南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

2015年10月

国内繊維産地企業は手工業者ではない

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 繊維産地の活性化の一環として、小規模な独立系ファッションデザイナーとの取り組みが挙げられることが増えた。
上手く行けば、両者ともにメリットがある。

小規模な独立系ファッションデザイナーとは何ぞやというと、自分一人とか仲間数人でデザイナーズブランドを展開しているような人たちで、東京コレクションに出展しているデザイナーを思い浮かべてもらうとわかりやすいのではないか。

産地側はデザイナーの作る図柄や意匠を取り入れて生地開発に活かせる。
デザイナー側は産地から比較的小ロットで生地を作ってもらいやすい。

これが理想形である。

昨今はアパレルブランドの企画担当者ですら知らないことが増えているが、織物の場合、「10メートルだけ織ってくれ」なんてことはできない。
なぜなら短すぎるからだ。
通常の生地は1反50メートル内外の長さがある。

織物の場合は、経糸と緯糸があり、緯糸というのはすなわち生地の幅の分の長さしかない。
狭幅だと75センチとか60センチ、広幅だと120センチとか140センチとか。
一方で、生地は1反50メートルの長さがあるから、経糸は最低でも50メートルの長さが必要となる。

だから10メートルだけ生地を織るなんてことはできないし、できたとしてもとてつもなく高い値段になる。
規格外の生地を作るわけだから手間賃も含めて割高になるのは当たり前である。

ちなみに経糸は長ければ長いほど効率化できるからその分、1メートルあたりの生地値は安くなる。
緯糸はそれこそ10メートルおきに違う色を打ち込むことも可能なのである。

まあそれはさておき。

そういうわけでいくら小ロットで作れると言っても、織布工場側からすると1反が最小限度なのである。
昔なら、別注生地を作るなら最低でも10反とか言われたこともめずらしくないが、昨今なら2,3反くらいから作ってくれる織布工場も珍しくなくなった。

ついでにいうと、1反だけのオーダーだと織布工場には利益はあまり残らない。
下手をすると赤字になる。

こういう状況があるから独立系ファッションデザイナーもずいぶんと別注生地を作ってもらいやすくなった。

ただ、これまでいくつかの産地を見てきた経験からいうと、この取り組みがすごく上手く行っているケースは少ないと感じる。
定例行事化している産地はあるが、デザインソースを活用しないことも多く、本当に定例行事化しているだけというのも珍しくない。

産地とデザイナー側両方に意志疎通があまりできていない場合もあるし、産地側がデザイナーという存在そのものに価値を見出していない場合もある。
またデザイナー側も産地の製造構造を理解していない場合もある。

上に述べたように1反だけの別注生地作りなんてことは、工場側からすればほとんどメリットにはならない。
メリットになるとすれば、その生地で使った図柄を他の生地に転用できることぐらいだろうか。

しかし、織布工場の多くはオリジナルの生地を製造することは少なく、ほとんどが商社やコンバーター、アパレル、ブランドの指示によって生地を製造する。当然、図柄も発注先から支給される。
それゆえ、オリジナルの図柄の生地をわざわざ開発する必要性はあまり高くないということになる。

産地側がデザイナーの存在に価値を見出さない理由としてはもう一つ、生産ロットが少ないということもある。

例えば、ある独立系デザイナーズブランドがあったとして、シーズンごとに発表する型数が50だったとする。
各アイテムで3反ずつのオリジナル生地を製造したとして、全部で150反だ。
独立系デザイナーズブランドからすると150反の発注というのはかなり大ロットに映るかもしれないが、工場側からすればそれほど大ロットではない。

しかもブランドの多くは、シャツありジーンズありセーターありコートあり、というようにフルアイテム化している。
それぞれのアイテム用の生地を得意とする産地はそれぞれ異なるから、1産地の1工場あたりへの生地発注量はそれこそ平均すると5~6反に終わる。
各産地の生地工場側からすると、「1シーズンに5~6反増えたところで・・・orz」、ということになる。

ここの部分の根本理解がないと、今後、いくら独立系ファッションデザイナーと産地がコラボレーションしても、これまで通りに定例行事化してお終いということになるだろう。

そして産地×デザイナーという取り組みは今に始まったことではなく、すでに20年前にはあったし、もしかしたらそれ以前もあったのかもしれない。(20年以上前の業界については筆者はわからない)

