南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

2016年02月

レンタル洋服でファッション離れは食い止められない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - レンタル洋服でファッション離れは食い止められない
 若者に限らず「洋服離れ」「ファッション離れ」というのは少なからずあると思う。
一番の要因は、「低価格品の見た目が良くなったから」だと思う。

何度も書いているが、90年代中ごろまでは、量販店や低価格専門店に並ぶ服と、有名ブランド店で並ぶ服はデザイン性や色柄などの「見た目」が大きく異なっていた。
それが2000年以降、低価格商品の「見た目」(物性品質ということではない)が上昇したことに加えて、ブランド側がOEM/ODMに企画を丸投げしすぎて、商品の見た目が悪くなったため、消費者の間に「低価格品でも十分におしゃれができる」という認識が広まった。

事実、筆者もそのように思っている。

凡百の百貨店ブランドが丸投げして作ったジーンズより、ユニクロのストレッチセルビッジジーンズの方が物性品質も見た目も良い。
これにユニクロのコットンカシミヤケーブル編みセーターを合わせれば、十分におしゃれに見える。

中には変てこりんな商品もあるが、選ぶ側の目がある程度確かなら低価格品の組み合わせでもそれなりにオシャレに見える。

で、ここからが本題だが、そういう要因もあって売上高が低下しているアパレル企業は新しい方策を立てることが求められている。
そのうちの一つがレンタルであり、リユースである。
で、そのレンタルについてだがこんな記事がファッションスナップドットコムに掲載されていた。

小売とレンタルは両立できるか?
クロスカンパニーが「ファッション離れを食い止める」新事業に積極投資
http://www.fashionsnap.com/news/2016-02-25/crosscampany-rental-reuse/


結論から言えば、レンタルで「ファッション離れ」は食い止められないと思うし、小売店との共食いはある程度は起きると思っている。

石川社長はメディア向けのリップサービスが上手い人だから、本気では言っていないと推測するのだが。

昨年9月に日常着のレンタルサービス「メチャカリ(mechakari)」を始動。「アースミュージック&エコロジー(earth music&ecology)」といった自社製品を対象に月額5,800円で借り放題にするサービスで、現在は約2,000人の会員が利用している。新作もレンタルの対象になり、60日間借り続けるとユーザーのものになるサービスが特徴だが、店舗の売上に影響はないという。

(中略)

平均のレンタル着数は1ヶ月7着で、約65%はこれまで同社が展開しているブランドを利用したことがない新規ユーザーが占めることからも「新規顧客を取り込んでいる」と見る。


とのことである。

筆者は個人的にはレンタル衣料にもその市場にもまったく興味はない。
そういう属性の人間が自らの行動に照らし合わせて考えるので、いささか世間常識とは乖離が出るかもしれないがそこはご容赦願いたい。

月額5800円で借り放題という価格設定だが、商品を買うよりはずっと割安である。
クロスカンパニーはタイムセールとか、全品80%オフからさらにレジにて20%オフ、みたいな安売りを得意とするが、定価販売で考えるならレンタルする方が割安である。

5800円という支出でクロスカンパニーの店舗で買える洋服は、下手をすると1枚、上手く買い合わせても3枚が限界だろう。1900円のTシャツ3枚で5700円である。

5800円で借り放題、おまけに60日間かり続けると自分の物になる。
これなら下手に定価で買うよりもずっと「コストパフォーマンス」が高い。
コスト意識に敏感な人なら間違いなくこちらにシフトする。
記事では「店舗の売上に影響はない」としているが、その要因は現在の会員数が少ないからだろう。

会員数は2000人。クロスカンパニーの全店舗数はいくつあるのか?
あれだけ店舗数があれば全国で2000人の顧客が減ったところで、たしかに影響はない。
一地方都市だけで2000人の会員数があるわけではないのだ。

ちなみにレンタル事業での売上高は、単純に掛け算をすると5800円×2000人で、1160万円ということになる。
いろいろとオプションもあるだろうからもう少し増えるとしたって2000万円を越えることはないだろう。
クロスカンパニーの年商規模からすると、かなり構成比は低い。
そりゃ影響はないだろう。なくて当たり前である。

レンタルサービスというのは新規販路の模索という点においては画期的とは思うが、開始半年後で会員数わずかに2000人くらいでは、「将来性云々」という視点で取り上げる方が間違いではないか。

