南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

2015年09月

最近出会った激安品たち

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 最近出会った激安品たち
 世間は5連休の真っ最中である。

連休中なのでお気楽に。

普通に生活していて、現在の日本において服飾衣料品や食料品は依然として低価格が続いていると感じる。
通常の店舗でも恐ろしいほどの投げ売りが服飾衣料品、食料品ともに行われているし、服飾衣料品においては在庫処分屋(通称バッタ屋)を覗けば、アウトレットモールなんてばからしいくらいの低価格品であふれている。

そうそう、バッタ屋といえば、その昔、独自の割引チケットを発行して人気となった某ジーンズチェーン店も元々バッタ屋出身だと古い業界の人から教わったことがある。
たしかに独自の割引チケット発行なんていう制度はいかにもバッタ屋らしいといえばらしい。

現在の我が国の服飾衣料品の販売価格は世界一安いのではないかと思う。
バッタ屋はもちろんのこと、通常店の投げ売りでも世界一の低水準ではないか。

そんなこんなで、個人的に心に残った低価格品を今日は紹介したいと思う。
誰得のお気楽企画である。


まず、食料品である。
筆者は常日頃から関西の食品スーパーの雄、万代を愛用している。
たまにライフとか西友とかイトーヨーカドーとかで食料品を買うことがあるが、万代の定価よりも数十円は最低でも高い物が多い。

そして賞味期限切れ間近の商品の投げ売り価格になると万代は圧倒的である。
筆者の食料品の7割以上は万代の投げ売り品が支えていると言っても過言ではない。

昔の物を晒したところで、あんまり意味はないから9月に入ってから購入した投げ売り品を晒してみる。

写真 14

(1リットルサイズ)

写真 24

(1リットルサイズ)

写真 34

(麺2袋入り、タレ、辛子付)

写真 44

(12個入り)

写真 54

(半額で79円)


という具合である。

いずれも超破格値品をアップしてみたが、これら以外でも通常、割引していない食品はほとんど購入していない。

万代以外だと自販機でもそうだ。

現在、通常の自販機のジュースの値段は500ミリリットルのペットボトルを除いて、通常の缶ジュースは130円が定価である。
しかし、大阪市内には100円自販機がすごくたくさんある。
東京23区内にも多少見かけるが、おそらく大阪市内の方が格段に多いだろう。
大阪市内の自販機でわざわざ定価で購入したことがない。
常に100円自販機を利用している。

そんな中、大阪市中央区北久宝寺町1丁目で、さらに激安自販機を見つけた。
ほかにも大阪市内には激安自販機がチラホラとある。
500ミリリットルのペットボトルも含めてこの自販機の中心価格帯は50~80円である。
最安値品は30円、最高値品は100円であり、100円を越える飲料は販売されていない。

写真9


服飾衣料品だと、バッタ屋が軒を連ね、最早激安の聖地になったともいえる天神橋筋商店街だが、Tシャツ500円程度では当たり前すぎて最近では驚かなくなってしまった。
しかし、先日、190円(税抜)で販売されているパンプスを見つけてさすがに驚いた。

筆者の認識だと靴の方が衣料品よりも販売価格が高いのは当たり前と考えている。
だから1000円の靴だと破格値だし、500円だと超破格値である。
300円台とか、かつては180円とかで販売していたヒラキのスニーカーはだからすさまじい破格値だったのだが、この190円パンプスはそれ並みだ。
しかもおそらくヒラキのスニーカーより原材料費は高い。

これを通販で買ったという人によると1900円だったとのことで、1900円でも大概に安いが、190円だと原価より安いくらいではないか。

BlogPaint


まあ、こんな感じでみなさんも激安生活を楽しんでいただきたい。
















衣料品の国内生産をめぐってあれこれ考えてみた

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 衣料品の国内生産をめぐってあれこれ考えてみた
 とりとめもないが、衣料品の国内生産を巡る現状についてまとまりなく考えてみたい。

