南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

2015年07月

トレンドが変わるたびにワードローブを総入れ替えするような消費行動には二度と戻らない

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 今春夏は、レディースのジーンズに少し回復傾向がみられるという声が多い。

理由はトレンドが変わりつつあるからだ。
それまでのスキニー一辺倒から、テイパードストレートが浮上してきたからだ。

テイパードストレートとはどんな形かというと、スキニーよりは腰回りと太ももにゆとりがあり、つま先に行くに従って細くなっているという形だ。

スキニーの場合、本当に似合うのは足の細くて長い人に限られる(似合っていないのにトレンドだから穿いている人も多いが)がテイパードの場合、許容範囲がもう少し広がる。
スキニーに比べると間口はかなり広い。

しかし、トレンドとはいうものの、2~3年前にはすでにテイパードは店頭デビューしていたから、時間をかけてジワジワと浸透してきたという印象がある。

世間の景気に対する分析は各種あるが、個人的には2012年当時よりは上向きになりつつあると感じる。

今後、このまま景気回復が続いたとして、レディースの新トレンドであるテイパードジーンズが爆発的に売れるかというとそうではないような気がする。

毎年、毎シーズン何かのトレンドはあるが、待ちゆく人がそのトレンドの洋服一辺倒になることはないからだ。

例えば、ピークが過ぎたといわれているスキニージーンズだが、いまだに定番的な位置づけは変わらないし、待ちゆく人を眺めていても着用者も多くいる。
これが一挙にテイパードに変わるということはちょっと考えにくい。

また、非トレンドでちょっとダサいと思われ始めている、チュニック+レギンスという着こなしだが、これだって絶滅したわけではない。
都心でもちょいちょい見かけるし、郊外の住宅地なんかではむしろマス化したままのように見える。

復活したセーターの肩掛けスタイルだってそうだ。
今、わざわざそれをする人は少ないが、だからと言って、セーターを肩掛けしている人を見て「プッ ダサっ。3年前のままかよ」とは思わない。
「ああいうテイストが好きなんだな」とか「冷房が効きすぎて寒くなったら袖を通すために用意しているのかな」というくらいにしか思わない。

今後、どれだけ好景気になろうと、かつての高度経済成長期やバブル期のように、そのときどきにトレンドに応じてワードローブを総入れ替えするというような消費スタイルは絶対に復活しないだろう。

今、所有しているスキニージーンズをすべて廃棄して、テイパードジーンズを同じくらいの数そろえようという人はほぼ皆無だろう。

所有しているスキニージーンズを穿きつつ、テイパードジーンズを1本か2本買い足す程度だろう。

ガウチョパンツもしかりだ。
いくら今夏最大のトレンドとはいえ、毎日ガウチョパンツを穿いている女性はそれほどいないだろう。

一昨年に流行した花柄パンツだって、いまだに着用している人がいる。
「ああ、一昨年買ったのね」とは思うが「ダサっ まだあんなもんを穿いてるのか」とは思わない。
着用ローテーションの一つに登録されていたとしても不思議とも思わない。

2005年当時のようにレディースジーンズはブーツカット一辺倒ということにはなりえないし、今後もそういう消費行動にはならないだろう。

この10年間で日本人の洋服に対する考え方はある程度成熟化したのではないかと感じる。

なんだかんだといって、2005年ごろまではあるトレンドが圧倒的に支持された。
レディースのジーンズは全部ブーツカットだし、その前だと女性は全員神戸エレガンスだった時代もあった。

バブル崩壊後ですらああだったのだから、バブル期とか高度経済成長はトレンドへの狂乱ぶりはすさまじかったのではないか。

そして、アパレル各社やブランドの経営陣がああいう状況を創り出したいと考えて、事業を組み立てているなら、それは危険だろう。
むしろ会社やブランドが傾くのではないか。


トレンドが生まれてもそれ一辺倒にならず、それぞれのテイストを何となく使い分けるような消費行動は今後ますます定着するだろう。
驚くような突飛な服装にチャレンジするような人は今後も減り、それぞれのテイストの無難なアイテムを集積して上手くコーディネイトするような人はさらに増えるだろう。

となると、それに対応した企画・販売の形態を考える必要がある。

バブル期や高度経済成長期のような、ワードローブ総入れ替えのような消費行動が戻ることは二度とない。経営陣がそれを理想とし、追いかけているアパレル企業は今後ますます苦境に追い込まれる。










ユニクロの大ヒット商品の共通点は

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 あれこれと考えてみたが、開き直ってユニクロを三連発でやってみる。

