南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

考察

「正しいファッション」と「正しいビジネス」はイコールではない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 「正しいファッション」と「正しいビジネス」はイコールではない
 ほかのこと(ワールドやら三陽商会のことやら)を書こうかと思っていたが、ちょっと予定を変更して、今日はこのブログをご紹介したい。

アウターからスーツの裾が出ているのを見て思うこと
http://www.apalog.com/fashion_soroban/archive/139

要するに、スーツの上に羽織ったコート(ブルゾンも含む)の丈が短くて、ジャケットの方が丈が長い人を良く見かけるという話である。

ひどい場合は、スーツの上にショート丈のブルゾンを羽織っているサラリーマンも少なくない。
かっこいいかかっこ悪いかというと、かっこ悪い。特にブルゾンはダサい。強烈にダサいと思う。

それについての佐藤正臣さんの考察を見てみよう。


通勤時に見かけるサラリーマンのコート・アウターからスーツの裾がはみ出ていることです。それもここ数年はかなりの確立でこれを見かけます。(ときに50%超えてるのではとも思えます。TVドラマでもよく見かける。)

gr6Cs4KinJU



しかしながら、ファッション好きの常識からすると、このありえないことも、私なりに違う視点で見てみると、このようなことを考えます。以下箇条書きすると。

・そもそも、そんなこと気にしない。
・通勤用・プライベート用のアウターを使いわけるほどお金がない。
・長いコートはおっさんくさい。ダサい。(昔の刑事スタイル)
・防寒できれば、なんでも良い。

他にも色々ありますが、こんな推測が成り立つのではないでしょうか?

とのことであり、非常に賛同できる。
一つ付け加えるとすると、ロング丈コートは日常生活において「不便」だという点である。
例えば自転車に乗りにくいし、電車で座席に座るときには尻の下に裾を敷くことになって、シワになりやすい。
階段を上る際には、上の段に裾が擦らないかどうかも気を付けないといけない。

ショート丈、ハーフ丈に比べてめんどくさいことが多い。

だからロングコートは敬遠されるのである。

また、お金のあるなしにかかわらず、通勤用とカジュアル用のコートを分けることに興味を持たない人も多い。
コートとはいささか異なるが、息子がまだ保育園に通っていた時分だから、もう15年ほど前である。

ほかの児童の保護者と顔を合わせることも多かったが、その中に、パジャマと会社の制服しか持っていないというお父さんもいた。
たしかに、朝8時とか9時に出勤して、9時ごろに帰宅してあとは寝るだけという生活を続けるなら、カジュアルウェアはほとんど必要ない。
効率的に過ごすなら、肌着とホームウェア代わりのパジャマ類(スエット上下を含む)、それと会社の制服があれば十分だ。通勤は制服を着ればよい。

週1回か2回の休日を過ごすための服をわざわざ買う必要もない。

良い悪いではなく、こう考えるサラリーマン男性がそれなりの人数で存在するのは事実である。
下手をするとそれがサイレントマジョリティではないかとも思う。

そこで佐藤さんは次のようなブランド側への解決策を提案する。

もしも、私がどこかの紳士服のMD・バイヤーなら、上記の推測を基にこんな手を打ちます。

・長いコートは大幅に商品数を減らす。なくす。
・アウター自体の構成比を減らす。スーツ専用のアウターは作らない。
・着丈はあまり気にしない(MA-1ほどの短丈は作らないが)
・単純にサイズは大きくしないが、パターン・アームホールの調整等でスーツの上に着られるようにする。
・女性の意見を聞きまくる。


とのことで、これにも賛同する。

要するにオンオフ兼用のコートを作るということである。
そしてロングコートの品ぞろえを減らすということである。

ビジネスという観点からするとこれはまことに正しい選択だといえる。

しかし、こういう考えに対しては、オシャレを自認する業界人wwwは反発するだろうと予想される。
そんな反発なんぞは何の意味もないから無視するだけだが。

彼らは「正しいオシャレが否定された」と思うのだろう。
別に誤解されたままでも何の痛痒もないが、否定はしていないということを明言しておく。

本来はロングコートがもっとも格調高いし、筆者個人もロングコートが好きである。
正しく着用すれば、かなり細身に高身長に見える。
かっこよく見えやすくなる。
おまけに尻も暖かい。

