つい先日から、藤本貴之さん著「だからデザイナーは炎上する」(中央公論新社)を読み始めた。
これは、例の東京オリンピックの佐野研二郎氏のエンブレム問題を考察した本である。

「過剰なクリエイター(笑)擁護論」もなく、至極まっとうに佐野氏とその周辺の問題点を考察している。
読み終わったら別途感想をまとめてみたいと思う。

その中でこんな箇所がある。デザインとアートの違いについてである。
最近、デザインとアート、クリエイションが各分野で混同されているように感じる。
もちろん、ファッションの業界でもそれは同様である。

そもそもデザインとは、デジタル大辞泉によると、

1 建築・工業製品・服飾・商業美術などの分野で、実用面などを考慮して造形作品を意匠すること。
2 図案や模様を考案すること。また、そのもの。
3 目的をもって具体的に立案・設計すること。


とある。

これをもって藤本氏は、「デザインとは具体的な目的や機能を持って設計すること」とまとめている。

そして「デザインとアートを分かつ最大にして唯一の条件、それは『客観性の有無』であるといわれている。アートは制作者の主観的な表現のみで作られることがゆるされたものであり、客観的な説明や合理性を必要としない。(中略)ではデザインはどうだろうか。それが何であれ、デザインにおいては、具体的な目的や機能を持って設計しないとならない。となれば、客観的な説明可能性や、その存在の合理的な根拠が必要になるのも至極当然である」と指摘している。

その事例としてここでは建築を挙げている。

アートとしての住居は理論的には存在できない。
その理由は簡単だ。建築とは「住む」という具体的な目的を果たすために、必要十分な実用性を具備したうえで、立案や設計がなされなければならないはずだ。

もし建築物がアートであれば「2階に行けない2階建て」や「入口がない部屋」「途中で途切れている階段」などの表現も、アーティストの主観的表現の下に許される。そもそも「住むことができない家」というコンセプトだってありうる。しかしそのような住居としての具体的な機能や目的を充足していない建築物はデザインではない。建築をモチーフとした「アート作品」だ。


とのことであり、この説明は適切であろう。

翻ってファッションデザインということを考えてみれば、

服としての機能を満たしていないような服はデザインではないということになる。
さまざまなTPOに照らし合わせて、そのいずれもの場面で着用が難しいと思われる物は洋服をモチーフとしたアートと言えるだろう。

そういえば、以前、レディーガガが生肉で作ったドレスを着用したことがあったが、あれも厳密には洋服ではないだろう。数時間経てば腐って、着用者の体を汚すし、異臭も放つ。
何かの拍子に人とぶつかればぶつかった人の衣服や体も汚す。

迷惑千万な一品であり、アート作品と言えるのではないか。

これに類した到底着用不可能な衣服がパリコレクションを筆頭とする欧米のコレクションショーにはたびたび登場する。

フェイスブック友達の吉田克明さんが、先日ブログで上げておられた。

置いてけぼりをくらうファッション10選
http://moongate.hatenablog.com/entry/2016/02/21/001410


個人の主観で10個を選んでおられるが、これに勝るとも劣らない「作品」は毎シーズンいくつもランウェイ上で発表され、そのたびにネット上では騒然となる。
はっきり言って、これらの何が素晴らしいのかさっぱりわからない。
着たいとも思わないし、作ってみたいとも思わない。
見たいとも思わない。
筆者にとっては意味不明で興味も湧かない。

藤本氏の言葉を借りるなら「衣服をモチーフとしたアート作品」といえるのではないか。

吉田氏のブログからいくつか画像をお借りする。
個人的に10選の中からさらにワーストを選んでみた。

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ファッション専門学校の生徒や講師、若手ファッションデザイナーと話していてときどき違和感を感じるのは、こういう類の物をファッションデザインだと思っている人が一定数存在することであり、そんな彼らから「クリエイション」「クリエイター」という言葉が多用されることである。
メディア従事者にも同類の人は一定数存在すると感じる。

筆者はデザイナーとクリエイターはイコールではないと思っている。

藤本氏は「本来、デザイナーとは、目的と機能を果たすための事物を設計する技術者(エンジニア)である。それは必ずしも、アーティストやクリエイターを指すわけではないのだ」とも書いており、これには全面的に賛成である。

現在の日本のファッションデザイナー市場が混乱しているのは、このデザイナーとアーティスト、クリエイターとの混同が原因ではないかと個人的には感じている。

一方、「デザインとは具体的な目的や機能を持って設計すること」だから、目的・機能を重視されたワークウェア、ミリタリーウェア、スポーツウェアが結果として「カッコイイ」と目されるのではないかとも思う。

もちろん、アート寄り、アート風に表現された衣服があっても良いとは思う。

しかし、洋服は純然たるアート作品やクリエイションであってはならないと思う。
そのあたりの区別から再構築することが必要なのではないか。