つい先日、ユニクロに対して、ヒートテック、ウルトラライトダウンに続くヒット商品がこの何年間か生まれていないという指摘の記事が掲載された。

まあ、これは事実なのだが、数百万枚単位で売れる大ヒット商品を定期的に生み出せというのも酷な話である。
そんなことができるんだったらワールドもTSIホールディングスも経営は傾いていない。

ちょっと無茶な要求だと感じる。

さて、ユニクロの大ヒット商品をつらつらと思い返してみる。

フリースジャケット
ヒートテック
サラファイン(現エアリズム)
ウルトラライトダウン

という感じになろうか。

共通点は低価格、機能性、イージーケア性ではないか。

逆にカシミアは毎年定番的に店頭に並ぶが大ヒットとまでは呼べない。
チャレンジしたシルクはあまり評判を聞かないので、ユニクロにしてはヒットではないのだろう。

カシミヤとシルクが大ヒットしない原因を自分なりにあれこれと考えてみた。

まず共通するのがどちらもイージーケア性がないことである。

両方とも洗濯機を使った通常洗濯はできない。
筆者からするとこれが何ともめんどくさくてたまらない。イラっとする。

次にそこそこに高価であること。

この2点ではないか。

カシミヤはだいたい9800円前後だし、シルクは記憶では3900円中心だったのではないか。
カシミヤもシルクも高級素材だということは世間的に知られているが、では、「ぜひとも欲しい。安くなったら何枚か買いたい」と思わせるような素材ではないのではないか。
少なくとも筆者はまるっきりそう思わない。
カシミヤもシルクも一生袖を通さなくても何ら痛痒は感じない。

9800円前後のカシミヤはたしかに安いと思うが、だからといって「絶対買いたい」とは思わない。
シーズン末期に価格が下がりきったところで買えば十分だし、何ならカシミヤセーターなんて一生買わなくても良いくらいである。

シルクも同じだ。
筆者の場合、シルクの方がカシミヤよりももっと親しみがない。
だから一生触らなくても何ともない。
今後、シルクの服を着ることは絶対にないだろう。

一般消費者もある程度は同じではないか。

シルクに縁があって、安く手に入るなら絶対に買いたいと思っている人は少ないのではないか。
むしろ、これまでの人生でシルクに縁のなかった人の方が多いのではないか。
そういう人はこれからの人生においてもシルクを手に入れる必要性を全く感じていないだろう。筆者と同じように。

となると、シルクをいくら3900円とか5900円に値下げしても無駄だ。

もともとの購買動機がない。
要らないものは10円に下がっても要らないのである。

そしておまけに洗濯が面倒である。

カシミヤセーターがそれでもある程度定番化するほどに売れたのは、同じ洗濯ができないアイテムでも、セーター類を頻繁に洗うという習慣がないからだろう。

セーター類はシーズン中にせいぜい1度か2度洗う程度である。

元から洗わないアイテムだから洗濯の難しい素材でも気にならない。

ちなみにカシミヤは本来洗濯可能である。
ただし洗濯機ではなく、水で手洗いである。
あとは軽く絞って整えて陰干しをすれば終わりである。

ユニクロはこれまで高額品を低価格に引き下げることで大ヒット商品を生み出してきた。
ジーンズもこれに入れても良いだろう。

しかし、カシミヤやシルクを見ると、一概に低価格化しただけでは大ヒットにつながらないともいえる。

だったら、そこそこの低価格で、機能性とイージーケア性のある商品を考え続ければそのうちに大ヒットにつながるのではないか。
さらにいえば元は高額品というイメージがあればなお良い。


それはなんだろうか。


それが思いつくくらいなら、今頃ユニクロに売り込んでいくばくかの金を手に入れている。


毎年の猛暑のこの時期に夢想する。
ヒートテックの逆で、汗を吸って服そのものの温度が1度くらいさがるような冷却服があったらなあと。
暑さが苦手なのでそういう肌着が1000~2000円くらいであったら絶対に買う。
もしそんな素材をユニクロが開発できたら大ヒット間違いなしだろう。

まあ、暑がりのオッサンの単なる妄想である。












単月の結果でユニクロ失速と決めつける危険性

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 ユニクロの6月度国内既存店売上高が前年比11・7%と大幅に落ち込んだことから、「ユニクロ失速」という記事がチラホラと出始めた。

