早いところだと先週の金曜日、土曜日あたりで、平均的なところだと昨日、今日くらいに仕事納めとなる。
そんなわけでこのブログも今日で年内最後の更新として、あとは大掃除に邁進したい。
もしかすると気まぐれに更新するかもしれないが。

ブログ経由でメディアから原稿執筆の依頼や、コメントの依頼がある。
もっとも多いのはジーンズ関連である。

だから、年内最後はジーンズについて書いてみようと思う。

ジーンズ専門アパレルのジーンズが売れなくなった理由をこれまで様々書いてきた。

まず、競合ブランドが増えて消費が分散化したことが挙げられる。

これはOEM・ODM企業が増えて、ジーンズ専門アパレルに頼らずとも同等の商品が金さえあれば誰でも作れるようになったことが大きな理由だ。
また商社の製品製造部門も同様の役割を果たしている。
わざわざ専門アパレルから仕入れなくても同じレベルの自社製品を作ることが容易になった。

次に低価格ジーンズの見た目がレベルアップして、そちらを穿いていても遜色がなくなったこともある。
2010年ごろまでのユニクロのジーンズは生地の風合いやら色合いが明らかに高額ブランドと異なっていたが、最近ではほとんど見分けがつかない。
他のブランドも同様である。昔のレイジブルーのジーンズはチャチな見た目だったが、最近はそうでもない。
似たような商品なら安い方で買うという消費者が多いのは当たり前である。

ジーンズがトレンドアイテムではなくなったこともある。
2009年から2014年末まではジーンズが冬の時代だった。
これは単にトレンドの問題という側面もあった。
デニムという生地が一切必要とされなかったかというとそんなことはない。
デニムシャツ、デニムワンピース、デニムブルゾンは人気アイテムだった。
トップスにデニムを用いるのがトレンドだったため、ボトムスはデニム生地以外のパンツが求められたということである。
上下デニムのコーディネイトは難度が高く、下手をすると70年代の中村雅俊になってしまう。
だからトップスにデニムを着用した場合、パンツはチノパンやらスラックスを穿いた方がコーディネイトしやすい。

2015年は春先からジーンズがトレンドに浮上したため、また少し活況を呈した。
文化がなんだかんだとか、伝統の技術がどうのこうの言っても、洋服なんてトレンドと気温で消費は大きく左右される。そんなものである。

以上はこれまで書いてきたことの再まとめである。

これ以外に、思いついたことを書いてみたい。
そうでなければわざわざ読んでもらう意味もない。

12月25日付けの朝日新聞にジーンズについての記事にコメントを出したのだが、その記事の冒頭にもあるようにジーンズは「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」と説明されることが多い。

作業着から始まって、第二次大戦後の「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」となったことは事実であり、間違いがない。
しかし、現代社会において、ジーンズに対して源流である作業着としてのワークテイストを求める人はいても、「反逆の象徴」を感じる人はほとんどいないのではないか。
筆者は来年46歳になる自他ともに認める初老のオッサンだが、ジーンズに対して「反逆の象徴」と感じたことはない。文化的にそう捉えられた時期があったとは認識しているが、筆者からすると単なるファッション着、日常着の1アイテムである。
着用することが多いのはなぜかと問われると、それはスラックスよりもイージーケア性が高く、コーディネイトしやすいからである。
別にしわくちゃでもそんなにおかしくないし、洗濯をこまめにする必要もない。
とりあえずジーンズを穿いていればそれなりにおかしくは見えない。
汚れ作業もしやすいし、汚れても洗濯が楽だ。これがウールのスラックスなんかだとクリーニングに出すのがめんどくさい。
少々破れても穿ける。他のパンツではそうはいかない。

46歳になるオッサンからしてそういう感じなのだから、それ以下の若い世代ならなおさらそうだろう。
50代半ばでも同じような認識ではないかと思う。

しかし、ジーンズ専門アパレルや素材メーカーの年配のトップ・経営陣や年配のジーンズ業界関係者からは、しばしば「反逆の象徴」という言葉が聞かれる。

ざっくりした感触でいうと60代以上はそういうことを時々言うように感じる。

過去の事実を事実として指摘しておられるだけならそれは正しいが、時々だが、そこに過剰に感情移入している人がいる。
その人が市井の素浪人なら個人の思想の自由だが、これが企業や団体のトップだと危険である。

その認識がすでに多くの消費者からズレている。
50代半ばから下の世代はジーンズをそう捉えていない。
そういう認識のままで企業や業界をリードすれば、消費者に支持されない商品ばかりを作ることになる。

そもそも「反逆の象徴」と言っている層がすでに権力者・権威者になっており、体制側になっている。
自らが体制側の首魁になっておきながら「反逆の象徴」としてのジーンズを追い求めるというのは矛盾しており、そんな矛盾した姿勢を消費者は受け入れない。

専門アパレルのジーンズは売れなくなったのはそういう一因があるのではないかと思う。

今の若い世代が、老年層に「反逆」をするとしたら、ジーンズを穿かないことがその一手段になるのではないかと感じる。

昔は作業着上がりの粗野なジーンズを穿くことが上流階級や年配層への「反逆」だったが、今はジーンズを若いころに愛用していた年配層に対して、ジーンズを穿かないことが「反逆」になる。

年配層がノスタルジックになんだかんだと言っても、ジーンズは最早ファッションの1アイテムであり、チノパンやスカート、タイツなどと競合するボトムスの1アイテムになってしまった。

2009年からの「若者のジーンズ離れ」にはそんな心理的要因もあったのではないかと最近思うようになった。
もちろん若者はそんな大層なことは考えていないだろうが、「オッサン達が好んで穿いているジーンズというアイテムはかっこ悪いよな」とそのくらいは漠然と感じていたのかもしれない。

年配層がノスタルジー丸出しで「反逆の象徴」とか「日本の匠」だとか「伝統の技法」だとかを大上段から振りかざせば振りかざすほど、ますます若者はジーンズに対して興味を失うのではないか。

来年46歳になる初老の筆者でさえ、そのあたりの言説にはすでに辟易している。

ジーンズ専門アパレルが多少なりとも活況を取り戻したければ、まず首脳陣の意識を変えることから始めなくてはならないのではないか。