カテゴリー: 回顧

複数の機能を積み上げて失敗したワイシャツ業界と、一つの機能に特化して打ち出して成功したオールユアーズ

今年から、某プリンスの押し付けによってマーケティングの授業を引き受けることになってしまったのだが、当方は体系立ててマーケティングを勉強したことがない。
ツギハギでやってきたわけだ。

昨年までの授業用の資料に沿って、そこに勝手に自分の見解を付け加えているわけだが、ポジショニングということを教えた。
資料に目を通すと、まあ、いろんなことが書かれてあるのだが、その中の一つに

「ポジショニングの一つの方法として、複数の機能や効能がある中から、一つか二つに集中して取り上げてアピールする」

と書かれてある。

これは非常に基本的なことだが、それこそマーケティングを体系立てて勉強している企業経営者やブランド運営者がどうしてこれを忘れてしまうのだろうかと、資料を読みながら思った。

その資料の中には一つの某石鹸が例として挙げられており、

体臭を消すという効能に特化した打ち出しで独自のポジションを築いた。

とある。

石鹸の効能は、殺菌作用や皮脂を落とすなどがあり、某石鹸でなくても普通の石鹸ならほとんどがこの効能を備えている。
殺菌作用の延長線上に防臭や体臭除去があり、殺菌作用のある石鹸ならすべて、防臭や体臭除去は可能になる。
しかし、あえて「体臭除去」だけをクローズアップしてヒットした石鹸があった。

資料にはこうまとめられている。

「多くの効能や機能を謳っても人間は一度に理解できない。人間が一度に理解できるのは1つか2つ。だから1つか2つに絞り込んで打ち出すことが重要」

と。

それこそMBAだ、ナンタラ大学院大学だ、を修めた人ならみんなご存知の知識ではないかと思う。
ところが現実的にはこの原理はほとんど生かされていない。だからたまにこれをキチンと活用した企業やブランドが出てくるとたちどころに大ヒットになる。

メンズのワイシャツが良い例である。

メンズのワイシャツが備えている機能性としては現在だと形態安定加工である。

それ以外だと

防臭
防汚
速乾

くらいだろうか。
あとはデザインやシルエットによってはストレッチ性である。

まとめると、メンズのワイシャツに必須の機能は

1、形態安定加工
2、防臭
3、防汚
4、ストレッチ性
5、速乾性

といったところではないか。
そして1が圧倒的で、2と3、4と5はあっても良いがなくてもなくても構わない。

そんな感じだと思う。

メンズのワイシャツは90年代半ばに形態安定加工が発明され大ヒット商品となった。
いくら大ヒット商品とはいえ3年くらい経過すると欲しい人はだいたい買ってしまっていて、新規購入客は少なくなる。あとは買い替えとか買い足し需要しかない。
5枚持っているから、2枚買い足そうというような感じである。

昨年は一気に5枚売れたのに、今年は2枚しか売れないということになる。
実に数量ベースで60%減である。

ヒット後3年くらいしてから、ワイシャツ業界は、その素材供給元の紡績と一体となって売り上げを維持させるために様々な機能性を付加していった。

最初は形態安定だけだったのが、そこに防臭が加わる。
次の年は防汚である。

その翌年は抗菌
その翌年は保湿
その翌年はビタミンC加工
その翌年は紫外線カット

という具合に、年を経るごとにどんどんと機能性が付加され、最終的には7種類とか8種類の機能を持つワイシャツが大量に売り場に並んだ。

その結果はどうだったかというと、今、その手の商品が残っていないことを見ればわかるようにまったくヒットしなかったのである。
先ほどのポジショニングの資料の逆張りをナチュラル感覚でやらかしていたわけである。

業界紙記者時代に、ビタミンC加工ワイシャツを発表されたときに思わず質問をした。

それってどういう効能があるんですか?

そうすると、

美白効果があります

という答えが返ってきた。

び、美白だと?

