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センチメンタリズムとノスタルジーでは国内生地産地を救うことはできない

 8月からindependというウェブメディアで月に1本か2本を書くことになった。

https://independ.tokyo/

トレンドとかショップのことはすでにこれまでから書かれているので、製造加工業のことを中心に書くことになる。

手始めに高野口産地の2社について書いた。
なぜここを選んだのかと言うと馴染みが深いから取材に行きやすいという理由もあるが、日本で唯一のフェイクファー産地でありながら、知名度が今一つ業界内でも高くないというところである。
せっかくなのにもったいないなと思い、少しでも認知度を高めたいと思ったからである。

前編が岡田織物で、後編が妙中パイルである。

岡田織物編
https://independ.tokyo/column/%e5%b2%a1%e7%94%b0%e7%b9%94%e7%89%a9/

妙中パイル編
https://independ.tokyo/column/%e5%a6%99%e4%b8%ad%e3%83%91%e3%82%a4%e3%83%ab%e7%b9%94%e7%89%a9/

詳しくはクリックして全文を読んでいただきたいのだが、両社に共通するのは、「メイドインジャパンブーム」だとか「日本製生地への高評価」だとか言われることが増えたが、実際のところはそれほど売上高は増えていないという点である。

景気は「気」からと言われるように、雰囲気が盛り上がることは大事だが、雰囲気だけ盛り上がって実態が伴わないならあまり意味がない。

岡田織物は今でも唯一、産地内で海外輸出を続ける企業で、ルイ・ヴィトンやプラダなどのラグジュアリーブランドに納品を続けているが、売上高が増えたかというとほとんど変わらない。ピーク時からは減少したままである。

妙中パイルも衣料品向けの出荷は減ったままで、液晶画面の研磨用布や化粧をするときにつかうパフ用生地などで減少を補てんしている状況にある。

記事中にも書いたが、高野口産地の産地組合には昭和60年ごろは380社強の加盟があった。売上高総額は660億円だった。さらに非加盟社で有力企業が何社もあったから実際のところは産地売上高は700億円を越えていたのではないかと考えられる。

それが今では加盟者数は62社で総売上高は60億円にまで縮小している。

社数でいえば6分の1、売上高でいえば10分の1にまで縮小しているということになる。

これが日本の生地産地の現状で、高野口産地以外の他産地も似たような状況に立たされている。

今年6月には高野口産地で、また1社廃業している。
今後、国内の機屋や染色工場が減ることはあっても増えることは考えられない。

現在の市況を冷静に見れば、「メイドインジャパンを盛り上げるためにグローバルSPAやグローバルファストファッションを排斥しよう」なんていうキャンペーンが実を結ぶはずもなく、個人的には失笑を禁じ得ない。
そもそも洋服自体の供給が過剰なのであって、ファストファッションを排斥したところで供給過剰状態は改まるはずもない。

しかも可処分所得が減少している中で、高額品のみを生き残らせたところで、全社がその恩恵を受けるはずもなく、売れるところは売れるだろうが、売れないところは今以上に売れなくなる。
普通の人間は無い袖は振れないのである。
収入が少ないのにわざわざ高額な衣料品を買おうと思う人間は少数派である。

そして富裕層も少数派である。

少数派を相手に商売をして全社が共存共栄できるはずもなく、売れない会社は当然淘汰される。
産地企業が置かれる状況はファストファッションを排斥したところでおそらくほとんど変わらないだろう。

産地企業なんて今すぐすべて滅んでしまえとは思わないが、なんとしてでも現存する産地企業をすべて残すべきだとも思わない。
そんなことは社会主義経済ででもない限り不可能である。

今後も産地企業は減り続けていくだろう。
産地企業が補助金や助成金を過剰にあてにしたままなら減るスピードはさらに早まるし、自らの努力を放棄したような企業はつぶれるべきだとも思う。

が、事業主が続けたいという意思があって、それなりの努力をする産地企業があるなら、それは何とか活路を見出してもらいたいと思う。補助金やら助成金は本来そういう企業を助けるためのもので、やる気のない企業に年金のように付与するものではない。

岡田織物も妙中パイルも、ときどき個人的には「アレっ」と首を傾げるような取り組みはあるが、それは個人的見解の相違であって、自助努力を続けている。
事業主にやる気があるうちは何とか事業を継続できる状況が続いてもらいたいと思う。

ただの安っぽいセンチメンタリズムとノスタルジーでは国内産地企業なんて到底救うことはできないし、若手クリエイターや極小ロットブランドが「救う」なんていうのはどれほど上から目線なのかとも思う。

個人的にそういう風潮に賛同できないのは、多くのそういう小さいブランドは産地に対して「手作業」や家内制手工業のイメージを抱いているように感じるし、そうとらえている場合が多いと感じるからだ。
しかし、国内の生地産地は工業製品の産地であり、各社によって設定は異なるが、経済ロットに沿って活動する営利企業なのである。
別に無形文化財でも伝統工芸でもない。

最低でも3反(150メートル)の生地を織らないと不採算だという機屋に対して、「手作業で20メートルだけ生地を織ってください。それが文化伝承です」というのは到底正しいやり方ではない。
本当に産地を「救いたい」のなら、そういうブランドが世間への影響力を強め、売上高を極大化させるほかない。