製造側、ブランド側によっても見方が違うし、それぞれの側でもまた各企業によって見方が異なる。
その中のいくつかを紹介することで、全体を考える何かの手掛かりになるのではないかと勝手に思っている。

先日、小規模なカジュアルブランドの展示会にお邪魔した。

そのブランドが言うには、「国内縫製工場はどこも満杯な上に、ほんの少しベーシックから外れたデザインで『こんなものは縫えない』と言ってくる。工賃も上がっているし、再度、アジア縫製を見直す必要がある」とのことである。

物事は需給バランスなので需要が増えれば価格が上がる。
工賃上昇は仕方がない側面がある。

それより個人的に深刻だと感じたのは、超ベーシック品しか縫えないと言いだす姿勢にある。
もしこのブランドがもっとたくさんのロットを発注できたら態度が異なるのかもしれないが、現在の国内ブランドで大量発注できるブランドがどれほどあるのだろうか。

彼らの言を借りるなら、「いわゆる前開きのないズボンで、両脇に切り替えが入ったものでも『縫えない』という」らしい。
それこそ、中国工場ならわけもなく縫えるレベルのデザインである。

すべての国内工場がこうではないが、こういう工場はベトナムやミャンマー、アセアンでの生産体制が整い次第、おそらく受注は急減するだろう。

工賃云々ではなく、ブランド側からすれば使いづらい。

工場側からすればまた反論もあるだろう。

外野の立場である筆者から見ると、国内工場には技術的にも商売の姿勢的にも相当にバラつきがある。
これは縫製だけではなくて生地製造、染色加工、整理加工についても同じだと感じる。

いわゆるクールジャパンが喧伝するような高品質な工場は実際にある。
その一方で、クオリティの低い工場も相当数ある。

一概に日本製だからといって必ずしも高品質とは限らないのが実情である。

反対に中国製でも高品質の商品もある。


一方で、縫製工場からすると、受注枚数は増えているが1枚当たりの工賃は下げられる傾向にあり、「やっていられない」という雰囲気もずいぶんと蔓延している。

アパレルもそうだし、小売店もそうで、なぜだか売れれば売れるほど、1枚当たりの単価を安くしたがる。

例えば、1000枚くらい売った小売店があったとすると、その小売店はアパレルに対して必ず「値入率を下げてくれよ」という。これを言わない小売店の方が少ないだろう。
じゃあちょっとサービスしようかということになるが、良く考えてみると「たくさん売れる人気商品をどうして値下げしないといけないのか」ということになる。

この商品がもっと売れたら、さらに値入率の低下を提案される。

アパレルからすれば「やっていられない」ということになり、アパレルは直営店化を考え始める。

これと同じことがアパレルと縫製工場にも起きる。
1000枚発注するから安くしてくれ、1万枚発注するからもっと安くしてくれ、ということになる。

縫製工場側からすると生産数量は増えるがちっとも儲けは増えないということになる。
いわゆる薄利多売状況である。

もちろん中にはそうでない工場もある。

縫製工場がすべて満杯なのかというとそうでもないようだ。

先日、展示会にお邪魔した子供服ブランドによると、ちっとも仕事が増えない縫製工場もけっこうあるという。
なにせ縫製工場をウェブ検索してもほとんど出てこない。
縫製工場を探しているブランドはけっこうあるが、知り合いから紹介してもらう以外に探す手段がないというのが現状である。

また、先日、このブログの読者であるという縫製工場の方からメールをいただいた。

一読してまだ対策やアドバイスを思いつかないでいるのだが、そこも相当に厳しいようだ。
受注も増えていないようだ。

となると、縫製工場は自衛策として高い工賃の受注先を探すか、自社オリジナル製品を立ち上げるかだ。
どちらもそれなりに困難が伴う。
とくにオリジナル製品を売るのはまた違ったノウハウと努力が必要となる。

