南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

2015年12月

若者の「ジーンズ離れ」は、ジーンズを愛用する年配層への「反逆」かもしれない

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 早いところだと先週の金曜日、土曜日あたりで、平均的なところだと昨日、今日くらいに仕事納めとなる。
そんなわけでこのブログも今日で年内最後の更新として、あとは大掃除に邁進したい。
もしかすると気まぐれに更新するかもしれないが。

ブログ経由でメディアから原稿執筆の依頼や、コメントの依頼がある。
もっとも多いのはジーンズ関連である。

だから、年内最後はジーンズについて書いてみようと思う。

ジーンズ専門アパレルのジーンズが売れなくなった理由をこれまで様々書いてきた。

まず、競合ブランドが増えて消費が分散化したことが挙げられる。

これはOEM・ODM企業が増えて、ジーンズ専門アパレルに頼らずとも同等の商品が金さえあれば誰でも作れるようになったことが大きな理由だ。
また商社の製品製造部門も同様の役割を果たしている。
わざわざ専門アパレルから仕入れなくても同じレベルの自社製品を作ることが容易になった。


次に低価格ジーンズの見た目がレベルアップして、そちらを穿いていても遜色がなくなったこともある。
2010年ごろまでのユニクロのジーンズは生地の風合いやら色合いが明らかに高額ブランドと異なっていたが、最近ではほとんど見分けがつかない。
他のブランドも同様である。昔のレイジブルーのジーンズはチャチな見た目だったが、最近はそうでもない。
似たような商品なら安い方で買うという消費者が多いのは当たり前である。


ジーンズがトレンドアイテムではなくなったこともある。
2009年から2014年末まではジーンズが冬の時代だった。
これは単にトレンドの問題という側面もあった。
デニムという生地が一切必要とされなかったかというとそんなことはない。
デニムシャツ、デニムワンピース、デニムブルゾンは人気アイテムだった。
トップスにデニムを用いるのがトレンドだったため、ボトムスはデニム生地以外のパンツが求められたということである。
上下デニムのコーディネイトは難度が高く、下手をすると70年代の中村雅俊になってしまう。
だからトップスにデニムを着用した場合、パンツはチノパンやらスラックスを穿いた方がコーディネイトしやすい。


2015年は春先からジーンズがトレンドに浮上したため、また少し活況を呈した。
文化がなんだかんだとか、伝統の技術がどうのこうの言っても、洋服なんてトレンドと気温で消費は大きく左右される。そんなものである。

以上はこれまで書いてきたことの再まとめである。

これ以外に、思いついたことを書いてみたい。
そうでなければわざわざ読んでもらう意味もない。

12月25日付けの朝日新聞にジーンズについての記事にコメントを出したのだが、その記事の冒頭にもあるようにジーンズは「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」と説明されることが多い。

作業着から始まって、第二次大戦後の「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」となったことは事実であり、間違いがない。
しかし、現代社会において、ジーンズに対して源流である作業着としてのワークテイストを求める人はいても、「反逆の象徴」を感じる人はほとんどいないのではないか。
筆者は来年46歳になる自他ともに認める初老のオッサンだが、ジーンズに対して「反逆の象徴」と感じたことはない。文化的にそう捉えられた時期があったとは認識しているが、筆者からすると単なるファッション着、日常着の1アイテムである。
着用することが多いのはなぜかと問われると、それはスラックスよりもイージーケア性が高く、コーディネイトしやすいからである。
別にしわくちゃでもそんなにおかしくないし、洗濯をこまめにする必要もない。
とりあえずジーンズを穿いていればそれなりにおかしくは見えない。
汚れ作業もしやすいし、汚れても洗濯が楽だ。これがウールのスラックスなんかだとクリーニングに出すのがめんどくさい。
少々破れても穿ける。他のパンツではそうはいかない。

