今日は趣向を変えて。
ツイッターでリレーブログが回ってきたので、その題材で書いてみる。
「私が服を好きになった理由」である。

「え?お前服好きじゃないやん」という声が聞こえてきそうだが、根っから嫌いではない(笑)。

ファッション業界の人ほどの思い入れはないかもしれないが、近所のオッサンよりは「仕事の対象物」としては好きである。
根っから嫌いなら、こんな儲からない業界はもっとさっさと足を洗っている。
逆にそこそこ好きだからこの年まで、何の成果も残さずに生き恥を晒しているのだろうと思う。
いやはや後悔先に立たずである。

さて、このブログでも何度か書いているように、大学を卒業するまで、母親がジャスコかイズミヤで買ってきた服を着ていた。
夏用のTシャツ類が7,8枚、冬用のトレーナーが3枚くらい、厚手綿織物のズボン(ジーンズやチノパンではない)が4枚くらい、あとはジャンバー(ブルゾンとかジャケットなんて洒落たものではない)を2~3枚、そんなレパートリーで年間を過ごしていた。

すべてジャスコかイズミヤのカジュアル平場に売っていた1900円くらいの洋服である。

1970年生まれだから、中学を卒業するときは86年、高校卒業は89年だった。

中学・高校は制服だったので結局、カジュアルを着る機会はほとんどない。
当時流行していたジーンズは、ハイウエストで太ももにゆとりがあるのに裾幅が絞られている「スリムジーンズ」だった。おまけにケミカルウォッシュである。
今のテイパードジーンズとはまたシルエットが異なり、いわゆるモンペみたいな形をしていた。

で、大学に入学するといきなり制服がなくなるのだが、別に色気づいていないし、モテたい願望もそんなになかったので、中学・高校のころのカジュアルを着て通っていた。

友人たちはバイトをしたりして、だんだんとリーバイスとかボブソン、ラングラーなんかのジーンズを穿くようになっていった。
そんなわけで、好奇心から梅田のジョイントなんていうジーンズ専門店を覗くようになった。

初めて覗いた時には衝撃が走った。

なぜならジーンズが高かったからだ。
リーバイスとかラングラーが6900~8900円もしていた。
自分が穿いているズボンは1900円なのに。
もちろんそんな高いズボンは1枚も所有していないし、買う勇気もない。

こんな高い物を買う意味がわからない。まあ、そんな感じだったが、友人たちは買っていた。
「こんな高いズボンを平然と買ってるこいつらすげえわ」というのが偽らざる気持ちだった。

そんな感じで大学2年の終わりか3年の終わりごろだったと思う。

90年か91年のことである。

ケミカルウォッシュのモンペスリムジーンズの流行は終わっており、ジーンズのトレンドは定番ストレートになっており、大学生の男子はやたらとリーバイス501が好きだった。
そんな記憶がある。

さすがにカジュアルウェア生活も3年目くらいになるとちょっといろいろと試してみようと思い始めている。
しかし、ネックは価格である。7900円という大金をズボンごときに平然と支払える鋼のメンタリティはない。

たぶん、トム・クルーズ主演の映画「トップガン」が流行っていて、MA-1ブルゾンも流行していたような記憶がある。
でも今のスマートなMA-1ではない。あのダボッとした、工事現場の作業員御用達のあのMA-1ブルゾンである。

Ma1black

MA-1ブルゾンとリーバイス501を合わせるのが人気だった。

そこでジャスコやイズミヤの平場で501と同じ形の1900円のジーンズを探してみたが見つからない。
見つからないというよりそんな商品は当時存在していないのである。

デニム生地が違う、形が違う、洗い加工が違う、同じデニム生地のズボンとはいえ、イズミヤジーンズとはすべてが異なっていた。

自分には縁がなかったと簡単にあきらめていたころ、友人の一人が、501を安く売りたいと言ってきた。
理由を尋ねてみると、裾上げの長さを失敗したのだそうだ。
長すぎたのか短すぎたのか忘れたが、どちらにしろ丈の長さを指定しまちがえたそうだ。

