南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

産地

デービッド・アトキンソンへの妄信は危険

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 寺社の修復などを手掛ける小西美術工藝社という伝統企業がある。
この企業の社長に就任して、事業を再生したのがデービッド・アトキンソン氏である。

金融マンから転身したという変わり種で、わざわざ伝統工芸の社長に就任するくらいなのだから、親日的な人物なのだろうと推測される。

また国内でも、グローバル金融マン出身という出自も手伝って、彼の意見の信奉者が多い。
事業を再生した手腕に加えて、根深いグローバルコンプレックスを抱えている日本人は、イチコロで彼の信奉者になりうる資質を持っている。

アトキンソン氏の論調は聞くべきところが多く、最近はいささか挑発的な表現が増えたが、彼なりに我が国の産業を考慮しての提言だと感じる。
しかし、やっぱり「グローバル金融マン」の素性は捨てられないのだなあと感じる。
良くも悪くもアトキンソン氏はグローバル金融マンであり、グローバル金融マンにも当然負の側面もあるということである。

世の中に良い部分しかない存在なんてないのである。
どんなに良い事柄でも必ず負の部分を内包している。

例えば、アトキンソン氏は日本の産業の輸出を促進したいという意図からか、盛んに「一人当たりの輸出金額が低い」ということを最近主張し続けているが、本来は一人当たりの輸出金額は、国の経済力とは関係がない。

「『1人あたり』は最低」ではない日本経済の伸びしろ
http://totb.hatenablog.com/entry/2016/12/11/222220

ここから引用する前に、アトキンソン氏が盛んに比較して日本を挑発する材料にしている韓国についてだが、韓国は内需が極端に弱い国で、ほとんどを輸出に依存している。
しかも人口は日本の半分以下であるから、必然的に一人当たりの輸出金額は高くなる。

日本は内需が大きいので低くなるが、アトキンソン氏を含むグローバル金融マンが褒める韓国は、現在経済危機に見舞われており、日本との通貨スワップが再開されないままに、今年10月に中国との通貨スワップが終了すると、97年に続いて経済破綻する可能性は極めて高い。

余談だが、韓国での売上高が極端に高くなっている某国内スポーツアパレルは大丈夫だろうかと、業界では噂になっている。余計なお世話だが少しずつ韓国での売上比率を下げるべきだと個人的には考えている。

極端に外需に依存した韓国と比較する意味は本来ほとんどない。

さて、先の記事から内容を抜粋引用して紹介したい。

G7で日本の次に少ないのはアメリカですが、両国に共通するのは輸出の対GDP比が低いことです。人口が多い国は多種多様な産業を抱えられるため、人口が少ない国よりも貿易依存度が低くなる傾向があります。

ヨーロッパ諸国の1人当たり輸出額が多いのは、経済統合を進めた結果、貿易が日本やアメリカの国内取引に近いものになっているためです。各国が地理的に近いことも貿易が多くなる一因です。

「ものづくり大国」を名乗りながら、1人あたり輸出額は世界第44位と言われて、悔しくないですか。

という挑発は的外れです。アトキンソンはアメリカ人に「1人当たり輸出額は世界第42位と言われて、悔しくてないですか」、あるいはドイツ人に「オランダやベルギーに負けて悔しくないですか」と聞いているのでしょうか。


とのことであり、詳しいグラフは原文の記事を開いて確認していただきたい。

アトキンソン氏の挑発はおそらく(面談したことがないから文章から推測するに過ぎない)、我が国産業を考慮してのことではないかと思うが、立脚点が間違っているなら、多くの場合は終着点も間違える。
世の中にはたまに間違った過程で正しいゴールにたどり着くこともあるが、そんな僥倖は期待すべきものではない。

アトキンソン氏の立脚点は牽強付会にすぎる部分が目立っているといえる。
例えば、ノーベル賞受賞者の数についての批判は、明後日の方角過ぎて意味をなしていない。

1人あたりのノーベル賞受賞数が世界で第29位というのは、悔しくないですか。

も、2000年以降の自然科学分野ではアメリカ、イスラエル、イギリス、スウェーデンに次ぎます。1901年からの累計値に基づいて現在の日本を論じることはナンセンスです。


