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産地企業や製造加工業者は決して「善良なる弱者」ではない

10月から人気ドラマ「下町ロケット」の続編が始まる。
7月に発売された3巻が原作になっている。

初回ドラマは1巻と2巻を原作にしていたから、ドラマとしては二作目でも原作は三作目になる。

ちなみに、7月に3巻「下町ロケット ゴースト」が発売されたばかりなのに、また4巻「下町ロケット ヤタガラス」の発売も決まっている。
すごいハイペースで原作小説が執筆されている。

原作は池井戸潤さんで、「半沢直樹」以来ヒット作を連発しており、ドラマ化すればほとんどが高視聴率となる。
今年の1月に放送された「陸王」も池井戸潤さんの原作である。

大概は主人公はしがない立場の小規模工場経営者だったり、大手企業のサラリーマンだったりする。
その主人公が大手企業の妨害にあい、苦労しながらも最後は大逆転をする。
近年のヒット作はほとんどがこの黄金パターンで構成されている。
ヒットドラマの多くは勧善懲悪で、ヒットする理由は、往年の水戸黄門や遠山の金さんとまったく同じだ。
ドラマの方が原作よりも性善説ベースで描かれており勧善懲悪の色が強い。

舞台が江戸時代か現代かの違いしかない。

この池井戸ドラマに代表されるように、当方も含めて、多くの日本人は、零細・小規模企業はかわいそうな立場にあると思い込んでいる場合が多い。
池井戸ドラマは零細企業・中小企業を善良なる弱者として描かれている。
大手は悪辣で冷徹。これがステレオタイプというやつだろう。実にくだらない。

この世の中に「善良なる弱者」なんてほとんど存在しない。
弱者は存在するが弱者は必ずしも善良ではない。

もう1年ほど前になるが、ある知り合いの個人デザイナーが「ブランドを立ち上げた」と報告してきた。
大々的に起業しているわけではないから、どうやって製造の資金を調達したのだろうと思っていたが、これもまた小規模な縫製工場が製造に協力しれくれることになったようだ。

そうこうするうちに徐々に雲行きが変わってきた。

もともとは製造に協力し、製造の観点からアドバイスをくれるというはずの立場だった縫製工場の社長がだんだんと、デザインにも口を出すようになり、さらには自社ブランドとして売り出そうとするようになってきた。

この辺りから、当方は、その社長とは決別すべきだとアドバイスしていたのだが、デザイナー氏は踏ん切りがつかずにズルズルやっていた。

それが先日、その縫製工場の社長が「自社ブランドを始めました」という内容でメディアに掲載されていた。
デザイナー氏は「やられた」と嘆いていたが、後の祭りである。

とはいえ、そのデザイナー氏は提携を切るだろうから、次シーズンからそのブランドのデザインは大きく変わるはずだ。
そして立ち上がったばかりの無名ブランドがいきなり次シーズンからデザインが大きく変わることはリスクでしかない。

デザイナー氏はお人よしに過ぎたし、この縫製工場の社長も目先の利益に飛びつく短絡者でしかない。
狡く立ち回ったようでいて、実は大局観のない愚か者といえる。

ここに出てくるデザイナー氏も縫製工場も新ブランドも業界ではまったく無名であることを断っておく。

しかし、この事例を見てもわかるように小規模な縫製工場社長は決して「善良なる弱者」ではない。
弱者であるかもしれないが、決して善良ではない。

デザイナー氏はどちらかというと「善良なる弱者」といえるが、善良なる弱者では世の中から搾取されて終わる。

見方を変えれば、弱小縫製工場が生き残りのためになりふり構わず必死で工夫したといえなくもないが、立ち上がり次シーズンからデザインが大きく変更になるリスクを考えると、決して上手いやり方ではない。

実は衣料品業界にはこの手のことが掃いて捨てるほどある。

例えば、某大手縫製工場の年配の社長がいるが、実はその縫製工場を何十年も前に創業者一族を追い出して乗っ取ったという噂がある。
何十年も前のことなのでネットにも記録が残っていないが周辺の人からはいまだにその話がチラホラと出てくる。

一時期はシャツアパレル最大手といわれ、その後民事再生法を申請したトミヤアパレルだって、古い業界関係者は「パインシャツが名門のトミヤアパレルを乗っ取った」と話すことがある。
これは「華麗なる一族」よろしく、「小が大を飲み込んだ」合併だったようだ。

まあこんなことは氷山の一角である。

池井戸潤さんの小説やドラマのように、ついつい人は小規模工場や小規模企業を「善良なる弱者」を見てしまいがちである。
メディアも所詮人が報道するのだからそういう価値観に引きずられる。

昨今の産地企業や製造加工業に関する報道なんてそういう基調のものが多い。

しかし、実態は弱者といえどもそれなりの爪や牙を備えているし、生き残るためなら、自分よりも弱者を養分にすることだっていとわない。
まさに自然界の弱肉強食の摂理そのままである。

大型肉食獣に捕食されることもある小型肉食獣は、自分よりも小型の生物を捕食して生き延びるのである。

まあ、そんなわけで、産地企業も製造加工業も決して「善良なる弱者」ではないので、提携する個人デザイナーや個人業者、小規模業者はくれぐれも注意が必要である。
世の中に必要なのは性善説ではなく、性悪説であると改めて思う。

久しぶりに有料NOTEを更新しました~♪
ジーンズメーカーとジーンズショップの変遷と苦戦低迷する理由
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/ne3e4f29b4276

 

【告知】多数の要望があり、8月24日のマサ佐藤(佐藤正臣)氏とのトークショーを昼間から夜の飲み会へと変更しました。(笑)
ぜひともご参加を。詳細は以下のURLで。
お申込みお待ちしています。
https://eventon.jp/13683/

そんなわけで「現代風時代劇」の「下町ロケット ゴースト」をどうぞ~

お手頃価格でみんながファッションを楽しめるならそれが最高だろ

金曜日にユニクロとJWアンダーソンコラボの2018夏物が発売された。
メンズのアシンメトリーボーダー柄Tシャツは意外に生地が分厚く、原材料費にカネかかってんなあという感想だ。
あと、スタンドカラーのロング丈シャツは値下がりしたら買いたいと思った。

せっかくなので、390円のボーダー柄靴下を2足買った。

試しに買ったユニクロアンダーソンのボーダー柄靴下

全部で6色くらいあったが、黄色のボーダーとマルチカラーのボーダーを選んだ。

まだ試し履きしていないのでレビューはまたの機会にしたい。
靴下というのは意外にコーディネイトでも重要になる。
特に、ズボン丈が短めな近年は、靴下が目立ちやすい。
これが2005年頃の裾を引きずるようなブーツカットブームの時なら靴下なんてコーディネイトに必要なかった。
なぜなら靴を脱いで座敷にでも上がらない限り、靴下なんて見えないからだ。

しかし、今はズボン丈が短めだから靴下は常に見えている。
それゆえに、靴下がコーディネイトの要となることが増えた。
極力目立たない黒無地や紺無地にするもよし、派手な色柄でアクセントにするもよしだ。