なんとなくだが、このまま国産回帰が続くとは思えないし、国内縫製工場の多くが潤うようになるとも思えない。

結局のところ、縫製工場自身も自衛しないといけないし、勝ち残る工夫をしなくてはならないということにもなる。

それは各ブランドにとっても同じことであり、それにしてもこの世で生きるのは厳しいことである。
筆者なんてしょっちゅう絶体絶命のピンチである。

筆者もいつまで生き延びられることやら・・・。
まあ、それほどこの世に強い執着はないのだけど。









「伝統」一辺倒では飽きられる

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 「伝統」一辺倒では飽きられる
 クールジャパンも含めてにわかに国産製品が見直されているという風潮が醸し出されている。これもキャンペーン臭と勘違い臭が漂っているのだけれども。(笑)

各ブランドが日本製だとかメイドインジャパンだとかメイドインニッポン(笑)だとかを続々と打ち出し始めている。

これらの多くは、「伝統の技法」とか「匠の技」をウリにしており、どちらかというとやや民芸品、伝統工芸品的な匂いが多いように感じる。

例えばジーンズなんかはそういう打ち出しにマッチしやすい。
何せビンテージジーンズブーム以来、なんだかんだと20年間そういう打ち出しをしているのだから、世間一般への認知度は高い。

ただし、ジーンズ業界が停滞しているのはこれにこだわり過ぎているからではないかというのが、個人的な意見だ。

「ジーンズ=匠の技」みたいなブランドが多すぎて飽和状態にあるのではないかと感じる。

それはさておき。

昨今、唐突に「日本製」を語りだしたブランドの多くは、当然、民芸品・伝統工芸品的なイメージを強めているのだが、筆者にはそれがどうにもミスマッチだと感じられる。
ミスマッチというか「付け焼刃感」がハンパナイと感じられる。

アメリカ発祥のワークブランドやスポーツブランドのジャパン社までが「日本の伝統の技術を用いた云々」みたいな新ラインを立ち上げたりする。
はっきり言って違和感満載である。「お前らアメリカやん。日本の伝統の技法と関係ないやん」と思ってしまう。

また日本のブランドでもこれまで「イタリアガー」とか「パリガー」とか「西海岸のセレブガー」とか叫んでいたブランドが唐突に「日本の匠の技術を用いた云々」なんて言い出しているところもある。
どう見てもクールジャパン的な売り出しに乗っかるための付け焼刃感しかない。

繊維・アパレル業界全体を見ても、なんとなく世界に対して「日本の伝統のナンチャラ」を売り出したいのかなと思ってしまうが、古くからそういう取り組みをしているブランドは別として、売らんかなのためにイタリアーン命みたいなおっさんから突然「やっぱり日本製だよね」とか言われても説得力ゼロである。

日本製の打ち出しって「伝統」とか「匠」とか民芸品以外の打ち出しができないのかと疑問に感じていた。

もちろん、そういうブランドや製品があるのは当然だが、そういうブランドばかりになっている現状はちょっと違うのではないかと思う。

それこそ、伝統とか匠の過当競争になり、その中で激しい生き残り合戦が行われる。
需給バランスから考えても早晩供給過多になるだろうし、もしかしたらすでにそうなっているのかもしれない。

先日、某デザイナーとそんな話をしていたら、そのデザイナーは「ハイテク素材、合繊素材が日本を象徴してるのではないかと最近思うようになった」と言い始めた。

もともと「和」とか「日本製」を強く打ち出しているブランドだったら、「伝統」路線で違和感はない。
しかし、このブランドはどちらかというと欧州的なテイストを表現し続けてきたブランドだし、一部は日本製生地を使用していたがそれを強烈にアピールしていたわけでもない。

このブランドがもし「伝統」とか「匠」とか言い出したら、それこそ付け焼刃感しかない。

今後、欧米市場への販売を考えたときに、やはり「日本」を表すなにかが必要だと感じた。
自分でも「匠」を打ち出すのは違和感があったから、考えた結果が、ハイテク・機能素材を含めた合繊だったというわけである。