すくなくとも20年前から続いているものの、現在に至るまであまり大きな成果に結びついていない原因は、お互いの相互理解が浅かったためと言えるのではないか。


日本製が見直されているといわれる割には、各産地で企業の倒産・廃業が相次いでいる。
これを見て「産地を救おう」みたいな使命感を覚える独立系ファッションデザイナーもいるようだ。

ただ、彼らの製造ロットでは上で見てきたように、とてもじゃないが産地が潤うほどではない。

本気で「産地を救おう」と思うなら、製造ロットがまとまるビジネスモデルを構築するほかはない。

ビームスのメイドインジャパン特集ブランドだとか、クロスカンパニーのメイドインジャパンにフォーカスした自社メディアだとか、「これまで、さんざん中国生産してきたのに今更かよwwww」と思わないではないが、上手く行けば独立系デザイナーズブランドと取り組むよりは製造ロットがまとまる可能性はある。
楽観視はできないが可能性はゼロではない。

多くのファッション業界人・メディア業界人と話してみて驚くのは、産地企業を伝統手工業者のように捉えている場合が多いことである。
漆の手塗り職人か何かと完全に間違えている人が存在する。

一部の例外はあるにせよ、織布にしろ染色にしろ編立にしろ、工業製品なのである。
1メートルとか1枚とかそういう単位で製造することはむしろ割高になる。
「昔ながらの力織機を使って云々」という工場があり、それを業界人はこぞって取り上げるが、その力織機というのは手動機織り機ではなく、量産向けの自動織機なのである。
だからいくら力織機といえどもある程度の製造ロットがまとまらなければ動かすことで逆に赤字が発生する。

ここを踏まえて論議をしないと、間違った結論が導き出される。

そういう意味ではデザイナー側も「工業製品」に対する勉強をすべきだし、産地側はデザインや意匠ということにもっと注目すべきだろう。メディア側はとりあえず、意味の分からない雰囲気を盛り上げるだけの報道は止めるべきだろう。



日本の製造業よ、強くなれ (文藝春秋企画出版)
鈴木 德太郎
文藝春秋企画出版部
2015-08-28



製造業が日本を滅ぼす
野口 悠紀雄
ダイヤモンド社
2012-04-06



日本型インダストリー4.0
長島 聡
日本経済新聞出版社
2015-10-15


商品開発のために各工程の知識を共有化しよう

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 先週の金曜日、台東デザイナーズビレッジのご依頼で2時間の講演を行った。
出席者80人前後、そのあとの懇親会の出席者は30人前後と、けっこうな数の聴衆にお集まりいただき、驚くばかりであった。
どうでも良いことだが、これが筆者にとっての東京での初講演である。(笑)

これもひとえに台東デザイナーズビレッジの集客力ではないかと思う。
筆者が個人で講演会を主催したところで一体どれほどの聴衆に集まってもらえるかどうか。

2時間(実質1時間半、残り30分は質疑応答)かけて取り留めのない内容を散漫的に語らせてもらったのだが、その中で、価格競争に巻き込まれないためには2つの方法があることを話した。

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(こんな感じの集まり具合。筆者が腕まくりをしているのは熱意があふれ出たからではなく気温が暑かったから)


1つは、原料から小売りまでの連合体を作ること
もう1つは、それぞれの企業が見せ方、伝え方、売り方を工夫すること

である。

前者は、企業同士の連合チームを組むことになるので、各社の利害得失や企業間のさや当てもあることなので実現するのはなかなか難しいのが現実である。

それを踏まえて、実現可能なことを言えば、原料から小売りまでの各段階から熱意のある有志を募り、知識の共有化を図ることは可能なのではないかと思う。

繊維業界の各段階での知識というのは驚くほど共有化されていない。
もちろん、業界には「物知り博士」みたいな人が何人かいる。各段階のことにある程度の知識を持っている人がおられるがそれはあくまでも少数派である。

例えば、ウール・アクリル・レーヨン混の混紡糸があったとする。
この糸を3色使ってマダラに染めることは原理上可能である。
ウールとアクリルとレーヨンが染まる温度はそれぞれ異なるから、それぞれが染まる温度で各色を染めれば3色がマダラになった糸が出来上がる。