何色かあったがこの2色を選んだ理由は、赤のボーダーは今春に無印良品で200円に値下がりした靴下を買っていたからだ。
無印では200円に値下がりした赤ボーダーとグリーボーダーを1足ずつ買った。

200円に値下がりして買った無印良品のボーダー柄靴下

 

こちらはすでに履いているが、履き心地は極めて良い。綿素材で薄すぎず分厚すぎずである。

通常値下がりした靴下は安物臭い生地が多いが、これが200円に値下がりしているのがすごいと思う。

また、ユニクロアンダーソンのボーダー靴下も390円でこの配色の商品が買えるのがすごいと思う。

現代は、「安くて見映えの良い商品」で溢れていると思う。
自分が若い頃の25年くらい前を考えるとなんとも消費者の立場とすれば羨ましい時代だといえる。

ところが、衣料品業界には「低価格衣料品の出現は許せない」と息巻く既得権益者が数多くいる。
この手の人間は幅広い年代にいるのだが、中でも中高年のこの論者はこれまでさんざん高い服で儲けてきた既得権益者である場合がほとんどだ。
反対に年若いこの論者は、単なるイシキタカイ系か、自分のブランドが売れないことへの八つ当たりをしているか、のどちらかといえる。

まあ、たかが服なんで、だれもがそれぞれ自由な意見を持っていれば良いと思うのだが、個人的には「見映えの良い低価格品」が出るのは自然の流れであるとともに、それなりに好ましいことだと思っている。

理由は誰もがファッション品に手を出しやすくなるし、誰もが安値でファッションを楽しめるからだ。

先日、ユニクロとコラボをするジョナサン・アンダーソン(JWアンダーソン)氏のインタビューが各媒体に掲載された。
一番まともな感じのインタビューを掲載したのが繊研新聞だと思う。

ジョナサン・アンダーソンに聞く、ユニクロと組む理由
https://senken.co.jp/posts/uniqlo-jwanderson-interview-180412

この中でアンダーソン氏は低価格衣料品についてこう語っている。

ユニクロとの協業は、グローバルなプロジェクトということもあるけれど、何より僕自身がファッションの民主化の流れを信じているから。自分のブランドは小さいけれど、とても高い商品もある。でも本来、服は排他的なものではなくて、誰でも手にできる包括的な存在であるべき。

とのことでこの意見には個人的に賛成する。

そもそも、これまでのファッションは「選民思想」に近いもので覆われていた。
バカ高くて、よくわからないロジックのブランドの服をありがたがって着ている人たちだけがファッションエリートで、それを買わない・買えない大衆はダサいという一種の選民思想だ。
しかし、笑えることにこのファッションエリート(笑)たちの多くは、自分の食費や生活費を切り詰めてまでそういうブランドの服を買っていたのである。
ところが、ダサい大衆の方が、衣以外の生活は豊かだったりするのだから笑わせてくれる。

外野にいるオッサンたる自分としてはそれがすごくカッコイイとは25年前から到底思えなかった。
けれども当時は「ファッション業界ってそういうところだよね。だから嫌い」というあきらめもあった。

それよりも、食費や他の雑費もそこそこに支出して、その残った範囲内で見映えのする服を買えることの方が豊かな暮らしではないのかとずっと思ってきたし、今もそう思っている。

例えばユニクロアンダーソンやユニクロUなんていうのは、誰しもが買いやすい値段で、しかも品質・見映えともに悪くない。
そりゃ、中には「なんだこりゃ?」という色柄の商品もあるが、そんなのは他社ブランドだって同じである。
こちらの好みに合う物もあれば合わない物もある。当たり前の話だ。

それから、素人へのファッション指南で人気を博しているMB氏がしまむらグループのアベイルとコラボ商品を発売したがその際、ブログでこんな意見を述べておられる。

アウターが1980円!?MBとアベイルが奇跡のコラボレーション!!

私は「おしゃれを手が届かないもの」にしたくありません。
「誰でもいつでもどこでも、法則さえ知れば自由に楽しめる」のがおしゃれです。
生まれ持った感覚もセンスも必要ない、
お金も時間も必要ない、
おしゃれは今までファッション雑誌やアパレルの世界で長く語られてきたような閉鎖的で限定的なものでは決してありません。知れば誰もが簡単に楽しむことができるものです。

そしてお金も感度も必要ないからこそ、もっと多くの人にこのファッションの楽しさを知ってもらいたい。

とのことで、アーバンリサーチやアダム・エ・ロペなどの有名セレクトショップとコラボをさまざましているにもかかわらず、アベイルなんていう低価格チェーン店とMB氏がコラボをする理由だ。

先ほどのアンダーソン氏とほぼ同じと言える。

この10年間ほど見てきて、「安物の服は許せない~」という人の多くは既得権益者である場合が多く、特に中高年層はほとんどが既得権益者である。その既得権益が破壊されているからなおさら声高に叫んでいるに過ぎないと当方は見ており、その声に耳を傾ける価値はないと思っている。

ユニクロUやアンダーソンコラボを見て「ファッションを殺す気か」と叫んだ年配の方がおられたが、そんなことでファッションは殺されなくて、殺されるのはご自分たちの既得権益に過ぎない。実にくだらない。

ときどき、アフリカのオシャレな人集団「サプール」が話題になるが、オシャレな人を特別視するほどにアフリカは貧しくてファッション衣料品が出回っていないともいえるのではないか。反対に日本や欧米で低価格トレンドブランドが生まれ、多くの人がオシャレを楽しんでいるのは、それだけ社会全体が豊かだともいえる。

今後、ますますファッションの垣根は低くなっていき、そのうちにこれまであったような特殊でクソみたいな「選民思想」は雲散霧消してしまうものだと期待している。

NOTEの有料記事を更新~♪
心斎橋筋商店街がドラッグストア街に変貌した理由とこれまでの変遷の推移
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n2eb0ac5ccb54

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JWアンダーソンの本体ラインはこんな感じだよ~

「作るだけ」ではデザイナーズブランドは運営できない

今日はちょっと風味を変えて。

現在、漫画を読む層は30代~50代くらいのオッサン(オバハン)世代だと言われていると、何かの統計にあった。
昔、漫画は子供や若者の物という印象が強かったが、その統計によると最近の若い人は漫画離れだと言われている。
たしかに専門学校の生徒と話すと、「漫画を読んだ」というよりは「アニメを見た」という声の方が多いような気がする。

自分で読み進めなくてはならない漫画よりも、自動的に進んでくれるアニメの方が見やすい。
そういう意味では漫画を読むというのは、アニメを見ることに比べると大変な労力を要するといえる。
人間は便利な方を使う生き物だから漫画よりアニメという選択になるのも当然といえる。

当方もオッサン世代、というよりそろそろジジイ世代なので、漫画は好きで、よく読む。
それでも昔よりは読む量が減ったし、買う単行本も減った。

で、今でも週刊少年マガジンだけは買っているが、これも楽しみにしている漫画が減ってきた。
今だと野球漫画「ダイヤのA」とサッカー漫画「Days」くらいだろうか。
そういえば、長らく読んできたボクシング漫画の「はじめの一歩」だが長く続きすぎてグダグダになって、ついに今週号では引退してしまった。
ライバル対決も世界チャンピオンへの挑戦も果たせないままの引退である。