結論からいうと、その兆候はあるかもしれないが6月度だけの結果でそう決めつけるのはいささか早計ではないかと感じる。
判断を下すのは7月度以降の推移を見てからの方が賢明だろう。

ただ、この記事はそれなりにユニクロの現状に対する消費者の雰囲気をうまく抽出していると感じる。

マクドナルドの二の舞か? 
なぜだ! ユニクロが突然、売れなくなった

「飽きた」「高くなった」「もう欲しい物がない」……
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44266


しかし、タイトル通りにすぐさま低迷し始めるとは思えないのも事実である。

この記事に示されているような可能性はあるだろうが、それでもユニクロの売上高がすぐさま大幅に減少することは考えにくい。逆に5000億円規模や3000億円規模に縮小するなら堅調に推移するだろう。
むしろ2000億円規模の大手総合アパレル各社の方がよほど経営危機に瀕している。

それに仮にユニクロがつぶれたとしてもそこら辺の苦戦続きのアパレルブランドの売上高が劇的に増えることは考えられない。ワールドやイトキン、ファイブフォックス、レナウン、TSIホールディングスが劇的復活することはありえない。それこそぬか喜びに終わるだろう。


それはさておき、先ほどの記事の中身を紹介しよう。

このあたりの分析は的確だと思う。

だが、日本の消費者は全く違う。誤解を恐れずに言うと、多くの日本人にとってユニクロは、お世辞にも「背伸びして買う服」ではない。

確かに、生地も縫製もしっかりしていて長持ちする。ヘンな柄やイラストのついたものが少なく、シンプルだから誰にでも似合う。何より、いつ店に行っても安かった。

しかし今、こうしたユニクロの美点が「強み」ではなく「弱み」に変わろうとしている。円安や材料費上昇などの要因で、値上げを余儀なくされているのが、最大の理由だ。マーケティングが専門の、慶應大学商学部教授の白井美由里氏が指摘する。

「誰もがユニクロには『高品質で低価格』というイメージを抱いています。しかし、数年かけてアンケート調査を行ったところ、実は『品質がいいのに安い』のではなく『安いわりに品質が良い』と評価されていることが分かりました」

また、消費者がユニクロ製品の何を重視して購入しているかを調べてみると、「品質の良さよりも安さのほうをより重視している」との結果が出たという。つまり、

「ユニクロの商品の主な『売り』は安さであり、ゆえに値上げが難しいということです。マーケティング戦略の一般論として、高級ブランドのほうが価格の自由度が高い。高いものは安くできますが、もともと安いと思われているものを値上げするのは困難なのです」(前出・白井氏)


とある。
まあ、納得である。
ただし【「品質が良いのに安い」ではなく「安いわりに品質が良い」と評価されていることが分かりました】とあるが、そんなことはわざわざ分析せずとも初めからわかっていたことではないか。

さらに

ほんの2年前までユニクロは、ジーンズ1本を1990円、2990円、3990円の3プライスで売っていた。だが昨年、柳井社長は創業以来初めての一斉値上げに踏み切った。現在、ジーンズの主要ラインナップには4990円の値札もつく。さらに今年の秋冬商品では、一部で大幅な値上げを予定しているとも発表した。値上げ幅を全商品で均すと、およそ1割に達するという。

とある。

記事の誤解を指摘したいが、ユニクロがUJとして1990、2990、3990円ジーンズを打ち出したのは2010年であるから5年前のことである。
そしてその期間は長くは続いていない。2011年には廃止されたので1年間しか続いていない。
2012年以降のユニクロは、ジーンズ3990円、それ以外のカラーパンツを1990円、チノパンを2990~3990円で販売している。

過去には何年間もかけてやっと完売できたメイドインジャパンジーンズ(企画的には失敗作だと感じる)があったが、あれは5990円~1万円で販売していた。

ただ、

「ユニクロと同じ価格帯には、世界中のファストファッションブランドがひしめいています。その中で1社だけ値上げが続けば、『この金額を払うなら、別にユニクロじゃなくていいや』と離れる消費者が増えるでしょう」

現に店頭では、「ユニクロ、なんか高くなったね」という客の声がすでに聞こえ始めている。


とあるのは事実に近いと感じる。
筆者の体感と同じだ。

スエットシャツ(いわゆるトレーナー)が1990円から2490円に、スエットフルジップパーカが2990円から3490円に値上がりしたのはどうしても「高ッ」と感じる。しかもこれは税別価格である。