だからそういう着こなしがあるということは伝え続けるべきだと思うが、ビジネスという観点から見ると、そういう物を好む層は少数派でニッチである。
じゃあ、ロングコートはニッチ向けに作って採算を確保すれば良いことであり、その売上高は1億円とか5億円程度で満足するべきなのである。

オシャレを自認する業界人wwwwの思考が圧倒的に間違っているのは、ニッチ層しか好まない「正しいオシャレ」を大衆向けに売りたいと考えている点である。
ロングコートで言えば、大衆にとってメリットよりデメリットが大きいから大衆はロングコートを敬遠するのである。
それに対しての啓蒙活動は必要だろうが、要らない物は要らないのである。

だったら、マジョリティが必要と感じるような商材を作って提供するのが「正しいビジネスの姿勢」だろう。

もし、何十億円とか何百億円という売上高を作りたければ、マジョリティが必要と感じる商品を発売すべきであり、防寒アウターでいうなら、世のサラリーマンは圧倒的にオンオフ兼用のショート丈・ハーフ丈を求めている。

フランス革命前まで貴族と平民では服装が異なっていた。
大雑把にいうと貴族はキュロットと呼ばれる半ズボンをズボンの上から重ね穿きしていた。
平民はキュロットを穿かずにズボンのみで、サン・キュロット(半ズボンなし)と呼ばれていた。

フランス革命で貴族が没落し、フランスはあまねくサン・キュロットになったのだが、それを指して「サン・キュロットは文化として正しくない。おしゃれではない。キュロットを穿く文化を継承すべきだ」などと批判しても意味がない。今更その当時には戻れないし、物事・文化というのはそういう風にして変化をしていくものだからだ。

サイレントマジョリティがオンオフ兼用のショート丈コートを求めているなら、それを提供するのがビジネスである。

オシャレな業界人wwwwが「正しいファッション」と「正しいビジネス」を混同し続けているから、アパレル業界は混迷しており、不振を極めているのではないか。
己の好みであるロングコートを無理やりに押し付けてもそれは大衆からは支持されない。そういう商品は仲間内のニッチ向けに作って満足しておけば良いのである。












若者がファッション業界を志望しなくなるのは当たり前

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 若者がファッション業界を志望しなくなるのは当たり前
 「若者のファッションに関する知識が浅い」という類の老害の嘆きは百害あって一利なしではないかと思う。

老害感丸出しのこんな事例が繊研プラスのコラムに先日掲載されていた。

http://www.senken.co.jp/column/eye/assistant0125/

あるプレスルームがアシスタントのアルバイトを募集したところ、20人を超える応募があったという。人手不足のおり、うらやましいと思いきや、結局採用は見送ったそうだ。「どの子もそれっぽい格好はしてるけど、ベースとなるファッションの知識がなさ過ぎて」とのこと。

 面接での情報を総合すると、皆、服を買っているのはファストファッション。東京ブランドなどは、人気どころを一つ二つ知っていたらいい方で、海外ブランドは関心も無い。情報は、タレントなどのインスタグラムや、昨今物議を醸したまとめサイトなどから得ており、雑誌は読まない。なので「はやりものは分かるけど、感覚的で、すごく浅い。これから10年も経ったら、ブランドビジネスはどうなるのかと不安になった」と。

感想は一言「アホか」である。
繊研プラスがということではなく、このプレスルームがである。

何年もこのプレスルームでアルバイトをしていた若者に対して、こういうならまだしも、これからアルバイトをする人に対してどれほどの技能を要求しているのか?
ここまでの技能や知識を要求しているのだから、さぞかし良いギャラを払うのだろうと思う。

これで時給1000円以下とかだったら、笑えてくる。

いくつかのプレスルーム、プレス業者と付き合ってきた経験上から言えば、プレス業者の知識もあまり大したことがない場合が多い。

たしかにブランド名はよく知っている。それこそコレクション系と一部セレクト系で扱われているブランドに限られているが。
しかし、生地、売り場、流通のことはまるで知らない。
だから彼らが作ったプレスリリースはまったく要領を得ないポエムのようなものが多い。

