阪急百貨店うめだ本店とJR大阪三越伊勢丹については様々な方が様々な見地からの意見を述べられており、百家争鳴という印象がある。各氏の意見はそれぞれの専門分野に基づいてなされており、どれもが一理ある。

まず、JR大阪三越伊勢丹の不振については大きくまとめると「自慢の自主編集売り場が大阪の消費者に受け入れられなかったから」とされている。しかし、ディスプレイの定説を踏まえるなら、JR大阪三越伊勢丹の売り場はほぼ満点に近いはずである。
満点に近い売り場がなぜ「受け入れられなかった」のかについて言及されている意見は少ないように思う。
せいぜいが、「大阪の消費者はブランド別陳列に慣れているから」というものだが、それだけでオープン時に何十万人押し寄せた人々がリピーターにならなかった理由になるのだろうか?
少し、説明としては不足している気がしないでもない。

次に阪急百貨店うめだ本店であるが、9階の祝祭広場、10階の梅田スークが話題となっている。
とくに10階の梅田スークは、作家ブランドや若手デザイナーブランドを次々と期間限定出店させており、これまでにない非百貨店的な売り場として人気が高い。
しかし、この9~11階についても批判する声もある。
例えば「9~11F吹き抜けの祝祭広場は、ただっ広い空間に各フロアから雑多な意匠が無神経に交錯するイコン性の希薄さ、とりわけUFO風の天井シャンデリアと安っぽいミラーボール、旧店舗から移設されたロココ調の大時計とのブレードランナー的ミスマッチには失笑するしかなかった」と論評していらっしゃる方もいる。
これはこれで一つの見方であるし、通常の売り場作りの理論に照らし合わせれば正論なのだろう。

個人的には9階祝祭広場の自慢の階段をもっと横幅を広げるべきだと感じる。
今の階段では少し横幅が狭すぎる。

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(酷評?ww されたシャンデリア)

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(横幅がもう少し欲しかった祝祭広場の階段)

閑話休題

さて、「王道的」と評価の高い大阪三越伊勢丹と、理論上では失笑されるような阪急は消費者の評価でいうなら、今のところ真逆と評価して差支えないだろう。

なぜだろうか、と疑問を覚えずにはいられない。

先日、台東デザイナーズビレッジの鈴木淳村長が、両方の売り場を見比べてブログで意見を述べられている。

http://blog.livedoor.jp/tdv001/archives/54344391.html

たしかに三越伊勢丹では、
良く言えば見やすく、選びやすい統一環境の売場作りがされていますが、
悪く言えば全体的に画一的で、メリハリがありません。

阪急では、フロアの中でもコーナーごとにがらりと演出が変わり
飽きさせないし、10階等は迷ってしまうのですが、
それがまた楽しくさせるような演出になっています。
多様性を重視し、ブランドごとの個性を強調しているようです。

小売業界では、
キレイに色ごとに並べた売場が良いとか、
売場に面積あたり何点商品を飾ったら良いとか、
いろいろと大事な理論があるそうです。

その理論に従うと三越伊勢丹の売場はお手本みたいでしょうね。

たしかに、買うことを前提に来店したお客様には
見やすく、選びやすい売場は便利なのでしょうが・・・・。

しかし、そこから「楽しい」「欲しい」と感じさせる魅力が生まれるのでしょうか?
ということを考えさせられます。
モノの力だけでは厳しいでしょう。

(中略)

効率を考えたときに「無駄」と言われてしまうようなことに
お金と力を情熱を注いでいます。

でも、その無駄が楽しい、おもしろい、
もっと見たい、また来たいと思わせてくれます。

(中略)

他の百貨店が阪急うめだ本店のように潤沢に手間とコストをかけられるか
と言えば売上の点からは難しいのでしょうが、
それでも、その「楽しませる」ことをベースに売場を組み立てることは
真似できるのではないかと思います。

とのことである。

個人的には、この意見である程度の説明がつくのではないかと感じている。

たしかに、バブル期までは欧米の理論に基づいた「見やすい売り場」「分かりやすい売り場」が消費者からも支持されていた。しかし、今の消費者はそういう「見やすい売り場」「分かりやすい売り場」よりも「楽しい売り場」を志向しているように思える。
百貨店業界以外でいうなら、少し以前、ドンキホーテやヴィレッジバンガードの陳列方法が話題となった。
はっきりいえば「ゴチャっとしている」「ぜんぜん見やすくない」のだが、なぜか消費者から支持されている。
ドンキホーテは「低価格」という武器があるが、ヴィレッジバンガードは扱っている商材の単価は安いけれど他店と比べて値引き販売しているわけではない。それでも売れた。

どちらも「売り場がおもしろい」「楽しい」「ゴチャっとしているが宝探しのようなわくわく感がある」と評価されていた。

これと似たようなことが10階梅田スークの高評価につながっているのではないかと思える。
「見やすい売り場」「分かりやすい売り場」「セオリーに基づいた売り場」なら、そこら辺に掃いて捨てるほどあるから目新しさを感じないのではないか。そんなふうに思えてくる。

理論に基づいた完璧な売り場に魅力は感じられない。むしろ無機質になりすぎて親しみにくい。とそういうことだろうか。