アスレジャートレンドなのにスポーツ用品店が売れないのは当たり前

 米国では、スポーツウェアをファッションに取り入れた「アスレジャー」に注目が集まっている。
わが国にもそのトレンドは流入しつつあり、ジョガーパンツやジョグジーンズのような商品がそれなりに動いている。
ユニクロが昨年からずっとジョガーパンツを継続していることからもわかるようにすでにマス層にも一定需要がある。

しかし、アメリカで言われるほどの大トレンドかというとそうでもないように感じる。
それこそ「アネロ」の口金リュックの方がよほどビッグトレンドではないか。

また、通常のスポーツカジュアルとアスレジャーの区別をすることも非常にむつかしい。
例えば綿100%のスエットパーカはもともとはスポーツアイテムとして区分される。しかし、もう何十年もの間、ベーシックなカジュアルウエアとして認識されてきた。
ベーシックなアメリカンカジュアルスタイルを挙げろということになるとかならずスエットパーカは挙げられる。

そしてこれを供給するのはスポーツメーカーだけではない。
通常のカジュアルブランドが市場に供給している。
むしろ、本格的なスポーツメーカーは綿100%のスエットパーカなんてほとんど作っていないし、作ったところでスポーツ色が強すぎて「ダサい」という評価を下される。

スニーカーにしてもそうで、スポーツアイテムだが、昔からベーシックなカジュアルアイテムの一つとして認識されている。今の世の中でスニーカーを「スポーツ専用アイテム」ととらえている人のほうが少ないだろう。

この辺りを指して、ことさら「アスレジャーだ」と指摘するのはどうも違うのではないかという気がする。

アメリカで言われる「アスレジャー」はもう少し本格的なスポーツウェアを日常着として取り入れているような気がする。もっと競技用に近い合繊100%で原色バリバリの、Tシャツだとかレギンスだとかナイロンパーカとかそういうものではないかというイメージがある。

しかし、これとても体育教師が常に着用しているようなジャージパンツを四六時中愛用するオッサンとかジイさん・バアさんというのは何十年も前から存在したわけで、彼らをアスレジャーだと指摘する人はいない。
むしろ今も昔も「ダサい人」として認識されている。

スポーツ用品の「ヒマラヤ」が赤字転落している。
これはすでに多くの媒体で報じられている。
東洋経済オンラインにも詳細に報じられている。

ヒマラヤ、過去最多13店舗を「閉鎖」する事情
スキー人気低下、ファッション性でも出遅れ
http://toyokeizai.net/articles/-/133438

2015年秋冬が暖冬でスキー・スノボ用品を得意とするヒマラヤは苦戦を強いられた。
これはその通りだろう。
ちなみにじゃあ、スキー・スノボ用品の市場規模はどうなっているのかというと、

「レジャー白書2013」によると、98年にスキー・スノボ人口は1800万人に達してピークを記録したが、2013年には770万人にまで低下しているという。
しかし、2012年・2013年は横ばい推移だともしている。

また「スポーツ産業年鑑」(株式会社日本能率協会総合研究所)によるとスキー・スノボ用品の市場規模は91年の4300億円がピークで、2012年には1100億円にまで低下しているともある。

91年のピークはバブル期とスキー人気の重なりで、スキー人気はバブル崩壊とともに崩れた。
じゃあ人口が98年にピークになった理由はなぜかというと、これはスキーに代わってスノボが若者に人気となったからだろう。ちょうど90年代半ばからスノボが注目され始める。
だが、その後、スノボ人気も低下して今に至る。

直近の動向はどうなっているのかというと、矢野経済研究所によると、2015年のスノー・スノボ用品の市場規模は前年比95.5%の496億7,000万円だとある。先にあげた1100億円とは大きく数字が異なるが、おそらく統計に含める品目などに差があるために、合計金額にも大きな差が生じたのではないかと推測されるが、ここで重要なのは2015年度の市場規模は減少しているという点である。

こういう背景を踏まえるとスキー・スノボを得意とするヒマラヤの業績が低迷することは何の不思議もない。
むしろ低迷しないほうが不思議である。

最近の東洋経済オンラインの企業分析記事は的確なものが多いが、ヒマラヤの苦戦について「アスレジャーのトレンドに乗れなかった」と指摘している点は少し疑問である。

その理由を3つ挙げる。

1、アスレジャーはトレンドの要素ではあるが、どこまでをアスレジャーに含めるかその境界線が難しい
2、ヒマラヤに限らずスポーツ用品店は、ファッショントレンド品の買い場として消費者に認識されていない
3、アスレジャーというファッション自体が曖昧で明確な境界線がない

この3つであり、ヒマラヤを筆頭とするスポーツ用品店がファッショントレンド客を取り込めるはずがない。
ヒマラヤもムラサキスポーツもアルペンもゼビオも消費者はファッション用品を買う店とは認識していない。
本格的なスポーツ用品を買う店としてしか認識していない。

アスレジャーがトレンドだからスポーツ用品店が売れるなら、地方の駅前にあるような個人経営のスポーツ用品店だって売れなければおかしい。
ところが、オッサン・オバハンが一人でやってるような5坪・10坪の個人経営のスポーツ用品店は衰退の一途をたどっている。ファッション用品店としては論外だし、スポーツ用品店としてもゼビオやアルペンやヒマラヤの足元にも及ばない。

そしてそのゼビオやアルペンやヒマラヤも一般消費者はファッション用品店としてはまったく認識していない。

だからいくらアスレジャーがトレンドに浮上してもスポーツ用品店はその恩恵を被ることはない。

そしてスポーツ用品店にはファッショントレンド品を売るノウハウ・見せるノウハウはまったくない。
いくらトレンドにスポーツテイストが浮上しようと既存の経営陣とスタッフではそれに対応することは不可能なのである。

