東芝ではないが、各企業で独特の仕きたりとか暗黙の了解とかがある。
長年の習慣で各経営者は何がおかしいのかわからなくなっているのだろう。

そういえば、国内繊維産地にも奇妙な習慣のある企業は多い。

先日、聞いた某産地企業では長年在庫にしている生地の評価を下げていないとのこと。
要するに、3年前のも5年前のも10年前のも20年前のもいまだのその当時の評価金額のまま在庫として積み上げているそうだ。
今度経営者に会ったら真偽のほどを直接尋ねてみたいと思う。

通常だと、衣料品だろうと生地だろうと在庫なんて何年抱え込んでいても定価で売れることなどない。
むしろ月日がたてばたつほど、定価で売ることはどんどんと難しくなってくる。

だから、在庫は徐々に価格を切り下げて損失として計上する。
何年間かするとその在庫評価はゼロになってしまう。
ゼロになった時点で産業廃棄物として「金を払って」処理してもらう。
衣料品なら古着屋やバッタ屋に流したり、ファッション専門学校に生地を寄付したりという場合もある。

これが普通である。

在庫の評価基準を下げないと、毎年資産が増えていくことになる。
どんなに良い商品でも完売することはない。
資産が増えれば増えるほどそれにかかる税金も増える。
これが絶好調で売上高が毎年ドンドンと増え続けている企業なら別だが、売上高が横ばい前後の企業ならゆくゆくは資金繰りが行き詰る。

なにせ、入ってくるお金が変わらないのに税金は毎年ドンドン上がっていくのだから。

抱え込んでいても構わないのは毎年一定数量が確実に販売できる定番だけである。
そして衣料品だけではなく生地にも定番は存在する。
在庫の評価を落とさずに済むのはそういう定番生地だけである。

何年も何十年も動かない生地は、定番とはとても呼べない。
ましてや将来においてそんな「死筋」の生地が突然動き始めることもない。

その噂が事実なら、この某産地企業は近いうちに経営破綻するだろう。

多くの産地企業はガチャマン時代(ガッチャマンではない)にため込んだ資産があるからそれを取り崩して延命することが可能だが、資産は無限ではない。
いずれその資産もすべて手放すことになる。
資産がなくなれば資金繰りが行き詰まり、経営は破たんする。

噂が事実だとするならなぜそんなバカな経営を続けているのだろうか。
まったく理解できない。
それこそ、この企業の常識は世間の非常識である。

もしかすると、バブル期以前はこの経営で通用したのかもしれない。

バブル期は大学生だったので当時の経営のセオリーは正直わからない。

その当時と今では時代が変わっているし産業を取り巻く環境も変わっている。
なぜ時代に合わせた経営手法に変えようとしないのだろうか。

産地企業の多くが危機に瀕している。

あらゆる努力を尽くしてもそれでも危機から脱せない企業もあり、それに対しては深く同情する。
しかし、この某企業のようにガチャマン時代とかバブル期の感覚をそのまま墨守し続けて危機に瀕する企業も多い。
それはいわば自業自得であり、市場から退場させられるのは当然である。
彼らに対してはまったく同情しない。
むしろ過剰な補助金だの助成金だので延命させる方が有害ではないかとさえ思う。

自ら変わるということはなかなかに難しい。
言うは易く行うは難しだということも承知している。
それでも変わらない企業が存続し続けることは不可能である。

いつまでも過去の常識にしがみついていても事態は好転しない。
それで好転すると思っているなら死ぬまでしがみついていれば良い