南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

考察

洋服が安値でも売れない4つの理由

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 先日、天神橋筋商店街のバッタ屋の顔見知りのおニイさんと立ち話をした。

「最近売れ行きが悪い。安くても服を買わない」

とのことで、安値販売でも洋服が売れにくい店もある。

これには様々な理由が考えられる。

1、安い服が市場に溢れていて安さに慣れてしまったから
2、タンス在庫を誰もが大量に抱えていて、服なんて買う必要がないから
3、可処分所得が減っているから、または伸び悩んでいるから(またはそう感じるから)
4、衣料品に対する興味が薄れているから

ざっとこんなところではないかと思う。

1から考えて行こう。
バッタ屋の店頭を見ると、驚くほど安い商品もあるが、そうではない商品も多い。
例えば、国産タオル1枚100円とか、国産タオルハンカチ1枚50~70円なんていう商品は安くて目を引くが、じゃあ、Tシャツ1枚700円とかだったらどうかというとそれほど安いとは感じない。

有名ブランド品が700円なら安いと思うが、無名ブランド品なら普通だ。
例えば、ユニクロに行けば790円とか590円とか500円に値下がりした半袖Tシャツが山のように積まれている。ボディのカラーやグラフィックの好みで選り分けても妥協できる商品はある。

そういう商品を選べば、場合によっては500円でTシャツが手に入る。

今年8月に、ユニクロでビッグシルエットポロシャツを1枚買った。
理由は500円に値下がりしていたからだ。

生地は綿100%だが、通常の鹿の子編みではなく、ミニワッフル編みである。
おそらく、同じ生地でビッグシルエットTシャツも発売していたから、コスト削減の一環として使用生地を統合したのだと考えられる。

ポロシャツとTシャツでそれぞれ違う生地を使うより、同じ生地を使用すれば、その分、生地の使用量が増え、1メートルあたりの生地値を安くすることができるからだ。

余談だが、ユニクロの店頭を見ていると、このテクニックを使っている商品がけっこうある。

Mサイズの紺色が残っていたので迷わず買った。
ブランドやディテールにこだわるなら、こういう買い方はなしだが、ベーシックに見えるポロシャツでよければ何でもよいと考えるならこういう買い方はありだ。

当方はそういう買い方しかしない。

500円のポロシャツといえば、バッタ屋の価格と同じだ。
場合によってはバッタ屋の方が高いこともある。

じゃあ、わざわざバッタ屋で買う必要はないということになる。

2についてだが、おそらく、多くの人が1シーズン服を買わずに過ごせるだけのタンス在庫を抱えているのではないかと思う。
当方は、たぶん3年間くらい服を買わずに過ごせるだけのタンス在庫を抱えている。
長袖のカジュアルシャツだけで70枚以上タンス在庫がある。

それでも服を買うという人は当方も含めて「趣味」だといえる。

趣味の一品だから、毎日売れなくても当然だし、だれもが買うものでないのも当然といえる。

世の中の全員がガンダムのプラモデルを買うわけではないし、自動車に改造パーツを付けるわけでもない。

洋服はそういうものと同じ「趣味の一つ」となったといえる。


3については、様々な見方があるが、さらなる経済成長を遂げ、富の再分配の方法を見直す必要があるだろう。しかし、いつ、どんな好景気だった時代でもリアルタイムで「好景気だ」と感じる人はほとんどいない。
バブル期に働いていた人だって当時「好景気だ」と感じていたわけではあるまい。
不況になって初めて「あの当時は景気が良かった」とわかるのである。

だから今後どのように経済成長を遂げようと、富の再分配法が変わろうと、絵に描いたような「好景気感」を人々が感じることはない。

4については、洋服以外に身を飾る方法や自己表現する方法が様々現れたからといえる。

それにどこで買っても今の洋服は「それなり」に見える。

あえてブランド物を買う必要はないし、バッタ屋で格安品を探す必要もない。
通常店頭だってバッタ屋並みの価格で投げ売りをしている。

それだけ選択肢が広がったのは社会が成熟化したからだといえるし、多様性が実現されたといえる。
まことに喜ぶべきことではないか。


そういうわけで、バブル期までのように服が売れなくなるのは当然であり、それには価格の高低は関係ない。


こういう状況下で「売る」にはどうすれば良いのかということを売る側が考えねばならない。

そもそも業界関係者こそ服をあまり買わない。
関係者で最も服を買うのは販売員だろう。
一部の有名人を除いては本部系・企画系は本当に服を買わない。

自分たちが買わない物を消費者が大量に買うはずもない。
買わない人たちがああだこうだと言ったところで、消費者の心理はわからない。

そういう人たちが企画や販促をしているからピントがズレるのも当然ではないか。


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ユニクロより優れた商品は確実に存在する
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不法投棄列島―バッタ屋啓輔 (C・NOVELS)
伊野上 裕伸
中央公論新社
1999-10