であり、これがまさしく正論である。

アトキンソン氏の経営手腕は評価される点も多いが、間違った議論が横行するのは望ましい環境ではない。

参考に次の記事も読んでいただきたい。

アトキンソンの誤診と失った20年
http://totb.hatenablog.com/entry/2016/12/24/094626

アトキンソン氏の意見は非常に参考になるものも多いが、意図的か無意識的か立脚点が間違っていることも多く、妄信するのは危険である。

彼の意見は、テレビのスポーツ評論家の発言程度に半分くらいは聞き流すのがちょうどよい具合ではないかと思う。

アトキンソン氏に限らず、特定の誰かの言うことを無批判に妄信するのは危険極まりない行為であり、他人に操られる結果になってしまう。

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論
デービッド アトキンソン
東洋経済新報社
2016-12-09



デービッド・アトキンソン 新・観光立国論
デービッド アトキンソン
東洋経済新報社
2015-06-05


本物を作り続けるためにも「普及版」「簡易版」の開発は必要

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 物作り系の人々の「ハイエンドモデル」への固執は凄まじいが滑稽だと感じる。

先日、ちょっと唖然としてしまったのだが、ある取材先でこんな話を伺った。

冬山登山用、スキープレーヤー用のハイスペックダウンジャケットを作っていたメーカーが、もう少しスペックを下げたダウンジャケットをファッション用途で販売したところ、かなりのヒット作となった。
もちろん低価格品ではない。

それによってメーカーのイメージも好転したし、業績の好調さの一因にもなっている。

ところが、社内の古参の中には「あんな3000メートル級の冬山登山もできないようなダウンジャケットを販売するのはわが社の恥だ」とか「プロスキーヤーが着用できないような商品なんて・・・・」とか嘆く者もいるのだという。

もちろん、個人の思想は自由であるべきだが、あまりにもピントがずれていて笑えてくる。

3000メートル級の冬山登山をする人がどれほど世間に存在するのだろうか。
統計を取っていないからわからないが、せいぜい数千人程度ではないか。

そんなコアでニッチな層に向けて商品を作って売って、それでどれほどの売上高が稼げるのだろうか。
その会社が売上高3億円とか5億円程度ならそういうニッチ戦略でも良いが、会社の規模が何十億円、何百億円なら、そういうニッチな商品ではとても会社を支えられない。

必然的にある程度のマスに売れる商品を開発しなくてはならない。

3000メートル級の冬山登山に使用できるハイエンドモデルを否定しているわけではない。
それを作る技術は継承され伝承されねばならないから、そのためにも会社を存続させねばならない。

だったら会社が存続するためにはマスに販売できる商品を開発して、売上高を稼がねばならない。
その稼ぎでもってハイエンドモデルの技術継承・伝承を行えば良いのであって、ハイエンドモデルのみで会社の業績を支えなくてはならないという発想がおかしいのである。

超高額・ハイスペックなハイエンドモデルが飛ぶように売れればそれが理想だが、洋服に限らず家電でも自動車でもそんなことは起こりえない。
みんながレクサスやフェラーリを買えるわけではない。

だったら、庶民でも買いやすい商材を開発して収益を上げて、その収益でもって技術伝承を果たすことがもっとも合理的・論理的な考え方ではないか。

この古参社員たちの考え方は根本的におかしいのである。

物作り系の人にはこういう人が珍しくない。

いわく「デニム生地とは~」「ドレスシャツとは~」「スーツとは~」などなど。

はっきり言ってうんざりである。
そういう技術を突き詰めることは否定しないが、それを万人が欲しがっていると思い込むのはどうかと思う。

伝統工芸についても同じだと個人的には考えている。
いわゆる、正当な伝統工芸品を継承するためにも「売れやすい」商品を開発して、売上高を確保すべきだと考えている。

「本物の〇〇」が素晴らしいことは理解するが、その「本物の〇〇」が売れなくなっているのが現状ではないか。
その原因はデザインの悪さだったり、使い勝手の悪さだったり、けた外れの高価格だったり、メンテナンスの難しさだったり、する。
じゃあそういうものを解決した、普及版、簡易版、初心者版、一般ユーザー向け商品、などを開発すべきではないかと思う。

それで稼いだ売上高を、「本物の〇〇」を伝えるための原資にすれば良いだけのことである。
それがなぜわからないのか理解に苦しむ。

そう書くと、某伝統工芸の人がよくわからないコメントを寄せてきたのだが、「みんなに知られていないだけで、僕は工夫してそれなりに暮らせている」みたいな内容だった。
みんなに知られていない時点で、どうかと思う。
伝統工芸がどのようにして形を変えて生き残ってきたのかは知られるように努力すべきであろう。