別に綿とポリエステルでも同じことができる。
染まる温度が異なるだけである。

少し染色の知識をかじったことがある人ならだれでもわかる。

しかし、このことを知らない小売店関係者はけっこう存在する。
彼らが不熱心だと言いたいのではない。
逆に彼らがそれを勉強する機会がこれまであまりなかったのではないかということである。

反対に、染色関係者で小売店のことを知っている人はかなり少ないだろう。
これもそういう機会が少なかったからではないかと思う。

もし、こうした知識が共有化できれば、小売店側から「こんな風に染められないか?」という提案が出てくるのではないか。
染色関係者が作り手として考え付かないような案が、小売店側からは出てくるかもしれない。

今、現在もそういう案は出てきているだろうが、基本的な知識がないから、小売店側の描く妄想や思いつきの域を出ない。
実現できた確率はかなり低いのではないか。

業界には「他工程のことは知りすぎるな。知れば無茶を言いにくくなる」というありがたい教え?があるが、それが通用したのはバブル期までである。
今は通用しなくなったのに、それを通用させようとしているに過ぎない。

そこそこに高い売価で大量に売れた時代なら、無茶も押し通せた。
発注数量で黙らせることもできた。
しかし、今は低価格な代替品の登場によって、中価格帯以上の商品が大量に売れる環境ではなくなっている。
おまけに工賃は上がらない。

数量も少なくて工賃も上がらないのに、製造工程に対して無茶を言って、それを製造工程が受け入れるのだろうか?
時々、受け入れてもらえなくなったという泣き言を聴くことがあるが、それはブランドや小売店側の自業自得である。
知らんがな。

商品開発を円滑に進めるためにも各工程の知識はある程度共有化できた方が良いのではないかと思う。

理想論ではあるが、各工程の有志を集めてフォーラムとか勉強会とかサークルとかが作れれば良いのではないかと思う。
かなり迂遠だが、こういう地道な積み重ねをするほか、繊維業界を変革することはできないのではないかと思う。
一足飛びに変わる方法なんてどの業界にもないのだから。










産地のブランド化事業が成功しにくい理由

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 近年、「ブランド化」を目指す国内産地が増えてきた。
もちろん、古くから取り組んできた国内産地もある。

いずれの場合も成功しているのはほんの一握りである。

近年取り組んだところも何らかの成果がでるのは一握りだし、古くから取り組んでいるわりにはちっとも成果の出ない産地も多い。

その原因をいくつか考えてみたい。

まず、最大の原因は、ブランド化する目的がはっきりしていないことである。
消費者に向けてなのか、業界に向けてなのか、その両方なのかがはっきりしない。
どっちつかずの対策を練っている場合が多い。

目的がはっきりしないから有効な手段を採れない。

また旗振り役の人が明らかに間違った目的や手法に固執している場合も多い。
リーダーが選択した目的や手法が間違っているから正しい結果には絶対に結び付かない。


次に「組合」が枷になる場合も多い。
組合自体の存在意義は確実にある。
しかし、「組合」としてブランド化に取り組んだ場合、何かを決める際に組合員全員の総意に近いものが求められる。このため、意思決定が遅れるし、総花的でどっちつかずの毒にも薬にもならない決定がなされることが多い。

人間というのは人数が集まれば集まるだけそれぞれの利害得失と意見が異なる。
2,3人なら意思統一は可能だ。
しかし10人を越えるとかなり難しくなる。
組合員の総意ということになれば10人どころの話ではなくなる。
それだけ多くの人間だれしもがある程度反対しにくい内容にするなら、その内容は必然的に総花的な内容にならざるを得ない。

総花的な内容は、概してインパクトとかパンチに欠けており、内部の人間には満足かもしれないが、それを受け取った外部の人間に対しては何の共感も反発も期待感も与えない。
いわゆる、お役所仕事的な印象しか与えられない。

そして、ある事柄を「ブランドだ」と認識するのは、内部の人間ではなく外部の人間なのである。
外部の人間が「あれはブランドだ」と認識してその事柄は初めてブランドになる。
内部の人間がいくら「俺らはブランドだ」と叫んだところで、外部の人間に「ブランド」として認識されていなかったら、それは単なる自己満足なのである。

