「はれのひ」という着物業者が詐欺にも等しい消え方をして大事件となっているが、被害に合われた方はまことにお気の毒だと思う。

これに対してさまざまな意見が出ているが、着物という衣服や戦後の着物業界の問題点が集約された事件だといえる。
当方は着物をまったく着用しない。
子供のころに浴衣を一度着せられたくらいであり、その時が不快だったのでその後一度も着用しないままに初老を迎えている。

もちろん、最大の責任は「はれのひ」にある。
しかし、巷には「着付けをできないことが原因」という意見もあり、それはそれで根本的な原因の指摘ではあるが、それを言ったところで、今更日本人の多くが一人で着付けができるようにはならない。

最大の原因は着物業界の売り方の悪さにあるし、着物という衣服を「日常で使ってほしい」と言いながら、まったく改良を加えてこなかった製造側の責任もある。
また「着付け教室」と結託して、「着物」という衣服の価格も入門ハードルも引き上げ続けた業界の施策も裏目に出たといえる。

着物という衣服は

1、動きにくい
2、着付けが一人でできない
3、正絹素材が正当とされており(実際はそんなことはない)、洗濯や保管が面倒

という3つの欠点があると個人的に見ている。

「そんなことはない。動きやすいし一人で簡単に着られる」というごくわずかな着物強者の意見は無視して、大多数の人間はそう思っている。

おまけに価格が高い。
個人的に親しくしてもらっている仁平幸春さんという和装の染色作家がおられるが、ほとんど着物を着用されない。
なぜなら、価格が高いからである。
着物単体を安値で買っても襦袢やら帯やらその周辺の物を揃えるとかなり高額になってしまう。
だから私は買わない(金銭的にも買えない)と仰っておられる。

着物業界の人からは「日常的に着用してもらえるようにしたい」という声を聞くが、価格も含めた4つの欠点を改めない限りそれは不可能である。

まず、価格から見ていこう。
和装業界の人に言わせると「10万円程度の着物なんて安物」とのこと(実際にそう言ってるのを何度も聞いた)だが、10万円の洋服といえば結構な高額品で、高級ブランドである。
ぶっちゃけて高級ブランドと競合して選んでもらえるほど着物に魅力があるとはまったく思わない。

三陽商会がライセンス生産していたころのバーバリーのコートが10万円くらいからあったが、そのころのバーバリーと比べて着物にブランド的魅力があるかといわれれば、まったくないと思う。
多くの消費者は洋服がベースの価値観になっており、着物着用者を増やすということは、そういう層に買ってもらわねばならないということになる。そういう層にとってバーバリーと着物のどちらがステイタス性が高いかというと、圧倒的にバーバリーである。

つぎに「動きにくい」「着付けが一人でできない」「洗濯・保管がめんどくさい」という三つの欠点について見てみる。

日常着とするためには毎日着用するものだから一人で着用できないと意味がない。
そんなめんどくさい物を毎日着たいと思う人はほとんどいない。
着物業界はなぜこれを改良してこなかったのか。

例えば、入門編としてワンタッチで着られるような着物をもっと普及させるべきではなかったか。
実際にはそういう商品もあるが、着物業界はこれを積極的に拡販してこなかった。
その代わりに着付け教室と結託して、着物という衣服への入門ハードルを上げ続けた。
その結果、着物は一部のマニア向けの商品となった。
和装業界の市場規模が3000億円弱まで低下してしまった原因の一つである。

動きにくさにしてもそうだ。
もっと動きやすい形状の商品を開発してそれを普及させるべきだったのではないか。
これもそういう商品もあるが、業界としては拡販・普及には力を入れなかった。
業界人は「それなりにやった」と反論するかもしれないが、外野から見ているとまったくそれは伝わらない。
ワンタッチ着物しかりだ。
知られていないのは存在しないのも同然である。知られるための努力をどれほどしたのだろうか?

そもそも、幕末に洋装が取り入れられたきっかけの一つが、戦闘時の動きやすさだった。
維新軍の多くは戦闘時は洋装になったし、幕府軍でも洋装に切り替えた者も多かった。
和服は圧倒的に洋装に比べて動きにくいことがわかる。

そして、正絹素材への過剰な重視である。
正絹素材は洗濯にも保管にも気を遣う。
下手にすれば変色するし虫にも食われてしまう。

こんな物を日常着として着られるはずがない。
やっぱりハレの日とか冠婚葬祭くらいにしか着用しなくなる。

明治以前は和装しかなかったわけだから、当然、日常的にもみんなが着物を着ていた。
日常着は正絹ではなく洗濯しやすい木綿や麻だった。当たり前である。

今はポリエステルという機能性に優れた素材もある。
どうして合繊着物や木綿着物、麻着物などをもっと広めなかったのか。
単に販売単価を引き上げたかっただけではないのか。

以前に同じことを書いたら、「単価が安い割には枚数が売れない」と反論してきた和装業者がいたが、じゃあ、合繊着物や綿着物を拡販する努力をどれほどしたのかと問いたい。

これらの要因によって、着物という衣服の販売枚数は戦後減り続け、その枚数減少を補うために商品単価を着物業界は上げ続けてきた。
それがさらに着物離れを誘発し販売枚数を下げ続けるという悪循環スパイラルを招いた。

はれのひ事件はいわばこれまでの着物業界の失策が引き起こしたものだといえるのではないか。

真摯に取り組んでいる和装業者も多く知っているが、この4つを改善しないことには着物着用人口は絶対に増えない。

ところで、業界を挙げて商品単価を引き上げ続けるということは、これほど初心者を排除してしまうことになる。
洋服業界も気を付けなくてはならないのではないか。
グッチやらプラダという個別のブランドがそういう高価格政策を採ることは良いとしても、業界全体が「安物は悪」「安物を排除」なんて言い出すと、待っているのは着物業界と同じ結末になる。
幸い、洋服に代わる衣服は見当たらないからまったく売れなくなるとは思えないが、人々は高価格すぎると買うことを確実に手控える。それこそヨーロッパのように何度も破れ目を縫って使い続けることになり、そうなると、国内外の製造加工業者はさらに経営が厳しくなる。

入門編として低価格のジーユーやユニクロがあることは産業としては健全だといえる。
和装の問題は、入門編商品の見た目の水準が上がりすぎたことと、本来は入門編でないブランドの商品がまったくその付加価値を消費者に知らせられていないことにある。まあ、まったく付加価値のない商品とかブランドとかアパレル企業も多数あるのだが。(笑)

和装業界の施策は洋装業界にとって他山の石になるのではないか。

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