南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

考察

イベントに参加し続けるほうが難しい

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 メディア的には「イベント初参加」というのはニュースバリューがある。
とくにそこそこに知名度の高いブランドや企業がイベントに初参加することはメディアとしては「報道する意味がある」と考える。

逆にイベント自体にも参加者にも知名度がなくてもメディアはそれを報道する価値があると考える場合が多い。

ニュースの価値の一つに「常とは異なる状態にあることを伝える」というものがあり、それに照らし合わせると「初参加」「初開催」「初出店」というのは「常」とは異なるから報道する価値がある。
一方、2回目・3回目になると、よほどの知名度がないとメディアは報道する価値を見出さない。

これがメディアの考える現実である。

逆に運営側・出展側からすると「続けられている」ということの方が、「初」よりも重要だと考えることが多い。
なぜなら、初参加・初開催というのは、勢いとタイミングでやってしまえる要素が多いが、数回以上続けようと思うとそれこそ資金繰りやら人員の確保やらが必要となるため、より緻密な組み立てが求められる。

「初」よりも長く続けることの方が難易度が高い部分が多い。

さて、先日で東京コレクションが終了した。
ファッション感度の鈍い筆者にとってはまったくの興味の対象外イベントである。

そんな中、アダストリアの「HARE(ハレ)」がコレクションに初参加したらしい。
そこそこ知名度が高い大手企業ブランドの「初」参加というのはメディア的には報道価値があるから、それなりによく報道された。

しかし、個人的には「初参加したよ」という以外にはほとんど知るべき要素はないと考えている。
断っておくが別にアダストリアが嫌いなわけでもHAREが嫌いなわけでもない。
これがアダストリアでなくハニーズでもライトオンでもユニクロでも無印良品でも同じように考える。
「初参加したよ」ということ以外に知るべき要素はほとんどない。

なぜなら、東京コレクションで大手企業ブランドがショーを開催するのは珍しいことではないからだ。

あまり昔のことをほじくり返しても意味がないから、近年のことを振り返ってみよう。

ワールドのタケオキクチは何度も東京コレクションに参加している。
また、2013年春夏コレクションにはウィゴーのwcが初参加している。

その他、センソユニコ(現、松尾インターナショナル)のブランドが参加したこともあるし、探せばまだまだ出てくるだろう。

大手アパレル企業ブランド、大手SPA企業ブランドの東京コレクション参加は決して珍しいことではない。

メディアではない外野のオッサンからすると、「初参加」よりも今後定期的に参加を続ける方がハードルは高いと思う。

コレクションショーに限らず、合同展示会でもなんでも初参加でそれなりの成果をあげることはかなり難しい。
ここでいう「成果」とはビジネスの拡大、売上高の拡大である。

大手総合展示会の社員を3年間経験したこともあるが、初出展でいきなり予想を越える受注額を獲得できた企業やブランドというのは数えるほどしかない。
統計を取ったことはないが、体感的にはそれは1割くらいだろうか。
残り9割はよくて費用対効果トントン、出展費用の方が高くついたということも珍しくない。

逆に何度か出展をし続けて成果が出てきたという企業やブランドは多い。

海外の素材展示会でも同じで、昨今は助成金やら補助金で3年間だけフランスやイタリアや中国に出展する産地企業が多い。
そういう産地企業の多くは助成金の終了とともに海外出展も終了する。
効果はあんまりなかったと話す産地企業は多い。

一方、国内2位のデニム生地メーカー、クロキは欧州の高級ブランドのほとんどと取り引きがあるが、海外展示会に出展し続けている。正確には10年近くは続けて出展している。
取り引きが成功した理由はさまざまあるだろうが、継続し続けるところが多くの産地企業とは一線を画している。

初参加、初開催だけでやめてしまったほとんどの場合は、それ以降何の効果もない。
1000万円の費用をかけて海外で特大花火的イベントを仕掛けた団体もあったが、現在ではすっかりその事例は忘れ去られている。
もっといえば、300万円のイベントを3年続ける方が効果的だっただろう。

初参加だけで終わるなら、それは単なる「思い出作り」に過ぎない。
wcの東京コレクションなんかはその「思い出作り」の好例といえる。

そういう意味から考えると、せっかくなのでHAREには今後も出展を続けてもらいたい。

ただし、10年以上も出展を続けて「成果」が伴わないなら、それはそれで問題だといえる。
東京コレクション参加ブランドの中には10年以上続けているのにほとんど「成果」のないブランドもある。

それは、作っている物、営業活動のやり方、販促広報活動のやり方のどれか、もしくはそのすべてが間違っているからだといえる。
そういう場合は軌道修正が必要になる。
いわゆる、Plan(計画)→ Do(実行) → Check(評価)→ Act(改善)のPDCAサイクルが必要だということである。

それができなければ、市場から退場を迫られるのは、デザイナーズブランドだろうが大企業ブランドだろうが関係ない。

東京コレクション
東京事変
EMI Records Japan
2012-02-15






おとぎ話的な欧州工場礼賛では日本の製造加工場は生き残れない

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 衣料品、服飾雑貨品などを便宜的に今回は「ファッション用品」とまとめさせていただく。

「ファッション用品」の国産品をめぐる議論はそれなりに目に付くようになってきたが、多くの場合は微妙なものに終始している。
議論の方向性はいくつかに集約できるが、

1、国産品を手掛ける企業のポジショントーク
2、極度のセンチメンタリズムから来る盲目的国産品擁護
3、グローバル的見地からの国際分業論
4、数少ない自立化成功者からの体験談

ざっとこんな感じの分け方ができるのではないかと思う。
個人的にもっとも価値が高いのが4だが、個々の成功事例は特殊要素を多く含み過ぎていて、広く取り入れられるものではない。
その中のエッセンスを如何に的確にとらえて、自社・自ブランドに適合できるようにアレンジメントするかがカギになるが、その作業を上手くできる人、企業、ブランドは数少ない。

2と3はカードの裏表で聞くべき部分もあるが、全面的に採択はできない。
個人的な意見でいうと2を採用することはかなり危険だと感じる。

1についてだが、これは3分の1から半分くらいは聞くべき提言がある。
問題は、個々の企業やブランドによるポジショントークなので妄信するのは危険だという点である。

日本に「超一流アパレルブランド」がない理由
コスト削減の果てに「日本製の服」は僅か3%
http://toyokeizai.net/articles/-/164345

この記事には聞くべき提言も多いが、ポジショントークの代表ともいえる。

是々非々で内容を見てみよう。

まず、個人的に「是」とする部分を抜粋する。

〇コスト削減が図られる中、メイド・イン・ジャパンを支えてきたのは外国人研修生です。衣服・繊維製品の製造に従事する研修生は1万2000人(公益財団法人国際研修協力機構「外国人研修・技能実習事業実施状況報告 2010 年」)。この背景には、賃金の低い縫製業は国内で人材が集まりにくく、 リソースを研修生に頼らざるをえないという事情があります。

しかも、せっかく技術を覚えてもらっても研修生は3年程度で本国に帰ってしまうため、その度に新しい研修生を招いて育成を行うというループに陥っているのが現状。「技術を後世に継承する」という理想とは乖離しています。

〇では、メイド・イン・ジャパンが復活するためには何が必要でしょうか。私は、以下の3要素が重要だと考えています。

・マーケットを意識する:
日本製の商品は、クオリティへの定評はあるものの、デザインに改良の余地があります。技術は保持していますが、 消費者のニーズに合致した商品をブランドとして提供するという意識はまだ根付いていません。イタリアやフランスの工場は、流行やマーケットを念頭に置いてものづくりを行っています。その意識が日本の工場にも根付けば、技術をより効果的にアウトプットできるでしょう。

・主体性を持つ:
長らく下請けとして機能してきたため、メーカーから提示される工賃や仕様書、生地などに従うという受け身の姿勢がしみ付いています。ブランドとして自立するためには、この体質からの脱却が不可欠。培ってきた縫製やパターンの技術を生かして「こんな商品はどうですか?」といった能動的な提案を行っていくことが大切です。

この部分であり、3要素の3つ目は是認できない。

では「非」とする部分を抜粋してみる。

その1

 「本物のブランドはものづくりからしか生まれない。エルメスも、ルイ・ヴィトンも、グッチも工房から生まれた。君が今挙げたブランドは、日本製なのか?」

その2

 ・非効率なものづくりへの投資:
中国やベトナム、ミャンマーでは、大きな資本を持つ企業が最先端のミシンを導入し、大量の洋服が効率的に生産されています。人件費の高い日本が差別化を図るために必要なのは、旧式力織機や時間のかかる染め技術などを使って、あえて非効率な路線を突き進むこと。たとえば、岡山の旧式力織機で作られるデニム生地がシャネルやルイ・ヴィトンなどの商品にも使われているように、他の工場も非効率なものづくりに投資して独自の付加価値を高めていくべきです。

の2点である。

その1についてだが、イタリアブランドも生産問題に揺れている。「イタリアブランドはすべてイタリアで作られている」なんていう牧歌的な状況ではない。
世界に詳しいこの記事の筆者ならご存知だと思うのだが。

今のイタリアブランドは、中国製・東欧製・アフリカ製などがある。
インド製やトルコ製もある。またイタリアの工場は低賃金の外国人労働者で成り立っている。
少し前の記事だがこういう報道がある。

【グッチ】Made in Italy、崩壊 イタリアブランドの実態
http://buono-italia.com/madeinitaly/

イタリアの代表的ブランドGucciが、外国人労働者を酷使して収益をあげている、ということが、2014年2月の告発によって判明しました。


FURLA|フルラの生産国について|Made in Italy ??
http://pineboy.com/column-13-jun-2016-furla

人気・売上ともに絶好調なブランドの「フルラ」ですが、商品の生産国はイタリア製の他に中国やルーマニア、チュニジアなどがあります。


また、イタリアでは産地そのものが中国人に乗っ取られているという報道も相次いでいる。
代表的なところを紹介すると、少し前の記事だが、

欧州に「丸ごと中国」工場 資本も、従業員も、原料も
http://www.asahi.com/business/intro/TKY201203040488.html

プラートにある中国人経営の衣服工場は約3千。人口19万人のうち中国人は不法移民を含め4万人以上とされ、人口比では欧州最大のチャイナタウンだ。


とある。実質的にプラートのマジョリティは不法移民を含む中国人だということになり、イタリア工場とはいえ、メイドバイチャイニーズが実態であり、我が国の外国人実習生によるメイドバイ外国人という状況と何も変わらない。

この手の各種報道をまとめているのがこのまとめニュースである。

GUCCI, PRADA(笑) イタリア製のブランド品を作っているのは、イタリアに不法滞在の 中国人
https://matome.naver.jp/odai/2146253926029760101


また、これ以外にフランスブランドでも似たようなことがある。
中国工場に出張した際に、「maid in france」と刻印されたパーツが山のように積まれているのを見たことがあるという人も多い。

イタリア製もフランス製も組み立てを中国や外国で行い、最後の加工だけをイタリア、フランスで行えば認可されるというシステムになっている。
このため、中国をはじめとする外国で組み立てが行われているブランドも数多くあるのは業界では公然の秘密となっている。まさか、世界に詳しいあの記事の筆者が知らないとは思えない。

・コストの安い海外生産
・外国人労働者(実習生)に支えられた国内生産

この2点については、日本も欧州もそう大差がないということである。

それを打破するための処方箋として記事では、非効率な物作りへの投資を挙げているが、すでに日本の工場の機械設備は中国をはじめとするアジア諸国に比べて旧式化しており、わざわざ今から投資する必要もなく非効率である。逆に製造加工場の多くは将来不安から設備投資できる状況になく、旧式機械をそのまま使い続けている。

そういう意味ではすでに非効率な物作りは投資するまでもなく、多くで実施されているといえる。

日本の製造加工場の中にはたっぷりと資産を持っているところもあり、そういうところはあくせくと働く必要もない。いろいろなしがらみや制約があるから事業を続けているだけで何かきっかけがあれば廃業したいと考えている。すべての製造加工場が貧困なわけではない。

もちろん資金繰りに窮している製造加工場もある。
この部分での格差が大きいため製造加工場間での足並みもそろいにくい。

日本製を残したい、製造加工場として存続したい、と強く願う工場や業者は存在する。
そういう工場や業者は真の意味で自立化する必要がある。

自立化というと、自社オリジナル製品を開発することだと考える人が多いが、自ら製造加工の仕事を取りに行くということがはじめの一歩である。
過去の製造加工場は、待っていてもブランドから仕事が舞い込んだ。中にはガッチリと特定のブランドの生産ラインに組み込まれることもあった。

そのため、製造加工場にはいまだに待ちの姿勢のところも少なくない。

これを能動的に受注を獲得しに動くということが自立化だと考える。

ファクトリエでもなんでもそうだが、特定の企業やブランドが作ったシステムに乗っかることだけを考えているのでは、過去の受動的なアパレルブランドとの取り組みと何ら変わらない。
それはまた新しい先の下請けに甘んじるということである。

フランスやイタリアは自国で生産しており、日本の業者はさらに非効率的なモノづくりに特化すべき、というようなおとぎ話的な立ち位置で議論をしても国内の製造加工場は復活も存続もできないだろう。

現実を踏まえてその上でどう対処するか、それでも製造加工場を続けたいのか、その意思が求められる。最早、すべての製造加工場が救われることは不可能なので、意思のある工場だけがどのようにして生き残るかを考えるべきだろう。




商業施設・ブランド店単体ではエリアは変えられない

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 大阪・京橋の京阪モールが14年ぶりに改装オープンしたらしい。
らしいというのは、報道で読んだだけなので、伝聞系にしている。

京橋という地名は東京にもあるが、大阪の京橋は、JR大阪環状線と京阪電鉄のターミナル駅の一つで、大阪においては乗降客数はそれなりに多い。

しかし、買い物をするエリアかといわれると、極めて疑問である。
京阪モールは長らく京橋に存続し続けてきた商業施設であり、関西圏ならそれなりに知名度はあるが、愛用しているという人はあまり出くわしたことがない。

個人的には京橋には年に何度か出向くことがあるが、京阪モールに立ち寄ったことはもう10年近くない。

京橋は乗り換えて通過するか、駅周辺の猥雑な安い居酒屋に行くか、のどちらかしか利用しない。
おそらくは多くの人が同じ利用の仕方なのではないかと思う。

大阪・京橋をおしゃれな街に 「京阪モール」14年ぶりの改装の狙いは?
http://www.fashionsnap.com/news/2017-03-19/keihan-mall-renewal/

今回の改装についてはこの記事が詳しい。

昨今の衣料品不振を反映したような店舗ラインナップといえる。
衣料品販売店を減らして、飲食店を増やしている。

たしかに、衣料品販売店は国内に溢れかえっており、そんなにたくさんの服を買う人がどこにいるのかと思ってしまう。
飲食店も溢れかえっているが、利用頻度は洋服店に比べれば格段に高い。

たいしてコーヒーや紅茶が飲みたいわけではないが、ばったり知人に出くわして時間があるなら、「久しぶりにお茶でもどう?」という行動は多くの人がとる。

「おお、久しぶり。そこの店で洋服でも見ながら近況を語り合わない?」なんて人は絶対にいない。

だから単純に利用頻度だけを比べると衣料品店よりも飲食店の方が圧倒的に高くなる。

商業施設はずっと同じだと飽きられるから、14年も経過すれば改装して入居テナントを入れ替えるのは正しいやり方でもある。

洋服不振もあって、今後の商業施設は飲食やサロンが主流になって洋服販売店は減る一方になるだろう。

ところで、この記事が提唱している「京橋をおしゃれな街に」することは可能かどうかを考えてみたいが、個人的には無理だと思う。

大阪地区では、南船場や堀江がファッション地域に変貌したことが挙げられるが、90年代後半の南船場・堀江と、現在の京橋では周辺環境がまったく違う。

90年代後半の南船場は単なるオフィス街で、今も昔もそれほど建物が密集しているわけではなかった。
堀江は家具屋、仏具屋などが集積していた場所で、90年代後半には衰退して、開店休業状態の店が多く、店主は売るか貸すかのどちらかを願っていた。

両地域ともに街の構成員を入れ替えることはそれほど難しくなかったし、あらたな施設を建設する土地も確保することは比較的容易だった。

今の京橋はどうか。

駅周辺はびっしりと建物や商店街で取り囲まれており、新たな施設を建てる余地はほとんどない。
また駅周辺の安い居酒屋にはそれなりに利用客があり、かつての堀江の家具店・仏具店のような閑散とした状況ではないから、すぐさま店を売ったり貸したりしたい地主が多いとも思えない。

京阪モールが改装したり、ダイエーが改装したり、と個々の店舗が改装リニューアルするのが最大限の努力だといえる。

また、当時の南船場・堀江は、地元の組合や不動産業者が一体となって積極的にファッション店を誘致することで、新たな街作りを模索したが、現在の京橋にそういう気運があるのかどうか。
外野から見聞きしている範囲では、当時の南船場や堀江ほどの街作りへの気運は高まっていないと感じる。

エリアが変貌するには、商業施設やブランドショップ単体では如何ともしがたいのが実態で、地元の組合や不動産業者が一体となって街作りをデザインしなくてはならない。

それらの一体感が見られない京橋が今後、おしゃれなエリアに変貌することはちょっと考えにくく、10年後も20年後も京橋は今のままの京橋であり続けるのではないかと思う。




現実を教えないファッション専門学校に存在意義はあるのか

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 そういえば、昨日、非常勤で時々講義をしに通っているファッション専門学校の卒業式があり、画像が流れてきた。

授業ではいつもお金の流れのことばかりを話していて、学生にとってはあまり面白くないだろうなあと思うのだが、一番重要なことなのでそれを変えるつもりはない。

そんな中、18年来のお付き合いのあるデザイナー氏とお会いしたのだが、以前は母校で特別講義をしたことがあるのだが、もう何年も前に行くのを辞めてしまったという。

その理由について、尋ねると、

「資金の回し方やお金の借り方、原価と利益の計算、手元に残ったお金はすべて収入にはならず、そこから次回の製造費を捻出しなくてはならないこと、なんかを話すとエライ先生からダメ出しをされたから」だという。

そのエライ先生いわくは

「学生がもっと夢を持てるような内容を話してほしい」

とのことで、

「実情を教えずに、何が専門学校なのか」と疑問を感じて特別講義に出向くことを辞めてしまった。


学生に対して、夢や希望を与えることは重要だろうが、夢や希望だけでは社会に出て生きてはいけない。
企業人としてサラリーマンを続けるならまだしも、もし仮に独立するのであれば、それこそ資金繰りのことは予備知識を持っておく必要がある。

独立して売上高が1億円のブランドだったとして、そのすべてが自分の収入になるわけではない。
そこから家賃、人件費、光熱水道代、製造原価などが差し引かれる。
それで手元に残るのは、半分以下になってしまうだろう。

手元に残ったお金がすべて自分の収入かというと、それもまた違っていて、その中から次シーズンの商品を製作するために出ていくお金がかなりある。

実際のところ、手元に残るのはごくわずかというのが、現状である。


中には、こんなわずかのお金で派手な生活をしているように見える著名ブランドもあるが、それは親や親族、配偶者などからの資金が流れ込んでいるから可能なのであって、自腹ではとっくに破産している。


自分でも、授業ではそういう話をできるだけしているが、学生たちは「普通に生活するには予想以上のお金が必要になることがわかって驚いた」と反応する。


しかし、それが現実だし、住む国を変えたところで内情は対して変わらない。
国によって多少の社会制度が変わるくらいだ。
中には「物々交換の時代に戻って」なんていう荒唐無稽なことを口走るイシキタカイ系の人もいるが、まあ、そんな生活がしたければどこか辺境の国で勝手にどうぞ、である。


それにしても、自分を振り返っても「お金の流れ」については大学を卒業するまであまり詳細には知らされていなかった。
ファッション専門学校に限らず、一般の高校や大学でもそういう話はしておくべきではないかなあと、今にして思う。

もしそうなら、自分ももう少し、若いうちから経済観念の発達した人間に育つことができたのではないかと、後悔することしきりである。







クルーグマン ミクロ経済学 第2版
ポール・クルーグマン
東洋経済新報社
2017-03-17




百貨店がニトリに助けられる時代

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 家具インテリアにはほとんど興味がなく、必要に迫られて国道沿いのニトリや家電量販店の家具売り場を物色して必要最小限の商品を買うくらいだ。

だから、大型家具はもう10年以上何も買っていないし、今後もよほど不具合が出ないと買い替える予定もない。
捨てるのにもお金が必要だし。

今、新しく買いたいのは扇風機で、15年くらい使ってきた扇風機がついに昨年夏に動かなくなってしまった。
別にダイソンの羽のない扇風機なんて欲しくなくて、オーソドックスな5000円くらいまでの扇風機が欲しい。
それをまた15年くらい使うつもりだ。(家具ではなく家電だが)

まあ、そんな人間なのでニトリやイケアが人気がある理由がわからない。
売れる理由はわかるのだが、そんなに年に何度も家具店で買い物をする人が多数いる理由がわからない。

家具店でそんなに年に何度も買う物があることが信じられない。

しかし、そんな「家具音痴」の人間を後目に、ニトリの勢いはすごいと思う。(自分はほとんど利用しないけど)

ニトリ/タカシマヤタイムズスクエア出店で、商業施設の客数が増加
https://ryutsuu.biz/strategy/j031426.html

ニトリホールディングスの似鳥昭雄会長は3月14日、昨年12月に新宿の「タカシマヤタイムズスクエア」南館に出店した「ニトリ新宿タカシマヤタイムズスクエア店」の客数が平日で1万5000人、土日は2万5000人~3万人が来店し、想定を大きく上回っていると発表した。

ニトリのオープン当初は、タカシマヤタイムズスクエア全体の客数が前年同期比で15%増となり、現在でも約12%増の客数で推移しているという。
タカシマヤタイムズスクエアのレストラン街も盛況となり、客数増による相乗効果があったと評価している。



とのことで、ニトリに百貨店が助けられる時代が来るとは、10年前に誰が想像しただろうか。
百貨店マンはこの事実を直視すべきで、少しばかりの新規事業を立ち上げた経営者を「労働強化」を理由に引きずり降ろしている余裕など百貨店という斜陽産業には本来ない。

似鳥会長は、「現在、百貨店から出店してほしいという要望が多数出ているが同じ場所には、出店できないので、交渉をすすめている最中だ」と語る。

という一文があるが、今後、都心百貨店の多くにニトリが出店することになると考えられる。

新宿高島屋タイムズスクエアにはユニクロも入っており、もう百貨店が従来型の品ぞろえやブランドラインナップだけでは集客できなくなっていることは、大丸梅田へのユニクロの出店を見てもわかる通り、公然の事実といえる。

また、百貨店が「小売りの王様」ではなくなって久しいが、ついにドラッグストアにまで売り上げ規模を抜かれてしまった。

ドラッグ店市場規模 百貨店超え 6.4兆円、16年度5.9%増
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ15I8C_V10C17A3TI1000/


百貨店売上高が6兆円を下回る状況の一方で、ドラッグストアは6兆4千億円となり、売り上げ規模だけでいえば百貨店を追い越してしまった。
もっとも、これには中国人観光客による爆買い効果も含まれているため、どこまでがドラッグストア本来の実力かというのは、見解の別れるところではある。

百貨店の苦戦の理由は、以前にも書いたと思うが、高級婦人服への過度な特化があると思う。
これは、松岡真宏さんの持論で、

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100507/214292/?P=1

に述べられている。

どうして高級衣料の消費が低迷しているかというと、

1、可処分所得の伸び悩みあるいは低下
2、高級衣料と低額衣料の見た目にほとんど差がなくなったこと

を理由として何度も挙げているが、それ以外に、一般大衆の意識変化があるのではないかと思う。

90年代半ばごろまでは、「ボロ家に住んで50円のパンを食べていても洋服だけに特化して凝る」というオシャレさんが多数いた。
それが2000年代から、「洋服もインテリアもアクセもサプリも雑貨も食事も自動車も全てトータルで垢抜けていること」が、「オシャレ」だという感覚に変化したと見ている。

でなければ、定期的にニトリやイケアに足を運ぶ人が多数現れる理由がわからない。
家具や食器なんてなんでもいい、と筆者のように考えると10年に一度くらいしかそんな店に足を運ばない。

ただし、身の回りすべての物に気を使ってそろえると、各商品が高額品では破産してしまう。
そんなことができるのは本当の金持ちだけだ。

中間層以下がすべての物に気を使ってそろえようとすると、収入や貯蓄の範囲で賄うなら、ある程度の低価格品・お値打ち価格が求められることになる。

感度は最先端でなくても構わないが、そこそこのセンスが必要とされる。

これを「高感度低価格」とまとめれば良いのか、「中感度低価格」とまとめれば良いのか悩むところではあるが、「最高感度高価格」が対象外となることだけは間違いない。

そういう「そこそこの感度でそこそこ安い」という商品が服ならユニクロやジーユーだろうし、家具インテリアならニトリということになる。

収入が伴わないのに、洋服に限らず借金してまで「最高感度高価格」商品を買い集めることが「下品」「分不相応」「愚か」という風に多くの人が判断するようになった。

業界人からすると「感性の退化」ということになるのかもしれないが、甲斐性無しの貧乏人たる筆者からすれば、随分と健全で成熟した考え方だと感じられる。

この風潮が今後一転して「最高感度高価格品」を求めるようになるとは考えられない。

だから衣料品業界としては、これに対してどう取り組むかが課題となる。
やり方は様々あるだろう。

企業規模やブランド規模に応じて、高価格に特化して数少ない顧客に寄り添うというのも正解の一つである。
ただし、大幅な売り上げ増は見込めない。

一方、高感度低価格をさらに進めるというのも正解の一つである。
ただし、こちらはどの分野にしろスケールメリットが求められる。

これまでの意識やこれまでの仕組み・やり方をまるで変えることなく、中途半端なままで、高額商品に取り組んだり、逆に低価格商品に取り組んだりすることがもっとも危険で、何一つ効果が得られない。
それで疲弊しきっているのが、一部を除いた現在のアパレル業界といえる。

もちろん、「中感度中価格」という方針も正解の一つだが、それとても、従来の百貨店向け・専門店向けアパレルの意識のままでは到底消費者には支持されない。
ワールド、オンワード樫山、三陽商会、イトキン、ファイブフォックス、TSIホールディングスをはじめとする百貨店・専門店向けアパレル各社(中小も含めて)の衰退と没落を見ればそれは明らかである。

ニトリに助けられる百貨店の報道を見ながら、つらつらとそんなことを考えた。

ニトリ 成功の5原則
似鳥昭雄
朝日新聞出版
2016-08-19










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