置づけ、ビジネスはビジネスとして割り切っての生産が必要とされる。

繊維の製造加工業は、1点作ることに心血を注ぐ「作家活動」ではなく、あくまでも大量生産が基盤となった工業ビジネスに過ぎないのだから、その部分をキチンと区別する必要がある。
区別できない製造加工業は淘汰されてしかるべきである。

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