原材料費の高騰、為替の円安基調、中国工場の慢性的な人件費高騰という3つの理由があるから値上げがやむを得ないことは承知している。

それでも「高いユニクロ」に対してそれほど魅力を感じない人が多いというのも事実である。

人は何かを買う時、無意識のうちに「内的参照価格」、つまり「このくらいまでなら出せる」という金額にモノの値段を照らし合わせるという。エルメスで服やカバンを買うときは「20万円出しても仕方ない」となる。だが、良くも悪くも「普通の服」ばかりというイメージが染みついたユニクロでは、1万円払うのも高いと感じる。どうしようもない現実だ。

これもほぼその通りだと思う。
そのための「+J」導入だったのだろうし、今秋からクリストフ・ルメールとのコラボなのだろう。
これまで上手く育たなかった外部デザイナーとのコラボが今秋から急に上手く行くとは考えにくい。
このラインを確立するためには少なからぬ時間が必要なのではないか。

ユニクロのくせに5000円もするジーンズは買いたくない—値段が許容できる水準を超えた瞬間、客はソッポを向き、何も言わず、何も買わずに店を出てゆく。

これもその通りだ。

そしてここまで高いならほかのブランドでも良いとも思う。
筆者もユニクロのジーンズに4990円支払うなら、エドウインの値下がり品か、ラングラーの定価商品を買う。

以上のような不満はこれまでずっと消費者の中にくすぶっていたもので、今、急に出て来たものではない。
実際に筆者だってずっとそう思ってきた。
今までくすぶっていたものが今後、さらに顕在化する可能性は高い。

あと、他メディアの中には、ヒートテック、ウルトラライトダウンに続くヒット商品がないと指摘する記事もあり、これもその通りだ。

しかし、ユニクロを弁護するわけではないが、何百万枚単位で販売できる大ヒット商品なんてそう簡単には生まれない。そんなに簡単に生まれるなら他のブランドがなぜここまで低迷しているのかということになる。
ユニクロに対してちょっと酷ではないか。

今のアパレル業界なら数千枚売ったらヒット商品である。
1万枚越えたら大ヒットである。
ユニクロとは販売枚数のケタが三つくらい違う。

不振といっても他のブランドなら超大ヒット商品並みの販売枚数があるのがユニクロである。

他の有象無象のアパレルブランドが束になっても敵わない規模がある。

話は逸れるがくだんの記事の中での柳井会長の考え方は賛成である。

柳井社長は、かつてこう語っていた。

「ファッションブランドはありもしないライフスタイル、いわば虚像を売っているようなもの」

「(既存のアパレル産業は)まず能書きとか自分たちに都合のいい情報をつくってお客を誘導するような商売でしょ」

細かい経営方針はコロコロ変える柳井社長にあって、この「ファッション」や「高級ブランド」といったものへの対抗心、批判精神は一貫している。


これはまったく同感である。
筆者もファッションブランドの能書きとか虚像作りは大嫌いである。
それ故にファッションがよくわからないし、ファッション業界には胡散臭さを感じる。

だからこそ、ユニクロに対しては共感する部分もある。

まあ、どっちにしろ他人の会社なので潰れようと身売りしようとどうなろうと構わないのだが、7月以降の推移を見つつ、是是非非で考えていきたい。

ユニクロ対ZARA
齊藤 孝浩
日本経済新聞出版社
2014-11-20



ユニクロ思考術
柳井 正
新潮社
2009-10-15



ユニクロ 世界一をつかむ経営
月泉 博
日本経済新聞出版社
2012-07-07


ユニクロに多くを求めすぎるのはいかがなものか

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 一説によると日本国民の96%が所有しているといわれるユニクロ。
普及率だけでいえば国民服ともいえる。

それだけ普及率が高いということは様々な人がユニクロを所有しているということになる。

そこでたびたび話題になるのがユニクロの洋服のサイズ感についてである。

女性間での評判はしらない。
今回は男性間での評判をまとめてみる。

結論から言うと、「みんな好き勝手に無茶をいうよなあ」という感想である。

最近の若い男性はかなり細い人も多い。

そういう彼らからは「ユニクロの服はサイズ感が大きすぎる。Sサイズでも大きすぎるくらい」という声を聴く。
もうあまり若いとは言えなくなっているが、31歳の元美容師がいるが、彼は相変わらず細身である。
そんな彼はユニクロのサイズ感は大きすぎると感じるようだ。