個人としてそれで暮らせているのはけっこうなことだが、じゃあ業界全体ではどうか。
後継者難に陥っているのではないか。
それはひとえに「その事業で暮らせる」ということが知られてないためではないか。

僕は暮らせているという筆者個人への反論は、事業存続、事業伝承、事業継承にとって何の益もない。

製造業者の性向、嗜好はある程度は理解しているつもりだが、しかし、それがそのままで良いとは到底思わない。
生き残りたいなら生き残れるような策を講じるべきだし、こじらせたような作り手目線で普及版や簡易版の開発を否定することは、それは却って自分たちの首を絞めていることに気が付くべきである。








国内縫製工場の現状はノスタルジー丸出しの物作り論では解決できない

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 年末年始にかけて繊研プラスで、国内縫製工場の置かれている現状と今後の展望が連載された。
紙面では昨年11月に掲載されたものを改めてネットに掲載したもので、内容は秀逸である。
縫製工場の現状と問題点、今後の展望が余すところなくまとめられており、単なるノスタルジー丸出しの擁護論や採算性度外視の花畑理論とはまったくの別物である。

興味のある方はぜひ、全文をお読みいただきたい。

叫び―国内縫製業の現場から①採算割れ  「手遅れと言われても続ける」工賃は20年前と同じ
http://www.senken.co.jp/news/supply/domestic-garment-industry-1/

叫び―国内縫製業の現場から②低工賃・小ロット
http://www.senken.co.jp/news/supply/domestic-garment-industry-2/

叫び―国内縫製業の現場から③技能実習生
http://www.senken.co.jp/news/supply/domestic-garment-industry-3/

叫び―国内縫製業の現場から④自助努力 「工賃上げて」だけでは駄目 努力不足への反省
http://www.senken.co.jp/news/supply/domestic-garment-industry-4/

叫び―国内縫製業の現場から⑤展望
http://www.senken.co.jp/news/supply/domestic-garment-industry-5/

である。

①では国内縫製工場の低工賃、不採算性、後継者難の問題点が書かれており、②では、より踏み込んだ形で、アパレル各社からの低工賃・小ロットの現状が浮き彫りにされている。

とくに②では

「デザイナーブランドからレザーコートの注文がきたが、枚数はたった8枚」と、ため息が漏れる日々が続く。

という描写があり、これがリアルな現実である。
筆者が知っている某デザイナーズブランドは知名度はそれなりに高いが、1型あたりの生産枚数が20枚程度という少なさで、工賃はアップチャージで値上がりせざるを得ないのだが、それに対して値引きしてくるという状況であり、デザイナーズブランドなんてかっこつけているが、この程度のが多いのが業界の現実である。

また、

問題は、生産管理をせず、本当に仕事を〝振るだけ〟の振り屋の存在。何もしなくても、当然マージンが発生する分、工賃が低くなる。ある縫製工場では「中間業者が6社入っていたこともある」と苦笑いする。「振り屋を排除して欲しい」と怒る声も聞こえてくる。


という部分もあるが、これもリアルな状況である。
これを鑑みて、「振り屋排除論」を唱える人もいるが、振り屋を完全排除すると、元来が営業力が弱い縫製工場はますます新規の仕事が来なくなり弱る。
振り屋が存在するのは、存在理由があるからで、存在自体が悪なのではない。

問題は振り屋の存在ではなく、その使い方が悪いことである。

中間業者が6社も入るなんてことは、業界ではざらにあり、それはとりもなおさず、ブランド側やアパレル企業側の振り屋やブローカーの使い方が下手くそだということである。

OEM、ODMでも同じで、「OEM屋から頼まれたODM」とか、「ODM屋から依頼されたOEM」だとか、そんなわけのわからない形態での商品の企画製造なんていうのは掃いて捨てるほどある。
振り屋もOEMもODMも存在自体が悪なのではない。ここを履き違えるとかつての「問屋不要論」のようなミスリードを引き起こすことになる。

③は外国人実習生に支えられている現状である。
縫製だけでなく、染色や織布工場にも外国人実習生は多数存在する。
それなしでは国内の繊維の製造加工場は立ち行かない。

外国人実習生への待遇の悪さがしばしば取り上げられ、これが大きな問題であることは間違いないが、逆に実習生の方も必ずしも優秀ではない場合も多い。また不法就労が目的での来日もある。

外国人実習生を法定以上の処遇している縫製工場によると、実習生は3年で入れ替わるので、前の実習生とは関係が良好でも、メンバーが変わると同じ待遇でも関係が悪化することもあるという。

外国人実習生は必ずしも善良な弱者ばかりではないということで、そのあたりの扱いの難しさがある。
善良な弱者ばかりではないというのは難民や留学生にもいえることである。

④はこれまで下請けに甘んじてきた反省であり、時すでに遅しという印象しかないが、反省しないまま死に絶えるよりはマシである。

結局のところ、生き残るためには自立化するほかなく、その自立化を怠ってきたツケを今支払わされているというのが現状といえる。
これは何も縫製工場だけのことではなく、織布、染色加工すべてに共通している。

いまだに自社ホームページも作っていない状況では如何ともしがたい。
それほどに下請け根性が染みついている業者が多い。

⑤は生き残りに成功しつつある縫製工場の取り組みの紹介で、同じことを各社がやっても成功する保証はないが、参考にすべき事例だといえる。


個人的には、生き残りたければ、自立化するほかなく、それは国や行政の規制や保護待ちでは不十分だということであり、現在の全社をそのまま生き延びさせることは不可能だと思う。

自立化に成功した企業だけが少数生き残るというのが、国内の繊維の製造加工業の最も明るい未来図ではないかと見ている。




ナンガのダウンジャケットが売れた理由を考えてみた

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 こんな記事を見つけたので賛否を書いてみたい。

低価格国産ダウン「ナンガ」が売れまくる理由
3分の1の価格で「水沢ダウン」と真っ向勝負
http://toyokeizai.net/articles/-/151232

ナンガとはナンダ?ってなダジャレを言ってみたくなるが、ナンガとは何か?
業界の人ならほとんどがご存知だと思うが、そうではない人も読んでおられるので、ちょっとだけ解説をすると、ナンガとは滋賀のダウンジャケット工場である。

この記事を評価する点は、ナンガを大々的に取り上げたことである。
業界内では5年以上前から話題になっていたが、大手経済誌がようやく取り上げた。

ナンガが売れた理由は、記事中にもあるが、国産でありながら3万円前後のダウンジャケットを製造している点である。
正確にいうと価格もいくつかのグレードがあり、2万円台後半~5万円くらいまでの商品を展開している。

大手セレクトショップだけでなく、地域チェーン店や卸売り型ブランドなども数多く、このナンガに注文を入れている。
身の回りの感想にすぎないが、中間価格帯の国産ダウンジャケットを製造してくれるところというとこのナンガが真っ先に思い浮かぶ。

この7~8年間でそれほどに業界内では知名度を高めた。

この記事の評価できない点はあたかもデサントの水沢ダウンとの競合であるかのような見出しを付けたこと。
デサントの最高級国産ダウンジャケットブランド「水沢ダウン」は10万円前後の価格で、高スペックな商品をファッション化したものであり、ナンガとは顧客層やターゲット、価格帯が全く違う。

ナンガが名をあげ始めたのは8年ほど前で、その当時、水沢ダウンもメジャーな存在ではなかった。
そもそも競合するターゲットとしてナンガが捕捉する必要性がない。
おそらく東洋経済は同じ「国産ダウン」という切り口のみで対比させたかったのだろうが、スポーツメーカーとして高機能・高スペックを重視するスポーツウェアメーカーのデサントと、羽根布団メーカーから転身したナンガではブランドの成り立ち、開発思想、顧客ターゲット、価格帯がすべて異なる。

極端に言えば、同じメルトンのダッフルコートだからといって、グローバーオールとユニクロの商品を比較して「真っ向勝負」と煽るようなものである。

また水沢ダウンとナンガでは生産数量も異なる。記事ではナンガは年間生産数5万枚とあるが、水沢ダウンは関係者によると、フル操業しても1万枚未満の生産数量しか実現できないという。

こういう煽り方はわかりやすい反面、ミスリードも引き起こす。

記事では2015年秋冬(昨年秋から今年初めにかけてのシーズン)を「売れに売れた」と表現しているが、実際は確実に納品するために受注を絞った。
なぜなら、受注が殺到した一昨年秋冬(2014年秋冬)には生産キャパを越えてしまって納品遅れを多数起こしたため、その反省に立ったからだ。