知られていないのは存在しないのも同じなのだ。

知られていない産地はブランドでもなんでもない。
「自称ブランド」と言ったところか。


さらに言うなら、産地全体、個々の産地企業の助成金・補助金依存体質もブランド化の成功を阻害している。

超有名デザイナーとか超有名ブランドとのコラボとか超有名タレントの起用とか、そういう非常手段を使わなければ「ブランド化事業」なんて一朝一夕にできるものではない。
非常手段なしでのブランド化は時間がかかると思った方が間違いがない。

行政からの助成金・補助金は大概が3年でひとまず打ち切られることが多い。
永遠に続けることはできないから、どこかで線引きをしなくてはならない。
3年で線引きされても仕方がない。

しかし、3年でブランド化が成功した例はあまりない。

3年では短すぎるのである。
初年度は手探り状態、次年度は昨年を踏まえての修正、3年目で修正した成果が出る。

しかし、3年目の成果といえどもそれほど大きな成果ではない。
さらに4年目、5年目、10年目という取り組みが求められる。

多くの産地企業、産地組合は助成金が打ち切られた後の4年目、5年目を続けない。
金の切れ目が縁の切れ目よとばかりに活動を止めてしまう。
なぜなら4年目以降の活動資金は自腹になるからだ。
結局、活動は助成金頼りに終始してしまう産地企業、産地組合が多いし、過去も多かった。


3年で目を瞠るような成果が得られることは稀であるにもかかわらずだ。


現在、ある程度の成功を収めているオリジナルブランドは、ほとんどの場合、個別の産地企業ががむしゃらに独自に活動したものである。
「組合で全員仲良く」なんて姿勢でブランド化に成功した事例はよほどの幸運に恵まれた数少ない例しかない。


このほか、産地企業各社は過去のガチャマン時代の恩恵を受けて資産持ちである場合が多く、それ故にハングリーさ、必死さが足りず、むしろ資産を保全するためにリスクを冒さないという傾向もある。


個人的な意見としては、産地や産地企業がブランド化するためには、どこか1社か2社がすさまじいパワーで独走、暴走、独断で牽引せねば不可能だと考えている。

しかし、その際にもブランド化する目的をしっかりと設定し、有効に資金投下しないことには単なる暴走で終わってしまう。

1社でも2社でもそういう企業が現れてもらうことを願っている。







地方は消滅しない!
上念 司
宝島社
2015-10-09


「オシャレは我慢」ではなくなった

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 現在のファッショントレンドの移り変わりにはある程度、便利さとか機能性も関係しているような気がする。

今年6月に倒産した「ブルーウェイ」ブランドのブルーワークスカンパニーだが、以前、ここの古参の部長がこんなことをおっしゃった。
「もうブーツカットジーンズには戻らないんじゃないかな。なぜなら裾がバサバサして邪魔だから。当分はスキニーのままですよ」と。

この部長は倒産する前に定年を迎えておられ、今は悠々自適ではないかと思う。

ジーンズのトレンドの移り変わりを振り返ってみる。

2005年はブーツカットジーンズがトレンドだった。
その傾向は2007年末まで続き、2008年からスキニージーンズがブームとなる。

2008年からはスキニージーンズを基調としながらも、その流れがタイツやレギンスにまで派生し、ジーンズ離れも引き起こした。
ジーンズにとって金城湯池だったメンズもスキニーに始まり、チノパンやワーク、ミリタリーパンツへとシフトし、すっかり細身シルエットが定着した。

この2008年以降で変わったことはシルエットだけではない。
丈の長さも変わった。

基本的にそれまでは、足首に少したまるくらいの長さが主流だった。
ストレートだとワンクッションあるくらい、ブーツカットだと靴を脱げば引きずるくらい、が主流だった。
ブーツカットパンツを穿いた女性は靴を脱いで座敷へ上がると、まるで江戸時代の長袴のようにズボンの裾を引きずっていた。
男性にもそういう人が少なくなかった。