一方で、「新規顧客を取り込める可能性がある」というのはその通りではないか。

というのは、これだけ割安感があるのなら、今までクロスカンパニーという企業の商品を利用しなかった人たちが「めちゃ安いから利用してみようか」と考える可能性はある。
そういう意味での「新規顧客」開発は十分にあり得るだろう。
その点だけは期待できるのではないか。ただし、安さに釣られて来る人は、「安い物」が好きなのであって、そのブランドのファンになる割合は低い。

もっと安い物が現れればそちらに移る。

逆に他社ブランドもレンタル市場に参入すればどうなるだろうか。
ここからは想像の話になるが、おそらく小売店の売上高は激減するだろう。
もしかしたらネット通販の売上高も減るかもしれない。

レンタル売上高は増えるだろうが、その増え方は小売店・ネット通販の売り上げ減をカバーできるものではない。そう推測する。

フォーマル市場が衰退したのはレンタルサービスが普及したからだという意見がある。

それはなるほどそういう一面はあるだろう。
一生のうちに何度かしか着用しないフォーマルをわざわざ高い金を払って買うのもバカらしい。
よほどの金持ちなら別だが。
なら何万円か支払ってレンタルした方が賢い。買えばもっと高い値段を取られるのだから。
もしくはそれこそリユース店で買うかである。

今度は、カジュアルにこれを持ち込もうとしているのだから、会員数が現在の2000人程度ではなく、激増すれば確実に小売店・ネット通販の売上高は減る。
当たり前ではないか。

同じブランドが格安でレンタル、しかも借り放題なら、だれだってそちらに移る。
ブランドが異なるのだったら、「安さはやっぱり魅力だけど、こちらのブランドが好きだから小売店を選ぶ」という選択肢はあるが、ブランドが同じだったら絶対に安い方を利用する。

ジュースが定価販売の自動販売機で売れなくなっているのと同じ理屈だ。
食品スーパーなら割引されて同じ物が販売されているし、コンビニで買えば定価販売でもポイントが貯まる。
自動販売機だけが何の特典もない。

これと同じ事態が起きる。
同じ物は絶対に安い方で買うのが人間の心理である。

レンタル、リユース市場への挑戦というのは、既存手法での販売が伸びないことを考えると重要なことだとは思うが、広まれば広まるほど既存店・既存通販の売上高を侵食する可能性が高い。
筆者にはそう思えてならない。



メンズパンストの着用は今秋以降へ持ち越し

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - メンズパンストの着用は今秋以降へ持ち越し
 先日、激安の聖地、天神橋筋商店街で「メンズパンスト」なる商品を見つけた。
なんと3足セットで150円で売られていた。

IMG_0882



今まで、メンズパンストの存在を知らなかったが、ググってみると日経トレンディで

「メンズパンスト」が激売れ! 病みつきになる理由は?
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20121204/1046079/


01_px400



という記事が掲載されており、日付を見ると2012年12月10日となっており、今から3年前である。
3年前にすでに注目されていたということだが、パンスト大手の1社であるグンゼの展示会ではこんな商品を見たことがない。

この商品を見つけたとき、メンズブラジャーと同じようなちょっと特殊な嗜好向けの商品ではないかと思ってしまったが、そうではなかったようだ。

記事は靴下大手の1つであるナイガイのことを中心に書かれている。
同じ、靴下大手同士だが、グンゼはメンズパンストは企画開発しておらず、ナイガイは企画開発したということになる。
パンスト大手の1つであるアツギはどうだろうか。

ナイガイでは、当初、1万足を発注。すでに8000足を各店に納品していて完売しそうな勢いだという。現在、さらに1万足を追加発注している。

とある。くどいようだがこれは3年前の状況だ。

どんな商品なのか実際に手に取ったことがないからわからないのだが、想像してみると、おそらくメンズのタイツやモモヒキよりも薄手の生地なのではないか。
薄手の生地だから、細身のパンツの下にも穿けるし、タイツなどに比べてもたつきが少ないのだろう。
そして、パンストというのは生地が薄い割には意外に暖かい。