安売り一代―闇の仕事師
本所 次郎
立風書房
1997-06






「トレンド」は古来から存在する。過剰な反トレンド論はポジショントークか?

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 日米ともに従来型ファッションビジネスが行き詰まりを見せ始めたことから、「反トレンド論」みたいなものを見る機会がある。

米国でいうなら、それは「ノームコア」というトレンド(笑)になり、日本もそのトレンドを輸入した。

「トレンドに踊らされずにベーシックな服を着よう」という「トレンド」がノームコアだから、反トレンド論者がノームコアという「トレンド」に飛びつく構図はちょっと笑えて来る。

彼らは「トレンドとはビジネス目的で形成されているものだから、それに乗るのはアホらしい(意訳)」という主張をしているが果たしてそうだろうか?

現代ファッションでの「トレンド」が作られているということは否定しない。
特に流行色協会とやらが、2年前から設定する「トレンドカラー」なんて最たるものだ。
2年前に流行色を設定するとか意味わからん。それこそ「利権の塊」じゃないのか。

それはさておき。

しかし、衣服に流行があるというのは、今に始まったことではない。
いつの時代にも衣服の流行というのは存在する。
もうちょっと正確にいうと「衣服の流行り廃り」は古来から存在している。

そうでなければ、我々は今、この服装を着用していない。

近年のトレンドはたしかに人為的な側面はあるが、それでもままならないこともある。
「トレンド最右翼」とみなされていながらさっぱり売れなかった服も珍しくない。
また、予想外の商品がトレンドに浮上することもある。

このあたりの流れから考えると、トレンドは決して人為的に作られたものだけではなく、自然発生的要素もあるといえる。

ローマ帝国時代、為政者はトーガと呼ばれる長い布を体に巻き付けていた。
まあ、シーツを体に巻き付けているのを想像するとだいたいイメージできるのではないかと思う。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%AC




あんなもんにトレンドやファッションが存在するのかと普通なら思うが、それがそうではなかったらしい。

塩野七生さんのベストセラー「ローマ人の物語」(新潮社)によると、あのトーガにすらトレンドやファッションが存在したらしい。

どこをどう折り返して、ヒダを作るかとか、どれだけ布を余らせるかとか、シワの作り方・ヒダの作り方がカッコイイとかそういう価値観があったという。

塩野七生さんによると、ユリウス・カエサルはそのトーガの着こなしでファッションリーダーだった(意訳)という。

塩野七生さんの「カエサルLOVE」は有名だから、幾分か割り引くとしても、トーガの着こなしに「イケてる、イケてない」という価値観があったというのが驚きである。

要するにローマ帝国時代からトレンドはあったということになり、それは決してノームコア論者が言うような「ビジネスを背景」としたものではないということがわかる。
何せあの当時は今のようなファッションビジネスは存在していなかったのだから。

我が国でもそうだろう。

直垂や狩衣が今に生き残っていないのはなぜだ。
流行り廃りがあったから、それらは今の和服・呉服には残っていないのである。

江戸時代だって様々なトレンドがあったようで、男性の月代の剃り方だってその時々のトレンドがあった。

結局、今のファッションビジネスがあってもなくても洋の東西を問わず、人間が存在する限り、トレンドは存在するということになる。

つまるところ、トレンドや流行り廃りのサイクルが早いか遅いかの違いだけではないのか。

だから、反トレンド論というのはその大半が、自分のビジネスを拡大するための「単なるポジショントークにすぎない」と当方は見ている。


ところで、アパレルビジネスを総括したような記事では「最近、トレンド品を高額で販売する手法が通用しなくなり、アパレルは苦戦に転じた」というような意味のことが書かれてあるが、そんなビジネスモデルはどうなのだろうか?極めて非合理的ではないかと思う。


大学卒業後就職した洋服販売チェーン店は、渥美俊一氏のペガサスセミナーの流れを汲む会社だったので、そういう本を何冊か読まされたし、社内勉強会でもそこでの話題が出た。

そのときに「流行り廃りが緩やかで長期間使えるベーシック品は高額で、商品寿命の短いトレンド品は買いやすい廉価で販売する。これが消費者利益だ」という内容を習ったと記憶している。

この考え方は非常に合理的で論理的だと感じる。

ここでいうトレンド品とは、95年当時のナイキエアマックス95みたいな特定の品番への集中した人気ではなく、例えば「今季はワイドパンツが流行している」というような広い商品群を指している。

メンズで言えば、紺ブレなんかはディテール変化が緩やかだから比較的高価格に設定しても理屈には合う。一方、ガウチョパンツなんていうのは一過性トレンドだから買いやすい値段で販売する方が理論的だろう。

アパレル企業やブランドが衰退した理由はいくつもの複合的要因が複雑に絡み合った結果だと思うが、「トレンド品を高く売る」という非合理的なビジネスモデルもその一因だといえるのではないか。そして、ノームコアというトレンドに飛びついた反トレンド論者wwwwが反発しているのはそういうビジネスモデルに対してではないかとも思う。

我々一般人は、過度なトレンド崇拝論にも過度な反トレンド論にも耳を傾ける必要はなく、合理的に論理的に服を選べばよいだけである。



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低価格競争を仕掛ける業者は常に出現する

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 350ml入りの缶ジュースの定価は130円である。そのため、通常の自動販売機では130円で販売されているが、2008年ごろから大阪では100円にディスカウントした自販機をよく見かけるようになった。

そうなると、当たり前だが130円では買わない。
よほど喉が渇いて死にそうになり、さらには周辺に安い自販機がない場合を除いては、定価販売の自販機では買わなくなった。

5年くらい前から、大阪市内では100円以下で販売する自販機もけっこう現れた。
それまでなら、西成の新今宮駅周辺くらいしか見かけなかったが、普通にあちこちで見かけるようになった。
30~80円くらいで350mlの缶ジュースや500mlのペットボトルが売られている。

だから最近では、100円自販機は当たり前、100円以下自販機があればそちらで買うという消費行動になってしまった。

このように缶ジュース一つ取っても、かならず低価格販売を仕掛ける業者は出現する。
そして、多くの人は似たような物、同じ物なら安い方で買う。
わざわざ高い方で買う人はよほどの変人である。

缶ジュースに限らず、洋服だろうと家具だろうと靴だろうと、低価格販売業者が出現するのは当然だといえる。

最近、日本の物価は諸外国に比べて安すぎるといわれている。
実際に海外出張した人から聞くと、アジア、欧米を問わず日本より物価が高いと感じられるそうだ。

じゃあ、現地の人が高い商品を買うことをよしとしているかというとそうではないと思う。
あくまでも想像の域を出ないのだが。

やっぱりできるだけ安く買いたいと考える人が多いから、アメリカはブラックフライデーに消費が集中するのではないかと思う。
わざわざ高く買いたい人なんて世界中探してもそんなにいない。

以前に、「小売りの輪」という有名な理論を紹介した。

低価格競争で勝ち残る業者が現れる


その業者が高価格・高付加価値路線へと転換する


別の業者が低価格競争を仕掛ける


勝ち残った業者は高価格・高付加価値路線へと転換する


別の業者が低価格競争を仕掛ける


以下無限リピート

という理論だ。

高価格・高付加価値として認知された商品が確立されれば、それに対して必ず低価格競争を仕掛ける業者が現れる。
これは絶対になくならない。なくそうとするなら、強力な共産主義的法律を作るしかない。
自由主義経済体制を採る以上は低価格競争を仕掛ける業者が現れることは防ぎようがない。
それは経済活動の自由だからだ。

服や靴も例外ではないということだ。それだけのことである。

アメリカでこんなことが起きたらしい。

米小売業界、アマゾンが席巻=店舗苦境「パニック状態」
http://news.livedoor.com/article/detail/13595302/

Amazonショックは以前からも言われていることだが、今回は服や靴や雑貨ではなく、食料品で起きた。

「健康に良いオーガニック食品をすべての人の手に届く価格にする」。アマゾンは137億ドル(約1兆4800億円)で買収した自然食品スーパー大手ホールフーズ・マーケットで先月28日からバナナやアボカド、サケなど生鮮食品の値下げを実施。ネットと実店舗の融合を目指すアマゾンが仕掛けた「価格戦争」に、スーパー業界に戦慄(せんりつ)が走った。

とのことである。

オーガニック食品が健康に良いとは個人的には全く思わないが、そう思う人も多く、オーガニック食品は高価格・高付加価値商品として知られている。
当方は長生きすることに全く興味はないし、高価格が嫌いだからオーガニック食品は絶対に買わない。

しかし、愛好者がいるのも事実で、そこに対してAmazonが低価格競争を仕掛けるのはまことに理にかなった商行動だといえる。
物は安い方が売りやすいのだから。

逆に高価格商品を安売りする方がインパクトが強くて注目を集めやすい。
普通の1束98円のホウレンソウを88円で売ってもそれほどインパクトはないが、200円の野菜を98円にして売ればかなりのインパクトがある。

そしてそれが、効能のほどはさだかではないが、高付加価値だと認知されているオーガニック食品ならなおさらインパクトが強くて、消費者を引き付けられる。

ユニクロがかつてフリースを1900円で販売したことも、カシミヤを9800円で販売したことも同じ考えに基づいている。

そして古くはダイエー創立の思想も同じである。

これをいくら否定して排除しても新たなダイエーやユニクロが登場するのは止められない。

意味のない「ユニクロ否定論」「ファストファッション否定論」「Amazon否定論」を叫んでいてもまったく何の効果もない。

安売りしたくないなら、安売りせずに買ってもらえる方法を考えて実行するしかない。
国内アパレル業界を振り返ってみれば、それができていないブランドが軒並み苦戦しているといえる。

高く買ってもらう手法も時代とともに移り変わる。
いつまでも十年一日のごとく、テレビ番組への衣装提供とファッション雑誌への広告掲載でもあるまい。
そこに固執しているから余計に売れないのではないか。

高くても買ってもらえる方法をもっと真剣に模索すべきで、それができない企業やブランドは安売り業者に飲み込まれるだけのことである。



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TGC・神戸コレの「販促効果」と「地域産業振興」を考えてみる

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 畏友の剱英雄さんが、東京ガールズコレクション(TGC)の地域産業振興と情報発信について書いておられる。

発信力は消費に?
http://blog.goo.ne.jp/souhaits225/e/b021cbf519d2c36ada95734217cb8bcf


これは東洋経済オンラインの記事を下敷きに書かれており、たしかに東京ガールズコレクションという興行イベントは大成功しているといえる。
興行イベントという点では成功したとしかいえない。

その一方で、ブランドの販促や地方創生、地域産業振興についてはどうか?というと、これは正直なところ疑問しかない。

まず、ブランドへの販促効果という観点から見てみると、TGCに出品すれば必ず売れるとは限らない。これは事実である。
長年出品し続けているブランドもあるから、効果があるブランドもあるが、その一方で効果のないブランドもある。

例えば、2009年~2010年に出品したライトオンである。
ライトオンはこの時期、減収し続けていた。
ライトオンが増収に転じたのは2015年度からなので、販促効果はなかったということになる。

また、某セレクトショップチェーンの役員は、もともとTGCが自社ブランドへの販促になるとは考えていなかったが、当時のTGCを運営していたエフワンメディアがうるさいから、一度だけ付き合って出品したと話している。

TGCと組んだ、この形態の元祖といえる神戸コレクションも同じだと見ている。

今年9月の神戸コレクションにもビッキー、ディアプリンセスが出品している。
ビッキーは以前、傘下ブランドのクイーンズコートを出品していたこともある。
ビッキー、ディアプリンセスの2ブランドは長年出品し続けている。

売上高は神戸エレガンスブランドが過ぎてから下降しているが、出品し続けているということは、単に売上高だけではない何らかの効果があると上層部は考えているのだろう。
しかし、売上高だけで見ると、販促効果があるとはいえないのではないか。


これは私見だが、TGCと神戸コレの販促効果はその反響がある顧客層が限定されていて、そこに親和性の高いブランドは何らかの効果があるものの、ライトオンのようにまったく親和性のないブランドはほとんど効果がないと見るのがもっとも適切なのではないかと思う。


今後は、やみくもにターゲット層との親和性も考えずに「出品する」というブランドは減るだろう。
だからというわけでもないが、神戸コレクションの出品ブランドのラインナップは随分と固定化されてきたように見える。


今度は、地方創生や地域産業振興という点については、剱さんのブログの通りではないかと思う。

TGC、神戸コレクションの地方興行があるが、もちろん経済効果はゼロではない。
何千人かの人間が来るので、交通機関や飲食店、コンビニなどにはそれなりの売上高が期間中はある。
また、その土地のファッションビルなどの売上高も期間中は少し増えるかもしれない。

が、地域のアパレルメーカーやアパレルブランド、デザイナーズブランドが潤うかというとそれはちょっと難しい。

なぜなら、現在の国内のアパレル企業、ブランドの8割がたは東京本社・東京本部だからだ。
残りは京阪神、名古屋・岐阜、岡山・広島、九州あたりにパラパラと点在しているに過ぎない。

TGCや神戸コレの地方興行に登場するブランドのほとんどは、当然、東京本社ブランドばかりである。
まずもって九州に拠点を置くブランドは登場しない。

名古屋・岐阜、岡山・広島のブランドも登場しない。

パラっと京阪神のブランドが登場するくらいである。

地方自治体が町おこし、地域おこしで「ファッション」を選ぶことがあるが、何故それを選ぶのかが理解できない。

今挙げた地域以外にアパレル企業、ファッション企業が拠点を持つ地方はない。
もっと極端にいえば、東京以外ないに等しい状況である。

じゃあ、そこでいくら「ファッション産業を振興する」といったって、東京のブランドを誘致するのが関の山であり、それは果たして「地域産業振興」といえるのだろうか?

TGC、神戸コレの地方興行ももちろん同様で、東京ブランドを呼んで、東京のモデルを使うことが地域産業振興・地方創生になるのだろうか?

当方には東京の産業振興にしか見えないのだが。

東京で開催する本物のTGC、この手のイベントの元祖として神戸で開催する神戸コレクションは、客入りが見込める限りは続けるべき興行イベントだと思うが、これらの地方興行は何の効果があるのだろうか。

また、TGC、神戸コレクションを模倣した地方イベントもいくつかある。

これとても、出品ブランドは東京ブランドで、ランウェイを歩くのは東京タレントなので、一体これを地方でやる意味があるのか疑問である。

文化祭的にやるのは構わないと思うが、地方創生や地域産業振興を掲げるのは無理があるのではないかと思う。


TGC、神戸コレと同様の興行イベントを地方で開催し、それを地方創生や地域産業振興につなげるのであれば、地方が地元でアパレル企業やアパレルブランドを育成しなくてはならない。


しかし、それは至難の業だろう。

もともと京阪神には多くの大手アパレル、大手ブランドの拠点があった。
それがこの20年間で激減し、ほとんどが東京に移った。これを今さら、逆回転させることは不可能であり、京阪神にも他地方にも小規模零細ブランドは現存するものの、出品料がン百万円と噂されるTGCや神戸コレの地方興行に出品させることは財務的に不可能である。

またTGC、神戸コレの顧客層は広告代理店でいうところのF1層で、しかも好むテイストも限定されており、ナチュラル系・カジュアル系・トラッド系などが多い地方の小規模零細ブランドはまったく親和性がなく、ライトオンのように販促効果がゼロになる可能性が極めて高い。

それが業界の現状であり、この構図は今後も変わらないだろう。

東京開催のTGC、神戸開催の神戸コレクションは興行イベントとしては否定すべき要素がないが、販促効果は限定的で、地方興行については地域産業振興にはほとんど効果がないと考えるのがもっとも妥当ではないか。



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鎌倉シャツのビジネスモデルが秀逸なポイントを考えてみた
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「原価率50%」という思想はダイエーやユニクロの延長線上にある

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 最近の報道を見ていると、トウキョウベースのブランドコンセプトは「原価率50%」じゃないかと思えてくる。(笑)

ブランドを確立するうえで真っ先に出てくるのは「高原価率」というのはどうなのだろうか。
それはファクトリーブランドや職人系のブランドの立ち位置ではないか。

似たようなブランドコンセプト(笑)にファクトリエがある。
こちらは疑似ファクトリーブランドを目指しているのだから、それはそれで良いのかもしれない。

ところで、国内外の低価格ブランドにやられっぱなしのアパレル業界人はこのブランドコンセプト(笑)に共鳴する人が多いように感じるのだが、実はこの考え方も、グローバル低価格ブランドは置いておいて、ユニクロやかつてのダイエーの思想の延長線上にあるといえる。


創業当時のダイエーやそれ以降の大手スーパーマーケット(GMS)の本来の思想は「良い物を買いやすい値段で提供する」である。97年ごろから飛躍的に売上高を拡大したユニクロも同じ考え方である。

バブル崩壊、リーマンショックで痛手を被った百貨店や百貨店と一体となったアパレル各社は、売上高低迷によって、原価率を切り下げ、商品の品質を下げている。
百貨店を販路とする某上場アパレル(あまり話題にならないマイナー企業)は2010年以降、秋冬のセーターの原価率を18%まで切り下げている。それでいて販売価格は据え置きか少し上げている。

で、これに対するアンチテーゼがトウキョウベースであり、ファクトリエであるといえる。

店頭販売価格こそ違うが、根本的な考え方はユニクロや創業当時のダイエーと同じで「良い物を買いやすい値段で提供する」である。

かつてのような高額素材をふんだんに使い、それを高額で販売するきらびやかなファッション業界が再現できるようなことは、今後ありえないと個人的には見ている。
ラグジュアリーブランドへのむやみなアホみたいな崇拝も2008年以降鳴りを潜めてしまったから、日本も欧米と同じく分相応な消費をする成熟社会になったといえる。

さて、こういう流れを見ていると面白い。
今日のアパログで「小売りの輪」という理論が紹介されている。

http://www.apalog.com/kitamura/archive/706

 マルコム・P・マクネアによる「小売の輪」理論(1957年)は、グランドセオリーとして引用される機会は多くはないが、ときおり私の頭をかすめる重要なフレームワークだ。

 追随業者が次々に参入し、価格競争がより激しくなる。

 価格だけでは武器にならなくなり、価格以外の付加価値(品揃え、設備やサービス)を増した競争が展開される。時間とともに人件費増加、規模の拡大によって本部費などの経費が増加、結果的に薄利多売から高粗利路線へと転換せざるを得なくなる。

 革新的な小売業者が既存のマーケットにローコスト、ローマージンの価格競争で市場参入しシェアを奪う。(価格が上がってきたところで、別の新しい革新的小売業者が誕生し、価格競争で市場参入してシェアを奪う。)

 以上のサイクルが、どこを始点にするわけでもなく終点にするわけでもなく、延々と回り続けるというのが小売の輪だ。


とまとめられている。

「良い物を安く」という思想がダイエーをはじめとするGMSを生み、同じ思想のユニクロが衣料品分野で参入し、GMSのシェアを奪った。今後、ユニクロがワークマンやドン・キホーテの自社企画衣料品にシェアをいくらか蚕食される事態が起きるだろう。

さらにその後、そのころには当方は死んでいるかもしれないが、ワークマンやドン・キホーテも新規参入業者に侵食されているかもしれない。

百貨店ブランドや大手セレクトショップへのアンチテーゼとしてトウキョウベースやファクトリエがあると見ているが、これとていずれ、さらなる新規参入業者に侵食されるか駆逐されるかしてしまうだろう。

例えば、先ごろ、ニトリがアパレル業界への進出を発表した。
具体策は何も発表されておらず、時期的にもいつ頃になるのかもわからないが、これも実現すれば、小売りの輪の一つで、新規参入業者が価格競争を仕掛ける事例になるだろう。

そのとき、ユニクロやジーユーがどれだけ侵食されるのか、もしくは他の低価格ブランドが駆逐されてしまうのかはわからないが、消費者が年間に買い物できる総額は決まっているのだから、他社からシェアが幾分か奪われるのは当然といえる。

そう考えると、高価格を維持し続けているラグジュアリーブランドの努力というものは、好き嫌いは置いておいてすさまじいものがあるといえる。

ブランドビジネスの本質は

「1円の物を1万円で売る」

ことにあり、それが支持されるのは、雰囲気でありブランドの歴史であり、店舗内装の見事さであり、ショッパーのかっこよさであり、販売員の接客応対であり、修理体制の整備によってである。

決して原価率の高さではない。

小売りの輪の中で勝ち続けることも容易ではないし、ラグジュアリーブランドへと昇ることも容易ではない。そういう厳しい世界の中で、日々もがき苦しんでいるのが我々だということになる。



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鎌倉シャツのビジネスモデルが秀逸なポイントを考えてみた
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