一方、中高年の男性は太ましい人が多い。
飲酒を伴った暴飲暴食と運動不足が原因であることは言わずもがなである。

そういう彼らは、ユニクロのサイズ感は小さすぎるという。

稀に運動をしていたがために足や腕周りだけが平均値よりもたくましい人がいる。
そういう彼らはお気の毒だがどうしようもない。

筆者はだいたいユニクロのMかLサイズを着ている。
別にサイズ感にはなんの文句もない。

ユニクロの中にもゆったりしたシルエットの商品と、タイトなシルエットの商品が混在しており、試着をしてみてゆったりタイプならMサイズを買うし、タイトなタイプならLサイズを買う。
ただ、Lサイズは袖丈や着丈がちょっと長くなってしまう。これは仕方がないことなので我慢するほかない。

とくに筆者は腕が短いのでユニクロのLサイズだと袖丈が長すぎる。
そのため、どんなに気に入った色柄のシャツがあってもLサイズしか選択肢がない場合は絶対に買わない。

そんな太ましい中高年からはこんな意見を聴くことも多い。

「ユニクロのサイズ感は何年か前から小さくなっている」

と。

たしかにこれはその通りだと思う。

筆者は98年ごろのフリースブームには冷淡だった。
今でも正直いうとフリースという生地があまり好きではないし、それを使ったジャケット類も好きではない。
なんだろうか、あの手触りも好きではないし、世間が言うほどの暖かさも感じないからだ。
あと風が通り易いというのも嫌いな点だ。
同じ通風性があるならウールのセーターの方がずっと好きである。

しかし、それでもあれほどブームになっているのなら、業界紙記者として一度試してみなくてはならないと思って、99年ごろに1枚だけ購入した。
値段も当時、税込1900円だったので失敗してもそれほど惜しくなかった。
これが5000円以上なら絶対に買わなかった。

Mサイズを購入して着用してみると、今もはっきりと覚えているが、身幅が異様に広かった。

通常ブランドのMサイズより1回りか2回り大きかったように感じた。

そして何度か着用してみたが世間で言われているほど暖かいとは感じなかったので知人に差し上げた。

その当時のユニクロからすると今のユニクロのシルエットはだいぶとスマートになっていることは間違いない。

とくに2000年を越えたあたりからメンズの服は業界全般的にシルエットがタイトになっている。
これは2000年から2007年まで、ディオール・オムのディレクターに就任したエディ・スリマンの影響だと聞いたことがある。

2008年からスキニージーンズが流行したこともその流れが継続することを後押ししたのではないかとも思う。

2015年の現在、レディースの一部ブランドでドロップショルダーなど揺り戻しの動きは少しあるものの、タイトなシルエットが基本であることは変わりがない。
いずれ、ルーズシルエットの流行が来るだろうが、おそらくは80年代のアルマーニが提唱したようなシルエットではないだろう。今のタイトシルエットを基本としたルーズシルエットになるのではないか。

その証拠にレディースのドロップショルダーアイテムは、たしかに肩はルーズだが、アームホールは細い。
80年代~90年代半ばのような太い袖ではない。

実用品的要素が強いとはいえ、ユニクロもトレンドとは無関係ではないから、当然、シルエットもある程度はトレンドに合わせる。
タイトシルエットが業界的に基本となっているので、それに合わせざるを得ない。

逆に合わせなければ、ユニクロの売上高はもっと激減していただろう。


閑話休題

こういう流れであるから、ユニクロもトレンドには適合させなくてはならない。
太ましい中高年男性は周りをよく見てもらいたい。

いまどき、80年代~90年代半ばまでのように身頃もダブダブで、アームホールが大きくて袖全体が太い服なんてどこに売っているのか。
また、大多数の人間はそういう流行おくれの洋服を着たいとは思っていないし、今の目で見ると、あの当時の洋服の形はかっこ悪く見える。

あんなのを着ていたら、バブル期のオッサンのコスプレにしかならない。

逆に細身の若者はユニクロじゃなくてジーユーを買うべきだろう。
なんどか試着してみたが、同じMサイズでもジーユーの方が確実にユニクロよりも細身である。

結局、洋服なんてものは1つのブランドで万人の体型をカバーするのは不可能である。
ユニクロはXSからXLまでそろえているのだから、カバーしようと努力をしている部類である。

ほかのブランドになると多くてもSMLの3サイズ。
下手をすると2サイズとか1サイズのブランドも珍しくない。
3サイズあるブランドでも1サイズしかないアイテムもある。


もしかしたらジーユーの素材クオリティを上げた細身のブランドというのは需要があるかもしれない。
ただ市場規模がどれほどあるかはわからない。「そこそこ上質な細身の服」なんてどんなにがんばっても1000億円規模にはならないだろう。