なぜ知っているのかというと、実は子供のころにモモヒキ代わりに母親のパンストを着用したことがあるからだ。10歳前後のころだったと記憶している。
安心してもらいたい。それ以降は一度も着用していない。
筆者は変態だが、そういうタイプの変態ではない。

で、着用した感想をいうと、あんなに薄い生地なのに予想よりもはるかに暖かかった。
それをメンズに応用するというのは、理にかなった要素がある。

ただし、着用した姿はあまりかっこいいとはいえないと感じる。
自宅以外でこの姿になることはちょっとはばかられる。

3年前にこんな記事が出ているにもかかわらず、その後、筆者の知る範囲ではあまり記事化されていない。
肌着メーカー各社もそれほど注目している様子もない。

一時期の突発的なブームで終わったのだろうか。
単に筆者が知らないだけだろうか。
それとも3年間安定的に売れ続けていたのだろうか。

さまざまな疑問が湧くが正解にはたどり着けていない。

そんなわけで、ためしに150円で買ってみようと心を決めて再び天神橋筋商店街へ出かけたところ、3足150円のメンズパンストは売り切れてしまっていた。

ああ、メンズパンストを買い逃してしまった。

メンズパンストへの挑戦は今年秋口以降に持ち越しとなってしまった。










ヘインズのTシャツで洗濯後どれくらい縮むかを試してみた

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - ヘインズのTシャツで洗濯後どれくらい縮むかを試してみた
 そういえば、先日、20何年振りにヘインズのパックTシャツを買った。
2枚セットで定価743円が500円に値下がりしていたからだ。

FullSizeRender


筆者が大学生当時だから今から25年ほど前、ヘインズの3枚セットのパックTシャツが大流行していた。
その当時は白が人気だったが、今回は黒を買った。黒しかなかったし、白は汚れが目立つからそれほど好きではない。

で、なぜか筆者もその当時何度かヘインズのTシャツを買ってみた。
赤ラベルと青ラベルがあったと記憶しており、両方とも買った。

それ以来ヘインズのパックTシャツは買わなくなったのだが、なぜかというと、1度洗濯すると襟がすごく伸びてしまったからである。
当時は「その伸び具合が良い」というような人が相当数いたのだが、洋服に興味がない筆者が着用すると、単なるだらしない貧相なおっさんにしか見えなかったし、もともとが襟が伸びきったTシャツは嫌いだったので、すぐさま捨てて、そこからヘインズを買わなくなった。


今回も恐る恐る買ってみて、何度か洗濯をしてみたが、25年ぶりに買ったヘインズの黒Tシャツは襟は伸びずに着用できている。
そのあたりの品質は改良されたといえそうだ。

パックにも書かれているが、このTシャツは空紡糸で編まれている。
空紡糸らしく軽量でドライな感じの手触りがする。
個人的にはこの素材感はあまり好きではない。

とくに空紡糸で織られたデニム生地は安物っぽくて好きになれない。

Tシャツやカットソーは洗濯して乾かすと必ず縮む。
そこでふと、どれくらい縮むのかを試してみたくなった。

2枚パックなので、1枚を先に洗濯し、洗濯していないもう1枚と比較してみた。

画像ではちょっとわかりにくいが、洗濯していないTシャツの上に洗濯して乾いたTシャツを置いた。
だいたい身幅で3センチ前後、丈で1センチほど縮んでいる。

IMG_0837





同時に片倉工業の黒のVネックの2パックTシャツも500円で買ったので、そちらも同じ実験をしてみた。
こちらは手触りからすると、リングスパン糸で編まれているのではないかと感じる。

IMG_0839




やっぱりリングスパン糸で編まれた方が好きである。

こちらも同様に洗濯した物を上に置いてみた。

ヘインズとほぼ同じくらいだが、縦横の縮みが少し大きいのではないかと感じる。
微妙な差だが。

IMG_0840




これで見てもお分かりいただけると思うが、Tシャツ、カットソー類は洗濯するとかならず縮む。
買う際には縮んだあとのことを考えてサイズを選ぶのが賢明といえる。

例えば、Mサイズでピチピチなら洗濯後はさらにピチピチになるということである。

とはいえ、天日干しや陰干しではLサイズの物がMサイズやSサイズくらいにまで縮むことはない。
乾燥機を使えば別だが。

以前、デヴィッド・ベッカム氏がかなり小さめのTシャツを着用していることが話題となった。
もう数年くらい前の話である。

さまざまなファッション系のメディアで解説がなされていたが、新品のSサイズを着用しているのだろうということと分析されていた。

新品でピタピタだから洗濯をするとさらに縮むことになる。
おそらく、洗濯せずに1度か2度着用した後は捨ててしまうのではないかと推測している。
こういうことは超お金持ちのベッカム氏だからできることで、貧しい筆者はなるべく長持ちしてなおかつ、そこそこに見栄えが良い低価格品を選ぶことに徹している。