で、3000円か4000円で引き取ってくれと言われて、それでも愛用している1900円のデニムズボンよりは高いので3日ほど熟慮した。熟慮した結果、投資してみようと決心ができたのである。

友人から受け取って穿いてみると、今までのイズミヤデニムズボンとは違う。
おお、やっぱり高いだけのことはある。素直にそう思えた。

もちろん、顔が良くて体型の良い奴にはどんなに服装を工夫しても勝てない。
それは永遠不変の絶対真理である。
顔と体型の良い奴が絶対的勝者である。
しかし、服装を工夫することでマシには見える。それをその501で感じた。

それから501を卒業まで愛用して、就職活動に失敗して、イズミヤの子会社だった安物の洋服販売店チェーンに就職した。
就職してからは仕事なので一から独学をした。

そうすると洋服を工夫すると、上手くいけば顔と体型の悪さを少しマシに見せられることがわかった。
洋服と髪型の工夫で顔と体型の悪さは少しくらいはカバーできるのである。

そうやっていろいろと工夫を凝らすことを続けているに従って、洋服というかファッションを好きになっていった。
まあ、ファッション業界人に比べるとその好きという度合いは浅いものだったが。

そこからこの業界で20年以上生き恥を晒している。

2005年くらいまでは、本当に「高い服」と「安い服」はデザインや色柄、シルエットなどの見た目も使用している生地も違っていた。
リーバイス501とほとんど見分けがつかないような低価格ジーンズは存在していなかった。
メンズビギに売っているようなデザインジャケットはイズミヤやジャスコの平場には売っていなかった。
だからみんな高い服を買っていたのである。
ケチな自分でさえ、略礼服ではない黒のスーツを、アトリエサブで5万円も支払って買ったのである。
ラングラーやボブソンのジーンズを7900円も支払って買っていた。

98年~2000年くらいまでのどこかの間で、ワールドの神戸本社に取材に行った際に、ついでにタケオキクチの切りっぱなしメルトンジャケットを割り引いてもらったとはいえ3万円弱も支払って買ったことがある。
このジャケットは今でも冬には着ている。かれこれ15年以上着ているから本当にお買い得だったと思う。

メルトンの生地の分厚さ、シルエットの美しさ、縫製の丈夫さ、切りっぱなしでフロントが比翼ファスナーになったデザインの奇抜さ、どれを取っても似たようなものは低価格ブランドにはなかった。

しかし、2005年以降の業界を見ていると、明らかに百貨店ブランドのクオリティやデザイン性が凋落して、低価格ブランドのそれらが改善されており、2010年代になるとほとんど見分けがつかなくなっており、下手をするとユニクロの方が価格が安くて品質が高い商品まで出てきた。

ファッション業界人は変な謎のプライドを持った人が多いから、そういう人々はユニクロに憎悪を向けたり、グローバルファストファッション追放キャンペーンなんてくだらないことに情熱を傾けている。
そんなことはするだけ無駄だ。ユニクロをいくら憎んでも百貨店ブランドの売上高は回復しない。
グローバルファストファッションは追放できないし、万が一にも追放できたとしても、代わりの低価格ブランドが登場するだけのことである。

それよりも本当に百貨店ブランドの売上高の回復を望むなら、2000年代前半までのクオリティ、デザイン性の回復を追求すべきである。
明らかに低価格ブランドとは異なっていたから、わざわざ百貨店ブランドでみんな買っていたのである。
品質もデザイン性も変わらなくなれば安い方で買うのは当たり前である。
人は似たようなものなら安い方で買う。
ユニクロを憎悪している自称ファッショニスタだって、日々の食料品は安いスーパーマーケットで買っている。
いくらイキったところでそれが実情だ。

大学卒業以降の20年間強、業界を見続けてきてそう思う。

現在の百貨店ブランド不振は、明らかに、品質とデザイン性の低下が原因だ。
逆に低価格ブランドは品質とデザイン性が向上したから支持されている。

そこを見直さない限り、今の状況のまま変わらない。
そう思う。