たしかに日本の合繊は世界でも最高水準にあるし、ハイテク・機能素材もトップランクにある。

今までの欧州的服作りのままで、そこに合繊を使用することで日本を強くイメージさせられるのではないかという結論に至った。

筆者もこのプランニングは賛成である。

そんなことがあった直後、ジョイジッパーさんもこんなブログをアップされていた。


青い海と赤い海
http://ameblo.jp/knitkitchen/day-20150915.html


これで渚に白いパラソルがあったらトリコロール完成である。

閑話休題。


でも唯一、

今のアパレル業界で

ブルー・オーシャンを作れるとすれば

それは「テクノロジー」なんじゃないかと

思ったりもしてます。

(※「売り方(=サービス)」という視点で見ればブルー・オーシャンになり得る事例は多数あるとは思いますが、今回は「売り方(=サービス)」という概念は除きますね。話がややこしくなりますから(笑))

個人的には

あまり「機能」を前面に押し出すのは

好きではないのですが(笑)


とのことである。

個人的には機能だけを打ち出さなくても、合繊使いによってこんなに肌触りが良くなったとか、表面の風合いが良くなったとかそういう打ち出しでも良いのではないかと思う。

一般的に、外国人は日本に対して「ハイテク」とか「テクノロジー」のイメージも強いといわれているから、ハイテク・機能素材を含めた合繊をメインに打ち出すのは関連付けがしやすいのではないだろうか。

何度もいうが、「伝統」とか「匠」のイメージを打ち出すのは当然だが、その方向だけで日本製のイメージを限定させるのはミスリードを引き起こすのではないか。
それに需給バランスもとりにくい。

もう一方で、ハイテク・テクノロジーをイメージさせる打ち出しを日本製に付与してはどうか。
日本製にというよりは、日本製衣服にと言った方が正確だろうか。


一本柱よりも二本柱の方が安定性は増すではないか。









太めシルエットの復活でさらに多様化が進む

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 太めシルエットの復活でさらに多様化が進む
 店頭ではこれから秋冬商戦が本格化するが、ブランド展示会は現在、来春夏展が開催されている。
業界新聞記者当時ほどは多くのブランドを訪問していないが、いくつか訪問した中でも来春夏展はメンズ・レディースともにビッグシルエット、太めシルエットがトップス・ボトムスともに提案されており、一部ブランドでは今秋からこれが本格化しているように見える。
とくに今秋のファッション雑誌はメンズもレディースもヤングもアダルトも一様にビッグシルエットを押している。
まあ、ファッション雑誌特有のキャンペーン臭が漂っているのだけども(笑)


筆者はトレンドに疎い上に、ファッショニスタではないので太めに関する解説は畏友の釼英雄さんにお任せする。


太めが復活しそうな予感
http://blog.goo.ne.jp/souhaits225/e/60d955e2f4f2d3d222c66f7424848a2d


美麗な写真がふんだんにあるのでかなり参考になるだろう。

太め、ビッグシルエットといえばバブル全盛期が思い出される。
実際のところこのシルエットは幾分緩和されたものの、最終的には2000年ごろまで継続している。
90年代後半とか2000年ごろのジャケットをお持ちの方は見直してみてもらいたいのだが、かなりアームホールが大きいはずだ。

筆者の所有していたそのころのコート、ジャケット類はアームホールが大きくて袖が太かった。

リメイクして着るという方法も考えたが、新しく格安品を買うよりリメイク費用の方が高くなりそうなので先日捨てた。
使用素材、とくにウール関係の素材は、今の商品とはくらべものにならないくらいに上質だったのでもったいなかったのだが。

個人的に今回考えてみたいポイントは2つある。

1、復活した太めシルエットが大ブームになるのかどうか
2、太めシルエットの洋服を着る際にはどんな注意が必要になるのか

である。

1に関していえば、単なる個人的な展望になる。

個人的展望でいうなら、バブル全盛期ほどにだれもかれもが太目シルエットになることはありえないのではないかと考えている。
たとえば、メンズのスーツは引き続き細めシルエットが主流のままだろう。
バブル期のようなダボダボのソフトスーツが一般サラリーマンに取り入れられることはないと見ている。