長年そうやって暮らしてきたので、すっかり身に着いた。
これはこれで楽しいものであり、もしお金持ちになったとしても止められないだろうと感じている。
高額品を定価で買う生活をたまに想像してみるが、何とも物足りなく思う。

ちなみにこの2種類のTシャツは西友で買った。











補助金を使ったブランド化で一発逆転はあり得ない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 補助金を使ったブランド化で一発逆転はあり得ない
 ほんの3年ほど前まで各産地組合主催での、産地見学ツアーがちらほらと開催されていた。
東京を中心に、関西、名古屋あたりのアパレルメーカー社員や小規模デザイナー、一部小売店スタッフなどを対象として、それぞれの産地を見学するツアーが組まれていた。
地元での産地総合展示会も同時開催する場合もあった。

北陸の某産地でも無料送迎バスを用意したご招待ツアーがあった。
兵庫県の某産地も地元で産地総合展示会を開催し、オプションとして工場見学ツアーがあった。

だいたい、どの産地も3年やって「はい、お終い」となっている。
この3年というのは、補助金・助成金が終わるタイミングである。

送迎バスを用意したり、場合によっては宿泊施設も用意したりで、相当な費用がかかっていただろうから、補助金・助成金が終われば「自腹ではとてもじゃないが賄いきれません」というところだろう。

気持ちはわからないではないが、3年が経過してやっと少し工場見学ツアーが認知されつつあったのに「もったいないな」と感じてしまう。
よほどの知名度がない限り、初年度から注目されるイベントや打ち出しなんてありえない。
ブランドの構築だって本気でやるなら5年や10年はかかる。

にもかかわらず、各産地は3年ごとに打ち出しをリセットして、産地を告知するイベント自体は継続する。
目玉企画や開催場所を3年ごとに変えて今に至る。
その3年周期を何十年も繰り返してきた結果が現在である。
実を結んだ産地はあまりにも少ないというのが外野たる筆者の感想だ。

結論から言ってしまうと、産地組合が主導して、産地企業を平等に扱う全員参加型を前提とする限りにおいては、産地ブランド作りというのは不可能である。
何社かの有志が独自で活動する体制へと転換させる必要がある。

以前にも書いたが、人間が5人集まればすでに意見が割れる。
5人程度なら反対者をなだめながらでも活動は続けられるが、10人、20人となればそんな小手先の対応では通用しない。反対派を力で押さえつけるか排除するかしかない。
あとは、だれもが反対しないような「毒にも薬にもならない」企画を淡々と粛々と続けるか、である。


以前にも書いたが、東洋経済オンラインの「地方創生のリアル」という連載が面白い。


繊維産地にも当てはまるような事例が毎回紹介されている。
今回は地域ブランド化が失敗する理由がまとめられている。
産地総合展が各地で開催される時期にふさわしいのではないか(笑)

「地域ブランド化」が失敗に終わる3つの理由
難易度が高い上、凡庸な商品では無理がある
http://toyokeizai.net/articles/-/104375


タイトルだけで言わんとすることが伝わってくる。

理由1:ブランド化に適さない凡庸な「地域」と「商材」
理由2:コンサル頼みでは「汎用品・地域ブランド」しか生まれない
理由3:資源不足なのに難易度の高い方法に取り組む非合理


もうこの小見出しだけで十分伝わるのではないかと思う。

ここでの地域ブランドというのは繊維も含めたすべての商材についてであるから、繊維に関してすべてが合致するとは言えない。
食品、家具、雑貨、日用生活品、さまざまジャンルを包括的にとらえた記事である。
しかし、繊維にもこの記事のエッセンスを生かすことは重要ではないかと考えている。