しかも引退の原因となった敗戦相手は、今までからの因縁のある登場人物でもなんでもなく、ポっと出のモブキャラみたいなフィリピン人ボクサーで、主人公とは何の因縁も絡みもない。
実際の人生なんてそんなものかもしれないが、フィクションである物語において、この伏線のなさはちょっと呆気にとられる。
構成としては素人以下で、これでまだ最終回を迎えていないのだから驚くとともに呆れる。

それはさておき。

その週刊少年マガジンに、ファッション業界を扱った「ランウェイで笑って」という漫画が昨年5月から連載が始まった。

女子高生がパリコレを目指す漫画、「週刊少年マガジン」で連載開始
https://www.wwdjapan.com/423066

ファッションを扱った漫画は珍しいと思った人もいるだろうが、ファッション漫画は昔もパラパラとあった。

例えば「こっとん鉄丸」。
どんな内容かというとかなりぶっ飛んでいる。
「包丁人味平」のファッション版というべきだろうか。

詳しくはこの紹介記事をご覧いただきたい。

パクリ度ゼロ! デザイン業界激震の独創的すぎるファッションマンガ『こっとん鉄丸』
https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20150923/Cyzo_201509_post_19017.html

連載は87年というから今から30年前だ。
そんな荒唐無稽な「こっとん鉄丸」とは異なり、いわゆるデザイナーズブランドをけっこう真面目に描いている。

ファッション業界からもそれなりに評価が高い。
当方も「良く調べて描いているなあ」と思う。
ただし、当たり前だが、フィクションとしてそれぞれの段階が美化されているのは多少割り引かねばならない。
あまりにも「作ること」が美化されすぎているし、百貨店のバイヤーはあんなにスマートで切れ者でイケメンではない。(笑)

今週号(1月24日発売)では、文化服装学院とおぼしき大手ファッション専門学校のファッションコンテストの審査が描かれている。

それぞれの提出作品はそれぞれ、審査員からボロクソに批評される。
「ダサい」だとか「おっさんのポロシャツみたい」だとか「ウエストの位置を高くすべき」だとか、そんな感じである。

それを踏まえた上で、2時間だけ批評を元に手直しできる時間が与えられる。
手直しするために動き始めた生徒は失格で、手直ししないことを選んだ者が合格になった。

その理由は「ダサい」とか「かっこいい」とか「イケてる」というのは個人の主観で、主観はそれぞれ違う。
デザイナーズブランドとして提案する限りは、そういう批評も受けるし、かといって批評をすべて受け入れて修正していては、意味のわからないブランドになってしまう。またトレンドや大衆の好みも変化する。その変化を起こさせるのがデザイナーだから、手直ししないことを選んだ人が合格というワケだ。

ちなみに当方は、ヴェトモンのデザインがちっともかっこいいとは思わない。
でも世の中にはファンがそれなりにいる。
ファッションなんてそんなものだ。

どんな裁定が下されるのかと興味深く読んでいたが、なるほどと唸らされた。
良く調べてそして消化されて描かれていると思う。

しかし、その一方で、今の専門学校や専門学校のデザイン科の生徒は喜びそうで危険だなあとも思う。

審査の基準はまさにその通りなのだが、今のファッションビジネスはそれだけでは不十分だ。
デザイナーズブランドはカネを回してブランドを運営しなくてはならない。
そのために金融だとかファンドだとかのことはさておき、まず、商品(作品ではなくて)を売らねばならないのである。

特定の人からボロクソに批評されようと、特定の人からは強烈に支持されなくてはならない。
当方がちっとも良いと思わないヴェトモンのように。

金融だとかファンドのことは重要だが置いておくとして、デザイナーズブランドを続けるためには、まず、「売ること」と「強烈なファンを作ること」も物作りと並行してできなくてはならない。
これができないなら専門学校生と変わらない。

ファッションは作ってそれだけで「おしまい…。」ではない。
作った限りは売れなくてはならない。

それ故、専門学校では「売ること」「強烈なファンを作ること」も教えねばならないのに、それができていない。
だから「作るだけバカ」みたいな学生を量産しているのだが、そもそも専門学校の講師からして「作るだけバカ」が多いからどうしようもない。

良く調べられて描かれているこの漫画だからこそ、最終的にはそこまで踏み込んで描いてもらいたいと思う。
そうでなければ、単に「作ること賛美」のステレオタイプだし、「作るだけバカ」を増やしてしまう可能性も高い。
そのあたりを今後期待したい。

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値段を3割下げてもシップスは復活しない
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IZREELが雑貨に特化してZOZOTOWNに出店した理由

先日、イズリール(IZREEL)というブランドから「展示会に来てください」とお誘いいただいた。
高倉一浩さんというデザイナーが展開しておられるデザイナーズブランドで、なぜだかわからないが随分と前からフェイスブックでお友達になっている。

こちらからは滅多に友達申請をしないので、向こうから申請していただいた。
こんなデザイナーズファッションとは無縁なオッサンと友達になっても何の得にもならないと思うのだが。

で、今回はZOZOTOWNに12月21日から出店するのでそのお披露目を兼ねた展示会だという。

まあ、招待をいただいたので重い腰を上げて東京まで行った。

正直にいうと、ZOZOTOWNへの出店というのは、あまりピンと来ていなかった。
というのも、ZOZOTOWNの知名度が高くなりすぎて、忘れ去られたような大衆向けブランドまでが、今では藁にも縋る思いで出店するケースが増えたからだ。
ジーンズメイトやタカキューが今更出店してどれほどの効果があるのか疑問で仕方がない。
すでにZOZOTOWN内には何千ものブランドが出店しており、知名度の低いブランドが後発で出店しても埋没してしまうのがオチだからだ。

よほど売り方や見せ方を工夫しなくては、「単に出店しました」ではだれにも注目してもらえない。

一方、ZOZOTOWNに先行出店していた有名ブランドは、売上高が前年減になる場合も増えている。
その理由は、客数が変わらないのに、割引クーポン発行やら先行値引きやらで、購買単価が下落しているからだ。
ZOZOTOWNの成長は目を見張るものがあるが、以前にもこのブログで紹介したように、ネットで買い物をする人の比率はまだまだ低く、特にファッションに興味がありブランド好きな顧客はすでにほとんどがZOZOTOWNに囲い込まれている。
そうなると、新規客が爆発的に増えることは考えにくい上に、ネット通販の特性として何らかの安売りが最大の集客手法だから、購買単価が下落するのは当然の結果である。

某有名ブランドの中の人は、「今後は各有名ブランドにZOZOTOWN離れが始まり、自社通販サイトの強化に取り組むだろう」と推測している。

これについてはまた後日、別に考えてみたい。

そんな状況だから、今更ZOZOTOWNへの出店が得策ではないと感じていた。

会場について高倉さんから直接説明を受けると、考えが変わった。
やっぱり直接尋ねることも重要だ。

今回のZOZOTOWN出店について

「いかに埋没しないかを考えました」

という。

販売するアイテムは、扇子・ネクタイ・蝶ネクタイ・カマーバンド・キャップ(俗に野球帽というやつ)に限定している。
全アイテムを共通の生地で製造する。
ポリエステル100%のコンピュータージャカード織り生地で、すべてのアイテムを製造する。