以前にも書いたように、ファッショントレンドが生まれても、我が国はすでに全員がそれに従うような市場ではなくなっている。
ガウチョパンツを買った人が、違う日には細めのスキニーパンツやレギンスを穿いている。
ナチュラル系テイストが好きな人は年がら年中ナチュラル系だし、フェミニン系が好きな人は年がら年中フェミニンである。
こういう人々はミリタリールックが流行ったからといって、突然ミリタリールックを着用し始めるようなことはない。

ある程度、需要は分散化しており、それぞれのテイストの愛好者はそこから突然大きくテイストを変更するようなことはあまりない。

これはとりもなおさず、我が国市場が成熟化したということだろう。

2000年ごろまでは、年配層がほぼファッションとは無関係・無関心という人が多かった。
ファッション=若者、ファッション=めまぐるしく変わるトレンドという構図だった。

現在ももちろんそういう構図は生きているが、それだけではなくなっている。

現在の65歳は2000年当時は55歳、90年当時は45歳だった。
まさにバブル期を謳歌した人が今の年配層となっている。
2000年ごろの年配層とはファッションへの関心は格段に異なっている。

これは全年代に言えることであり、今の50代はバブル期に30歳手前だったし、今の40代はバブル期に学生時代を過ごしていた。
それぞれにそれなりにファッションに対して自分のスタイルがある。良くも悪くも。

バブル期のファッション需要は若い人にしかなかったような印象があるが、今では全年代にそれなりのファッション需要はある。当時とは洋服の価格は格段に異なるが。

となると、若者層が飛びつくようなトレンドが市場を席巻することはちょっと考えにくい。
また若者層の中にもそれなりに異なるテイストを支持する人もいるから、バブル期みたいに全員が同じトレンドを向くことは考えられない。

これが大手アパレルが苦戦している原因の一つにもなっているのだと思う。

2についてだが、これは自分自身も含めてのことである。

上下ともにビッグシルエットでそろえるのは多くの人にとって危険だと感じる。
かつてストリートでヒップホップスタイルが流行ったときに上下ともにダボダボの服を着ていたが似合っている人はそんなにいなかった。

上下ともにダボダボだと見るからにだらしない。
だらしないから筆者はかつてのヒップホッパーが嫌いだった。

どちらかを細めにした方がまとまりが良いと思う。

これがモデル級に背が高くてスマートで足が長くて顔が小さくて、顔の中身がイケメンなら話は別だが、そんな人は少数しか存在しない。

多くの人はスタイルが悪くて顔が大きくて、顔の中身も残念である。

筆者は顔がかなりデカい。

パンツが太目ならトップスはこれまで通りにジャストサイズかタイトなものにするとまとまりが良い。
トップスがルーズならボトムスはせいぜい細身ストレートくらいにすべきだろうと思う。

先日、訪問したメンズカジュアルブランドのルック写真を見ていたら、ブランドのデザイナーが、「ちょっとモデルの選択に失敗しました」という。
男性モデルが割合にがっちりとした体型だったのだ。

このモデルがジャストサイズの服を着ているととてもかっこいいのだが、流行のビッグシルエットのトップスを着ているととてもダサい。
それは、ダボダボの半袖シャツを着ているサラリーマンのオッサンみたいに見えるからだ。

また顔の輪郭がガッチリし、肩幅が広くて胸板の厚い彼がビッグシルエットを着ると、その下の引き締まったウエストなどがすべて隠されてしまい、単に「格闘家みたいにゴツいオッサン」か「もしくは肥満したオッサン」にしか見えなくなる。

ブランドのデザイナーが「ちょっと失敗しました」というのはそういうわけである。

というわけで顔がデカくて胸板の厚い筆者はビッグシルエットのトップスは避けるべきだろう。

ビッグシルエットのトップスをダボっと着て様になるのは、顔が小さくて華奢な体型の男性に限られるというのが結論である。

写真99

(今月号で見つけたビッグシルエットのコーディネイト。顔がデカくて胸板の厚い人が真似をすると超危険)