46歳になるオッサンからしてそういう感じなのだから、それ以下の若い世代ならなおさらそうだろう。
50代半ばでも同じような認識ではないかと思う。

しかし、ジーンズ専門アパレルや素材メーカーの年配のトップ・経営陣や年配のジーンズ業界関係者からは、しばしば「反逆の象徴」という言葉が聞かれる。

ざっくりした感触でいうと60代以上はそういうことを時々言うように感じる。

過去の事実を事実として指摘しておられるだけならそれは正しいが、時々だが、そこに過剰に感情移入している人がいる。
その人が市井の素浪人なら個人の思想の自由だが、これが企業や団体のトップだと危険である。

その認識がすでに多くの消費者からズレている。
50代半ばから下の世代はジーンズをそう捉えていない。
そういう認識のままで企業や業界をリードすれば、消費者に支持されない商品ばかりを作ることになる。

そもそも「反逆の象徴」と言っている層がすでに権力者・権威者になっており、体制側になっている。
自らが体制側の首魁になっておきながら「反逆の象徴」としてのジーンズを追い求めるというのは矛盾しており、そんな矛盾した姿勢を消費者は受け入れない。

専門アパレルのジーンズは売れなくなったのはそういう一因があるのではないかと思う。

今の若い世代が、老年層に「反逆」をするとしたら、ジーンズを穿かないことがその一手段になるのではないかと感じる。

昔は作業着上がりの粗野なジーンズを穿くことが上流階級や年配層への「反逆」だったが、今はジーンズを若いころに愛用していた年配層に対して、ジーンズを穿かないことが「反逆」になる。

年配層がノスタルジックになんだかんだと言っても、ジーンズは最早ファッションの1アイテムであり、チノパンやスカート、タイツなどと競合するボトムスの1アイテムになってしまった。

2009年からの「若者のジーンズ離れ」にはそんな心理的要因もあったのではないかと最近思うようになった。
もちろん若者はそんな大層なことは考えていないだろうが、「オッサン達が好んで穿いているジーンズというアイテムはかっこ悪いよな」とそのくらいは漠然と感じていたのかもしれない。

年配層がノスタルジー丸出しで「反逆の象徴」とか「日本の匠」だとか「伝統の技法」だとかを大上段から振りかざせば振りかざすほど、ますます若者はジーンズに対して興味を失うのではないか。

来年46歳になる初老の筆者でさえ、そのあたりの言説にはすでに辟易している。

ジーンズ専門アパレルが多少なりとも活況を取り戻したければ、まず首脳陣の意識を変えることから始めなくてはならないのではないか。











福知山に1軒だけ残ったタオル工場

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 京都府の福知山にタオル工場があるのをご存知だろうか。
恥ずかしながら筆者が知ったのは今月下旬のことだ。

そのきっかけは21日に開催した京都イージーの岸本栄司さんとの呑み会である。
以前から声をかけていただいていたが、日程を決めないままズルズルと年末まで来てしまったので、年内にやりましょうということで、日程を決めた。

そうすると、岸本さんから「藤田さんも連れて行って良いですか?福知山でタオルを販売している人です」との連絡があって、最初は額面通りに受け取っていた。

いざ、お会いしてお話を伺うと、タオルを製造されているとのこと。

これには驚いた。

これまでタオル産地は、大阪の泉大津周辺の「泉州産地」か、愛媛県今治市周辺の「今治産地」しか知らなかったからだ。
おそらく、一般消費者はもとより、繊維業界の多くの人もこの2つの産地しか知らないのではないか。

その藤田さんによると「昔は、福知山に8軒のタオル工場があった」とのこと。
しかし、すでに7軒はなくなって、今では藤田さんの三和タオル製織しか残っていないという。

「自分は4代目ですが、何度も経営危機があり、近隣のタオル工場が次々に消えていくのを見て、このままでは立ち行かないと感じて、ネット通販による自社販売を立ち上げました」と藤田さんは言う。
単なるタオル工場としては限界を感じていたからこその転進である。
いわゆる正真正銘のSPA(製造小売り)業へと踏み出したわけである。もちろん、卸売りは継続しつつだが。

http://www.original-towel.jp/

会社概要によると、製造設備はこうなっている。

「ドビー織機  自動へム機   プリント機
熱風乾燥機   製版設備   工業ミシン
刺繍機(多頭機)  検針機     整経機 」


である。

通販サイトは、「たおる小町」の名前で展開している。

http://www.towel-komachi.co.jp/

呑み会の2,3日後に突然、自宅に「三和タオル」から荷物が送られてきた。
何だろうと思って開けてみると、製品のサンプルが入っていた。

バスタオルとフェイスタオルとガーゼタオルである。

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(送られてきたタオル)