とくに目玉は扇子で、「Tokyo sense」と銘打つ。
もちろん扇子とセンスを引っかけていることは言うまでもない。

扇子はポケットチーフと専用ケースをセットにし、それをボックスに入れて13000円で販売。その他アイテムはそれぞれ単品で8000円で販売する。

イズリールの商品群

小物雑貨に特化したのは、「数多く出店しているトータルブランドに埋没しないため」(高倉さん)だという。
さらにキャップは例外としてもネクタイ、蝶ネクタイ、カマーバンドをメインアイテムにしたことについては、「ZOZOTOWNはカジュアルブランドの出店が多く、フォーマルアイテムが少ないので、これも埋没しにくいと考えた」とのこと。

キャップがメインアイテムにあることは、ご自分が帽子好きだからということ以外に、このイズリールというブランドが「フォーマル+カジュアル」をコンセプトとしているため、もっとも手軽にストリート感を表現できるからだ。
おまけに季節やトレンドに左右されにくい定番アイテムとして息長く売れるということもある。

柄数は全11柄で、毎月新柄を1つ加える。
一方、不人気柄は売り切れたらその時点で販売を中止する。

この「売り方」はなかなか工夫されているといえる。
昨今は、異様なネット通販礼賛で、「とりあえずEC(ビールかよ)」とか、何も考えずに「何となくクリスタルEC」というようなアホなブランドが多い中で、自身のブランドの知名度の低さ(大手に比べれば)を認識した上で独自性を打ち出している。

ビッグビジネスになるかどうかは判断の分かれる部分で、個人的にはビッグビジネスにはならないと思うが、少数のスタッフが食べていけるくらいには成功するのではないかと思う。
ZOZOTOWNはまったく使わないが、総合アイテムブランドが乱立する中で、単品雑貨に特化したブランドというのは目立ちやすいし、コンセプトやテイストがはっきりしている分、消費者にはわかりやすいだろう。

知名度の低い低価格の総合アイテムカジュアルブランドよりはよほど埋没しにくい。

2018年1月1日からは、イズリールが得意とするオーダータキシードもZOZOTOWNで受注を開始するという。

2018年元旦からZOZOTOWNで販売されるオーダーフォーマル

こちらは高額だが、従来から行っているオーダーサービスをネットにも出店するだけなので、リスクは少ない。
すごくたくさん売れることはないと思うが、従来の活動のプラスアルファの売上高くらいは望めるのではないかと思う。

なかなか興味深い「売り方」を見せていただいた。

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専業ジーンズメーカーは決して新しいことに取り組まなかったわけではない
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若手デザイナーズブランドの苦境は販売先がないから

衣料品におけるデザイナーズブランドにはあんまり興味もないし、判別する知識もない。
それでも衣料品業界に20年以上もいると、何らかの接点もできてしまっているし、展示会やコレクションショーを見る機会もある。
個人的に交流していただいている方もいる。

そういう外野の人間から見て、デザイナーズブランドというビジネスは成功するのが難しいと感じる。
まあ、どんな分野にせよ成功するのは難しいのだが、デザイナーズブランドで一般のサラリーマンの平均収入を得るのはかなり難しいと感じる。
東京コレクションに10年以上も出品し続けて、知名度もそれなりにあるブランドでも実際は売上高は極小なうえに収益はまったく赤字で、親の会社から回してもらっているカネで暮らしているというデザイナーもいると聞く。

それほどに厳しく、10年以上のベテランがこのありさまなので、若手ブランドのビジネスはもっと厳しい。
もし自分ならそんな仕事は絶対にやらないなと思う。

なんでこんなしみったれた話を朝から書いているのかというと、台東デザイナーズビレッジの鈴木淳村長のフェイスブックの書き込みに激しく賛同したので、それを紹介したいからである。

このルームサービスの元記事はどうでもよい。
論調としては冷静だといえるが、そこには鈴木村長が指摘された事柄がない。
今更、サカイと若手ブランドのビジネスを比較して「若手がなってない」といったところで何か状況が変わるのだろうか。
じゃあサカイが海外で売れた理由をもっと取材してそれを分析してみてはどうか。

クリックするのがめんどくさい人のために抜き出してみる。

■コレクションの取材記事は
1)ショーの実況
2)ショーの感想 ←ここまではある。評価軸はない。
3)ブランドへの評価 ←これもある。どうしてそうなったのかという背景をもっと取材してほしい。
4)ブランドへの改善提案 ←これはあまりない。ビジネスの仕組みがわからないからではないか。
5)自分、自社は業界のために何をするか←ほとんどみたことがない。
日本の若手ブランドに対して「現実を見るべきである」と突き放すのではなく、取材できる立場を活かして多くの成功・失敗事例を分析したうえで、そうならざるをえない理由、できない環境に切り込んで、どうしたらよいかという指針と具体的な方策ぐらいは示してほしいものです。

川久保玲のコム・デ・ギャルソンが欧米で売れた理由は何もクリエイションが評価されただけではあるまい?
金融の話やら、現地のエージェントや人脈の話やら、川久保玲のパートナーの話やらいろいろあって海外で「売れる」に至っている。
サカイだって同じだろう。商品のデザインが評価されただけではあるまい。
そのあたりを何も分析せずして、「若手はなってない」と言ったところで若手にはどうしようもない。

商品のデザインが評価されれば売れるなんていうのは、産地のおっさんが「良い物を作れば必ず売れる」と言っているのと同じ神話でしかない。

現在の若手デザイナーズブランドを見ていて思うことは、20年前に創業した人たちよりも環境が厳しいなあということである。
個人的にはクリエイションのことなんてちっとも興味がないから、ビジネスのことのみを書く。

20年前の創業組もたいがいが厳しいビジネス環境だった。
インディーズデザイナーズブームに沸いたのは98年ごろまででそのあとはひっそりと消えたブランドも数多くある。
当時のデザイナーでまったくの異業種に転職してしまっている人もいる。

当時のデザイナーたちが糊口をしのげたのは、大手アパレルブランドからの「外注デザイン」が受けられた部分が大きい。
年間数百万円くらいの仕事料が支給される。
たとえ、自分のブランドが売れなくても、その契約料だけで最低限度の生活は送れた。

しかし、この「外注デザイン」は現在ではほとんどない。
受けているという若手デザイナーも見たことがない。

これがなくなっていることが大きい。
しかし、理由は単純だ。デザイナーに外注デザインを頼むより、OEM/ODM業者に依頼した方が便利で商品品質が安定するからだ。

デザイナーにデザインを外注しても、実際に商品を作るのはアパレル側である。
アパレル側が工場を手配して生産管理を行わねばならない。

しかし、OEM/ODM業者ならデザインも請け負ってくれるし、工場の手配や生産管理も請け負ってくれる。
アパレル側は丸投げで済ませることができる。

アパレル側から考えれば外注デザインなんていうめんどくさいことよりも、OEM/ODM業者に依頼した方が楽チンである。
当然、そちらを使うようになる。

今のデザイナーズブランドが厳しいのは、販路がないからだ。
自社でネット通販をすれば良いという声もあるが、乱立するネット通販という世界で知名度のないブランドがどれほど集客できると思っているのか。
集客するためにはそれなりのノウハウが必要とされている。もう、「ネット通販を始めましたというだけ」では売れない。