しかもその「アスレジャー」というトレンドそのものが意外にボンヤリとしていてカテゴリーが明確ではない。
曖昧模糊としたイメージにはなおさらスポーツ用品店は対応できない。

だからヒマラヤがアスレジャートレンドに乗れないのは当然だといえる。

メディアの指摘にはときどき疑問を感じるのだが、例えば「ファッショントレンドにジーンズが浮上しているのに、ジーンズチェーン店の業績が伸びないのはなぜか」というような指摘があるが、それはジーンズチェーン店がトレンドを買う店だと認識されていないからである。
同じジーンズを扱っていても、ジーンズチェーン店の多くは「ファッション」として認識されていない。
「ファッショントレンドとしてのジーンズ」を買う店は別なのである。

ヒマラヤとアスレジャーの関係もこれと同じである。

ここを理解しないとせっかくの的確な分析も画竜点睛を欠くということになってしまう。

もし、スーツがファッショントレンドに浮上しても「洋服の青山」や「紳士服のはるやま」「AOKI」で買う人はそれほどいない。
ファッショントレンドとしてのスーツを買う店は別なのである。

とはいえ、自称ファッション店wwwが「うちはトレンドだから」とか「うちは高感度だから」という一々気取っているのも癪に障るのだが。(笑)




凄まじいサバイバル戦に突入したファッション雑誌

 世間はお盆休みである。
このブログも13日から休んで16日から再開したい。

さて、またファッション雑誌の廃刊が発表された。

アネキャンとランズキである。

「アネキャン」が休刊 販売部数や広告収入の低迷が響く
https://www.wwdjapan.com/business/2016/08/10/00021215.html

ギャル向け雑誌「ランズキ」が休刊 ツイッター上で発表
https://www.wwdjapan.com/business/2016/08/09/00021204.html

購読部数の低下と広告収入の低迷が雑誌の廃刊の理由だ。
それ以外の廃刊理由はよほど特殊な場合を除いてない。

ランズキはそんなにメジャーな雑誌ではなかったが、アネキャンというそこそこメジャーな雑誌までが廃刊に追い込まれているというのはちょっと驚いた人も多いのではないかと思う。

なぜ雑誌の購読部数が減るのかというと、これまで何度も書いてきたが様々な要因がある。

1、可処分所得の減少で何冊もファッション雑誌を買わなくなったこと
2、無料コーディネイトアプリや無料コーディネイトブログの発達によってファッション雑誌を買う必要がなくなったこと
3、見目麗しいモデルが洋服を着ていても、リアリティが薄く、読者の再現性が低いこと
4、雑誌の取り上げる「人気ブランド」が広告スポンサーにほぼ限定されており、市場の人気をあまり反映していないこと

などが挙げられる。

これらの打開策は残念ながらない。

全部どうしようもない。
とくに4なんて雑誌の収益が悪化すればするほど広告スポンサーは優遇される。

いっそ逆張りで、雑誌に恩を売る目的で資金に余裕があるアパレルやブランドは大量に広告出稿してみてはどうか?
これまでになく誌面でも優遇されるだろうし、雑誌や出版社にも恩を売れる。
好調な時にスポンサードしたところで感謝もされないが、これだけ雑誌が不振になればものすごく感謝される。
それこそ、やりようによっては雑誌や編集部を奴隷のように扱うことも可能だろう。

まあ、それはさておき。

じゃあファッション雑誌がすべてなくなってしまうのかというとそうは思わない。
やっぱりファッション雑誌を読みたいと思う読者も何万人かは存在する。

ただ、これまでのようにいくつもの雑誌が何十万部という購読者を得るということが不可能になっただけである。

各ジャンルで1誌か2誌は今後も確実に残るだろう。
これまでのように部数が飛躍的に向上するという現象はなくなるだろうが。

メンズだとマニアックだといわれるライトニングという雑誌がある。
筆者もライターとして過去に5回か6回くらい原稿を書いたことがある。
マニア以外は見向きもしないと思うが、安定的に10万部前後の部数を印刷している。
実際の購読部数はこれより少ないと思われるが、購読部数が減少し続ければ印刷部数を支えることは不可能だ。
よほどのアホ経営者でない限りは、購読が激減しているのに印刷部数を維持させることはない。
購読の減少に合わせて印刷部数も減少させる。
印刷部数が減少しないということは購読部数も減少していないということになる。

これまでは部数の大幅な上昇や、複数の大部数誌の併存が見込まれた女性向けファッション雑誌もライトニングのように、一定部数維持で推移し続けるようになるのではないか。
そして女性向けといえどもそういう雑誌が各ジャンルに1誌か2誌存続できる程度ではないか。

どの雑誌が、それほど多くはない残存者メリットを享受できるのか。
ファッション雑誌は凄まじいサバイバル戦に突入したといえる。
共存共栄は考えられない。



ファッションで一番重要なのは顔立ちと体型の良さ

 筆者は夏が嫌いである。
理由は暑いからだ。暑いのが苦手である。

で、人間の夏服姿というのは実にマヌケていると思う。
秋冬に重ね着をしていておしゃれに見える人でも夏服はカットソー1枚とか半袖シャツだけになるから、体型がモロに見えてしまう。