理由2の章の中に、「外部から来た名ばかりコンサル(繊維業界あるあるw)が提案する7点セット」が紹介されている。7点とも繊維業界あるあるすぎて笑いが止まらない。

(1)よく聞くウリ文句(日本一の◯◯)
(2)いい加減な地域商材選定
(3)何となく地域の名前を使ったブランド名
(4)デザインされたロゴ
(5)綺麗な写真を使った大型ポスター
(6)中身のないWEB
(7)東京の一等地でのイベント


である。7点とも繊維産地でも良く見かけるセットではないか。
そしてこの7点セットで成功した繊維産地は数少ない。
すべて失敗したとは言わないが、成功した事例は片手の指で足りるほどではないか。

繊維産地に関していえば(2)は除外される場合が多い。
三備のデニムにしろ、和歌山のニットにしろ、西脇の先染め織物にしろ、泉州と今治のタオルにしろ、ずばりそのものの商材しかない。
しかし、残り6点はどうだろうか。
99%の産地で当てはまるのではないか。

個人的には、繊維産地についていえば(3)~(6)というのは、ほとんど何の効果ももたらしていない。
とくに販促的・広報的見地からいえば(4)~(6)はまったく効果がない。

今治タオルはロゴのデザインで成功した数少ない事例だといえるが、それ以外の産地のロゴが市場で認知されているだろうか。
筆者は記憶にない。
さらにいえば、産地の各企業がその産地ロゴを使い続けて商売をしているだろうか?
これもあまり記憶にない。

せいぜいが産地総合展の際にあちこちに掲げられるくらいだろう。
産地総合展は補助金・助成金の兼ね合いもあって年に1回しか開催されない。
必然的に産地ロゴを目にするのも年に1回限りとなる。
10年開催したって10回しか目にしないということである。
そんな物を記憶できている人間はかなりの少数派か産地関係者くらいである。
頻度の少ない物を人間は忘却する。

大型のポスターもそうだ。
筆者はそもそも産地に限らずポスターって効果があるのかと以前から疑問を抱いていた。
というのも、筆者の脳に欠陥があるのか、駅やビルに貼られているポスターをほとんど認識しないのである。
目には映っているが、認識しない。
視覚に流れて行っているのである。

風景やらロゴやら幾何学模様のポスターなら、有名芸能人の顔がデカデカと映ったポスターの方が認識しやすい。
他の人はどうだかわからないが、筆者の脳はそういう反応を示す。

そして、産地のWEBはだいたい中身がない。
表紙だけ整えられた紙芝居みたいなものである。
2000年代前半の企業サイトと同レベルだと感じる。

手を加えて人手を加えれば加えるほど費用が発生する。
費用を抑えようとするなら紙芝居にならざるを得ないのも理解できる。
しかし、紙芝居サイトでは何ら効果がないのも事実である。

反対にWEBサイトの表紙すらお粗末という産地や企業があることも事実であり、繊維業界のIT化への取り組みが如何に遅れているかという証拠でもある。

この記事は

自分たちは何も変わらず、単に補助金をつかったブランド化で一発逆転、だなんて都合のよい話はありません。

と結ばれているがまさしくその通りではないか。

昨今ではわずかながら、SPA化に成功した産地企業が現れ始めている。
個人的には、「エヴァムエヴァ」を展開する近藤ニットをもっとも評価している。
もともとはニット工場だったが、現在は直営店を全国展開しており、自社工場ラインの99・9%を自社製品製造で回している。残り0・1%だけ長い付き合いのある某ブランドの製品を製造していると聞いた。

近藤ニットに続く産地企業が少しでも多く現れることを願ってやまない。










デザインはアートではない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - デザインはアートではない
 つい先日から、藤本貴之さん著「だからデザイナーは炎上する」(中央公論新社)を読み始めた。
これは、例の東京オリンピックの佐野研二郎氏のエンブレム問題を考察した本である。

「過剰なクリエイター(笑)擁護論」もなく、至極まっとうに佐野氏とその周辺の問題点を考察している。
読み終わったら別途感想をまとめてみたいと思う。

その中でこんな箇所がある。デザインとアートの違いについてである。
最近、デザインとアート、クリエイションが各分野で混同されているように感じる。
もちろん、ファッションの業界でもそれは同様である。