地方の有力専門店が仕入れてくれるのが最も現実的な成功だといえるが、地方の有力専門店も資金も店舗スペースも有限である。
だから、すべてのデザイナーズブランドがその恩恵を被れるわけではない。
当然、取引してもらえないブランドが多数生まれてしまう。

20年前なら大手セレクトショップやアパレルが小手先の観測気球みたいな扱いで、インディーズデザイナーズブランドを扱うことはあったが、アパレル不況でチビってしまっている彼らがそんな売れるか売れないかわからないようなブランドは取り扱わなくなっている。
彼らがほしいのは、「すでに有名で、仕入れたら今すぐ確実に売れるブランド」だけである。

偉そうなことをいうなら、ユナイテッドアローズの上席なんたらという役職のオッサンが自社店で若手デザイナーズブランドを取り扱うようにしてやれば良いのである。

それを棚に上げてメディアも「化石みたいな業界有識者」も上席なんたらのオッサンも何を虫のいいことを言っているのかと思う。

若手デザイナーズブランドが伸びない最大の理由は売り先・販売店がないからだ。
そういう状況を作ってきたのは偉そうに論評している高齢化して化石化した業界有識者たちである。

若手デザイナーたちが「国内は販路がないから海外へ」となるのは当然だ。
しかし、海外こそ「クリエイションだけ」では売れない。金融やらコネクションやらが重要になる。
若手デザイナーが直視しなくてはならないのはその部分である。

NOTEを更新~♪
知名度だけに胡坐をかいたタレントブランドは売れない
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n4a8a67be3a89
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若手デザイナーが海外を目指すのは、大手セレクトショップが仕入れないから

個人的にコレクションショーにはまったく興味がないが、それでも何度かは業務上必要に迫られて東京や大阪でコレクションショーの取材をしたことがある。
それでも通常のアパレルブランドの取材よりもずいぶんと当方にとってはあまり面白みは感じなかった。
今ではほとんどコレクションショーは取材しないし、記事にもしない。当方の意欲も能力もない上に現在の仕事上ではだれからも必要とされていないからだ。

ちなみに、東京コレクションと東京ガールズコレクションを混同している人を時々見かけるが両者はまったくの別物である。しかし、当方は両方に等しく興味がない。

そういえば最後に東京コレクションを見たのはもう8年くらい前になる。多分、東京に限らずコレクションショーを今後わざわざ見ることはないと思う。

東京ファッションウイークは誰の為のもの?
https://www.fashionsnap.com/the-posts/2017-10-24/kurino2018ss/

という問題提起記事が掲載された。
半分くらい、特に後半はそれなりに同意だ。

一昨年あたりから報道を介して取り組みを見ていても何か変わってきているような印象を受ける。
今後、何か期待できるのかもしれないとは思う。何かはわからないけど。

一方、前半は賛同できない。
日本のメディアにファッション批評・批判が育っていないことはその通りだが、そういう風土を作り上げてきたのは記事を書いたご自身も含めた世代の人々ではないのか。何を今更wwww。こういうのをネットスラングで「大草原」「草不可避」というのだろう。

国内の繊維・ファッション・アパレル業界というのは批評されることを極度に嫌う。
ファッションブランドも紡績・合繊メーカーも同じだ。

業界紙時代に、某合繊メーカーが批判記事を書いた記者に激しく詰め寄っているのも見たことがあるし、自身も何度か某ブランドから抗議を受けたこともある。こちらが主観を混ぜた記事を書いたのならまだわかるが、アンケート結果に対しての抗議だったので、何を言っているのかとしか思えない。

批判・批評されることが嫌で、アパレル企業各社は業界新聞やファッション雑誌とズブズブの関係を作ってきた。
今は幾分風潮が変わっているもしれないが、まあ、まだそれは続いている。
ファッション雑誌の対談で、司会する編集者とインタビューされる人が「この間の野球対戦は盛り上がったね。キャッキャウフフ」なんて言いあっているくらいズブズブでなあなあであるから、批判・批評なんていうのは起きるはずもない。

また、今の大御所とされるデザイナーがファッションジャーナリストから批判・批評されることを良しとしてきただろうか。

例えば、仮に、今、コシノヒロコや山本耀司のコレクションがひどい物だったと仮定して、それを批評・批判できるメディアがあるのか?
また大御所デザイナーはそれを許すのだろうか?
ないだろう。

過去40年も50年もそういう業界体質を作ってきた世代の人に「批評が足りない」とか言われたところで、それこそネットスラングの「おまいう」「ブーメラン」である。

また、前半には、若手デザイナー(40代も含めて)は国内より海外での発表やビジネスに注力しているという内容の箇所もあるが、それも当たり前ではないか。
国内でデザイナーズブランドを渾身の力を込めて展開したところで、それを仕入れてくれる大手セレクトショップなんてほとんどない。
ご自身が創業からかかわってこられたユナイテッドアローズだってそのうちの1社だ。

国内では大口卸先が見込めないから、ビジネス先を求めて海外へ行く。至極当たり前のことだ。
日本人には舶来コンプレックスみたいなものが色濃いから、海外、とくに欧米で高い評価を受けたブランドは後追いで逆輸入される。
近年、業界人がこぞって褒めちぎる「サカイ」だって国内より海外での活躍によって評価を高めたといえる。

そういう光景を見れば、若手デザイナーはさらに海外へ活躍の場を求めるのは当然である。

若手デザイナーを海外に追いやっている理由の一つが、大手セレクトショップ各社のこれまでの不見識である。

今回の記事の指摘は正論ではあるが、ではどうしてこれまで社内でその正論を貫かなかったのか、自身が創業に携わった会社をそういう方向へ導けなかったのか。この辺りはまったく謎だ。

この記事を40代以下(もちろん40代を含む)のデザイナーやライターが書くのなら、無条件に賛同するが、この年代のしかも、業界の中心に長らく立ってこられた方が今更それを言うのかと、驚きあきれるほかない。

最近、メディアでは繊維・ファッション・アパレル業界に対してのシビアな記事が掲載される。
それ自体には賛同するが、「識者」として登場する方々がほとんど同じラインナップでしかも50代以上の年配層がほとんどだ。
はっきり言って「その人選に問題あり」だと思う。
それらの方々は、長らく業界の中心に立って牽引してきた人ばかりだ。
で、何を今更他人事のように業界や市場を批判・批評しているのか。

そこまで見通せているのなら、なぜ、自社・自組織でもっと力を尽くさないのかと不思議でならない。
無責任極まりない言説といえる。

自分らがこれまでできなかった・今もできていないことを棚に上げてよく言えるものだと思う。

NOTEを更新しました⇓
シャツ専門アパレル各社の生き残りと消滅を回顧する
https://note.mu/minami_mitsuhiro/n/n3d3b62325395

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「奇抜な服装=個性」という考え方こそカビの生えたステレオタイプだ