だいたいにしてかっこいい体型を保てている人なんてほとんどいない。

夏服を見ていると、ファッションとは、コーディネイトや色合わせがどうのではなく、顔立ちと体型の良さがもっとも重要なのだと改めて認識する。

最近はファッション雑誌をあまり読まなくなった。
とくに夏シーズンはほとんど読まない。
メンズはTシャツとポロシャツと短パン(短パン社長ではない)のカタログみたいになっている。
コーディネイトに工夫を凝らすといったって、Tシャツ1枚に短パンみたいな組み合わせしかないから、せいぜいTシャツの色柄を変えてみる程度しかない。
あとはサイズ感か。

しかし、それも顔立ちと体型が良くなければ、そんな工夫はほとんど無駄である。
それが毎年夏のファッション雑誌を読んだ率直な感想だ。

メンズのファッションはほとんど毎年代わり映えしないから、2年前のSafari8月号のページを画像で上げてみる。

IMG_1523

黒いTシャツと黒い短パンを着用した外国人男性モデルである。
なんの工夫もないコーディネイトである。
このモデルの顔立ちが良くて、体型もそこそこ良いから(ちょっと外国人にしては肩幅が狭いと思う。なで肩すぎるのか?)なんとなくサマになっているように見えるが、実際、同じようなコーディネイトをした人は山ほど街で見かける。
日曜日のショッピングセンターには同じようなコーディネイトをした冴えない風貌のオッサンが掃いて捨てるほどいる。

もし、ハゲてて、肥満してて、顔立ちが扁平でもっと短足な50歳くらいのオッサンが同じ服装をしていてかっこよく見えるだろうか?
そういうことである。

ファッション雑誌が売れなくなった理由はさまざまあるだろうが、モデルの顔立ちや体型が一般人からかけ離れており、その着こなしがまったく参考にできないからという理由もあるのではないか。

WEARなどのコーディネイトアプリが支持されている理由は、無料という以外にも、いわゆる一般人がコーディネイト画像を上げているため、参考にしやすいからではないかと思う。

彼らの多くはモデルや俳優ほど顔立ちが良いわけでもないし、スタイルが良いわけでもない。

背が低かったり、足が短かったり、背が高いけど痩せぎすだったり、肥満気味だったり、とそんな人が数多くコーディネイトをアップしている。
自分と似たような体型の人が合わせているコーディネイトはそのまま取り入れられる可能性が高い。

ファッション雑誌だとモデルが合わせているコーディネイトを試してみても、雑誌で見たような感じになることはほとんどない。
読んだことがそのまま取り入れられる確率は低い。
しかも雑誌は有料だ。

読んで、そのままでは取り入れられないような情報にわざわざ金を払いたいと思う人が増えないのは当たり前ではないだろうか。

だからファッション雑誌は軒並み部数を減らしており、回復する兆しもないのではないか。
オマケ商法もとっくに飽きられている。

【コラム】編集者が出版不況を乗り越えるために
https://www.wwdjapan.com/focus/column/business/2016-07-24/17399

このコラムでは週刊文春のノウハウを紹介しているが、週刊文春とファッション雑誌では掲載内容が違いすぎて一概には参考にならない。
また週刊文春はかなり財政的にも余裕がある。
多くの訴訟を抱えており、訴訟を起こされるリスクを承知で発行している。
訴訟で敗訴することもあるから、その場合、多額の賠償金が支払わなくてはならない。
文春にはそれを支払う財務的余裕があるということである。

翻って今の各ファッション雑誌にそんな財務的余裕があるだろうか。

あれこれ考えると、ファッション雑誌はコアなファンをターゲットとしたミニコミ誌的な役割を追求するほうが良いのではないかと思う。というよりそれしかやりようがない。

かつての隆盛は二度と取り戻せないと思う。
そこを覚悟できるかどうかの問題ではないかという気がする。


さらばゲイナー

メンズファッション雑誌はさらに淘汰される

 光文社のメンズファッション雑誌「ゲイナー」が6月24日発売号をもって休刊になる。
何度も書いているように雑誌の休刊とは廃刊と同じであり、後年復活できる雑誌の方が稀である。

男性誌「ゲイナー」が休刊 販売、広告収入の低迷が響く

https://www.wwdjapan.com/business/2016/04/22/00020378.html

廃刊の理由はこの見出しがすべてを物語っている。
販売、というよりも広告収入の低迷が原因である。
雑誌や新聞は購読料よりも広告料を主収入源として成り立っている。
購読部数が少なくても広告さえ集められれば雑誌や新聞は利益が出て、営利活動を続けることができる。

ゲイナーは90年に創刊されたそうだ。
筆者が20歳の頃だが、このころ筆者はファッション雑誌なんて読む人間ではなかった。
ファッション雑誌を読みだしたのは就職が決まってからであるから、93年とか94年である。

このころにはすでにゲイナーはあったのだが、今から考えてみると創刊3~4年の若い媒体だったということになる。もちろんその当時の筆者はそんなことは知らない。

ゲイナーという雑誌は2014年までは、毎月10日発売で20代後半から30代半ばまでの若い男性サラリーマンを対象としていた。
掲載内容は、若手サラリーマンにふさわしいビジネススタイルがメインで、それに加えて上品なカジュアル、ビジネスでも使えるカジュアルというスタイルだった。
あとはグルメ情報とか合コンでのマナーとかそういう内容が多かった。
純然たるファッション雑誌よりもそういう部分が多かったというのが個人的な印象である。