あれを読んで理解できる人間は同じくポエトリーな人間に限られるだろう。

記事中のファッション雑誌とは何を指しているのかわからないが、ファッション雑誌の多くはかなり間違った知識で書かれている。

そもそもファッション雑誌の記事を書いている人は、織物と編み物の区別も出来ていない人もいる。(全員がそうだとは言わないが)

大まかにいえば、ジーンズやワイシャツ、チノパン、ネルシャツ、ダウンジャケットなどで使われている生地は「織物」である。
Tシャツ、ポロシャツ、セーター、トレーナー(スエットシャツ)などで使われている生地は「編み物」である。

にもかかわらず、「〇〇産地で織り上げたスエット生地」みたいな文章が掲載されていることも珍しくない。正しくは「編み上げた」と書くべきだろう。

その程度のファッション雑誌を読んで一体何の知識が身に付くと思っているのか。

その程度の物をありがたがるプレス業者がこれまで跳梁跋扈してきて、ファッションビジネスをこんな体たらくに追い込んでしまったのではないか。
プレス業者には感覚的ですごく浅い人も多い。そのコメントはまさしく自己紹介だとしか思えない。

こんな勘違いをした輩が幅を利かせていることも、ファッション業界に若い人が入ってこなくなった一因ではないのか。
「感覚的ですごく浅い」業怪人たちがカッコを付けられた時代は2005年ごろまでで終わっている。

不要になった事物や業界が衰退し、消滅するのは当たり前のことで、ファッション業界が衰退しているのは若者のせいではなく、その手の輩が大衆に支持されなくなったからだろう。
このプレスルームの言いぐさが当然だと業怪人連中が思っているのなら、早晩、旧来のファッション産業は消滅してしまうだろう。まあ、それは市場で不要になったということだからさっさと消滅すれば良いと思うが。

最近、つくづくと思うのだが、ファッション産業は先駆けて衰退したさまざまな他産業と同じような足跡をたどっていると思う。
ファッション業界は、頑迷固陋で性質の悪い伝統産業のようになりつつあると個人的に感じている




西友の崩壊―現場からの報告書
荻原 康昭
データハウス
2000-10





アパレル業界は丸投げ体質

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - アパレル業界は丸投げ体質
 以前、某所で勝手に消されたのと同じ内容をもう少し詳細に書いてみる。(笑)

繊維業界に携わるようになってからもう23年くらいになるが、何年間か繊維業界とはほとんど接触しない仕事をしていた時期がある。

レストランや飲食店を取材に行ったり、ギフト問屋や雑貨メーカー、雑貨店に取材に行ったり、そこに向けて営業をしたりという仕事をした。

扱う物が異なれば商習慣も当然異なる。
最初は面食らうことも多かったが、慣れてくると、それはそれでなんとか過ごせる。

異業種には異業種の良さがあった。

もちろん、担当者によって異なる場合が、あるので、一概に言うことはできないが、繊維・アパレル業界よりも割合にキッチリとした要望を突き付けてくることが多かった印象がある。
で、こちらが製作した物に対して、先方が修正を要望することも当然にあった。
その場合、先方の意向通りに修正するとそれでOKとなる場合がほとんどだった。


翻って、繊維・アパレル業界は、先方の要望が非常にあいまいで具体的でない場合が多い。
おそらく、どんな要望をしたら良いのかという確固たるイメージが先方にもないのだろう。

そして「とりあえずかっこよく仕上げて」とか「かわいく作ってください」とかそんな雲をつかむような要望を押し付けてくる。
呆れ果てるほかないのだが、かっこよくといったっていろんなかっこよさがある。
ガンダムも仮面ライダーもウルトラマンもエヴァンゲリオンもそれぞれにかっこいい。

だからといって全部を作るわけにもいかない。
だから普通であれば、「ガンダムっぽく仕上げてください」というような要望を言うべきなのである。

で、そんな曖昧模糊とした要望を出すから、何度も修正が必要になる。
まったく不毛で無駄な時間と労力を費やすわけであり、先方は何にも考えてないから脳みそが楽チンで良いだろうと思うが、それでも何度も修正のやり取りをするわけだから、この脳みそ楽チンマンだって結構な時間と労力を実は割いていることになる。本人は気が付いていないようだが。

製品のサンプルにしろ、ウェブのデザインにしろカタログ製作にしろ、とにかくそんな曖昧模糊とした発注が多い。

アパレルが効率化できないのはこういう体質に因る部分もあるのかもしれない。

同じ感想を持っている人が実はけっこう存在する。
そういう人たちはアパレルに限らず様々な業種の企業とやり取りをしているが、彼らが口をそろえるのは「アパレル業界の企業(まれに個人も)からの要望がもっともフワっとしていて明確でないからやりにくい」という部分である。

あるデザイン会社の社長は、「アパレル業界は今までよほど下請けベンダーが優秀だったのではないか」と半ば感心しながら皮肉を言うことがある。

他業種ならあんなにフワっとした要望で商品にしろ、ウェブサイトにしろ、カタログにしろ、まともなものは出来上がらないからだ。
フワっとした要望をムードで修正させる。
だから異様に時間がかかって展示会ギリギリに仕上がる。

そんな自転車操業の繰り返しでアパレルはやりくりしているところが多い。

だから筆者は、長くアパレル業界の悪癖に染まり切ったような人間や組織が業界を改善改革できるとはまったく思っていない。

異業種からの参入者のほうがまだ可能性が高いのではないかと思っている。

フワッとした要望を出して、それを下請けベンダーに察せさせるという、「察してちゃん」な体質のままでは、クラッシュするアパレル企業が今後も続出するだろう。
そろそろアパレル業界に属する人間は、「察してちゃん」をやめて、要望の明確化を真剣に考える必要があるのではないか。
そんなくだらない連想ゲームに時間を費やせるほどの余裕はないはずである。









量産既製服は「作品」などではなくすべて「商品」である

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 量産既製服は「作品」などではなくすべて「商品」である
 アパレル・ファッション業界にはアートへの劣等感をこじらせたのか、やたらと「作品」と呼びたがるアートスト気取りの人がいて、苦笑・失笑・冷笑を禁じ得ない。

量産既製服は工業製品であり、すべからく「商品」である。

何をもって「作品」、「商品」と区別するのかは個人によって定義が異なるだろうが、すくなくとも量産工業品は「作品」ではないという部分は多くの人が共通している認識だろう。

洋服において「作品」たりえるのは、オートクチュールか、もしくは個人で独創的なオーダーを受けた場合くらいだと考えるのが正常な思考だろう。

こんな書き込みが流れてきて唖然としたことがあるのだが、

ブランドが卸売りをすれば「商品」だが、直営店で販売すれば「作品」だ

と。

え?何を言っているのかまるでわからない。
この論法で行くなら、ルイ・ヴィトンが心斎橋の交差点にある直営店で販売しているのは「作品」ということになる。
そのとなりのディーゼルの直営店も「作品」になるし、横断歩道を渡った対面にあるシャネルも「作品」を販売していることになる。

さらにいうなら、自社企画商品を直営店のみで販売しているユニクロとジーユーも作品になるし、H&MもZARAもGAPも作品になる。

どうしてそういう思考になるのか理解ができない。

アパレル・ファッション業界には芸術やらクリエイティブやらに劣等感を抱いている人がかなりいて、そういう人たちの多くが「作品」を作りたがる。

まあ、趣味でならいくらでも「作品」とやらを作ってもらって結構なのだが、仕事として「作品」作りに心血を注がれると困る。
アパレルビジネスは売れてナンボ、儲けてナンボだから、売れない・儲けられない「作品」は不要で、売れて儲かる「商品」が必要なのである。

もちろん、全ブランドがユニクロのように国内売上高8000億円を実現する必要はない。

例えば、社員10人が世間平均以上の給料を安定的にもらえる売上高が5億円なら、それを維持することが目的でもかまわない。

「売上高より利益」とは言われるが、売上高が100万円もなければいくら無駄を省いたところで手元に残る利益なんて雀の涙ほどになる。

売上高が100万円なのに利益は1000万円なんてことは絶対に実現不可能である。

だから最低限の売上高が確保できるような「売れる商品」作りが必要不可欠となる。

デザインには客観性、機能性の実現が求められるが、アートは主観のみで製作できる。
自分の主観丸出しで製作したければアートを目指すべきなのであり、その代わりにアートは売れないと覚悟を決めなくてはならない。
なぜなら、主観丸出しで機能性も考慮されていないような物体を欲しがる人間なんてそんなに存在しない。
売れる可能性は極めて低いということだ。

世のデザイナー、パタンナー、それを目指す専門学校生は履き違えていないか?