生地はあまり厚くない。
もちろん、銀行や郵便局でもらう粗品タオルほど薄くはないが、昨今流行りの「今治タオル」のように厚手ではない。中肉と表現したら良いのだろうか。

そういえば、飲み会の席上で藤田さんは「うちは厚手のタオルを設備上作れない。薄地主体になります。でも極薄は別として、中肉くらいなら厚手と吸水性はあまり変わらないんです」とおっしゃっていたことを思い出した。

なるほど。

厚手のタオルは吸水性は良いかもしれないが、洗濯すると乾燥するまで時間がかかる。
中肉なら当然、乾燥までの時間は短縮される。
もし、本当に吸水性が変わらないなら中肉タオルの方が、日常使用には便利ではないか。

試しに1枚洗濯してみた。
乾かしてから顔を洗って拭いてみたが、吸水性は問題ない。

反対に厚手タオルの中には何度か洗濯を繰り返さないと吸水性が高まらない製品があるが、あれに比べると格段に手間がかからない。
何度も洗濯しないと水を吸いにくいタオルなんて、いくら手触りがふかふかであろうが、筆者にとっての製品価値はゼロだ。
タオルなんて使ってナンボであって、飾って楽しむ物ではない。

タオルに関していうと、現在の今治タオルは、ふかふか厚手の無地タオルが主流になっている。
これはいわゆる「後晒し」という製造法で作られており、この「後晒し」はもともと泉州産地が得意とする製造法だった。
今治産地は、後晒しよりもプリント柄や織り柄入りのタオル製造を得意としていた。

90年代半ばまでは、贈答用のタオルは、有名ブランドとのライセンス契約を結んだものが主流で、鮮やか、ときに毒々しい色柄でそのステイタス性を表現していた。
今治産地はこれを得意としていた。
タオルももちろんそうだが、タオルに限らずブランド側としてもライセンス契約は何の労力もなく金を得られるので美味しい話だったわけである。

だから「Celine」の便所マットなんていう珍妙な物が作られ、販売されていた。

ところがバブル崩壊後、そういう毒々しい色柄のライセンスタオルは「ダサい」と言われるようになった。
そこで今治産地は方向転換を行い、後晒しを全面的に打ち出した。

当然、そこに行きつくまでに産地内では喧々諤々の議論があったと聞いている。

結果的に見るとその方向転換は正解だった。

一方、「元祖後晒し」の泉州産地は出遅れたという感じがある。
挽回すべく努力をしているのを断続的に外野から眺めているが、有効な手段は見つけ出せていないように感じる。
どれもよくある「産地組合の取り組み」の域を出ていない。
どこか1社か2社が強烈なリーダーシップで、ときに独裁的に取り組まないと、産地の総意を持って進むというやり方を続ける限りは総花的な意見を採ることになるので、無理だろう。

さて、今回、三和タオルの存在を知って、世間的には知られていない会社がまだまだあることを再認識した。
1軒しか残っていないからこそ、ウェブ通販による完全SPAが実現できたのではないか。
8軒のタオル工場が残っていて、共同組合みたいなものが形成されていたら、逆に何もできなかったのではないかとも思う。

工場発のタオルSPA業態をぜひとも完成させてもらいたいと願っている。












「独自化」に着手できない小規模小売店は余力がある間に廃業した方が賢明

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 通常のファッションブログはあまり評価をしていない。
個人的にはたくさん存在するプチプラブランドを使ったコーディネイトブログは好きで、あれがあればファッション雑誌なんていらないんじゃなないかと思ってしまう。

欧米のメゾンブランドがどうしたとか、ファッショニスタがどうしたとか、セレブがどうしたとか、その類のことばかり書いているブログを定期的に読むことはないし、たまに読んでもそれほど評価していない。