ところが、2008年のスキニーブーム以降、現在まで、ズボンの丈はくるぶしが見えるくらいの短めが主流である。
足元がすっきりと見える。
また、履いている靴がむき出しになる。
これは、コーディネイトの主役が靴に移ったともいえるかもしれない。
それまでのワンクッションの長さだと靴は先端しか見えない。
先端しか見えないからメンズもレディースも恐ろしいばかりにつま先が延長され、尖って反り返っていたのである。

そうでないとズボンの裾に隠れて靴が見えないからだ。

ズボンの丈が短くなるとそんな靴は売れなくなる。
普通の靴でも十分に見えるからだ。

そして、靴は全体がむき出しとなる。
スニーカーならブランドロゴもはっきりと見えるようになる。
だからスニーカーブームが起きたのかもしれない。

アディダス、ナイキ、ニューバランス、プーマ、アシックス、とくるぶし丈のパンツならブランドロゴがバッチリとむき出しになって他者からも認識されやすい。
今までみたいにつま先だけしか見えないなら、靴流通センターあたりで買ってきた謎ブランドの安いスニーカーでも良かったかもしれないが、全体がむき出しになるならブランドスニーカーを穿いていた方がカッコイイ。

そんな理由もあったのかもしれない。

閑話休題

丈の短いズボンと、ワンクッションあるほど丈の長いズボンを穿き比べてみると、丈の短いズボンの方が穿きやすい。
動きやすいと言った方が正確だろうか。

裾がバタバタしない。
自転車に乗っても裾がチェーンにひっかかりにくい。
便利である。

また座敷に上がっても長袴のように裾を引きずることもない。
便利である。

来年春以降、どこかの時期に再びフレアシルエットがトレンドになるのではないかと言われている。
いわゆるブーツカットという商品だ。
場合によってはもっと裾幅の広いベルボトムを指す場合もあるようだ。

じゃあ、2005年当時に逆戻りかというとそうではない。

それらのフレアは丈が短いのだ。
ちょうど今のトレンドと同じくるぶし丈だと言われている。

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ワイドシルエットのガウチョパンツが今春夏流行した理由の一つには、丈が短かったからということもあるのではないかと思っている。

ワイドのロングパンツはバランスがとりにくいからコーディネイトしにくい。
ところがガウチョパンツはだいたいがふくらはぎの真ん中あたりまでしか丈がない。
ワイドロングよりもコーディネイトしやすく、また裾が短いからあまり不便でもない。
少なくともワイドロングよりも裾は邪魔にはならない。

来年以降、フレアが復活してもくるぶし丈が中心になると見られている。
ワンクッションが復活しない理由はおそらく不便だからということもあるのではないだろうか。


以前だと「オシャレは我慢だ」と言われたが、今はそうではなくなっている。
素材面で見てもこれだけ機能性素材が開発されると、重くて硬くて動きづらい素材は敬遠される。
タイトシルエットの洋服にはストレッチ機能が必須だ。


よくマニアの人(業界内外問わず)は「本物のツイードはもっと硬くて重くないと」とか「ストレッチ混は邪道。綿100%のヘビーオンスデニムが王道」みたいなことを言うが、そんな不便な生地を着たがるのは一部のマニア層だけである。
その一部のマニア層に向けて売るブランドならそういう本物追求志向でも良いが、ある程度のマスに売りたいのなら、便利さとか機能性、快適さは無視すべきではない。
むしろ便利さとか機能性、快適さを重視すべきだろう。


まあそんなわけで、シルエットの変化はその時々によってあるだろうが、ズボン丈は当分の間、短め(くるぶし丈周辺)が主流であり続けるだろう。



 







東コレがお客様と繋がる可能性は今のままでは低い

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 THE FLAGからのお題として「東コレはお客様と繋がっていくのか」というものが来た。

出題側の「お客様」の定義がはっきりわからないが、仮にこの「お客様」を消費者だと定義する。

これについての私見は、つながっていく可能性はゼロではないというものである。
ただし、今のままではつながる可能性は低いとも思う。

現在、東京コレクション真っ最中である。
ファッションスナップドットコムでも連日、いくつものブランドのコレクションショーが掲載されている。

以前から知っているブランドもあれば初めて見たブランドもある。
改めて「国内にはなんと数多くのブランドがあるものか」と驚かされる。
アパレル業界はそれだけ参入障壁が低いということである。