個人的にはグルメも合コンも興味はない(合コンなんて20年近く出席したことがない)から、ファッション情報としては他誌と比べて少ないと感じたが、差別化は図れていたのではないかとも感じていた。

それが2014年に突如としてリニューアルされた。

発売日が24日に移動し、対象年齢が50代男性になった。
モデルの田中カール氏をキャラクターにクローズアップした作りとなった。

個人的にはこのリニューアルが失敗だったと考えている。

リニューアル初号を見たときの感想は、「このカールってオッサン誰?」である。

その後、調べると田中カール氏は50代後半で、もともと人気モデルだった方だそうだが、93年くらいからしかファッション雑誌を読んでいない者からすると「このオッサン誰?」というくらいの知名度しかない。
テレビタレントとして有名になりつつあったジローラモ氏を起用した創刊当時の「LEON」を参考にしたのだと思うが、微妙に正解から外れていたのではないか。

リニューアル後の内容もLEONを意識したモテオヤジ的な特集が多く、個人的興味の対象外となった。

ここまでのリニューアルを施さざるを得ないほど追いつめられた状況にあったということだろうか。

同じようなリニューアル策を敢行したのがメンズクラブである。
メンズクラブも24日へ発売日を移動させて、内容もチャラくなった。
ファッションの教科書的スタンスだった旧メンズクラブの内容を評価していたので、現在の新メンズクラブは興味の対象外である。

ゲイナーとメンズクラブの発売日移動によって10日発売の男性ファッション雑誌はメンズノンノ、メンズジョーカー、ファインボーイズ、ポパイの4誌くらいしかなくなった。
反対に24日発売の男性ファッション雑誌が増えたことになる。

さて、部数を見てみる。

http://www.j-magazine.or.jp/index.html

ここでは3か月間の平均印刷部数が発表されている。
2015年10月~12月の最新データを見てみよう。

ゲイナーは66,734である。
近年はほぼこの前後を推移している。

メンズクラブは62,667
ライトニングは84,467

UOMOは58,334
LEONは82,100
Safariは195,717
メンズEXは34,067

ここではオーシャンズの発行部数は出てこないので、

http://www.zasshi-ad.com/media/man/lifestyle/oceans.html

によると、2013年1~3月で72803部だそうだが、2年経過した現在は増減はあるだろうが6万部台には転落していないと推察する。

このほか、2015年10~12月では

メンズノンノは110,000
ポパイは96,000
メンズジョーカーは109,830
ファインボーイズは86,934

となっており、印刷部数だけでいうと、メンズクラブとUOMOはゲイナーよりも少ない。
メンズEXは3万部台なのでさらに少ない。

ゲイナーと同様にこの3誌が廃刊になっても少しの不思議もない。
ただ、広告代理店の営業マンに言わせると、スーツスタイルに特化しているメンズEXは広告出稿量は部数の割には多いそうだ。
スーツスタイルに特化した男性雑誌がないためだろう。
コアな読者層が強く支えていると言える。

メンズファッション雑誌はもともと誌数が少ない上に、少しずつ毎年淘汰されている。
10日発売組の4誌は当分残るだろう。
また24日発売組はLEON、Safari、オーシャンズの3誌が残るのではないか。
月末発行のライトニングはコアなファンが支えるのでこれも残るだろう。

16日発行のビギンも広告出稿が好調なので残るだろう。
スーツに特化したメンズEXは部数は今以上に増えることはないがこれもすぐに消えることはなさそうだ。

24日発売のヤング男性ファッション誌「スマート」を加えると、当分残れる男性ファッション雑誌はこんなところではないだろうか。

雑誌の衰退理由は各所で述べられている通りだろう。

・掲載アイテムが高額すぎて一般消費者の金銭感覚と乖離しすぎている
・ウェブで無料、もしくは無料に近い格安料金でファッション情報が手に入るようになった
・提案されるライフスタイルに現実味を感じられない、それにあこがれない
・消費者のファッションへの興味が昔より薄れている
・ファッション情報に限らずメディアへの信頼度の低下

などだろうか。

男性ファッション誌の動向を見ていると、広い読者層を獲得しようとするよりも、ライトニングやメンズEXなどのマニアックな内容でコアなファンを獲得した方が効果的だと感じられる。
しかし、コアなファン層を獲得しようとしたフリー&イージーの廃刊もあるから一概にこれも当てはまらない。

ファッション雑誌の運営は今後さらに厳しさを増すことだけは容易に想像できるのだが。


 



知名度の低い案件は報道されにくい

 先日、ニュースリリース(プレスリリース)のことで相談された。
相談と言っても雑談程度にアドバイスをしただけであり、もちろん無料である。

内容をかいつまんで例示すると、

「和装系の店が伝統素材を使った新規事業を立ち上げる」

という内容である。

で、この和装系の店は全然知名度のない地方のマイナー店である。
伝統素材も「友禅」とか「〇〇紬」のように知名度のある素材ではない。
かなりマイナーな素材である。

このリリースに対して、「なぜメディアから反応がないか?」という質問を受けたわけである。

結論から言うと「対象物すべてがマイナーだから」である。
文章の書き方とかまとめ方が悪いわけではない。
その点はリリースを読んだ限りにおいては過不足ない。推敲もされている。

一般的に、メディアは「知名度の高い案件」に無条件に反応する。
たとえばユニクロからのリリースだと取るに足らないニュースでも掲載される。
5人くらいで運営している無名の小規模アパレルが経営危機に陥ってもニュースにはならないが、イトキンが経営危機に陥ったらそれは無条件で掲載される。

個人経営の無名のブティックが閉店してもニュースにはならないが、ワールドが500店舗を閉鎖したらそれはニュースになる。

地方の無名和装店が新業態を開発してもニュース価値は低いが、ストライプインターナショナル(旧クロスカンパニー)が新業態を開発すればそれはニュースになる。

メディアの記者、編集者が掲載、放送を判断する基準として「対象物の知名度の高さ」はかなりの比重を占める。
業界メディアなら、無名の会社がニュースリリースを送付すればそれでも掲載される可能性はあるが、一般向けメディアとなると「知名度のハードル」はさらに高くなる。

メディアに縁のない人は、「無名のブランドや人をメディアが発掘して、それをメジャーに押し上げてくれる」という構図を頭に描くことが多いが、それはほとんどの場合幻想である。
もちろん一部に例外はある。その例外は限りなく少数派で、「奇跡」と考えても差し支えないだろう。

その奇跡が実現しやすいシチュエーションを思いつく限り挙げてみる。

1、わかりやすい打ち出し文章が「奇跡」のようにできた
2、ニュースリリースが波長の合う担当者の手にたまたま渡った
3、たまたまネタ枯れの季節だった
4、たまたま時節柄に合っていた
5、メディアと太いパイプを持っていた
6、広告を出稿した
7、誰が見てもわかりやすい画期的な商品・サービスを開発した
  (例:1週間充電不要のスマホとか)

のような場合が考えられる。

そしてもっとも有効なのが5のメディアとの太いパイプがあった、である。

たまに無名のブランドがいきなりファッション雑誌や、そこそこに有名なメディアに取り上げられることがある。
それは編集者、記者が足を棒にして発掘したからではなく、そのブランドの中や関係者にメディアと太いパイプを持っていた人がいたという可能性がきわめて高い。

実も蓋もないがこれが現実である。

じゃあ、どのように対応すれば良いかというと、一番費用がかからないのは、そのままくじけずに定期的にニュースリリースを送り続けることである。

人間というのは不思議なもので、何度もその会社やブランドからのお知らせを受け取っていると、だんだんとその会社やブランドに対して興味を持ち始める。むろん時間はかかる。
10回、20回と続けて初めて効果が出ることも珍しくない。

逆に、初回から効果があるのが珍しいと考えた方が精神衛生上悪くない。

費用をかけても良いなら、

1、広告出稿をする
2、メディアを集めた「会」を定期的に主催する

という手法がある。

広告出稿をすれば確実である。
やっぱり「カネ」は強い。

また、2のように、有力企業の多くが定期的にメディアを集めたミーティング(酒席も含む)やパーティーを開催するのはパイプを太めるという意味がある。

こう書くと、

「メディア側の姿勢は間違っている。それは正すべきではないか」と考える人もいるだろう。
そしてその考えは正しい。

しかし、その意見をぶつけてみたところで、明日からただちにメディアの姿勢が変わるわけではない。
繊維業界、アパレル業界、流通業界だって指摘された悪癖がすぐに変わるわけでないのはご存じの通りである。
徐々に変えていくしかない。いわば啓蒙活動をやり続けるしかない。

話を戻す。「お金をかけられない」「お金がない」なら、心折れずに何回も何十回もニュースリリースを送り続けるしかない。

それでもニュースリリースの作成・送付を業者に依頼するなら、やはり代金は必要である。
どうだろうか、運送料は必要分だけ支払うとして、文章作成料はやはり必要である。
ライターや広報代行者はボランティアではない。
代金はピンキリだろうが、最低でも2万円~5万円は必要だろう。
それを払うのが嫌なら自分で書くしかない。

自分で書くのが無理、でも金を一銭も払いたくない、という業者はそのまま放置されるだけの話である。

筆者もプレスリリースの作成を依頼されることもあるが「無料で」という依頼は絶対に断る。
過剰な値引き依頼もお断りする。

そんなわけで先日の業者は心折ることなく引き続き頑張ってもらいたいと思う。




雑誌の淘汰は今後もまだまだ続く

 ライフスタイル雑誌「Free&Easy」が休刊となった。
雑誌の休刊というのは実質的に廃刊である。
ライフスタイル雑誌とされているが筆者はファッション系の雑誌だと思ってときどき読んでいた。

ジーンズ、アメカジ、古着系には強い雑誌だったが、休刊となったということは採算が悪化していたということだ。
儲かっているなら休刊にはなっていない。
以前に一度だけジーンズ特集の際に原稿を書いたことがある。

それにしてもファッション系の雑誌は苦戦を強いられている。
とくに男性雑誌は厳しい。

発行部数は公称で10万部とされているが、はっきり言って10万部を維持できていたなら休刊にはなっていない。
実際の購買部数はかなり少なかったのではないか。

http://www.j-magazine.or.jp/magadata/?module=list&action=list

ここで主だった雑誌の3か月ごとの平均発行部数が調べられるが、Free&Easyは掲載されていない。
最新版のデータである2015年7月~9月の各雑誌の発行部数を見てみよう。

メンズクラブが64567部
ゲイナーが68600部
ライトニングが92967部
UOMOが60000 部
LEONが82067部
MEN’S EX が31967部
Safari が198400部
GQ JAPANが46250部

である。

この中で10万部を越えているのはSafariだけであり、それに近いのがライトニングである。
それ以外は10万部から遠く離れている。

メンズEXとGQJapanはそれぞれ3万部強、46000部強しかない。

それでも発行を続けられているということは、人件費をよほど安く抑えているか、広告出稿がそれなりに集まっているかである。
大概の雑誌は購読料ではなく広告料で成り立っているというのは周知の事実だ。

となると、Free&Easyの場合は、広告料が集まらずに赤字になっていたと考えられる。
発行部数が10万部もあったとは考えられない。同じ年代をターゲットにした男性雑誌は軒並み5万~6万部である。おそらくこの雑誌も実際の発行部数はそのあたりだったのではないかと考えられる。
公称部数というのはあくまでも公称であってほぼ自称である。

某業界紙が公称部数10万部とか5万部とか唱えているが、それは実際の数字ではない。
業界紙だけでなく経済誌も雑誌もすべて同じで公称というのはほぼ自称である。
自称プロサーファーとか自称ミュージシャンとかそういうのとほぼ変わらない。

しかし、メンズEXが3万部強、GQJAPANが4万6000部強で発行し続けていられるのは、広告出稿料がそれなりに集まっているからであろう。
広告出稿料が集まっているのはどうしてわかるとかというと書店で実際に雑誌を手に取ってみればわかる。
ページ数が分厚ければそれだけたくさんの広告が集まっているということである。
LEONなんてときどき電話帳みたいに分厚いときがある。あれは広告がものすごく集まった証である。

反対にペラペラに薄いときは広告が集まっていないということになる。

ファッション系雑誌の休刊が相次いでいるが、今後もこの流れは続くだろう。
すべての雑誌が休刊になるとは思わないが大半は淘汰される。
その受け皿となっているのがウェブだろう。

男性雑誌はもともとネタと広告の少ない2月号と8月号をストリートスナップ特集にすることで乗り切ってきたが、最近はこのストリートスナップ特集号が年2回以上に増えているように感じる。

おそらくネタと広告が集まってないのだろうと推測されるのだが、それだけではないだろう。

読者がリアルさを求めているからそれに対応するには容貌と体格の整ったモデルよりも、そこらへんを歩いている一般人を集めた方が、より共感が得られると編集部が判断しているからだろう。
中には一般人じゃなくて知り合いの広告代理店社員とか販売員をサクラとして紛れ込ませていることもあるが、モデルよりはリアリティがある。

たしかにこれは一つの名案かもしれないが、この場合はウェブとの競合がさらに激しくなる。
wearなどのアプリやストリートスナップを集めたウェブサイトで事足りてしまう。
しかもそれらを閲覧するのは無料である。
毎月500~1000円を支払う雑誌では太刀打ちできない。

またファッションを専門に論じているブログの方が雑誌よりも読み応えのある場合も多い。

ブロガーの場合は一人で書いているが、雑誌は多くの人の手によって編集されている。
また書き手も多数がかかわっている。

当然のことながら、雑誌の記事は完全には意思統一されていない。

これが経済や政治を論じるような雑誌なら様々な意見を集めるのは有益である。
しかし、ファッションについての情報を書いている雑誌で、意思統一ができないのは読者に混乱を招くことになるのではないかと思う。

例えば、「〇〇という着こなしがイケてる」という記事の何ページかあとに「〇〇という着こなしはNG」みたいな一文が掲載されていたら読者はどちらを信じるべきだろうか。
そしてこういうことが実際に何度も掲載されていたのを筆者も知っている。

ファッションブロガーの場合は、賛成できるかどうかは別にして、個人の論調で徹頭徹尾まとめられておりそういう混乱を招くことはない。

ファッションブロガーがストリートスナップを集めて自分の価値観で評論したウェブ媒体の方が、ファッション雑誌よりも読みやすいし、説得力があるということになる。

ストリートスナップの過度の重視と、多人数での製作による主張のブレ。

この部分を考え直さないとファッション雑誌はウェブメディアに今後も負け続けることになるのではないか。
そして一部の熱狂的信者を集められた雑誌だけが残るのではないだろうか。現在はまだその過渡期にある。

どの雑誌が最終的に生き残るのか興味深く外野から眺めたい。


シェイクシャックはマクドナルドと比較すべき対象ではない

 日本のメディアではけっこうあることだが、まったく比較対象にならないものを比較してしまう。

「第二のスタバ」みたいに持て囃したブルーボトルコーヒーの扱いが正直疑問だったし、先月、上陸したシェイクシャックバーガーに対する扱い方も異様だ。

ファッション系ウェブメディアがトップ記事で扱っているのはなんだかなあという感じである。
衣料品のニュースよりも飲食の方が閲覧者数を集めやすいからだという。
衣料品への興味は本当に薄れてしまっているのだと感じる。

ファッション系ウェブメディアは置いておいて、ある経済系のメディアまでもがシェイクシャックバーガーを「マクドキラー」だと持ち上げていた。
え?全然企業規模が違うんだけど?

マクドナルドは全世界で3万店くらいある。
日本には3000店弱ある。

一方シェイクシャックは全世界で70店強。
2020年までに日本に10店舗を出展する計画だそうだ。

3万店VS70店
3000店VS10店(5年後)

である。

同じハンバーガーという形態の食べ物を提供しているとはいえ、企業規模が違い過ぎて比較対象にはなりえない。


筆者はハンバーガーという食べ物にはまったく興味はないが、ちらっと調べてみると、企業規模以外にもマクドナルドとシェイクシャックではまったくコンセプトも価格設定も異なる。
シェイクシャックは「オーガニック食材を云々した」というまことにめんどくさいコンセプトが立てられている。
人の好みは好き好きだが、個人的には「オーガニックが云々」と謳われた飲食物はめんどくさいので好きではない。
利用することは一生ないと思う。

価格は、近年、マクドナルドも上昇傾向にあるがシェイクシャックはそれ以上に高額である。
バーガー単品が700円弱もする。
セットだと1000円を越える。

100円マックが存在するマクドナルドとはまったくターゲットとする消費者層が異なることがわかる。

オーガニック云々のイシキタカイ系の人はもとからマクドは利用しなかっただろうし、シェイクシャックがマクドの顧客を大量に奪うことは考えにくい。

低価格(近年、低価格ではなくなってきたが)のマクドナルドの存在をベースにしながら、それへの反発のある層を取り込むニッチ業態がシェイクシャックだといえる。
逆にいえば、マクドナルドが存在しなければ生まれえなかった業態ともいえる。

こう考えるとシェイクシャックがマクドナルドを殺すことはあり得ない。
むしろマクドナルドが存在し続けた方がシェイクシャックの存在意義がより鮮明になる。

ならば「キラー」というよりは「棲み分け共存」するのではないか。

衣料品で例えるなら、ユニクロとジョンブル、ユニクロとキャピタルを比べるようなものだろう。
企業規模も顧客ターゲットも価格帯も違い過ぎて比較する意味がない。

こういう無意味な企業比較は却ってミスリードするだけではないかと思う。


これまで通りのやり方では雑誌も服も売れない

 昨日、こんなブログエントリーを拝読した。

80万部が11万部になった「cancam」。売れない雑誌の共通点とは?
http://toriaezutori.com/marketing/658.html

タイトル通りの内容である。
一般的に雑誌が売れなくなった理由を考察しており、なかなか的を射ている。

そして、最後になりましたが最も部数を減らしているのは、20代前半〜後半向けのファッション誌です。例えば、「cancam」も、エビちゃんや押切もえが看板モデルだった2006年当時は80万部にせまる発行部数があったと言いますが、2013年には11万5千部と驚異の落ち込みを見せています。そのほかにも「with」が2008年時には50万部を超えていたものの2015年時には21万部と半分以下に、「MORE」も2008年時に50万部となっていたのが2015年には27万8千部と約半分になっているのです。

考えられる要因としては、以下が挙げられると思います。

・若い人の雑誌離れが顕著なので、20代前半〜後半ターゲットの雑誌は部数の落ち込みが著しい
・ファストファッションの台頭により、雑誌を見なくてもある程度着こなしができるようになった
・ファッションコーデを閲覧できるアプリや、ファッションについてのキュレーションサイトなどウェブで無料閲覧できるサービスが増えた

とある。

挙げられてる要因分析はどれも適切だといえる。

これに筆者が思いつく要因を付け加えるとするなら、

・月額料金が低価格で何誌もまとめて閲覧できるファッション雑誌の電子書籍サービスができた
・最新の衣料品を身に着けることがカッコイイことではなくなった
・トレンドが何年間も大きく変化していない
・掲載されているブランドが、広告スポンサーだったり編集者との親密度合だったりで決められていることがバレた
・掲載されている商品を買える人が減った
・企画内容が陳腐化している

くらいだろうか。

正直に言って、多くの人のタンスの中に衣服は溢れている。
トレンドがそんなに大きく変化していないから、毎年洋服を買う必要がない。
昨年とか一昨年買った服で十分おかしくない。
レディースでこうなら、もともと変化の少ないメンズ服ならなおさらである。

現に筆者だって10年くらい前に買った服をいまだに着ている。

一方、このエントリーではほとんど部数を減らしていない雑誌も紹介されている。
Hanakoである。

その1つの例が、マガジンハウスの「Hanako」です。2008年時に9万部だった発行部数は2015年時に8万7千部とさほど部数を減らしていません。

とある。

雑誌を「雑貨化」することで雑誌でしか提供できない価値を作ることに成功したというような分析があるのだが、それよりも筆者は、もともとがニッチ市場を狙っており、大部数でなかったためにそのままファンを固定化できたのではないかと思う。

そういう意味では大当たりはしなかったが売上高も減っていないというニッチ市場への正しい取り組み姿勢だったといえる。

先日からいくつかの中小規模のアパレル合同展を廻ると、主催者や出展者から口々に「洋服が売れない」ということを聞いた。
たしかに売りにくい時代になっている。
しかし、道行く人は裸で歩いているわけではないから、まったく買っていないということでもない。

また大手アパレルの決算内容が悪化しているが、売上高はゼロではない。
いまだに何億円もの売上高があるのだから、ぜんぜん売れていないということでは決してない。

ただ、バブル期のように簡単には売れなくなったということである。

では売るためにはどうするのか?

そこを考えないと状況は打開できない。

タレントとのタイアップも新鮮味がない。
製法やスペックへのこだわりもありふれている。
ファッション雑誌への広告効果もかなり低下している。
ウェブ通販が伸びているが大手と小規模ブランドの格差がすでに開いてしまっている。
商業施設はどれも同質化している。

ざっと今はこんな状況だろうか。

今までのやり方で通用しないことはみなさんが身に染みてわかっておられるのではないかと思う。
いろいろと新しい手法を試してみるほかないのではないだろうか。



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