昨日発売されたカルチャー雑誌「20世紀」のジーンズ特集号に2ページ寄稿した。
ほぼ巻末に掲載されており、内容はジーンズ市場の変遷についてである。

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なぜ、ナショナルブランドと呼ばれたジーンズブランドが一部を除いて凋落したのかについてである。

一つには、有力な卸売り先であるジーンズチェーン店が苦戦になったからである。
主要販路の業績が悪くなればそこに卸しているメーカーの業績も連動する。
三信衣料から始まり、フロムUSAやロードランナー、カジュアルハウス306などの大手が相次いで倒産した。
残った全国チェーン店のライトオン、マックハウス、ジーンズメイトもそろってピーク時よりも売上高を落としている。

もう一つは、ユニクロをはじめとするSPAブランドやワールドやオンワード樫山などそれまでジーンズとは縁のなかったブランドがこぞって自主企画ジーンズを発売したことで、需要が分散化したためである。
これらの自主企画ジーンズの製造を支えたのが、ジーンズブランドのOBたちが続々と立ち上げたOEM・ODM企業である。

2000年ごろに今は亡き、サンエーインターナショナルのメンズブランド「abx」でオリジナルジーンズを買った。
バーゲンで2900円くらいまで値下がりしていたので買ったと記憶している。
当時はストレッチデニム生地はまだ一般的ではなかったから綿100%で、ちょっと細身のシルエットだった。
値段にひかれて買ったわけだが、買ってから後悔した。
なぜなら穿いてみると形が良くなかったからである。おまけに生地もなんだか安物くさい。
その手触りや表面感から類推すると、空紡糸を使った廉価デニム生地だったのではないかと思う。

形が悪かったのは、おそらくジーンズ専用のパターンではなく、通常のスリムパンツのパターンを使用したからではないかと思う。ジーンズブランドのジーンズとはいくら細身とはいえ、著しく形が異なっていた。

今でもときどきあるのだが、通常のパンツのパターンでジーンズを作ってしまうと何とも言えない可笑しな物が出来上がる。
通常のパンツのパターンを引けるからといって、それをジーンズに流用するとちょっと変な形のズボンが出来上がる。

まったくの推測でしかないが、abxのこのジーンズはジーンズの企画製造に長けたOEM・ODM企業を通さずに製造したのではないだろうか。

OEM・ODM企業を通してジーンズを作るという手法が一般的になった現在は、ジーンズブランドとそん色のないジーンズをどんなブランドでも企画製造できるようになった。

かくしてジーンズは様々なブランドに広がったというわけである。

ここからは仮定の話である。

じゃあどうすればジーンズブランドは凋落しなかったのかを空想してみた。
製造ノウハウをきっちりと握りしめていればよかったのではないか。

そうなった場合、各ジーンズブランドが縫製工場、洗い加工場を自社で経営して100%自社工場だけで生産を行うか、協力工場の生産ラインを自社の商品で埋め尽くしてしまうかのどちらかしかない。
協力工場のラインを埋め尽くしてしまうことで他社の商品を受注できなくさせるわけである。

しかし、どちらも現実的に実行することは不可能である。

とくに協力工場のラインを埋め尽くすことは不可能だ。

となると、いずれ製造ラインに一般アパレルが参入してくるのは目に見えている。

結局、遅かれ早かれ、現在と同じ状況下に置かれることになったのではないだろうか。

各ジーンズナショナルブランドが過去の施策を多少変えていたとしても結果はそれほど現在と変わらなかったのではないか。

久しぶりに「ファインボーイズ」の10月号を買ってみた。
真ん中あたりにデニム特集があった。
いろいろなブランドのジーンズが掲載されているが、ナショナルブランドで掲載されているのは「リー」「リーバイス」だけである。
それ以外のジーンズブランドは「ジースターロゥ」「ディーゼル」「APC」「ヌーディージーンズ」くらいだ。

そのほかは「ビューティー&ユース」「アーバンリサーチ」「ビームス」「Rニューボールド」などのセレクトショップかメンズブランドのジーンズである。

こう見ると、それまで閉ざされた特殊アイテムだったジーンズは完全にファッションアイテムとして拡散してしまったといえる。

そして「ファッション」としての扱いが長けたそれらのブランドに、「ファッション」としての扱いが下手だったジーンズナショナルブランドが競り負けるのは当然の帰結だったといえるのかもしれない。

20世紀 No.0002
クレタパブリッシング
2015-09-28


日本ジーンズ物語
杉山 慎策
吉備人出版
2009-02-27