南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

デザイナー

若手デザイナーは大手セレクトショップや百貨店との取引を志向すべきではない

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 昔は若手デザイナーと知り合う機会が多かった。
90年代後半は独立系デザイナーブームがあったから独立するデザイナーが多かった。
独立したデザイナーはだいたい同年輩か少し年上だったから、いろいろと話を聞いた。

オッサンになるとあまり知り合う機会がないし、こちらもあまり独立系デザイナーに興味がないから積極的に取材はしない。
それでもたまに知り合うこともある。
今、知り合うデザイナーたちは自分よりもはるかに年下で、中には自分の息子とさほど年齢の変わらない人もいる。(笑)

ビジネス的に上手く行っているデザイナーもいるが、大半以上の若手デザイナーは窮乏している。
40代前後のデザイナーでも上手くいっていない人が多いという感触がある。

さて、そんな中、先日、ある若手デザイナーと話す機会があった。

ちらっと販路についての意見を求められたのだが、やっぱり若いだけあって現実を把握できていないという印象を受けた。

若手デザイナーは、大手セレクトショップや有名百貨店との取引を目標に活動をしていたというのだが、残念ながらその目標が達成される可能性は極めて低い。

もし、同じ目標を持っていて窮乏している若手デザイナーがいるなら、その目標は変更すべきだとお伝えしたい。

なぜなら、大手セレクトショップも有名百貨店も若手デザイナーズブランドを積極的に取り入れられる体制にはなっていないからだ。
まず、大手セレクトショップから見て行こうか。

ユナイテッドアローズ、ビームス、ジャーナルスタンダード、エディフィス、ナノユニバース、トゥモローランドなどなどという大手セレクトショップがあるが、彼らは洋服に関しては自社企画製品比率が平均して8割から9割に達している。
よく、新聞記事などで「自社製品比率は7割」とか「6割」とか書かれているが、それは靴やバッグ、帽子などの雑貨を含めているから自社製品比率が下がっているのである。
靴やバッグ、帽子などの雑貨は他社からの仕入れブランドが多い。

一方、洋服に関しては8割以上が自社製品であり、仕入れ品はほんの1割程度しかない。
仕入れ品は「目玉商品」や「見せ玉」がほとんどで、主力となる売れ筋商品は自社製品である。

となると、さほど知名度のない若手デザイナーズブランドがその中に割って入ることは不可能に近い。
見せ玉は有名ブランド、著名ブランド、有力ブランドに決まっている。

極端な言い方をすると、「有名なあの〇〇ブランドの商品も並べている我がセレクトショップはオシャレな雰囲気でしょ?」とアピールするための「見せ玉」なのである。
これが無名なデザイナーズブランドに置き換わるはずがない。

大手セレクトショップ各社は、すでに疑似SPA業態になっている。この認識をしっかり持つべきである。

次に有名百貨店を見よう。

百貨店は商品を仕入れる際、買い取らず、ほとんどが委託販売であることは有名であり、事実である。
平場と呼ばれる売り場を委託商品で埋めている。
他方、平場以外は各ブランドの直営店がテナントとして入店している。

資本力に乏しい若手デザイナーズブランドが直営店を出店することは不可能である。
どこぞの金持ちを親族に持っているなら別だが。

つぎに、平場に仕入れてもらうにしても委託である。
そうすると、期末には売れ残った商品が返品される。
資本力に乏しいブランドがその返品に耐えられるだろうか。

有名百貨店と取引ができるとするなら、催事、ポップアップショップがせいぜいである。

ポップアップショップは1週間ほどの期間だし、売れ残ったらすべて返品されるとはいえ、投入する商品枚数も知れている。
売上高の3割から4割を百貨店にもっていかれるが、事前に出店費用を払う必要もない。

伊勢丹新宿店や阪急うめだ本店などの有名百貨店なら、ポップアップショップを開催することは宣伝広告の代わりにもなる。

だから開催しても損はない。

しかし、開催するなら、年1回か2回にとどめておくのが適切だろう。

年に5回も6回も開催すれば、儲けが少なくデザイナー側が疲弊してしまう。
なにせ売上高の3割から4割は百貨店にもっていかれるのだから。
また商品がその都度返品されるからその在庫を抱えるという危険もある。

さらに開催するためには商品が必要だからその分製造しなくてはならない。
製造すれば製造費が必要になる。

だから百貨店と付き合いたいなら、ポップアップショップを年に2回開催するのがせいぜいだろう。

若手デザイナーが卸売り先を探したいのであれば、以前に比べると随分と数は減ったが、地方の有力専門店にアプローチをかけるべきである。

地方の有力専門店も自社企画商品を作っているケースが増えたが、それでもまだ大手セレクトほどには疑似SPA化していない。十分に入るチャンスはある。
また百貨店のような委託販売ではなく買い取りの場合も多い。

地方の有力専門店は大手セレクトや百貨店ほど知名度がないから探しづらいかもしれないが、いろいろな人に教えてもらってアプローチをする必要がある。

いくら、作っている物が良かろうが、斬新であろうが、売り込む先を間違えれば1枚も売り場には並ばない。

業界の現実をしっかりと把握して、活動してもらいたい。








量産既製服は「作品」などではなくすべて「商品」である

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 アパレル・ファッション業界にはアートへの劣等感をこじらせたのか、やたらと「作品」と呼びたがるアートスト気取りの人がいて、苦笑・失笑・冷笑を禁じ得ない。

量産既製服は工業製品であり、すべからく「商品」である。

何をもって「作品」、「商品」と区別するのかは個人によって定義が異なるだろうが、すくなくとも量産工業品は「作品」ではないという部分は多くの人が共通している認識だろう。

洋服において「作品」たりえるのは、オートクチュールか、もしくは個人で独創的なオーダーを受けた場合くらいだと考えるのが正常な思考だろう。

こんな書き込みが流れてきて唖然としたことがあるのだが、

ブランドが卸売りをすれば「商品」だが、直営店で販売すれば「作品」だ

と。

え?何を言っているのかまるでわからない。
この論法で行くなら、ルイ・ヴィトンが心斎橋の交差点にある直営店で販売しているのは「作品」ということになる。
そのとなりのディーゼルの直営店も「作品」になるし、横断歩道を渡った対面にあるシャネルも「作品」を販売していることになる。

さらにいうなら、自社企画商品を直営店のみで販売しているユニクロとジーユーも作品になるし、H&MもZARAもGAPも作品になる。

どうしてそういう思考になるのか理解ができない。

アパレル・ファッション業界には芸術やらクリエイティブやらに劣等感を抱いている人がかなりいて、そういう人たちの多くが「作品」を作りたがる。

まあ、趣味でならいくらでも「作品」とやらを作ってもらって結構なのだが、仕事として「作品」作りに心血を注がれると困る。
アパレルビジネスは売れてナンボ、儲けてナンボだから、売れない・儲けられない「作品」は不要で、売れて儲かる「商品」が必要なのである。

もちろん、全ブランドがユニクロのように国内売上高8000億円を実現する必要はない。

例えば、社員10人が世間平均以上の給料を安定的にもらえる売上高が5億円なら、それを維持することが目的でもかまわない。

「売上高より利益」とは言われるが、売上高が100万円もなければいくら無駄を省いたところで手元に残る利益なんて雀の涙ほどになる。

売上高が100万円なのに利益は1000万円なんてことは絶対に実現不可能である。

だから最低限の売上高が確保できるような「売れる商品」作りが必要不可欠となる。

デザインには客観性、機能性の実現が求められるが、アートは主観のみで製作できる。
自分の主観丸出しで製作したければアートを目指すべきなのであり、その代わりにアートは売れないと覚悟を決めなくてはならない。
なぜなら、主観丸出しで機能性も考慮されていないような物体を欲しがる人間なんてそんなに存在しない。
売れる可能性は極めて低いということだ。

世のデザイナー、パタンナー、それを目指す専門学校生は履き違えていないか?

長年、5店舗ほどにしか卸売りをしていなくて、どうやって生計を立てているのかよく分からないブランドも業界には存在する。
しかしそういうブランドの多くは親や配偶者が資産家で、そこから資金が常時流入してくるから、そういう採算度外視の洋服を長年製作し続けられるのである。
これは「作品」「アート」に近いといえる。(全然、その「作品」は欲しくないけど)

親や配偶者が資産家でなければ、そういうことを許してくれる資産家をパトロン、パトロネージとして探さなくてはならない。

「作品」が作りたい人はぜひそういう努力をしてもらいたい。

ただ、長年「作品」作りをしてきたブランド主宰者が、ビジネスを語りだしたのなら、その主宰者は自分の置かれた立場をまるで理解していないということになる。
単なる金持ちの趣味の道楽だったということである。

「作品」を作ろうが「商品」を作ろうがそれは個人の自由だが、自分の置かれた立場を理解せずに、量産品従事者が「作品」を志向してみたり、「作品」を作ってきた人がビジネスを語ったりするのは滑稽だし、世間のミスリードを引き起こしてしまう。

このあたりがごちゃ混ぜになっていることもアパレル・ファッション業界の混迷が続く一因になっているのではないだろうか。





独立系若手ファッションデザイナーを取り巻く厳しい状況

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 昨年末に30歳前後くらいの若い独立系デザイナーにお会いする機会があった。
またこの18年間くらい変わらずに交流してもらっているベテランデザイナーもいる。

一方、10年位前に異業種へ転身した元デザイナーとも久しぶりに会う機会があった。

今年47歳になるオッサンとしては同年輩から上の独立系ファッションデザイナーと、30歳前後の若手デザイナーを比べると、彼らを取り巻く環境の一つが大きく変わっていることが気になる。

40代前後から上の世代の独立系デザイナーは、若い時分はほぼ全員が大手アパレルや大手セレクトショップの外注デザインを手掛けていた。
自身のブランドの服なんてそんなに売れるわけもないから、外注デザインこそが彼らの実際の生活を支えていたといえる。

実際に18年間変わらない付き合いをしてもらっているベテランデザイナーは、「独立した直後から10年間、大手セレクトショップと外注デザイナーの契約をしてきた。年間数百万円レベルの契約金だったので、ブランドが軌道に乗るまでそれで生活を賄えたことは大きかった」と話してくれたことがある。

異業種に転身した元デザイナーも「現役時代は大手アパレルの外注を何社か受け持っており、それで生活が賄えていた」と以前話してくれた。

ところが、最近の若手デザイナーと話しているとこの「外注デザイン」なるものが話題の上ることが極端に少ない。
ほぼないといえる。

もちろん、これは筆者の狭い身の回り調査なので、実態はそうではないのかもしれない。
また、筆者がそこまで話を聞き出せていないだけかもしれない。

そういう可能性は否定できないのだが、どうも「外注デザイン」なるものの需要が減っているのではないかと感じられてならない。

外注デザインとは、大手アパレルや大手セレクトショップが自社オリジナル品を企画する際に、その商品デザインを社外に外注するというシステムで、90年代後半~2005年ごろまではこの外注を実際の生活の糧にしている独立系デザイナーは多かった。知っている範囲の独立系デザイナーはほぼ例外なくこの外注デザインで生活を賄っていた。

外注デザインなるものの需要が減っている理由は2つあると思っている。

1つは、大手アパレルが軒並み不振なため、外部デザイナーへの契約金が捻出できないこと

もう1つは、デザイン作成から業務を請け負うODM企業が業界内に増えたこと

この2つではないかと思っている。

先日、某ODM企業の展示ルームにお邪魔した。
大手アパレルや大手セレクトショップに納める商品が展示されている。
完成度はそれなりに高く、ライトオンスデニム生地のワンピースが1950円で納品されることに驚きを隠せなかった。
おそらく納入先の店頭では少なくとも1万円前後で売られると考えられる。

たった1950円でこれほどの商品が製造できてしまうところが驚きである。
1950円で納品するということは、当たり前だが製造原価は工賃を含めてもそれより安い。
一体いくらで作っているのかということになる。
しかもクオリティはそれなりに高い。

高品質低価格もここまで極まったかという感じがする。

こういうODM企業は決して珍しいわけではなく業界では普通に掃いて捨てるほどある。

これほど安く高品質商品がODM業者を使えば作れるのなら、身元があやふやな独立系デザイナーにそれなりに高い金を払って商品デザインを外注する必要もない。

またODM企業は、デザイン起こしだけでなく、生産管理も自社で行うし、検品も行う。
独立系デザイナーは生産管理は行わず、デザインを渡すだけになる。

どちらが企業にとって使い勝手が良いかというとODM企業になる。

それにしても「外注デザイン」の需要が減少していると思われる分だけ、今の若手独立系デザイナーは昔よりも厳しい立場での操業を余儀なくされているといえる。
製造加工業者が生き残りのためには自立化が必要だが、独立系若手デザイナーも「外注デザイン」という下請け仕事が望みにくくなっているため、自立化が必要不可欠といえる。