そんな中で、Knower Magは評価している。
ファッションやトレンドだけのことではなく、業界の問題点も指摘しているからだ。

Knower Magは月間PV数が100万の大人気ブログで、筆者のこのブログよりもはるかに評価が高い。
筆者のブログはだいたい月間PV数が11万くらいだからその10倍である。
さすがに世間的に評価の高いだけのことはある。

12月23日のエントリーは実に良い問題提起をしておられる。

http://www.neqwsnet-japan.info/?p=6336

タイトルが「アパレル通販の説明文が分かりにくい、たった1つの理由」とあるが、そこを切り口として小規模ブディックや小規模専門店がどうしてダメになったかを指摘しておられる。
余計なお世話だが、もう少し違うタイトルにした方が伝わり易かったのではないかと思ってしまう。

まず、通販サイトで良く書かれているような商品説明文を取り上げている。

「メランジの暖かみのある素材感が特徴的なVネックニット。
ネック部分はシャツやカットソーと合わせた際に、綺麗な見えかたとなるようデザインされています。
ラグランスリーブのゆったりとしたシルエットが、今シーズンらしいリラックス感のあるスタイリングを演出してくれます」


とある。実際に使われている商品説明文である。


こちらに至っては全文を正確に理解できる人は少数ではないでしょうか?
「ラグランスリーブ」も大概ですが・・・あなたは「メランジ」を正確に説明できますか?

これらは一般単語ではなくれっきとした「専門用語」です。にも関わらず何のことを表現しているのか全く補足が無く、既に知っている前提で商品説明が展開されることが多い。どこのサイトでもどこの雑誌でもこの現象は見られます。


この指摘は正しい。
筆者は以前に某新聞社の依頼で「素人から見たファッション用語」の編纂に協力したことがある。
一応、毒モ、もとい読モの女性が分からなかったファッション用語を抜粋してそれに解説を加えるという作業だった。

驚くことに、業界人なら基本と認識されているような言葉でさえ、この毒モ、いや読モは知らないのである。

例えば「鳩目」。

今までどうやってこの人は生活してきて、読モの仕事をこなしてきたのかと不思議でならなかった。

読モでさえ知らないなら一般の人はもっと知らないと考えるべきだろう。

そしてその原因の一つをこう分析する。

どうしてアパレルはこんなにもわかり難い商品説明をしたがるのでしょう?
実はこれら通販サイトの商品説明などは「ブランドのプレス情報」をそのままコピーペーストしている場合がほとんど。ここに問題があるのです。


そしてさらにこう続ける。

そのためプレスさんがリリースする情報は「格好つけているもの」が多いのです。

たとえ数千円のアウターであったとしても「イタリアのファブリックメーカーに別注をかけたメランジ調のニットウェア」なんて専門用語バリバリで”それっぽく”伝えようとします。

これをもしブランド側がエンドユーザーを意識して・・・

「イタリアのファブリックメーカー(生地製作の専門会社)に別注をかけたメランジ調(霜降りの様な風合いのこと)のニットウェア(編み立てた洋服のこと、いわゆる”セーター”)」

なんて説明をしていたら格好悪くって仕方ありません。イメージを最重要視するプレスさんがこうした「格好つけたコンパクトな文章を望む」のはある意味当然と言えます。

問題はそれを何も考えずに「コピーペースト」してしまう小売店です。


こうなると問題は通販サイトだけではなく小売店全体に共通してしまう。

ここから、現在の小規模洋服専門店が不振を極める状況の分析に突入する。

小売店の役割とは何でしょうか?ブランドの意向やデザイナーの考えをお客様に説明し、魅力を理解してもらい、お買い上げ頂くことです。小売店が持つお客様への接触能力、説明能力などを駆使して、難解なファッションの世界を「翻訳」するのが本来の仕事のはずです。

しかしながらもちろん、小売店がこういった姿勢になってしまった理由もあるのです。

インターネットがまだ存在しなかったDCブランド繁栄の時代。ブランド側は余程の資金力がなければ各地方に直営で販路を作るわけにもいかない。そのためその土地土地のショップさんに「商品を卸す」形式で販売を委託していました。