もし、筆者や筆者に類したオッサン連中がビッグシルエットを取り入れたいと思うなら、ボトムスを少し太くする程度にすべきだろう。
一番穿きやすいのは、腰回りと太ももにゆとりがあってつま先が細くなったテイパードシルエットの太目パンツだろうか。

つま先までドカンと太いパンツは背が高くて足が長くないと似合わないしトップスとのバランスもとり辛い。
下手したら学生時代に諸兄が穿いていたボンタンみたいになってしまう。
いっそのことその上は長ランみたいなのを着てみたらどうだろう。高校生時代に戻ったように感じて新鮮なのではないか。(笑)

冗談はさておき。

今回の太めシルエットは、久しぶりの大きなトレンド変化といえる。

しかし、かつてのように細めシルエットが絶滅するとは考えにくい。
細めシルエット、ジャストサイズシルエットはこれからもベーシックとして残るだろう。

ただ、ピチピチ一辺倒からは解放されるのではないかと思う。

太めシルエットの復活で着こなしは一層の多様化が進むのではないか。
太めシルエット、バブル期ファッションが復活したことで、戦後のトレンドはこの20年間ですべて復活したことになる。今後はそれぞれが少しずつミックスしながら、それぞれの愛好家がすみ分けるのではないだろうか。

まあ、そんな雑感である。









工業的作業と商業的作業を同時に進めるのが本来のブランド作り

  • このエントリーをはてなブックマークに追加 はてなブックマーク - 工業的作業と商業的作業を同時に進めるのが本来のブランド作り
 ファッション専門学校で学生に話したことを改めてまとめてみる。
日頃から実践的なビジネスに携わっている方々は当たり前のこととしてとっくに理解しておられると思うので、読み飛ばしてもらえばありがたい。


昨年春ごろから相対的に洋服の価格が上昇している。
その理由は3つある。

1、円安基調
2、原材料費の高騰
3、アジア諸国の人件費の上昇


である。

これが3つとも重なっているから値段を上げざるを得ない。
それはブランド側が自社の利益を変わらず確保するためには必要な措置である。

経営者によっては自社の利益を少し削ってでも店頭販売価格を現状維持しようと考える人もいる。
それは経営判断であり、他者がとやかくいうことではない。
ただし、利益を少し削ることはできても大幅に削ることはできない。
それではブランド側が成り立たなくなる。

例えば店頭販売価格5000円の洋服があったとする。
この原価率は30%だとすると、1500円である。
残り3500円が粗利益ということになるが、この中には経費が含まれている。

店舗や本社事務所の家賃、人件費、物流費、通信費、店舗で使うショッパーなどの備品代、水道光熱費、手数料などである。

これらの経費を引いたのが、利益ということになる。

利益を増やしたければ、製造原価を下げ、人件費や家賃などの経費を下げれば利益は増える。
ただし、昨今の風潮ではブラック企業と呼ばれることになりやすい。

製造原価を下げるということは、粗悪で廉価な材料を使い、工賃を限界以上に引き下げれば実現できる。
経費を下げるには固定費と呼ばれる人件費と家賃が一番下げやすい。
低賃金で従業員を働かせ、安い物件に事務所や店舗を移転すれば良い。

物流費や手数料も交渉次第では何%か引き下げることは可能だし、水道光熱費も節約に徹すれば少しは引き下げられる。

これを全部実現すればブラック企業と呼ばれることになるだろう。
しかし、やり過ぎなければこれは堅実な経営手法と呼ばれる。

もう一つ利益を増やす方法がある。
それは同じ原価で作った商品をさらに高く売ることである。
例えば売価を15000円にするとか、15万円にするとかという手法である。

原価1500円の物を15000円とか15万円で売れば、経費を引き下げずに利益は増える。
これがいわゆる高級ブランド、ラグジュアリーブランドの考え方である。

現実的には原価1500円ではないし、経費もかなり多く使っている。
店舗も備品も広告宣伝費もそこら辺のブランドとはケタ違いである。だから、高額での販売が必要となる。
卵と鶏の議論みたいにどちらが先かわからなくなるのだが(笑)