一方、ユニクロがキツすぎると感じる太ましい中高年は、せめて今のユニクロのXLサイズが着られるくらいまでダイエットしてみてはどうか。

不満があるなら、昨今は太ましい中高年男性に向けた専門ブランドがあるからそちらを買ってみてはどうか。
ただし価格はユニクロよりも高くなる。

生産ロット数からいえば高くならざるを得ないほどに少ない。
それほどにニッチな市場だということになる。

最大公約数的なブランドのユニクロだから、効率を考えれば、そんな細すぎたり太すぎたりするようなニッチな市場に踏み込むことは今後もあり得ないだろう。

ダイエットするか、少し高額な専門ブランドを買うか、太ましい中高年男性の選択肢は二つに一つしかない。
「価格がそこそこに安いユニクロでビッグサイズを」なんて、そんな都合の良い美味しいところ取りは不可能である。






自社の常識は世間の非常識

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 東芝ではないが、各企業で独特の仕きたりとか暗黙の了解とかがある。
長年の習慣で各経営者は何がおかしいのかわからなくなっているのだろう。

そういえば、国内繊維産地にも奇妙な習慣のある企業は多い。

先日、聞いた某産地企業では長年在庫にしている生地の評価を下げていないとのこと。
要するに、3年前のも5年前のも10年前のも20年前のもいまだのその当時の評価金額のまま在庫として積み上げているそうだ。
今度経営者に会ったら真偽のほどを直接尋ねてみたいと思う。

通常だと、衣料品だろうと生地だろうと在庫なんて何年抱え込んでいても定価で売れることなどない。
むしろ月日がたてばたつほど、定価で売ることはどんどんと難しくなってくる。

だから、在庫は徐々に価格を切り下げて損失として計上する。
何年間かするとその在庫評価はゼロになってしまう。
ゼロになった時点で産業廃棄物として「金を払って」処理してもらう。
衣料品なら古着屋やバッタ屋に流したり、ファッション専門学校に生地を寄付したりという場合もある。

これが普通である。

在庫の評価基準を下げないと、毎年資産が増えていくことになる。
どんなに良い商品でも完売することはない。
資産が増えれば増えるほどそれにかかる税金も増える。
これが絶好調で売上高が毎年ドンドンと増え続けている企業なら別だが、売上高が横ばい前後の企業ならゆくゆくは資金繰りが行き詰る。

なにせ、入ってくるお金が変わらないのに税金は毎年ドンドン上がっていくのだから。

抱え込んでいても構わないのは毎年一定数量が確実に販売できる定番だけである。
そして衣料品だけではなく生地にも定番は存在する。
在庫の評価を落とさずに済むのはそういう定番生地だけである。

何年も何十年も動かない生地は、定番とはとても呼べない。
ましてや将来においてそんな「死筋」の生地が突然動き始めることもない。

その噂が事実なら、この某産地企業は近いうちに経営破綻するだろう。

多くの産地企業はガチャマン時代(ガッチャマンではない)にため込んだ資産があるからそれを取り崩して延命することが可能だが、資産は無限ではない。
いずれその資産もすべて手放すことになる。
資産がなくなれば資金繰りが行き詰まり、経営は破たんする。

噂が事実だとするならなぜそんなバカな経営を続けているのだろうか。
まったく理解できない。
それこそ、この企業の常識は世間の非常識である。

もしかすると、バブル期以前はこの経営で通用したのかもしれない。


バブル期は大学生だったので当時の経営のセオリーは正直わからない。

その当時と今では時代が変わっているし産業を取り巻く環境も変わっている。
なぜ時代に合わせた経営手法に変えようとしないのだろうか。


産地企業の多くが危機に瀕している。


あらゆる努力を尽くしてもそれでも危機から脱せない企業もあり、それに対しては深く同情する。
しかし、この某企業のようにガチャマン時代とかバブル期の感覚をそのまま墨守し続けて危機に瀕する企業も多い。
それはいわば自業自得であり、市場から退場させられるのは当然である。
彼らに対してはまったく同情しない。
むしろ過剰な補助金だの助成金だので延命させる方が有害ではないかとさえ思う。


自ら変わるということはなかなかに難しい。
言うは易く行うは難しだということも承知している。
それでも変わらない企業が存続し続けることは不可能である。

いつまでも過去の常識にしがみついていても事態は好転しない。
それで好転すると思っているなら死ぬまでしがみついていれば良い



















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