現代ならばブランドファンは直営の通販サイトで全国どこに住んでいても気軽に購入することが可能ですが、その当時は購入する手段がないわけです。わざわざ高い交通費と時間をかけて都内に足を運び購入するというのも頻繁にできるわけじゃない。「すぐ行ける距離のお店に取り扱いが欲しい」というニーズが存在するわけです。

消費者的にもブランド的にも「地方の小売店に商品を卸す」という行為は必要不可欠だったわけですね。

そうなると小売店側としては、ブランドのイメージや価値が確立されていれば、「並べるだけである程度売れる」状態が作れたわけです。

インターネット通販がここまで洗練される以前の時代の小売店競争は「いかにして売れるブランドを競合店を出し抜いて取り扱うか」が肝でした。

ここに関して異を唱える人はいないでしょう。

「ブランドにおんぶに抱っこ」と言ったら各小売店に失礼ですが、実情として近いものはあったはずです。それに慣れきった各取扱店は「自店の魅力追求」なんてノウハウはすっかり失われてしまいました。「ブランドの指示通りするのが当たり前」と言わんばかりにプレス情報やブランド公式画像をそのまま商品説明欄にコピーペーストしてしまうところばかりなのです。

現に今地方の通販サイトを見て「特色があるコンテンツ」「独自で魅力を伝えている商品ページ」を開発しているところは皆無のはずです。本来の小売店の役割であるはずの「ブランドの意向を分かりやすく翻訳する」という行為ができていないのです。

現代はほとんどのブランドが直営通販を行う様になりました。当然卸先で販売するよりもブランド側は利益を確保できるためそちらを追求するようになります。ブランドの直営通販は「強烈な品揃え」という武器を備え、地方小売のパイを奪っているのが現状です。「ブランド側の指示通りやってるのに、なんで売れないんだ!?」なんて競争の激しい小売業界に生きているとは思えない冗談みたいな話も耳にします。


長文だが一気に引用した。

現在の小規模専門店の多くは「人気ブランドをそろえること」と「セール開始のタイミング」とこの2つくらいしか気にしていない。
しかし、人気ブランドはあちこちのショップでも置かれているし、直営店や直営通販サイトもある場合が多いから、その取扱いがアドバンテージとなることはない。

それに対して凡百の専門店がやっていることと言えば「バッティングだ」とブランド側にケチを付けることだけである。
しかもそれは新興ブランドや小規模ブランドに対してなされる。
大手ブランドや有力ブランドにはしない。

反対に大手ブランドや有力ブランドに対しては「あそこにも卸しておられますが、うちにも同じ物を卸してくださいよ」なんて感じに、自らバッティングを仕掛けに行っている有様である。
何がバッティングだよと呆れ果ててしまう。

もう一つはセール開始のタイミングを考えることである。
某商業施設は何日からセール開始だからそれに合わせるか、それよりも前倒しするか、それを考えているだけに過ぎない。後倒しという選択肢は絶対にない。
なぜなら大型商業施設に対して勝ち目がないことだけはよく理解しているからだ。

ランチェスターの法則を持ち出すまでもなく、小資本と大資本が同じ土俵で戦ったら絶対に大資本が勝つ。
小資本が生き残るためには土俵を変えなくてはならない。
ランチェスターの法則ではそれを「一点突破主義」と説明するが、まあ、大手流通と同じブランドを取り扱っていたら、絶対に負ける。

当たり前だ。大手流通の方が同じブランドとはいえ、品揃えが豊富である。
小規模店が5型しか取り扱えないところを大手なら10型、15型取り扱える。
当然、客はそちらに流れる。値引きも大手の方が値引き率が高い。
同じ商品が安く売られたらそちらを買うのは当たり前である。

そうさせないためには、小売店が大手とは異なる「独自化」を図るしかない。
それは品揃えなのか、サービスなのか、店主の漫談なのか、何かの分野で「独自化」するしかない。

それができない小規模小売店は淘汰されて当然である。

店主が朝から晩まで苦労しているとか消費者には関係ない。
苦労が売りなら「店主の苦労日記」とでも題したブログででも発信するべきで、発信もしていないくせに「察してくれ」というのはどれほど傲慢で上から目線なのかと呆れるほかない。

独自化に踏み出す勇気がない小規模小売店は、余力のあるうちに廃業するのが最も賢明な方策だろう。






ブログもSNSも自分の性格に合った書き込みをすれば良い。正解は一つではない

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 このところ、立て続けにまだ立ち上げた個人レベルのブランドから相談を受けている。

個人起業家みたいな感じなので、資金的にはゆとりがない。
通常の法人よりも販促費や広告宣伝費に割ける原資が少ない。

それこそこういう個人ブランドは、ブログも含めたSNSを活用すべきである。
このことに異論のある人はいないだろう。
ましてや販路はウェブ通販が大きなウエイトを占めるわけだから、SNSから誘導することは非常に効率的でもある。

そのためにはひたすら自己発信をするほかない。

ところがいざ、発信する段になると「何をどう書いて良いのかわからない」「面白いこと、人目を惹きつけるようなことが書けない」という悩みが生じるようだ。

バラエティ番組出演で一躍業界のスターになった短パン社長だが、テレビ番組出演ができたのはSNSでの発信を積み重ねたためである。
そして、彼の書き込みはよくも悪くも面白くて人目を惹きつけることが多い。


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(短パン社長)

ちょっと挑発的なときもあるが、それは彼の個性だし、賛否両論はあろうが、賛否両論のない書き込みなんて他人の記憶には残らない。

これから発信をしようという人にとって短パン社長は一つの目標であり、お手本だといえるが、逆にそれを意識するあまり「あんなに面白いことが書けない」とすくんでしまう人も実際に何人か存在する。

しかし、書き込みなんてものは、自分の性格やこれまでの経験を反映するほかない。
他人の性格にはなれないし、他人の経験をわが物とすることはできない。

筆者が短パン社長のようなブログや書き込みはできないが、逆に短パン社長も筆者のようなブログや書き込みをすることはできない。(彼は絶対にそんなことしたくはないだろうけどw)

自分の中にある物を一つずつ表に出すしかない。

インターネット販売のみで、日本製Tシャツを販売している京都イージーという会社がある。
ブログはあまり書いておられないが、ウェブサイトでもSNSでも自社の製品について長文で語られている。
岸本栄司さんという方が事業主だが、50代後半の武骨な風貌の男性である。

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(岸本栄司さん)

糸がどうしたとか、生地がどうしたとか、そういうこだわりを事細かに書いているのは、いかにも彼の風貌と性格に適していると感じる。

http://www.easy.ne.jp/html/tshirt/nuts7-history.htm


この岸本さんが、突然、短パン社長の書き込みを真似し始めたらどうだろうか?
「Yes Curry Rice!」なんて叫びながらカレーを食べたあとに親指を立てたポーズを取ったらオカシイだろう。
まったくキャラクターに合っていない。
付け焼刃感満載だ。

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そんな書き込みを読んで共感を覚える消費者はそれほど多くはないだろう。


結局、派手な人は派手なように、武骨な人は武骨なように、実直な人は実直なように、イヤミな人はイヤミなように性格に応じた書き込みを自分の言葉でするしかない。
そしてそれこそがもっとも共感を得やすいのではないか。

「私は平凡です」ということを自分で自覚しているなら、平凡なことを書き込めば良いのではないか。
にわかに短パン社長や岸本さんの真似をしてみても却って滑って寒いだけである。
その平凡さに共感する消費者が必ず世間には何人か存在する。

世の中で「年間売上高ゼロ」という商品は存在しない。
ということは少数派であっても必ず支持者となる人は存在するということである。


もし、ご依頼いただければ業務としてブログの代筆や添削なども行うが、それでも何もないところから筆者が勝手に作り上げるわけにはいかない。

事業主や担当者の個性をつかめて、書きたいことを提示してもらって初めて代筆や添削が可能になる。


ウェブ通販サイトを立ち上げた途端に「今日からバカ売れする」と勘違いする人や企業は数多い。
けっこうな大手企業でさえそういうワナに陥る。
立ち上げただけで集客できるサイトはよほど有名なブランドに限られている。
知られていないブランドのサイトにわざわざ訪問する人はほとんどいない。

ウェブをあまりに安易に考えすぎるのはだめだが、逆に難しく考えすぎても結果は伴わない。
自分の中にある経験と性格を率直に出すことが最大の近道ではないかと思う。








GAPは定価設定を見直すべき

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 グローバルSPAブランド、低価格SPAブランドのセール品を買うことが多い筆者だが、以前からGAPの定価設定はおかしいと感じている。

GAPの定価はおよそZARAと同等である。
ジーンズが安い時(シーズンによって異なる)で7900円、高い時は1万円強だ。
これが最終的に売れ残れば1900円くらいにまで値下がりする。
1900円に下がるまでに売り切れる品番もあるが、2900~3900円に値下がりするのは珍しくない。
逆にGAPで定価で買う人はよほどの金持ちか情弱しかいないのではないかと思う。

定価設定はZARAと同じだが、店頭投入枚数が異なる。
ZARAに比べて異様に多い。
多いから売れ残ってそれが、最終投げ売り価格で処分される。
悪循環である。
ZARAは店頭投入枚数が少なく、売り切れたらすぐにモデルチェンジだが、GAPはユニクロと同様の積み上げ売り減らし方式なので、半額に下がるまでは売り切れることは滅多にない。

GAPでは最低でも半額になるまで待っても売り切れる品番はほとんどない。

そんなGAPが今、「全品レジにて50%オフセール」を開催している。

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ユニクロも週末値引きや期間限定値引きはあるが、こんなバカげた投げ売り企画はない。
しかもこれはセール品まで対象に含む。
1900円に値下がりした商品は950円になる。

定価9900のジーンズがすでに3900円にまで下がっているが、これも1950円になる。

2900円に値下がりしたジーンズは1450円になる。

9900円でジーンズを買った人(そんな奇特な人は少ないとは思うが)は涙目であろう。

また店頭のくじ引きで割引率が決まるという企画も頻繁に開催されている。
20%、30%、40%、50%オフのくじがあり、引いたくじによって割引率が変わる。
射幸心をあおるという批判もあるが、こんなくじ引きごときで射幸心をあおられる人はそんなにたくさんはいないだろう。
よほどゲーム類に関する耐性が低い人に限られるのではないか。

長年GAPを見て来て疑問に思うのが、どうして定価設定を下げないのだろうか。
どうせ定価では売れないのだ。利益確保もクソもない。

9900円が1900円にまで下がるからすでに定価に信用がない。
GAPは少なくとも半額になってから買うという消費者の方が多いのではないか。
だったら最初から今の半額を定価設定にすれば良いのではないか。
その方が消費者だって定価設定を信用してくれやすい。

5900円が1900円にまで下がるなら「お得感」があるが、12000円のジージャンが1900円に下がるのなら、そこには「不信感」しかない。

GAPのアウトレットに通う人も多くいると聞くが、正規店内にすでにアウトレット価格品が溢れているのにどうしてわざわざアウトレットに行くのだろうか。
しかもGAPはアウトレット用商品も製造している。
個人的に見ると、現在のGAPの正規品もあまりクオリティは高くないが、アウトレット用商品はさらに低クオリティである。しかも正規店の投げ売り品より価格が高い場合も多い。


ユニクロもときどき投げ売り品があるが、GAPほどの値引き率ではないし、H&MやZARAも死筋商品を投げ売ることがある。しかし、全品レジでさらに割引とか、定価の10分の1近くにまで下げて売ることはない。


他のグローバルSPAや低価格SPAと比較しても、GAPの価格政策は異様であり、これが上陸後長年続けられていることに対して理解に苦しむ。
数あるグローバルSPAの中で、日本国内で真っ先に凋落するとすれば、それはGAPではないかと思って生暖かく見ている。














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