南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

プレスリリース

知名度の低い案件は報道されにくい

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 先日、ニュースリリース(プレスリリース)のことで相談された。
相談と言っても雑談程度にアドバイスをしただけであり、もちろん無料である。

内容をかいつまんで例示すると、

「和装系の店が伝統素材を使った新規事業を立ち上げる」

という内容である。

で、この和装系の店は全然知名度のない地方のマイナー店である。
伝統素材も「友禅」とか「〇〇紬」のように知名度のある素材ではない。
かなりマイナーな素材である。

このリリースに対して、「なぜメディアから反応がないか?」という質問を受けたわけである。

結論から言うと「対象物すべてがマイナーだから」である。
文章の書き方とかまとめ方が悪いわけではない。
その点はリリースを読んだ限りにおいては過不足ない。推敲もされている。

一般的に、メディアは「知名度の高い案件」に無条件に反応する。
たとえばユニクロからのリリースだと取るに足らないニュースでも掲載される。
5人くらいで運営している無名の小規模アパレルが経営危機に陥ってもニュースにはならないが、イトキンが経営危機に陥ったらそれは無条件で掲載される。

個人経営の無名のブティックが閉店してもニュースにはならないが、ワールドが500店舗を閉鎖したらそれはニュースになる。

地方の無名和装店が新業態を開発してもニュース価値は低いが、ストライプインターナショナル(旧クロスカンパニー)が新業態を開発すればそれはニュースになる。

メディアの記者、編集者が掲載、放送を判断する基準として「対象物の知名度の高さ」はかなりの比重を占める。
業界メディアなら、無名の会社がニュースリリースを送付すればそれでも掲載される可能性はあるが、一般向けメディアとなると「知名度のハードル」はさらに高くなる。

メディアに縁のない人は、「無名のブランドや人をメディアが発掘して、それをメジャーに押し上げてくれる」という構図を頭に描くことが多いが、それはほとんどの場合幻想である。
もちろん一部に例外はある。その例外は限りなく少数派で、「奇跡」と考えても差し支えないだろう。

その奇跡が実現しやすいシチュエーションを思いつく限り挙げてみる。

1、わかりやすい打ち出し文章が「奇跡」のようにできた
2、ニュースリリースが波長の合う担当者の手にたまたま渡った
3、たまたまネタ枯れの季節だった
4、たまたま時節柄に合っていた
5、メディアと太いパイプを持っていた
6、広告を出稿した
7、誰が見てもわかりやすい画期的な商品・サービスを開発した
  (例:1週間充電不要のスマホとか)


のような場合が考えられる。

そしてもっとも有効なのが5のメディアとの太いパイプがあった、である。

たまに無名のブランドがいきなりファッション雑誌や、そこそこに有名なメディアに取り上げられることがある。
それは編集者、記者が足を棒にして発掘したからではなく、そのブランドの中や関係者にメディアと太いパイプを持っていた人がいたという可能性がきわめて高い。

実も蓋もないがこれが現実である。

じゃあ、どのように対応すれば良いかというと、一番費用がかからないのは、そのままくじけずに定期的にニュースリリースを送り続けることである。

人間というのは不思議なもので、何度もその会社やブランドからのお知らせを受け取っていると、だんだんとその会社やブランドに対して興味を持ち始める。むろん時間はかかる。
10回、20回と続けて初めて効果が出ることも珍しくない。

逆に、初回から効果があるのが珍しいと考えた方が精神衛生上悪くない。

費用をかけても良いなら、

1、広告出稿をする
2、メディアを集めた「会」を定期的に主催する


という手法がある。

広告出稿をすれば確実である。
やっぱり「カネ」は強い。

また、2のように、有力企業の多くが定期的にメディアを集めたミーティング(酒席も含む)やパーティーを開催するのはパイプを太めるという意味がある。

こう書くと、

「メディア側の姿勢は間違っている。それは正すべきではないか」と考える人もいるだろう。
そしてその考えは正しい。

しかし、その意見をぶつけてみたところで、明日からただちにメディアの姿勢が変わるわけではない。
繊維業界、アパレル業界、流通業界だって指摘された悪癖がすぐに変わるわけでないのはご存じの通りである。
徐々に変えていくしかない。いわば啓蒙活動をやり続けるしかない。

話を戻す。「お金をかけられない」「お金がない」なら、心折れずに何回も何十回もニュースリリースを送り続けるしかない。

それでもニュースリリースの作成・送付を業者に依頼するなら、やはり代金は必要である。
どうだろうか、運送料は必要分だけ支払うとして、文章作成料はやはり必要である。
ライターや広報代行者はボランティアではない。
代金はピンキリだろうが、最低でも2万円~5万円は必要だろう。
それを払うのが嫌なら自分で書くしかない。

自分で書くのが無理、でも金を一銭も払いたくない、という業者はそのまま放置されるだけの話である。

筆者もプレスリリースの作成を依頼されることもあるが「無料で」という依頼は絶対に断る。
過剰な値引き依頼もお断りする。

そんなわけで先日の業者は心折ることなく引き続き頑張ってもらいたいと思う。









若者の「ジーンズ離れ」は、ジーンズを愛用する年配層への「反逆」かもしれない

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 早いところだと先週の金曜日、土曜日あたりで、平均的なところだと昨日、今日くらいに仕事納めとなる。
そんなわけでこのブログも今日で年内最後の更新として、あとは大掃除に邁進したい。
もしかすると気まぐれに更新するかもしれないが。

ブログ経由でメディアから原稿執筆の依頼や、コメントの依頼がある。
もっとも多いのはジーンズ関連である。

だから、年内最後はジーンズについて書いてみようと思う。

ジーンズ専門アパレルのジーンズが売れなくなった理由をこれまで様々書いてきた。

まず、競合ブランドが増えて消費が分散化したことが挙げられる。

これはOEM・ODM企業が増えて、ジーンズ専門アパレルに頼らずとも同等の商品が金さえあれば誰でも作れるようになったことが大きな理由だ。
また商社の製品製造部門も同様の役割を果たしている。
わざわざ専門アパレルから仕入れなくても同じレベルの自社製品を作ることが容易になった。


次に低価格ジーンズの見た目がレベルアップして、そちらを穿いていても遜色がなくなったこともある。
2010年ごろまでのユニクロのジーンズは生地の風合いやら色合いが明らかに高額ブランドと異なっていたが、最近ではほとんど見分けがつかない。
他のブランドも同様である。昔のレイジブルーのジーンズはチャチな見た目だったが、最近はそうでもない。
似たような商品なら安い方で買うという消費者が多いのは当たり前である。


ジーンズがトレンドアイテムではなくなったこともある。
2009年から2014年末まではジーンズが冬の時代だった。
これは単にトレンドの問題という側面もあった。
デニムという生地が一切必要とされなかったかというとそんなことはない。
デニムシャツ、デニムワンピース、デニムブルゾンは人気アイテムだった。
トップスにデニムを用いるのがトレンドだったため、ボトムスはデニム生地以外のパンツが求められたということである。
上下デニムのコーディネイトは難度が高く、下手をすると70年代の中村雅俊になってしまう。
だからトップスにデニムを着用した場合、パンツはチノパンやらスラックスを穿いた方がコーディネイトしやすい。


2015年は春先からジーンズがトレンドに浮上したため、また少し活況を呈した。
文化がなんだかんだとか、伝統の技術がどうのこうの言っても、洋服なんてトレンドと気温で消費は大きく左右される。そんなものである。

以上はこれまで書いてきたことの再まとめである。

これ以外に、思いついたことを書いてみたい。
そうでなければわざわざ読んでもらう意味もない。

12月25日付けの朝日新聞にジーンズについての記事にコメントを出したのだが、その記事の冒頭にもあるようにジーンズは「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」と説明されることが多い。

作業着から始まって、第二次大戦後の「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」となったことは事実であり、間違いがない。
しかし、現代社会において、ジーンズに対して源流である作業着としてのワークテイストを求める人はいても、「反逆の象徴」を感じる人はほとんどいないのではないか。
筆者は来年46歳になる自他ともに認める初老のオッサンだが、ジーンズに対して「反逆の象徴」と感じたことはない。文化的にそう捉えられた時期があったとは認識しているが、筆者からすると単なるファッション着、日常着の1アイテムである。
着用することが多いのはなぜかと問われると、それはスラックスよりもイージーケア性が高く、コーディネイトしやすいからである。
別にしわくちゃでもそんなにおかしくないし、洗濯をこまめにする必要もない。
とりあえずジーンズを穿いていればそれなりにおかしくは見えない。
汚れ作業もしやすいし、汚れても洗濯が楽だ。これがウールのスラックスなんかだとクリーニングに出すのがめんどくさい。
少々破れても穿ける。他のパンツではそうはいかない。

46歳になるオッサンからしてそういう感じなのだから、それ以下の若い世代ならなおさらそうだろう。
50代半ばでも同じような認識ではないかと思う。

しかし、ジーンズ専門アパレルや素材メーカーの年配のトップ・経営陣や年配のジーンズ業界関係者からは、しばしば「反逆の象徴」という言葉が聞かれる。

ざっくりした感触でいうと60代以上はそういうことを時々言うように感じる。

過去の事実を事実として指摘しておられるだけならそれは正しいが、時々だが、そこに過剰に感情移入している人がいる。
その人が市井の素浪人なら個人の思想の自由だが、これが企業や団体のトップだと危険である。

その認識がすでに多くの消費者からズレている。
50代半ばから下の世代はジーンズをそう捉えていない。
そういう認識のままで企業や業界をリードすれば、消費者に支持されない商品ばかりを作ることになる。

そもそも「反逆の象徴」と言っている層がすでに権力者・権威者になっており、体制側になっている。
自らが体制側の首魁になっておきながら「反逆の象徴」としてのジーンズを追い求めるというのは矛盾しており、そんな矛盾した姿勢を消費者は受け入れない。

専門アパレルのジーンズは売れなくなったのはそういう一因があるのではないかと思う。

今の若い世代が、老年層に「反逆」をするとしたら、ジーンズを穿かないことがその一手段になるのではないかと感じる。

昔は作業着上がりの粗野なジーンズを穿くことが上流階級や年配層への「反逆」だったが、今はジーンズを若いころに愛用していた年配層に対して、ジーンズを穿かないことが「反逆」になる。

年配層がノスタルジックになんだかんだと言っても、ジーンズは最早ファッションの1アイテムであり、チノパンやスカート、タイツなどと競合するボトムスの1アイテムになってしまった。

2009年からの「若者のジーンズ離れ」にはそんな心理的要因もあったのではないかと最近思うようになった。
もちろん若者はそんな大層なことは考えていないだろうが、「オッサン達が好んで穿いているジーンズというアイテムはかっこ悪いよな」とそのくらいは漠然と感じていたのかもしれない。

年配層がノスタルジー丸出しで「反逆の象徴」とか「日本の匠」だとか「伝統の技法」だとかを大上段から振りかざせば振りかざすほど、ますます若者はジーンズに対して興味を失うのではないか。

来年46歳になる初老の筆者でさえ、そのあたりの言説にはすでに辟易している。

ジーンズ専門アパレルが多少なりとも活況を取り戻したければ、まず首脳陣の意識を変えることから始めなくてはならないのではないか。











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