 「お客は一定の水準を越えている商品ならどこの商品でも良い」という意味の発言があったがまさにその通りだと思う。いわゆる衣料品に対しても同じことである。

もちろん、こだわりの愛好者を否定するつもりはないし、それはそれで愛好者同士仲良くやってくれよという感じしかない。

例えば、先日プラモデルを作る際、セメダインがなくなってしまったことに気が付いた。
Amazonで調べると何種類か出てきた。
プロ級になると、「〇〇のセメダインは乾きが遅いから云々」とか「〇〇のセメダインはキレが悪いからどうのこうの」とか、それぞれのメーカーやブランドにこだわりがあるかもしれないが、こちとら、素人の暇つぶしの人間にとっては、タミヤだろうがGSIクレオスだろうが値段が手ごろで容量がそれなりにあればどれでも良いのである。

衣料品だってそんなもんだということである。

衣料品の場合、嗜好品みたいな部分もあるから、見た目にもいろいろと意見がわかれる。
重要なのは

1、見た目(デザインの良しあし、トレンドの再現度合い)
2、素材・縫製の品質
3、値段
4、ブランド名などから発せられるイメージ
5、着心地(着用時の感触、シルエットの良さ)
6、機能性(ストレッチとか暖かいとか防水とか)

の6点ではないかと思う。

このうちの3点がそろっていれば、人は合格点をつけるのではないかと思う。
3点+値段なら当方は合格点をつける。

80年代・90年代に売れに売れていたダイエーなどの総合スーパーの低価格衣料品は、値段という1点のみで評価されていた。
総合スーパーで90年代半ばに爆発的ヒットを飛ばした1900円の形態安定加工シャツは、値段と機能性の2点が評価されたといえる。

現在、日本国内はユニクロに席捲されているが、今のユニクロは1,2,3,6が評価されていて、人によっては5も評価しているのではないかと思う。
4がもっとも弱い部分だったがそれすら改善されつつある。

しかし、90年代後半のユニクロは、3だけの存在で、かろうじて人によっては2、6も評価していたという程度だった。

ユニクロ以外のH&M、ZARA、ジーユー、ハニーズ、ライトオン、アダストリア、無印良品などなど、今、国内でそれなりの評価を受けているブランドは、少なくとも3点以上は評価されているのではないかと思う。

そういうシェアを取っているブランドの多くは、見た目のデザインは悪くない。ただし、奇抜さはない。

デザイナーズブランドやかつての最先端ブランドは、見た目が奇抜なものが多かった。
今でも多いかもしれない。

が、そういう服は売れにくくなっている。
個人的には「当たり前やんけ」としか思わないが、ファッション業界人にとってはそれが大きな問題なようで、それに対する考察?が様々行われているが、どれもこれも自分らの利権擁護だとしか思えない。

2000年代前半までのような奇抜な服が売れにくくなったことを衣料品業界人は「問題だ」というが、当方は「当たり前」であり、「好ましいこと」ではないかと思う。
それだけ日本の消費者が成熟したといえるからである。

これは他のベテランも指摘されたことがあるが、日本で原宿系のような奇抜なファッションが生まれたのは、そもそも「日本には洋服の基本がない」からである。
明治に洋装令が施行され、突如流入した異文化であり、戦後さらに急激に再び流入して今に至る。

洋服の基本が染みついている欧米からああいう奇抜な服装が生まれなかったのは、ちょうど、日本から奇抜な着物ファッションが生まれないのと同様ではないかと思う。

日本の“Kawaii”はどこへ? 米「WWD」記者が見た今の東京とこれから
https://www.wwdjapan.com/455389

この記事の考察は半分くらい賛成できるが、コメントの多くを独立系若手デザイナーが出しており、その考え方と一般大衆との乖離にはすさまじいものがあると感じる。

例えば

一方坂部デザイナーは、「以前は、みんなそれぞれ人と違う個性を持っていた。でも今、個性的な服を着て渋谷や新宿を歩けば、恥ずかしい気持ちになるだろう。どんなファッションが正しくて何が間違っているかの感覚が、今の若者にはある」と、若者の傾向をインターネットいじめのせいだと分析する。

とあるが、20年前の若者(ちょうど当方前後の世代)にそんな「人と違う個性」なんてあったかというと疑問だ。
それに奇抜な服装をすることだけがどうして「人と違う個性」なのか。あまりに薄っぺらい見識ではないだろうか。

20年前、25年前の若者こそ「〇〇ブーム」で流されまくっていた。
トップガンを見たらMA-1を着込み、ビンテージジーンズが流行ったといっては、わけのわからん古着ジーンズを高値で買った「業界のカモ世代」である。

どんなファッションが正しいのか理解しているということは、消費者は成熟し、リテラシーが高まったということで、舶来コンプレックスの塊の業界人にとってはそれだけ欧米に近づいているのだから歓迎すべきではないのか。

何を言っているのかと思う。

そんなことを言っているからデザイナーズブランドが作る服は売れないのである。

「奇抜な服装をすること=個性」という考え方こそ、30年前のステレオタイプではないか。

元来、「ファッション」に疎く、ファッション業界の雰囲気が嫌いな当方には最後の締めも理解できない。

KAWIIに代わって、インテリが注目されるだろうとの見通しだが、インテリは一朝一夕で身につくものではない。
インテリ化するためにはそれなりの頭の良さが必要となる(学歴以外でも)。

それほど賢くない人が集まっているアパレル業界、その予備軍たちが容易くインテリ化できるようになるとはまったく思わない。

頭の悪いままで何かをこじらせて、偽善に縋りつくことになるのが落ちだろう。

もしくは見た目だけそれらしくするか。

今までの手法が通じなくなったことをグダグダと嘆くよりも、今の消費者に売れる商品を作ることに心血を注ぐべきではないか。
ファッションはアートではなく、ビジネスなのだから。
アートがやりたければアートとして活動し、ビジネス的成果を求めなければよいのである。
自分たちのアート的志向を変えることなく、それでいてビジネス的成果も得たいというのは、ちょっと虫が良すぎるのではないか。

だからファッション業界人は嫌いなんだよ。

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独立系デザイナーズブランドのゴールになるか?