まず、起業するにも開店するにもデザインするにも資格は要らない。
デザイナーは国家免許制ではないし、開店するに当たっても資格は要らない。
同じブラックと参入障壁の低さということで対比される飲食業でさえ、店を開くためには資格を持った人が一人は必要となる。

その飲食業よりも参入障壁が低い。

飲食店もこの世の中無数にあるが、ファッションブランドも負けず劣らず無数にある。

その無数の中から消費者に認知してもらわねば事業継続は不可能である。
東京コレクション自体も出品ブランドも認知してもらう必要がある。
これができればお客様とつながることは可能だろうし、できなければつながることは不可能である。

知られていないのは存在しないのも同じである。
別に店に限ったことではない。卸売りブランドでも変わらない。

業界内では東京コレクションもその出品ブランドも一定のステイタスとして評価されている。

しかし、実際のところ業界外ではその認知度、知名度は低いし、
下手をするとファッション専門学校生の間でも認知度、知名度はあまり高くない。
実際に、筆者も何度か専門学校での講義の際に、どれくらい東京コレクション出展ブランドについて知っているかを尋ねてみたが、「知らない」と答えた学生は想像するよりも多かった。

これはかなり深刻な事態ではないかと感じる。
動機は別として業界に入りたいと思っている専門学校生があまり注目、認識していないのだから、業界に興味のない人ならばどれほど注目度は低いのかということになる。

理由はさまざまあるだろう。
それは業界内外で活発な議論をすべきだと思う。

個人的にはその理由の一つとして、東コレブランドの販売先が少ないことにあると考えている。

例えばブランド直営店が全国にたくさんあるわけではない。
また仕入れて販売する取扱店もあまり多くない。

東京コレクション常連ブランドでさえも卸売り先店舗が数店舗とか10店舗未満という例が少なくない。

ブランドの洋服そのものを見かけること自体が少ない。
見かけることが少ないと親しみはわかない。

なんだかんだ批判はされてもユニクロがそれなりに売れているのは店舗数の多さによる親しみもあるのではないか。

直営店出店や卸売り先の拡大など、ビジネス面を強化する必要があるのではないか。
しかし、直営店出店なんてデザイナー単独の資金では不可能であり、ある程度の規模の企業か金融のバックアップが必要となる。

ではそれを取り込むための手法、ノウハウ、プレゼンスタイル、ビジネスモデルの構築が東京コレクションブランドに備わっているのかというと答えはノーだ。
一部の例外を除いてはそういう方面に各ブランドとも極端に弱い。

デザイナーには基本的にそういうノウハウはないし、ビジネスに強いパートナーも多くの場合には存在しない。
感性と度胸と愛嬌とで勝負しているデザイナーが多いのが現実である。


プロモーションに力を入れると言ったところで、ファッション雑誌の影響力は衰えているし、「デザイナー物」を扱いたいというファッション雑誌は数少ない。ファッション雑誌の多くは欧米の著名ブランドか国内の大手ブランドの取り扱いに終始している。


ウェブを使ったプロモーションという手もあるが、それとても不十分なブランドが多い。
もちろんウェブサイトは完備しているし、ブログやSNSでの発信もしているだろう。
しかし、それが通り一編の内容の発信ならどうだろうか。情報の海の中に埋没してしまう。

例えば「コレクションショーを〇月〇日〇時からどこそこホールで開催します」みたいな発信だと多くの人の記憶に残らず流れてしまう。

ブログなら特にそういう内容だとわざわざ読みに来てはもらえない。
もっと自身の考えてることや業界への提言やビジネスへの取り組みを裸に近い状態で晒す必要があるのではないか。

別に「売上高が〇〇%減で苦戦中」なんて情報を晒す必要はないが、「国内のファッション業界はこうあるべきではないか」とか「売上高を拡大するためにこんな取り組みを構想しています」ということを発信してみてはどうか。
逆に「売上高〇〇%減少中」なんて情報を裸で流せたなら注目度は一気に高まるかもしれない。


ほかにもやりようはあるだろうが、筆者が考えるには上記のことを改善できれば、お客様とつながる可能性はゼロではないと考えている。

しかし、言うのは簡単だがどれも一朝一夕にできることではないから、改善しお客様とつながる可能性はかなり低いのではないかという気がしている。









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