長年、5店舗ほどにしか卸売りをしていなくて、どうやって生計を立てているのかよく分からないブランドも業界には存在する。
しかしそういうブランドの多くは親や配偶者が資産家で、そこから資金が常時流入してくるから、そういう採算度外視の洋服を長年製作し続けられるのである。
これは「作品」「アート」に近いといえる。(全然、その「作品」は欲しくないけど)

親や配偶者が資産家でなければ、そういうことを許してくれる資産家をパトロン、パトロネージとして探さなくてはならない。

「作品」が作りたい人はぜひそういう努力をしてもらいたい。

ただ、長年「作品」作りをしてきたブランド主宰者が、ビジネスを語りだしたのなら、その主宰者は自分の置かれた立場をまるで理解していないということになる。
単なる金持ちの趣味の道楽だったということである。

「作品」を作ろうが「商品」を作ろうがそれは個人の自由だが、自分の置かれた立場を理解せずに、量産品従事者が「作品」を志向してみたり、「作品」を作ってきた人がビジネスを語ったりするのは滑稽だし、世間のミスリードを引き起こしてしまう。

このあたりがごちゃ混ぜになっていることもアパレル・ファッション業界の混迷が続く一因になっているのではないだろうか。





所謂「ファッション」は「趣味の逸品」化しているように見える

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 所謂「ファッション」は「趣味の逸品」化しているように見える
 どんな事物でもその道の好事家や数寄者は金に糸目を付けない。
外野から見ればガラクタも同然の品物に驚くほど高額な価格を付けて取引をしている。
骨董品しかり茶道具しかり古切手しかりガンプラしかり超合金魂しかりである。

衣料品もそういう好事家や数寄者のための「趣味の逸品」になっていると感じる。
筆者は好事家でも数寄者でもないから、そういう逸品に興味はないが、それに興味を持つことは趣味としてはアリだ。
「ガンプラは自由だ」というのと同様に趣味は自由だ。

しかし、そういう「趣味の逸品」がマス層に普及するという考え方は無理があるということを、業界の大多数を占める好事家や数寄者は自覚するべきだろう。

「カスタマーバリュー」が理解できないファッション業界
http://topseller.style/archives/1899

この記事にこんな一節がある。

僕が教えている学生さんに聞いた事があるんですが、

「Tシャツ1万円は高いか?」

という質問をぶつけた際、多くの回答は、「普通です。」でした。

これって実は一般的には相当なずれがあります。SCブランドやファストファッションではTシャツは1000~2000円程度で買えます。僕の友人(30代、会社でもそれなりのポジションで年収もミドルクラスの人間)でもTシャツは「高くて5000円」という感覚。それが二十歳くらいで、しかも学生で1万円を平気で出すのですから相当なズレがあると見ていいでしょう。

生地や製法、縫製、染色加工によって一概に言うことはできないが、筆者の相場感覚からいうと、1万円のTシャツは高い。いくら高品質でも、甲斐性無しの貧乏人である筆者は買わない。

筆者の価格相場でいうと、Tシャツは高くても税込みで4000円未満である。
税込みで4000円を越えるTシャツは買うことをかなり考える。もちろん買えなくはないが、相当に悩む。

しかし、ファッションの好事家である専門学校生からするとTシャツの1万円は許容範囲であり、市場との価格観がまったく異なる。

そしてそういう好事家たちがアパレルやショップに就職するのだから、アパレルやショップが市場と乖離した感覚になるのも当然の結果だといえる。

低価格SPAといわれる各ブランドが打ち出している商品というのは、庶民の衣服に関する相場感を映し出している一面があると思う。
そういう人々に対して、「高額なモノはこういう背景がある」とか「こういうサービスの対価として高額な衣服がある」という啓蒙活動を行うことは必要だと思うが、「本物がわからない大衆はダメ」とか「消費者の感性が退化した」とか負け惜しみとしか思えないような逆切れを起こすことは、百害あって一利なしである。