以前からナンガに生産を依頼していたあるカジュアルブランドの企画担当者は、「うちは以前からの付き合いがあったから注文を受けてもらえたが、キャパオーバーの反省から発注を断られたブランドもけっこうあったと耳にしている」とその当時話していた。

ナンガがセレクトショップや卸売り型ブランドに重宝された理由はなんだろうか。
個人的に思うところを挙げてみる。

1、別注企画やダブルネームに柔軟に対応できる
2、国産なのに値ごろ感がある(激安ではないが、手の届かない範囲でもない)
3、国産ブームの波に乗れた
4、業界人特有の横並び思想が働いた

この4点ではないかと見ている。

その中でも個人的に重要だと思うのが、やっぱり2ではないか。
今でも国内産地ブランドやモノづくり脳の人々は「国産だから最高価格で」みたいな主張をするが、10万円のダウンジャケットなんてなかなか気軽に買えるものではない。

だいたい1着の洋服に10万円をつぎ込める人はよほどの高収入か、極度の服マニアのどちらかで、どちらもその人口は少ない。
そんなニッチな市場に向けて「国産ガー」とか「伝統の技法ガー」とか「本物の良さガー」と叫んでみても、大量に売れるわけもない。
おまけにその価格帯はラグジュアリーブランドとの競合になる。
世界的にステイタスのあるラグジュアリーブランドと、ほとんど知名度のない産地ブランドが競争をして勝てるはずがない。

国内生産で激安品を作ることはできないから、じゃあ、現実的な選択肢としては3万円中心のダウンジャケットということになる。
ユニクロのシームレスダウンジャケットだって1万3000円くらいはするのだから、3万円前後というのはそう高い価格設定ではない。(消費者視点では)

国内ブランドは個人的にはこのナンガの価格戦略を見習うべきだと思っている。

あと、4も重要で、業界人には独特の「横並び思想」がある。
まあ、個人的にはそれは弊害にしか感じられないのだが。(笑)

洋服不況だから余計にその「横並び思想」が強まっており、ますます店頭を画一的にしており、それがさらに洋服不況を強めるという悪循環スパイラルに陥っているが、それを断ち切る勇気と分析力を持ち合わせている業界人はほとんどいない。

「〇〇店で××という商品が売れた」と耳にすると、自店の顧客層やターゲットも無視して、××を仕入れる。
しかし、顧客層やターゲット、価格帯が違うから必ずしも売れるわけではないが、そんなことすら考えずに、とりあえず自店に並べて安心してしまう。

また「大手の〇〇、有名店の〇〇が仕入れた」と聞くと、考えなしに追随して自店も仕入れる。
大手や有名店と競争してもあらゆる点で勝ち目がないにもかかわらず。

究極は他社の売れ筋商品の完全コピーを製造販売することである。

この業界独特の「横並び思想」が発揮されると、特定のブランドは急速に広まることになる。
それはナンガに限ったことではない。デザイナーズブランドでもアウトドアブランドでもスポーツブランドでも同じだ。
一時期、ネコも杓子もニューバランスのスニーカーを店頭に並べていたのはその一例といえる。

しかし、ナンガはうまく業態転換を図り、知名度を向上することに成功した。
どの企業でもできることではないが、個人的にはナンガに続くような国内製造企業が登場してもらいたいと思ってしまう。それは筆者の甘さなのかもしれないが。








サンプル縫製工場レオパールの社長インタビューは一読の価値あり

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 久しぶりに面白く読めて、内容にも激しく賛同できる記事を拝読した。

「この1着が1億円になる!」サンプル縫製一筋30年、クチュールデザイナーから転身
https://www.wwdjapan.com/363297

サンプル専門の縫製工場、レオパールの社長インタビューである。

実は昨年5月に開催した東京テキスタイル・マルシェにレオパールの社員の方が来てくださり、社長は相当に面白い方だと教えてくださったので、どんな方かと興味を持っていたのだが、この記事からは期待以上に面白い方のように感じられた。

サンプル縫製のみで、年商が億に達し、自社ビルまで建てられたのだから大したものである。

このインタビューで印象的だったのが、社長は一度も「物作りガー」とか「本物の良さガー」とか「最近の消費者の感性は劣化している」と語っておられないところである。
これらのキーワードが出てきた時点で、「単なる物作り脳」と判断して、適度に流し読みするのだが、そういう「単なる物作り脳」という人ではなかったようで、相当に説得力がある。


その中で非常に共感したのが、

森田:ファッションは生地や縫製ではなく、紡ぎ出すストーリーにこそ意味がある。ストーリーがないんだから売れないのは当たり前。あと、これは持論だけど、あまりにも服がカジュアルになりすぎている。若年層でハロウィンが盛り上がったり、制服のアイドルに人気が出るのは、その反動じゃないかな。フォーマルな服装の本質って、コスプレだからさ。

という一節である。

生地や縫製というスペックは重要であることは言うまでもないが、筆者も含めて業界の人間はそこに過度にとらわれすぎる傾向がある。
しかし、生地と縫製仕様を過度に重要視し過ぎると、じゃあ、低価格ブランドが同じ生地を使えばそちらの方がお得じゃないかということになる。
消費者もそちらで買う。

ユニクロが超大ロットを生かして、カイハラのデニム生地やカシミヤを使用して、それを低価格で売れば、それがお買い得ということになる。
もちろん、カイハラのデニム生地もカシミヤもピンキリだから高額品とまるっきり同じということにはならないが、少なくとも世間的には同等と見なされやすい。

生地と縫製仕様というスペックを最大限重視して組み立てるとユニクロというブランドになる。

百貨店ブランド・ファッションビルブランドが苦戦している原因はさまざまあり、一言でまとめることは難しいが、社長がインタビューで答えておられるように「ストーリーがないから」ということも一つの原因だといえる。

「ストーリーがない」ということは、生地とか縫製仕様というスペック、もしくは洋服の色柄・形といった「見た目」での勝負ということになる。
だったら、スペックがそこそこ高くて、見た目がそこそこにかっこよくて、値段がそこそこ安い商品というものが一番お買い得ということになる。

だからユニクロや低価格SPA、ファストファッションに負ける。

かといって、嘘のストーリーや何倍にも膨らませたような過剰なストーリーも気味が悪い。
自分でデザインしたわけでもなく、製造したわけでもないのに、滔々と「物作り」について語る自称デザイナーとかパクリエイターはこの業界には掃いて捨てるほどいるが、そういう詐欺師まがいの「ストーリー作り」も逆に業界から消費者を遠ざける結果にしかなっていない。

一方で、国内の職人の弊害についても語っておられ、この部分も共感できる。

森田:日本だと縫製の代金って、本当は何の根拠もないのに、小売価格から逆算して決められているから。本来は手間や時間、技術に応じて決めるべきなんだよ。でも一方で、僕はお金儲けは絶対に必要だと思っているけど、縫製工場や技術者だって請求書一つ自分で送ったことのない人も多い。

僕が1985年に子どもが小学校に入って、お父さんが今で言うフリーターみたいだとかっこ悪いから、個人事業から法人化して株式会社にしたときも、同業者からは職人がなぜ株式会社なんて作るんだって言われたよ。正直言って個人事業のほうがずっと儲かってたけど、いま考えれば法人化して良かった。商社や大手メーカーが口座を作りやすいし、その後、時代に対応できなかった小さな会社は淘汰された。かなり細かく工程分析をした上で工程管理をIT化していたからこそ、今でも生き残っていられる。

請求書一つ自分で送ったことがないなら、それは完全なる下請け業者でしかなく、完全なる下請け業者は常に下請けとしてしか扱われない。
技術者が重視されないのは、自業自得という側面もあるというわけである。

またIT化していないことも製造加工業者、原料業者の自殺行為ともいえる。

某原料関係の会社で、50歳前後の営業マンがおられるそうだが、その若さにも拘わらずEメールも使えないし、WEB検索のやり方すら知らないといわれている。
今時、60代くらいの専業主婦でもインターネットでレストランの予約ができるのに何を言っているのかと思う。

ウェブサイトすら持っていない製造加工場も珍しくない。
何かを調べるときにはまずウェブ検索する時代だから、ウェブサイトを持っていなければ、その検索には永遠に引っかからず、人に知られることもない。

知られていないのは存在しないのも同然なのである。
だから仕事の依頼が来ない。至極当然の結果である。

そんなわけで、レオパールは残るべくして残っていると改めて感じた。






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