 

美白効果を求めているサラリーマンのオッサンがこの世にどれほど存在するのだろうか。
ゼロではないがひどく少数だと思う。そんなニッチな市場に向けて一体何万枚生産するつもりなのだろうか。
美白ワイシャツがあれば買うのは美肌プリンスくらいではないか。

紫外線カットも同様だ。

OL向けのレディースワイシャツ、ブラウスにこの機能を付加するのは理解できる。
しかし、いくらアイデア不足だからといって、オッサン向けワイシャツに付加したところで何の意味もない。
案の定その商品は売れずに早々に市場から姿を消した。

最終的に今も残っているのは形態安定だけである。

このことから考えると、複数の打ち出しの積み上げは何の意味もないということになり、ポジショニングの資料の正しさを証明していることになる。

クラウドファンディングで1800万円を集めたオールユアーズというブランドがある。
そこには速乾商品「ファストパス」があるのだが、これは機能性ポリエステル素材でできているため、本来はもっとたくさんの機能性がある。
ストレッチ、色落ちしにくい、劣化しにくい、軽量などなどだ。

しかし、オールユアーズはあえて「速乾」だけをクローズアップして、ヒットさせた。
彼らがマーケティングを体系立てて学んだかどうかしらないが、極めて資料に忠実な結果となったといえる。

きらびやかな学歴、経歴を持った人が業界には多数おられるが、どうして自社や自ブランドのことになると、それまでの学識や経験が生かされないのか不思議でならない。
過去のワイシャツもそうだが、それと類した下手くそな売り方のブランドや商品はアパレル業界には掃いて捨てるほどある。

それこそもう一度、基本に立ち返って論理的に考えてみてはどうか。

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これがオールユアーズのファストパスのチノパン。興味のある人はどうぞ。

ファッション分野に毎年大ヒット商品が生まれていた90年代の豊かさ

 90年代ファッションを回顧するという企画がウェブ上で流れてきたので、47歳のオッサンが27年前から18年前までを回顧してみると、今の30代の人々が回顧している90年代とは様相がだいぶと異なる。

なぜなら、27年前の1990年に当方は20歳だったが、30代の人は10代である。
今、39歳の人でも当時は12歳ということになる。1999年で21歳である。
今、39歳の人でもファッションシーンが記憶に残っているのは、早くても15か16歳くらいからだろう。となると最大でも94年ごろの記憶からしか残っていない。
仮にこの39歳の人が高校卒業後、大学進学のタイミングでファッションに興味を持ったとしたら、96年ごろからということになり、90年代を網羅できるほどの情報量がない。

39歳未満の人はなおさらだ。

90年代を正確に回顧できるのは40代以上で、80年代を正確に回顧できるのは50代以上、70年代を正確に回顧できるのは60代以上と考えるのがもっとも適切だろう。

ちなみに80年代は当方が10歳から19歳までの時期で、回顧できるとするならせいぜい85~89年までの4年間しかない。
しかも中学生から高校卒業までという極めてあやふやな記憶しかない。

そんなわけで47歳のオッサンが90年代の衣料品業界を思いつくままに回顧してみる。

ファッションや洋服の概念だとか哲学だとかそんなものに当方は微塵も興味がないので、売れた売れないというビジネス的結果が中心となる。

ここに文字にする前にざっと頭の中で挙げてみたが、90年代はバブル崩壊後で苦戦が続いたといわれているが、実は衣料品・ファッション用品については国民的ブームがほぼ毎年のように起きていたことに気が付いた。
2005年以降のビッグトレンドが生まれにくい時代からするとなんと恵まれた時代だったのかと今にして思う。
1~2年の誤差があるかもしれないが、当方の記憶がベースなのでお許しいただきたい。

89~91年ごろ 世界地図が描かれたバッグブランド「プリマクラッセ」が大学生に売れていた。MCMやらハンティングワールドやらも。
同じころ、トムクルーズの「トップガン」の影響でMA-1ブルゾンが大学生の制服のようになっていた。

93~96年ごろ レーヨンを交織・混紡したソフトジーンズが大ヒット、「04ジーンズ」がボブソン史上最大のヒット商品となった。

95年 ナイキエアマックス95が大ブームで、履いているのを強奪する追い剥ぎが多発した。

95~98年ごろ レーヨンジーンズへの反動として固くゴワゴワしたビンテージジーンズが大ブームになった。

97年 バーバリーブルーレーベルがバーバリーチェックのミニスカートを安室奈美恵に穿かせて大ヒット、アムラーが出現。

98年~ ユニクロのフリースが大ヒット、ユニクロブーム・低価格ブームが起きる。

99年ごろ ジーンズ、ズボンの股上が浅くなり現在に続くローライズジーンズが大ヒット。

99年  ツープライススーツショップ誕生。第1号はオンリーの「スーパースーツストア」。

ざっとこんな感じだ。
90年代後半には、一体何が良かったのかいまだにちっとも理解できない裏原宿系ブランドも大ヒットしたし、これら以外でもキムタクがドラマで着用したブランドはもれなく売れた。

また、95年~99年ごろは独立系デザイナーズブームもあり、関西でもビューティービーストや20471120などのブランドが話題となり、某専門学校ではビューティービーストの山下隆雄氏が講演に来ると、数百人規模で立ち見が出るほど学生が集まったという。

こうしてみると、裏原宿や独立系デザイナーなんていうどちらかというとコアな市場向けのブランドもヒットしたし、MA-1ブルゾン、04ジーンズ、ビンテージジーンズ、エアマックス、アムラー、ローライズ、ユニクロのフリースなんていうマス向けのビッグトレンドもほぼ毎年のように生まれていたことがわかる。ちなみにレーヨンジーンズのヒットからテンセルジーンズも生まれた。

2005年以降、とくに2010年以降の流れを知っていると、ビッグトレンドの生まれやすさに加えて、メジャー市場とコアな市場の両方で大ヒットが生まれることに驚いてしまう。

今は当時ほどのファッション・衣料品への需要や渇望感がない。

また価格破壊・低価格ブームが始まり、ユニクロが現在へと続く基礎を固めたと同時に、裏原宿や独立系デザイナーズブランドという高額品も同時に売れたというのもなかなか興味深い。

ちなみに携帯電話が普及し始めたのは97年以降のことで、当方が初めて手にしたのも97年か98年だったと記憶している。

90年代の当時は、バブルが崩壊しており、バブルを謳歌した80年代への羨望が渦巻いていたが、2017年の今から振り返ってみると衣料品業界・ファッション業界にとっては今とは別世界かと思うほどに恵まれた時代だったといえる。ただ、当時過ごしていた人間にそのことがわからなかっただけのことだ。それは90年代に限らずいつの時代もそうかもしれない。

70年代の高度経済成長期だって当時の人間にはそんなに好景気だとは思えなかっただろうし、80年代のバブル期だって同じだ。
過ぎ去ってみて初めてそういう時代だったということがわかる。人間の感覚なんて所詮はその程度の代物でしかない。

メジャーもマイナーも大きな売上高が稼げたということは、当時はファッションや衣料品というものが若者を中心に相当に重視されていたといえる。今のように携帯電話に金を支払う必要もないから、その分の可処分所得もプラスオンされていたといえる。また、それだけではなく、この当時の若者(今の40代)は極めてミーハーな性質があり、トレンドとされる物に恐ろしい勢いで群がっていたといえる。これは何もその年代だけのことではなく、それ以前のミニスカートブームやベルボトムジーンズブームでもわかるように上の世代にも共通する戦後日本の若者の性質といえる。

このころに比べると、2010年以降は嗜好や娯楽が極めて細分化されたといえる。
それゆえにファッションにそれほどに興味も持たれないし、それが万人受けする娯楽ともなり得ない。
ファッションは釣りや切手収集やガンプラ組み立てと等しい趣味の一分野になったと考えるのが正しいといえる。

いまだに「服づくりガー」とか「洋服の文化ガー」と叫ぶ人が業界にも業界外にも老若男女を問わず存在するが、それは2005年までの幻影を見ておられるのではないか。

ここまで嗜好と娯楽が細分化してしまえば、90年代のような状況に戻ることは不可能である。
今後は、細分化した嗜好と娯楽に対応できるブランドとファッション企業が生き残れる。
90年代の夢はまどろみながら見るにとどめるのが賢明である。

NOTEを更新しました⇓
シャツ専門アパレル各社の生き残りと消滅を回顧する
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n3d3b62325395
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