それには昔ながらのファッションデザインという業務の在り方から外れた手段を採る必要があるのではないか。

いやはや、難しい時代である。









アパレル企業のデザイナーの技量は極度に低下してしまった

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 普段は、物作りも重要だが、売り方の工夫も重要ということを書いている。
しかし、それは物作りの技術が一定の水準を満たしているという前提があってこそだ。

アパレル不振はさまざまな原因があるが、企画・デザイン担当者の劣化ということもあるのではないかと感じる。
アパレル企業が経費削減を目的として、外部にデザイン・企画を丸投げにし始めたのは90年代くらいからだと、業界ではいわれている。

バブル崩壊、拓銀・山一ショックを経て、その丸投げ度合いは強まる一方だった。

2000年代に入ると、丸投げはさらに強まり、OEM(生産請負)は当たり前、ODM(デザインからの請負)も当たり前、OBM(ブランド設計からの請負)まで登場して、じゃあアパレル側は金を払うだけかよという状況にまで堕ちた。

この丸投げ度合いに比例して、デザイン企画担当者の技能も落ちに落ちている。
そういう意味では今の若いデザイン企画担当者は、入社直後からODM、OBMが当たり前の環境にあるため、デザイン企画の技能が伸びるはずもなく、学生時代レベルにとどまっているのは当然であり、見方によっては彼らも被害者だともいえる。

近年、瀧定やタキヒヨー、サンウェルなどの大手生地問屋が展示会に製品のサンプルを展示することが増えたが、それはアパレルのデザイン企画担当者が生地を見てどんな製品を作ったら良いのか想像できなくなったからだ。

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(瀧定名古屋の2017冬素材展示会に出品された製品サンプル)




生地を洋服にまで仕立ててそれを展示する。そうするとその生地はよく売れるそうで、最近ではその製品サンプル自体を何十枚と発注するアパレルも珍しくない。
最早、考える力を捨て去っていると言っても言い過ぎではないだろう。

先日、ニット生地をいろいろと見ていた。
だいたい、30~40センチくらいの各種編地を見せて、それを元にアパレルや雑貨ブランドから受注をもらうのだが、ニットの業界もブランドのデザイン企画担当者の劣化が止まらないそうだ。

マフラー・ストール担当デザイナーという名刺を持った人間が堂々と「30センチくらいの編地を見ただけではマフラーの完成図が想像できないから、180センチの長さまで編んで、先端にはフリンジを付けてほしい」と寝言を言ったそうだ。

180センチの長さでフリンジまでついていたら、それは生地サンプルではなく、製品であり完成品そのものである。
なら、このマフラー・ストール担当デザイナーなんて存在自体が不要ではないか。
この生地屋にデザイン企画から丸投げしてしまえば、無能なデザイナーの人件費も削減できるではないか。

あと、恥ずかしげもなく、サンプル生地を見て、生地屋や糸商社に「柄は同じで、ほかの配色も考えてくれ」とか「柄は同じで、違う配色を15種類作って見せてくれ」と堂々と妄言を吐くデザイナーや企画担当者も珍しくない。

いやいや、その「ほかの配色」を考えるのがデザイナーや企画担当者の仕事であり、それを生地屋や原料メーカーに求めてどうするのか?

だったら、そんな無能なデザイナーや企画担当者の存在理由はない。
全員解雇したほうが人件費を削減できてアパレル、ブランド側も利益が確保できるだろう。


いまや、ド素人でも金さえ払えばオリジナル製品が簡単に作れてしまうほど、繊維業界の業界インフラは整備されている。
このことが、もともと低かったアパレル業界への参入障壁をさらに低くして、もはや無いのと同じ状況になってしまった。

メリットとしては常に新しいプレイヤーが参戦できて業界に流動性が生まれるということだが、デメリットにはデザイナーや企画担当者の技能が極度に劣化してしまったことが挙げられる。

まあ、そんな似非デザイナー、パクリエイターが闊歩する業界が作った製品が売れないのは不思議でもなんでもなく、むしろ当然といえるだろう。








ド素人の身内にデザインを任せて産地企業のブランド化はいつも失敗する

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 産地企業も純然たる下請けでは生き延びることができないので続々と自社ブランドを開発するようになっている。
で、先日、業界紙でそんな特集を読んだ。

記事の内容はまあ可もなく不可もなく、がんばってくださいねという感想しかないが、商品写真を見たところかなり「???」という感じを受けた。
もちろん、撮影が悪いことも考えられる。
また印刷されたのでそれによって見栄えが悪くなったことも考えられる。

もしかしたら実物はかなり良い感じなのかもしれない。

しかし、画像を見ただけの感想でいうなら、ちょっと購買してもらうのは難しいんじゃないかと感じる商品が多かった。

画像を見た感じだと、素人のデザイン画に基づいて素人が縫製したようだった。

ここからは完全に推測だが、商品デザインをもしかしたら工場のオッサンとかにいちゃんがやっていないか?

あと、このブランドのターゲットは?コンセプトは?テイストは?価格帯は?
工場の社長とかオッサンとかが思い付きで設定していないか?練られたものとは到底思えなかった。

多くの繊維の製造加工業者は「物」にはいくらでも金を支払うが、「形のない物」には1万円の金だって支払いたがらない。
ここでいう「形のない物」とはデザインだったり広報だったりブランドプロデュースだったりマーケティングだったりのことを指す。
これらはオリジナル商品を販売するにおいて必ず必要となる要素である。

けれども手に取って見られるような「物」ではない。

1台何千万円、何億円もするような機械を買うことにあまり躊躇はしない。
知っている範囲でいうと、かなり気軽に機械を買う。

が、デザイナーに支払う1万円は異様に惜しがる。どうせ毎晩酒を飲みに行って何万円も支払っているんだからそれをデザイナーのギャラに回せばよいと思うのだが、そうではないようだ。
このあたりの産地のおっさんのメンタルはまるっきり理解不能である。理解したいとも思わないが。

それはさておき。

ブランドスタート時にデザインのプロを使わないことで、当初の投資額は下げられるかもしれないが、走り始めてからの修正に次ぐ修正にかかるコストを考えると、どちらがお得なのかちょっとわからなくなる。
もしかしたら、素人デザインで素人製作から始まって何年も修正し続けていく方がトータルコストは高いのではないかと最近思い始めている。

また素人デザインで始めたことによってブランドがビジネス規模に育つまでの長い月日を考えるとこれもかなり無駄ではないかと思える。

プロを適切に使えば、その半分の年数でビジネス規模に育つ可能性が高い。

このあたりのコスト総額は算出するのが難しいが、実際のところ、開始当初にデザイナー費をケチることがそんなにお得だとは思えない。

それにしてもこういう話は10年前からあって今もまったく変わっていない。

某染工場がデザイナーと契約してオリジナル柄を開発し、その柄を使ったオリジナル製品を作ったことがある。
もう10年前のことだ。

ところが2年目くらいに助成金が切れたのか、彼らが想像したほど(かなり過大な期待を抱いていたっぽい)売れなかったからか、デザイナーとの契約をやめて自社で図柄開発をすると言い出した。

だれが図柄を開発するかというと、ド素人たる社長の息子である。
サンプルを見せてもらったことがあるが、近所のオッサンが描いた落書きと同レベルだった。

これをいろいろな展示会に出品したが、ド素人の落書きが施された商品が受注されるはずもなく、いつの間にかこっそりひっそりブランドは終わっていた。

こんなことをやっている工場は今でも珍しくない。

どうすれば成功するのかということをまとめることは難しいし、その通りにやっても成功するとは限らない。
ユニクロと同じことを今から別の会社がやったって成功するとは限らないのである。

しかし、こうやれば失敗するというノウハウは100%外れない。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、である。

こういう産地企業の失敗事例は掃いて捨てるほどあり、どれもこれも同じような理由で失敗している。
産地企業同士の情報網でそういう失敗事例は即座に広まるはずである。
どうして繰り返される失敗事例に学ばないのか。

そういう産地企業のメンタルは本当に不可解で理解不能である。

「形のない物に金は払いたくない」という産地特有のメンタリティーはそろそろ矯正すべきである。
そうでなければ何百年やったって自社ブランド開発なんてできっこない。













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