こういう話をすると、高額ブランドは詐欺まがいかという感想を持ってしまうが、如何に値打ちを伝えて高く売るかというのはブランド戦略であり、広報販促活動である。
工業的物作りとは別の話となる。

そこで学生たちに尋ねてみた。

「仮に、クリスマスに彼氏が『カルティエの時計』を買ってあげると言った場合、どこで買うことを想像する?」と。

すると学生たちは

「やっぱりカルティエのショップかなあ」と答える。

まあ、当然の答えである。

一方で、ドンキホーテという有名なディスカウントチェーン店がある。
ここでもラグジュアリーブランドの商品が売られている。
決して中国の広州市場から仕入れてきた格安のコピー商品ではない。
れっきとした正規品である。

ただし、正規店舗よりもだいたい2割5分~3割程度安い。

仮にカルティエの時計の正規価格が30万円くらいだとすると、ドンキだと最低でも7万5000円くらいは安いということになる。

単にカルティエの時計という物自体が欲しいならドンキで買った方がお得である。
浮いた7万5000円で高級焼肉も食べに行ける。

それを説明した上で、再度学生たちに尋ねてみた。

「彼がドンキでカルティエの時計を買ってくれたらどう思う?」と。

すると学生たちは「うれしいけど、やっぱりちょっと何かが違うと感じます」と答えた。

大阪のオッサンとオバハンなら間違いなくドンキで買って、「浮いた7万5000円で高級焼肉食べられるでぇ。得したわぁ」と喜ぶ。
筆者ならカルティエっぽい時計を2900円くらいで買う。

学生たちも「ガメツイ町」大阪の子供たちだからドンキで買うことにコストメリットを感じている。
しかし、やっぱりどこかに違和感も覚える。

これが「ブランドの力」というものである。

もし東京の女性たちだったらもっと抵抗を感じるのではないか。

単に「カルティエの時計」という物自体が欲しいのだったら安いところで買えるに越したことはない。

でもそうではなくて、物ももちろん欲しいのだろうが、カルティエの店で買うということに満足感、憧れ、ステイタス性を感じるということである。
大阪の専門学校生からして、そこに一応の魅力を感じているということである。
そうでないと、ドンキに連れて行ってもらって満足しているはずだし、浮いた7万5000円で焼肉か寿司でも食べに行くことに違和感は覚えないだろう。

このカルティエの例え話は、エクスマの「銀座カルティエ事件」から引用している。

興味のある方は全文をどうぞ。

1998年12月24日 銀座カルティエ事件
http://ameblo.jp/ex-ma11091520sukotto/entry-11417743914.html


これはカルティエだけでなく、エルメスでもルイヴィトンでも同じである。

アパレルブランドの活動というのは、本来はこの2つを同時にしなくてはならない。

1、原価と経費をシビアにコントロールして、確実に利益を残せる物作り・物流体制と販売体制の構築
2、より高い価格で買ってもらうためのブランド作り、ステイタス性の付与、イメージ作り


である。

前者は工業的、後者は商業的と言えるだろう。

しかし、実際のところブランド側も消費者側もこの2つの座標軸をすぐに混同してしまう。
むろん筆者もである。

前者だけの視点でやると90年代後半から続いている低価格化競争ということになる。
ブランドは良い品を如何に安く作るか、消費者は良い品を如何に安く買うかということが最大のバリューとなる。

後者だけの視点になると、粗悪品を超高額で売りつけるボッタくり商法に堕ちてしまう。

この2つを同時並行で実現する必要があるのだが、できているブランドは少ないのではないか。

先に挙げたような要因で500円や1000円でも店頭販売価格を上げなくてはならないなら、如何に高くても買ってもらえるようなブランド作りをするかということが急務だといえる。

このあたりを整理して考え直すと、また違った取り組み方法が見えるのではないかと思う。

冒頭に書いたようにビジネスを実践している方々は、常に考えておられる当たり前のことだろうから、こんな長文をわざわざ読む必要はない。

もし、整理できていないという方がおられて、読んだことで何かのきっかけになるなら望外の幸いである。




















記事検索
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード