自社の強みと弱みを把握するというのはどんな企業でも心掛けていると思うのだが、これが実は想像以上に難しい。なぜなら、強みと弱みは同じなので、これが状況によって強みが弱みに転じてしまうからだ。

伊勢丹新宿本店の商品陳列は、特殊で、ブランドごとではなく商品ごとに陳列されている。
また可能な限りブランドごとを壁で区切っていない。

この陳列方法が新宿本店の独自性であり、年間売上高日本一を記録し続けるほどに消費者に支持されている「強み」だと広く認識されている。

しかし、この「強み」が時として「弱み」に転じることがある。

直近でいえば、「クリスチャン・ルブタン」の化粧品の出店誘致である。
昨年6月に、ルブタンは銀座松屋と阪急うめだ本店に化粧品を出店した。

伊勢丹新宿本店も誘致活動を行っていたらしい。
しかし、結果はルブタンに選ばれなかった。

その理由は、「ブランドごとに壁がない」ことだった。

ルブタンは、ブランドごとに壁で区切られている売り場を作りたいと考えていたようで、その条件に合致した銀座松屋と阪急うめだ本店を選んだということであり、昨年インタビューした際に三越伊勢丹HDの大西洋・前社長に明かしていただいた。

伊勢丹新宿本店が「強み」として掲げていたことが、「弱み」に転じたことで、当時、大西前社長は「衝撃を受けた」とおっしゃっていた。

今後も、ルブタンと同様の観点を持つブランドが必ず出現するだろう。
そういうブランドが数少ない間は、伊勢丹式陳列は強みであり続けるが、そういうブランドが数多く増えた場合は確実に弱みになる。

その際、変化に対応するのか、それとも従来の姿勢を守り続けるのかが、企業経営者の判断が問われる。

変化に対応すればもちろん反対意見も噴出する。
一方、従来の姿勢を守り続けるのなら、確固たる考え方と、それを補う施策が求めらる。
ただ単に「これが昔からのうちの強みだから」という姿勢のままでは確実に苦境に陥る。

先日、久しぶりに百貨店向けパジャマ・メンズカジュアルアパレルの日登美の展示会にお邪魔した。

その際、谷野美智雄・副社長からこんな話を聞いた。
以前にも書いたように百貨店向け平場メンズカジュアルメーカーというのは、減り続けて現在は残存者利益が出ているが、減り続けているのはバブル崩壊以降だけのことではなく、それ以前からも徐々に減っていったそうだ。

今から、30年前とか35年ほど前のことだそうだが、バブル期よりもさらにたくさんの百貨店向けメンズカジュアルメーカーがあったという。
今年47歳になるオッサン筆者もそのころはまだ中学生や高校生で、それはそれは紅顔の美少年だったのだが(嘘)、当時の百貨店向けメンズカジュアルメーカーなんて記憶に残っていない。

その当時は、ニットの物作りが上手い会社がたくさんあって、日登美ははるかにレベルが下だったという。
しかし、そういう「上手い会社」はバブルを待たずにほとんどが消えてしまったらしい。

理由を尋ねると、「当時、百貨店の平場は単品集積からトータルアイテム提案に変わりつつありました。『物作りが上手い会社』はなまじ上手いものだから、ニット単品の物作り強化に取り組んで、トータルアイテム化に対応しませんでした。うちは下手だったからトータルアイテム化しました。それで生き残れました」と谷野社長。

「上手いからこそ、得意アイテムにしがみついて売り場の変化に対応しなかった・できなかった」とのことで、何やら現在の国内製造加工業全般に通じる教訓性を感じる。

企業は存続してナンボだから、いくら物作りを極めようが、消滅してしまえばお終いである。

商品として売り出す以上、一定の品質は当然求められるが、しかし、変化に対応せずに物作りに集中することは逆効果でしかない。

物作りが上手いからこそ、それにしがみついて変化に対応できずに滅ぶ。
何やらダーウィンの進化論を絵に描いたような事例である。

繊維の国内製造加工業にはこの手の話が掃いて捨てるほどあるし、洋装だけでなく和装業界もまさしくこれではないかと思う。

変化しないことが伝統ではなく、変化に対応して残ったものが伝統になるのではないか。

自社の強みを生かすことは重要だが、強みにしがみついて変化に対応できないと、それは弱みになる。