 昨日の書いたことの延長線上なのだが、国内デザイナーズブランドを大手企業が買収することが増えてきた。

これは国内デザイナーにとっては喜ばしいことだと思う。
90年代後半のインディーズデザイナーズブーム以降、デザイナーズブランドにはゴールがなかった。

起業したのは良いけれど、そのあと、どうなったら「上がり」なのかが見えず、多くのデザイナーはエンドレスに活動を続けている。(していた)

当時は、大手アパレルの外注企画という仕事があったが、所詮は外注にすぎず、年間契約400万円程度で何年間か契約するだけのことで、そこからの飛躍はない。

下手をすれば1年で契約は打ち切られるから、自分のブランドが売れていないデザイナーにとっては死活問題となる。

当時、オリゾンティが外注企画ではなく、いくつかそういうブランドを抱え込んだが、売れずに早々に廃止している。

良いか悪いかは別にして、欧米だと、有名メゾン、有名ブランドがデザイナーやプロデューサーにそういう独立系デザイナーを高額な年俸で契約する。(年間400万円程度ではなく)
もちろん、契約は長く続く場合もあれば、数年で終わる場合もある。

しかし、数年で終わったところで、「〇〇ブランド前デザイナー」とか「〇〇ブランド元プロデューサー」という肩書が付いて回るから、それでビッグビジネスが展開できる。

これをゴールといえばいいのか、スタートといえば良いのかわからないが、一つの区切りにはなる。
次の明るい展開が待っている。

90年代後半以降の日本ではこういう事例はほとんどない。

デザイナー自身が経営者となって、ビッグブランドに育てれば良いとは思うが、それをできるデザイナーはほとんど見たことがない。
やっぱりデザイナーというのは多くの場合、デザイナーであり経営者ではない。

ファッション専門学校のデザイン学科やデザイン学部の生徒と接する機会があるが、やっぱり彼らは「クリエイト志向」だし、「物作り志向」だ。
学校もそれを良しとしている。

企業に就職して企業内デザイナーとなるならそれでも良いが、ファッション専門学校が看板にしている「デザイナーズブランドを立ち上げるデザイナー」を目指すなら、金勘定は必須だ。
むしろ金勘定の方が重要である。
金勘定のできる人間をパートナーとするなら話は別だが、多くのデザイナーはそうではないし、デザイナー志望学生もそういう発想はない。

なぜ、専門学校がそれを教えないのかが疑問である。

「夢」だけ語って食っていけるならこの世は天国だが、現実世界にそんな天国は存在しない。

逆にそんな天国を作りたいとも思わないが。

近年だと独力で成功したといえるデザイナーズブランドは、ミナペルホネンくらいだろうか。
日経BP社の「誰がアパレルを殺すのか」では、年商30億円・従業員150人とある。
年商30億円規模のデザイナーズブランドは国内では稀だ。

知名度だけは高い東京コレクション常連ブランドも実際の年商はトップクラスで3億~5億円程度しかなく、その他は年商1億円にも満たないものが多い。

年収5000万円なら大したものだが、年商5000万円ということは、ほとんど利益がないことになる。
そこに材料代、工賃、家賃、人件費、水道光熱費、電話代、備品代すべてが含まれるからだ。

しかし、そのミナペルホネンでさえ、年商30億円に対して従業員150人は多すぎるといわれる。
直営店を複数運営するからこその従業員の多さだろうが、人件費はどうなっているのかまったくの疑問でしかない。

まあ、いずれにせよ、ミナペルホネンに並ぶくらいの年商規模のデザイナーズブランドは国内にはほとんどないということに変わりはない。

そういうデザイナーズブランドに対して、アタッチメントやファセッタズムの大手企業による買収は、喜ばしいゴールが提示されたのではないかと思う。

大手企業に買収され、もしかすれば増資されて今までできなかったような新しい展開をすることができるかもしれない。
ビッグブランドに育って、デザイナー本人は巨額のカネを手にして引退でき、「豊かな老後」を迎えられる可能性も出てくる。

ゴールが見えなくてエンドレスに細々と活動し続けることは、若いうちなら良いかもしれないが、50歳・60歳が見えてきた人間にとっては無間地獄にも等しい拷問だろう。
実際に50歳手前の筆者はそういう心境であり、夢に見るのは、巨額のカネを手に入れて引退して「豊かな老後」を迎えることだけである。まあ、実現しそうにはないが。(笑)

今回の相次ぐ買収が成功するか失敗するかはわからない。
昨日も書いたように、そもそも国内に「高額デザイナーズブランド」への需要は限りなく少ない。
価格的にも商品的にも。

しかし、ある程度の実績が作れれば、これらに続く企業が生まれるだろう。
大手によるブランド買収が独立系デザイナーにとって一つのゴールになりえる可能性がある。
何とも喜ばしいことではないか。

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誰がアパレルを殺すのか
杉原 淳一
日経BP社
2017-05-25


誰がアパレルを殺すのか
杉原 淳一
日経BP社
2017-05-25


国内デザイナーズブランドのビジネス化は本当に難しいと感じる

 「アタッチメント」「ファセッタズム」など最近、いわゆるデザイナーズブランドの買収がパラパラと起きている。
個人的には、デザイナーズブランドにとって企業に買収されるということは、非常に幸運なことではないかと思って見ている。

あ、そういえば「ケイタマルヤマ」もマミーナが展開するようになった。

一方で「アウラ」を展開していたコードナインは経営破綻となった。

国内デザイナーズブランドは、90年代後半からビジネスとして確立できることが非常に難しいと感じる。

売り上げ規模が増えれば何でもよいというわけではないが、売上高が極小のままでは、生活自体が立ち行かない。

「売上高じゃなくて利益だ」という声を聴くことがあるが、利益額が売上高以上になることは絶対にない。
どんなに利益率が高くても100%は越えられない。

例えば、売上高が100万円しかないのに、利益額を500万円にすることは不可能だ。

利益額500万円が欲しければ売上高を最低でも500万円には引き上げないといけない。
利益率100%として500万円だから、現実的に利益率100%なんていう商売はないから、500万円の利益が欲しければ少なくとも600万円以上は売らねばならないことになる。

売上高じゃなくて利益が重要というのは、それなりに売上高が稼げている企業にだけ当てはめられる言葉で、売れてないブランドはまず売上高を増やすことが重要になる。

現実的に多くのデザイナーズブランドは売れていない。
知名度が高いブランドでも売上高は極めて少ない。

以前に、このブログで「まとふ」について書いたことがあるが、卸売り先が5店舗くらいしかないということは、売上高はかなり少ないと考えられる。
まったくの推測だが年商は5000万円くらいが上限ではないのか。

「ファセッタズム」の買収額はたったの4182万円だった。
通常の「ブランド」として考えると、知名度からすると、その買収額は破格に安いといえる。

記事の中には前の所有会社の経営が悪化したためで、ファセッタズムのせいではないというような内容のものがあったが、買収額はその企業なりブランドなりの外部評価だから、ファセッタズムはその程度の評価しか外部からは、受けられなかったということになる。

自分と仲間数人で売上高が3億円あって、それなりに利益も確保できているからそれで十分というデザイナーズブランドも一部にはある。
それはそれで結構なことで、そういう生き方もある。

ただ、そういう立ち位置に昇れるデザイナーズブランドは極めて少なく、簡単になれるものではない。

逆に「もっと売上高を拡大して第二のギャルソン、サカイを目指すぜ!」というなら、自力では不可能なので資金力のある企業に買収してもらうほかない。

そもそも、国内デザイナーズブランドの需要というのは、日本国内では極めて小さいと見ている。
間違ってはいけないのは、日本国内の内需やアパレル市場規模が小さいというわけではない。
縮小し続けてはいるが、日本のアパレル市場規模は世界でも上位にランクインする。
そうでなくては、欧米ブランドやアジアブランドがわざわざ日本市場へ進出するはずがない。
彼らは儲からないことが一目瞭然な国には絶対に進出しない。
彼らは慈善団体ではなく、利潤追求団体だからだ。

そういう国内市場規模でも、国内デザイナーズブランドに対する需要は極めて小さいと感じる。

なぜなら、日本人の消費者も業界人も極めて舶来コンプレックスが強いから、高額なブランドを買うなら、まずは
欧米ブランドということになってしまう。
そして、手が届きやすい中価格の国内ブランドということになるが、この場合は、いわゆる国内企業や国内ファクトリーブランドがその対象となる。

さらにお手軽なのが、デザイン面で向上した低価格ブランド、グローバルSPAなどということになる。

国内デザイナーズブランドは、価格的には国内企業ブランドやファクトリーブランドよりも上だから、競合するなら欧米ブランドということになり、消費者心理的にも支持が得られにくい。

また、商品のテイスト・デザイン的にも企業ブランドやファクトリーブランドよりもトガっている、変テコりん、だからマスには支持されにくいし、そういう服を買ったところで着ていく場所、シチュエーションもない。

となると、圧倒的に企業ブランドやファクトリーブランドの方が使い勝手が良い。
または低価格ブランドの方が使い勝手が良くてしかも安い。

じゃあ、デザイナーズブランドをビジネス的に拡大するためには、広く世界に売って、薄く広く利益と売上高を稼ぐほかないのではないかと思う。

日本も含めてどこか特定の国だけで売上高を大きく増やすことは難しい。
なぜなら、日本も含めてどこの国も富裕層の人口は少数で限られているからだ。
欧米ラグジュアリーブランドと殴り合ってでもその少数の富裕客を強奪しなくてはならない。

だから、個人経営よりも大手資本に買収された方がやりやすい。

ただし、これまでのデザイナーズブランドの買収の多くは上手くいかなかった。

90年代のオリゾンティしかり、つい最近までの興和しかり、である。

90年代後半のインディーズデザイナーズブームなんて単なるあだ花に終わってしまった感がある。

このあたりの理屈をデザイナーズブランド側も飲み込んで、ビジネスと開発(クリエーションという言葉は嫌いなので)のバランスを取らないと、いくら大企業に買収されてもブランドとして成長することはありえないのではないかと思う。

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若手デザイナーは大手セレクトショップや百貨店との取引を志向すべきではない

 昔は若手デザイナーと知り合う機会が多かった。
90年代後半は独立系デザイナーブームがあったから独立するデザイナーが多かった。
独立したデザイナーはだいたい同年輩か少し年上だったから、いろいろと話を聞いた。

オッサンになるとあまり知り合う機会がないし、こちらもあまり独立系デザイナーに興味がないから積極的に取材はしない。
それでもたまに知り合うこともある。
今、知り合うデザイナーたちは自分よりもはるかに年下で、中には自分の息子とさほど年齢の変わらない人もいる。(笑)

ビジネス的に上手く行っているデザイナーもいるが、大半以上の若手デザイナーは窮乏している。
40代前後のデザイナーでも上手くいっていない人が多いという感触がある。

さて、そんな中、先日、ある若手デザイナーと話す機会があった。

ちらっと販路についての意見を求められたのだが、やっぱり若いだけあって現実を把握できていないという印象を受けた。

若手デザイナーは、大手セレクトショップや有名百貨店との取引を目標に活動をしていたというのだが、残念ながらその目標が達成される可能性は極めて低い。

もし、同じ目標を持っていて窮乏している若手デザイナーがいるなら、その目標は変更すべきだとお伝えしたい。

なぜなら、大手セレクトショップも有名百貨店も若手デザイナーズブランドを積極的に取り入れられる体制にはなっていないからだ。
まず、大手セレクトショップから見て行こうか。

ユナイテッドアローズ、ビームス、ジャーナルスタンダード、エディフィス、ナノユニバース、トゥモローランドなどなどという大手セレクトショップがあるが、彼らは洋服に関しては自社企画製品比率が平均して8割から9割に達している。
よく、新聞記事などで「自社製品比率は7割」とか「6割」とか書かれているが、それは靴やバッグ、帽子などの雑貨を含めているから自社製品比率が下がっているのである。
靴やバッグ、帽子などの雑貨は他社からの仕入れブランドが多い。

一方、洋服に関しては8割以上が自社製品であり、仕入れ品はほんの1割程度しかない。
仕入れ品は「目玉商品」や「見せ玉」がほとんどで、主力となる売れ筋商品は自社製品である。

となると、さほど知名度のない若手デザイナーズブランドがその中に割って入ることは不可能に近い。
見せ玉は有名ブランド、著名ブランド、有力ブランドに決まっている。

極端な言い方をすると、「有名なあの〇〇ブランドの商品も並べている我がセレクトショップはオシャレな雰囲気でしょ?」とアピールするための「見せ玉」なのである。
これが無名なデザイナーズブランドに置き換わるはずがない。

大手セレクトショップ各社は、すでに疑似SPA業態になっている。この認識をしっかり持つべきである。

次に有名百貨店を見よう。

百貨店は商品を仕入れる際、買い取らず、ほとんどが委託販売であることは有名であり、事実である。
平場と呼ばれる売り場を委託商品で埋めている。
他方、平場以外は各ブランドの直営店がテナントとして入店している。

資本力に乏しい若手デザイナーズブランドが直営店を出店することは不可能である。
どこぞの金持ちを親族に持っているなら別だが。

つぎに、平場に仕入れてもらうにしても委託である。
そうすると、期末には売れ残った商品が返品される。
資本力に乏しいブランドがその返品に耐えられるだろうか。

有名百貨店と取引ができるとするなら、催事、ポップアップショップがせいぜいである。

ポップアップショップは1週間ほどの期間だし、売れ残ったらすべて返品されるとはいえ、投入する商品枚数も知れている。
売上高の3割から4割を百貨店にもっていかれるが、事前に出店費用を払う必要もない。

伊勢丹新宿店や阪急うめだ本店などの有名百貨店なら、ポップアップショップを開催することは宣伝広告の代わりにもなる。

だから開催しても損はない。

しかし、開催するなら、年1回か2回にとどめておくのが適切だろう。

年に5回も6回も開催すれば、儲けが少なくデザイナー側が疲弊してしまう。
なにせ売上高の3割から4割は百貨店にもっていかれるのだから。
また商品がその都度返品されるからその在庫を抱えるという危険もある。

さらに開催するためには商品が必要だからその分製造しなくてはならない。
製造すれば製造費が必要になる。

だから百貨店と付き合いたいなら、ポップアップショップを年に2回開催するのがせいぜいだろう。

若手デザイナーが卸売り先を探したいのであれば、以前に比べると随分と数は減ったが、地方の有力専門店にアプローチをかけるべきである。

地方の有力専門店も自社企画商品を作っているケースが増えたが、それでもまだ大手セレクトほどには疑似SPA化していない。十分に入るチャンスはある。
また百貨店のような委託販売ではなく買い取りの場合も多い。

地方の有力専門店は大手セレクトや百貨店ほど知名度がないから探しづらいかもしれないが、いろいろな人に教えてもらってアプローチをする必要がある。

いくら、作っている物が良かろうが、斬新であろうが、売り込む先を間違えれば1枚も売り場には並ばない。

業界の現実をしっかりと把握して、活動してもらいたい。




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