旧大手アパレル、その他アパレル、百貨店と苦戦が続いているわけだが、経済環境や消費者心理の変化などの要因はさておき、「変化」を嫌っていることも大きな要因ではないかと思う。

百貨店が過度にファッションに特化した現在の形はどうかと疑問を抱くが、ファッションなんて時代に応じて変化するわけだから、経済環境や消費者心理に合わせて変化する必要があるのではないかと思う。

現在のラグジュアリーブランドだってかつては低迷した時期があり、そこから新しい取り組みで復活した。現在の姿が良かったか悪かったかは、判断のわかれるところだが、変化しなければ低迷し続ける古ぼけたブランドになっていたのではないかと思う。

百貨店は、かつて屋上に遊園地があった。
また大食堂があって、今の年配世代は、そこへ家族で行くのが楽しみだったという。

昔存在した北浜の三越には、映画館があった。
当方も小学生のころ、何度か親に連れられて映画館に行った。
今のシネコンに比べるともちろん小さい映画館だった(当時、シネコンは存在していない)が、母親からすると、単体の映画館に連れて行くよりも三越に連れて行った方が、アニメや特撮映画が上映されている間、ウインドウショッピングが楽しめるというメリットがあった。

梅田の単品の映画館だと近隣の商業施設と行き来するにはかなりの距離がある。

それらは採算が取れなくなって廃止されたのだが、今の百貨店はどうか。
集客ができないといいながら、ファッション然とした売り場づくりやイベントにこだわりすぎていないか?

昔は、もっとなりふり構わず集客していたのではないか。
いつから、お公家さんのような姿勢に変わったのか。

そもそも電鉄系以外の百貨店は、呉服屋から変化して生き延びたのではないのか。
変化しないことが美徳なら、百貨店になる前に呉服屋のままで死滅していたはずだ。

大手アパレルや老舗アパレルも同じだ。
意味の分からない名門意識とプライドだけを強烈に保持していて、商品づくりも売り方も変わろうとしていない。
ときどき、付け焼刃のように「業界のブーム」に飛びつくが、しょせんは後追いの付け焼刃なので失敗して撤退して傷口を広げるということをこの10何年間かくりかえしてきただけではないか。

97年ごろは猫も杓子もSPA
その次は猫も杓子も低価格
その次は猫も杓子もライフスタイル提案
今は、猫も杓子もEC・オムニチャネル

とまあ、こんなところで、すべて後追いの付け焼刃である。

例えば、現在苦境に陥っている三陽商会だが、創業当時は、

電気関係各種工業用品及び繊維製品の製造販売を目的として、東京都板橋区にて工作機械工具の修理加工、販売をおこなうべく同社を設立

と伝えられている。
繊維製品は扱っていたものの、電気関係工具がメインだったわけで、当初から名門アパレルではなかった。電気関係工具の会社が時代に合わせてアパレルメーカーへと変化したということになる。

老舗といえば、岡山、広島地区ののジーンズ専業アパレルも同じで、ほんの10年前までは名門意識が高かった大手が軒並み衰退凋落して、売上高を激減させている。

2005年には売上高が約130億円だった某ジーンズメーカーの現在の売上高は12億円にまで縮小している。
ほかの旧大手も似たり寄ったりである。

ジーンズ専業アパレルというのは、はるか悠久の昔から存在した名門・老舗だったのかというとそうではなくて、ほとんどが60年代後半以降に転身した企業ばかりで、その前はワーキングユニフォームや学生服メーカーだった。

ビジネスチャンスを目にして業態転換したわけである。

そうした企業がなぜか、変化することを拒んでいる。
変化を拒んで売上縮小、経営破綻、廃業などが相次いでいるが、それに対しての同情は感じない。変化を拒んでの自滅だとしか思えないからだ。

ダーウィンの進化論ではないが、変化に対応できないものは滅ぶしかない。

例えば、猫も杓子もSPA時代にあって、ジーンズ専業メーカー各社は最後まで直営店出店に抵抗した。
また近年だと、ジーンズメーカーに限らず、有名アパレルの多くは2010年ごろまではインターネット通販に抵抗し続けた。

その結果が、後追いの付け焼刃での取り組みである。

ランチェスターの法則によると、後追いで勝てるのは、「圧倒的物量のある大手」しかない。
しかし、「圧倒的物量のある大手」ですら、投資額が不十分なら局地戦で小戦力に負ける。
兵力を小分けにしての逐次投入は、各個撃破されるだけである。

これら企業の苦戦、衰退、凋落は「他山の石」の見本ではないか。


百貨店とは
飛田 健彦
国書刊行会
2016-12-28