大衆はそういうギャクギレーゼを見て、「うわ、ファッション業界はめんどくさいオッサン・オバハンがたむろしている」と感じて、ますます敬遠する。筆者だってそんなめんどくさい人たちとはかかわり合いたくない。

逆にファッションの好事家たちにこれを見てもらいたい。

バンダイから発売されているパーフェクトグレード「60分の1ユニコーンガンダム」である。

156_1223_s_1c6g96az7j4damxfi3yaptov29gm



http://bandai-hobby.net/item/1223/

通常のプラモデルよりもかなり大きい60分の1サイズの精巧なユニコーンガンダムのプラモデルである。
完成品を家電量販店で見たことがあるが、60センチくらいはあっただろうか。かなりの大きさだ。

ユニコーンモードからデストロイモードへ完全変形する。

153_1223_s_mo3xkv9cok0pxto03cgm96hjn8xv

(ユニコーンモード)

155_1223_s_o3h9mrauj87xqv7u4la9li2u9xo2

(デストロイモード)

価格は税込みで21600円だが、Amazonだとだいたい16000~17000円くらいに値引きされて売られている。

この値段を高いと思うか安いと思うか。
筆者はこれは安い、もしくは妥当な値段だと思う。

大きさもさることながら、フレームからの精巧な作りに加えて、完全変形が可能なのである。
バンダイの技術はすごいなあと感嘆せずにはいられない。

だから21600円でも妥当だと思うし、これがAmazonで12000円くらいに下がったとしたら、即座に買うだろう。

そこら辺のブランドのわけのわからんボタンダウンシャツの2万円は買う気もないが、パーフェクトグレードユニコーンガンダムなら2万円なら納得できる。

ファッションの好事家の中にはこの感覚が理解できない方もおられるだろう。
それは当然である。

しかし、高額なファッションアイテムも実は一般大衆からそういう風に見られていて、理解されていないのである。

筆者のような人間とは逆で、パーフェクトグレードユニコーンガンダムに2万円は支払えないが、わけのわからんブランドのボタンダウンシャツなら2万円は惜しくないというファッション好きもおられるだろう。
だが、残念ながら興味のない第三者から見ればユニコーンガンダムの価値もボタンダウンシャツの価値も理解できない。

そして、所謂「ファッション」は一般大衆にとってはパーフェクトグレードユニコーンガンダムと同等の存在である。

先日、こんな記事が掲載された。

"オシャレな子が撮れなくなった" スナップ誌「FRUiTS」が月刊発行を終了した理由
http://www.fashionsnap.com/news/2017-02-03/fruits-stop/


IMG_2401




経営とか資金の問題ではなく、所謂「オシャレな」子が少なくなって誌面を埋められなくなったので発行回数を減らすということだ。

この記事に掲載されている女の子の画像だが、個人的にはどこが「オシャレ」なのかさっぱりわからない。
同じテイストの服装をしようとは思わないし、若いころからこういう服装をしたいとも思わなかった。

しかし、これを「オシャレ」だと思う人々が存在するのはそれはそれで良いと思う。それこそ個人の自由である。筆者にはその感覚が理解できないしする気もないが。

結局、業界人のいう「オシャレ」というのはこの画像の女の子のような服装を指し、一般大衆の感覚とは大きく乖離しているのではないかと感じられる。良い悪いではなく。

こういう「オシャレ」を追求したいブランド、アパレル企業、ショップは好事家・数寄者を相手にするようなニッチな市場だということを自覚すべきではないか。
自覚すれば、ニッチ市場で生き残るための的確な判断ができる。

この手の「オシャレ」をマス化できると考えているから、経営判断を誤って結果的に倒産に追い込まれるのではないか。その考えの前提が間違っているのではないか。

そんなわけで、金持ちになったら定価でパーフェクトグレードユニコーンガンダムを買いたいと思う。









PR
PR

PR






記事検索
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード