同じ物が売られていたらほとんどの人は安い方で買う。これはだれが考えても同じだろう。
同じコカ・コーラ(350ミリリットル)が100円で売られている自販機と120円で売られている自販機が並んでいたら、ほぼ全員が100円の自販機で買うだろう。
中には気が付かずに120円の自販機で買う人もいるだろうが、まあ、その程度の割合である。

ラグジュアリーブランドのバッグや衣類などが、ドンキホーテで3割引きで販売されている。
もちろん保証書付きの本物である。当然、ドンキホーテで買う人もそれなりにいるが、それでラグジュアリーブランドの直営店が閉鎖に追い込まれるような事態には発展していない。
ということは、ラグジュアリーブランドの直営店で買う人も多いということになる。
これは何故なのだろう。とずっと疑問に感じていた。

7年前に初めて聴講したセミナーが文字起こしされていたので改めてそちらを紹介したい。

1998年12月24日 銀座カルティエ事件
http://ameblo.jp/ex-ma11091520sukotto/entry-11417743914.html

ちょいと長文だが引用させていただく。

クリスマスイブの夜、銀座を歩いていたボクの耳に、ある言葉が飛び込んできました。
それはまさに、小林秀雄が年末の街で、モーツアルトのシンフォニー40番の旋律が頭に浮かんできたのと同じくらいのインパクトがありました。

「どこで買っても同じジャン!」

このひとことが、その後、ボクにエクスペリエンス・マーケティングの手法を開発させるきっかけになったのです。
このセリフ、イライラした若い男性から発せられたものでした。
若いカップルが言い争いをしています。

「ここじゃなきゃダメなのぉ~」
「別にここじゃなくてもいいジャン。同じモノなんだからさ」
「ちがうのぉ~」

ボクは興味をもち、立ち止まってショーウィンドウを見るふりをしながら聞き耳をたてました。
どうやら彼は、彼女にカルティエの「タンク・フランセーズ」という時計を、クリスマスプレゼントに買ってあげる約束をしていたようなのです。

タンク・フランセーズというのは有名な時計です。
美しく、知的でシンプルなデザイン。
お洒落で、さりげなく存在感を主張していて、持っている人のセンス良いライフスタイルを表しているようなモノです。
定価は当時、29万円。
カルティエ史上に残る、名品です。

このカップルは何を言い争いしていたのでしょう。
要は、男のほうがディスカウントチェーンで、定価よりも七万五千円安い同じ時計を見つけてきたようなのです。
「七万五千円あれば、一緒に温泉旅行にだって行けるジャン」
「いやなのぉ~」
話がかみ合いません。
彼は彼女の欲しがっていた時計を、ディスカウントチェーンで買えば、カルティエで買うより七万五千円浮く、その浮いたお金で、一緒に温泉旅行に行こうと言っているのです。
でも彼女はひきません。

「だってそんなところで買ってもらったなんて、お友達に言えないよぉ」
「何言ってんだよ。同じモノなんだから、安く買ったほうが得ジャン」
もうかなりイライラしています
「ちがうのぉ~」
あーあー、とうとう泣かせちゃった。

彼は何故彼女がカルティエブティックにこだわるのか、まったくわかっていませんでした。
彼女も、自分がどうしてディスカウントストアで買ってもらった時計が嫌なのか説明できません。
とうとう彼らは最後までかみ合いません。
女の子は泣き出すわ、男はイライラするわ、きっと今頃は別れてしまっているでしょうね。

「こういう男性ばかりだからモノが売れない!」

ということです。
え? わかりませんか?
では質問です。
彼女は本当にタンク・フランセーズが欲しかったのでしょうか?

ま、確かに欲しいでしょう。しかし正確に言うと彼女は、

「カルティエのタンク・フランセーズという「モノ」としての時計が欲しかったのではなく、クリスマスイブに、彼と一緒にカルティエブティックに行って、ゴージャスな雰囲気の店内で、女性店員がうやうやしく接客してくれ、白手袋でケースの中から出してくれたタンク・フランセーズを買うという、「体験」が欲しかった」

ということです。

文中に登場する女性の物分かりの悪さに「イラッ(`・д・´)」としつつ読んでいただきたい。

うやうやしく接客とか白手袋云々という部分はこの文章の本質ではない。
カルティエのタンク・フランセーズという「物」が欲しいのは間違いないが、それならドンキホーテの3割引き商品を買えば済む話である。7万5千円あれば、そこそこの高額ブランドの衣服や服飾雑貨を買うことができる。
文中の男性のように温泉旅行に行ってもそれなりのグレードの旅館に泊まることができる。
圧倒的にお得だが、そうではない。

もちろん、98年当時と比べて現在はラグジュアリ―ブランド全体の売上高は下がっている。
それでも冒頭に述べたように日本市場撤退に追い込まれているわけではないし、普段はドンキホーテの3割引き商品で我慢している消費者も、予想外の臨時収入があれば正規店で買おうとするはずだ。

これは、直営店・正規店で買うという体験が「ステイタス」と認識されているからだろう。
ここを理解しないと、衣料品や服飾雑貨品なんて拡販のためには安売りしか方法がなくなってしまう。
極論をすると、「セレクトショップの自主企画製品なんかよりもユニクロの製品の方が価格が安い割に原価率も高いし、素材・縫製のクオリティも高いからユニクロで良い」という結論に達してしまう。

本来「ブランド」というのはそうではないはずだ。
個人的にはラグジュアリ―ブランドは決して好きではない。ルイ・ヴィトンを見ても「なんで塩化ビニールのバッグに何十万円も払わにゃならんのだ?」と疑問を覚える。
けれどもそれだけではないから、ブランドは支持されているのだろう。

けれどもブランドショップというのは、冒頭で例示したような「自販機」ではない。
商品だけを提供しているのではない。商品だけを提供しているなら自販機で十分であろう。

とここまで書いて、いっそのこと全衣類を自販機で販売したらどうかと思い始めた。
人件費も節約できるし、その方が良いのではないか。とくに「安くすれば売れる」と思い込んでいる経営者にはそちらをお薦めしたくなってきた。

王道としてはステイタス性を認識してもらえるようなブランドイメージを構築することが重要だと結論付けたいが、どうしても「俺にはそんなことは理解できない」とおっしゃる経営者は、衣料品・服飾雑貨がトータルでそろう自販機を設置する方が効果的ではないか。