そもそもデザインとは、デジタル大辞泉によると、

1 建築・工業製品・服飾・商業美術などの分野で、実用面などを考慮して造形作品を意匠すること。
2 図案や模様を考案すること。また、そのもの。
3 目的をもって具体的に立案・設計すること。


とある。

これをもって藤本氏は、「デザインとは具体的な目的や機能を持って設計すること」とまとめている。

そして「デザインとアートを分かつ最大にして唯一の条件、それは『客観性の有無』であるといわれている。アートは制作者の主観的な表現のみで作られることがゆるされたものであり、客観的な説明や合理性を必要としない。(中略)ではデザインはどうだろうか。それが何であれ、デザインにおいては、具体的な目的や機能を持って設計しないとならない。となれば、客観的な説明可能性や、その存在の合理的な根拠が必要になるのも至極当然である」と指摘している。

その事例としてここでは建築を挙げている。

アートとしての住居は理論的には存在できない。
その理由は簡単だ。建築とは「住む」という具体的な目的を果たすために、必要十分な実用性を具備したうえで、立案や設計がなされなければならないはずだ。

もし建築物がアートであれば「2階に行けない2階建て」や「入口がない部屋」「途中で途切れている階段」などの表現も、アーティストの主観的表現の下に許される。そもそも「住むことができない家」というコンセプトだってありうる。しかしそのような住居としての具体的な機能や目的を充足していない建築物はデザインではない。建築をモチーフとした「アート作品」だ。


とのことであり、この説明は適切であろう。

翻ってファッションデザインということを考えてみれば、

服としての機能を満たしていないような服はデザインではないということになる。
さまざまなTPOに照らし合わせて、そのいずれもの場面で着用が難しいと思われる物は洋服をモチーフとしたアートと言えるだろう。

そういえば、以前、レディーガガが生肉で作ったドレスを着用したことがあったが、あれも厳密には洋服ではないだろう。数時間経てば腐って、着用者の体を汚すし、異臭も放つ。
何かの拍子に人とぶつかればぶつかった人の衣服や体も汚す。

迷惑千万な一品であり、アート作品と言えるのではないか。

これに類した到底着用不可能な衣服がパリコレクションを筆頭とする欧米のコレクションショーにはたびたび登場する。

フェイスブック友達の吉田克明さんが、先日ブログで上げておられた。

置いてけぼりをくらうファッション10選
http://moongate.hatenablog.com/entry/2016/02/21/001410


個人の主観で10個を選んでおられるが、これに勝るとも劣らない「作品」は毎シーズンいくつもランウェイ上で発表され、そのたびにネット上では騒然となる。
はっきり言って、これらの何が素晴らしいのかさっぱりわからない。
着たいとも思わないし、作ってみたいとも思わない。
見たいとも思わない。
筆者にとっては意味不明で興味も湧かない。

藤本氏の言葉を借りるなら「衣服をモチーフとしたアート作品」といえるのではないか。

吉田氏のブログからいくつか画像をお借りする。
個人的に10選の中からさらにワーストを選んでみた。

20160219004009


20160219004311


20160219004323


20160219004221



ファッション専門学校の生徒や講師、若手ファッションデザイナーと話していてときどき違和感を感じるのは、こういう類の物をファッションデザインだと思っている人が一定数存在することであり、そんな彼らから「クリエイション」「クリエイター」という言葉が多用されることである。
メディア従事者にも同類の人は一定数存在すると感じる。

筆者はデザイナーとクリエイターはイコールではないと思っている。

藤本氏は「本来、デザイナーとは、目的と機能を果たすための事物を設計する技術者(エンジニア)である。それは必ずしも、アーティストやクリエイターを指すわけではないのだ」とも書いており、これには全面的に賛成である。

現在の日本のファッションデザイナー市場が混乱しているのは、このデザイナーとアーティスト、クリエイターとの混同が原因ではないかと個人的には感じている。

一方、「デザインとは具体的な目的や機能を持って設計すること」だから、目的・機能を重視されたワークウェア、ミリタリーウェア、スポーツウェアが結果として「カッコイイ」と目されるのではないかとも思う。

もちろん、アート寄り、アート風に表現された衣服があっても良いとは思う。

しかし、洋服は純然たるアート作品やクリエイションであってはならないと思う。
そのあたりの区別から再構築することが必要なのではないか。




PR
PR






記事検索
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード