何を書こうかなあと思って、まとまるかどうか心配なのだが、つらつらと書きだしてみる。

洋服の価格の話なのだが、安い洋服というのはそれこそ40年くらい前から存在していた。
「ユニクロの1900円フリースブームが起きた98年までは低価格衣料品は存在しなかった」みたいな論調は事実関係を誤認しているとしか言いようがない。
1970年代から低価格衣料品というものは存在していた。

ダイエーやジャスコやイズミヤなどのスーパーマーケットで低価格衣料品は販売されていた。
(イトーヨーカドーはそのころ関西には店舗がなかった)

現に70年産まれの筆者はイズミヤとジャスコの低価格衣料品のみで93年まで過ごしている。

70年代、80年代は働いていないので当時の業界のことや社会情勢は分からない。
しかし、93年から逆算すると、価格破壊で大々的に企業の業績が伸びたのはメンズスーツという分野の方が先ではなかったかと感じられる。

今回はスーツの価格の変遷についての感想を書いてみようかと思っているのだが、なにせ当時は子供で明確な記憶も残っていないし、その手の資料も手元にはない。
おぼろげな記憶だけが頼りなので、間違うこともあるかもしれないが、その際にはご指摘いただきたい。

物心がついたのは80年代である。
80年代にはすでに関西には洋服の青山、紳士服のはるやまという低価格スーツチェーン店が多数あった。
筆者の実家の国道沿いにも青山、はるやまは何軒もあった。

そういえば当時は、国道沿いにシーグラー、スリーエムという低価格スーツチェーンもあってテレビCMまで両社とも流していたが、いつの間にか消えてしまった。

AOKIは業界2位だが2000年を越えるまでほとんど関西には出店していなかった。
だから筆者にとってAOKIはまったく馴染みのない店なのである。

コナカも同様である。

青山商事が「洋服の青山」の1号店を出店したのは74年で、株式上場したのが87年なので13年間で劇的に店舗数を増やして売上高を伸ばしたと想像できる。
当然、AOKI、はるやまなどもほぼ同時期に急成長していると考えられる。

これらが、急激に売上高を伸ばしたのは、百貨店のスーツに比べると安いからである。
別に当時の消費者は高級志向だったわけでもなく、良い商品のみを求めていたわけでもない。そこそこに使い勝手が良くてそこそこに安ければ売れるというのは普遍的な事実である。

それでも、筆者が働き始めた93年はまだ「スーツは高くて当たり前」という風潮が色濃く残っていた。
初任給や初ボーナスで「まともな」スーツを買うなら、百貨店で10万円前後というイメージがあった。
これは両親や祖父母も盛んに言っていたので、そういう意識が社会に広くいきわたっていたのだと想像する。

しかし、大卒初任給で10万円のスーツなんてなかなか買えないので、必然的に自宅近所の青山かはるやまに行くことになるのだが、当時の青山、はるやまで売っているスーツは23歳の若者から見て「かっこいい」と思えるスーツはほとんどなくて、いわゆる「オッサン向け」だったと記憶している。
結局、青山、はるやまでは買わず、百貨店でも買わず、コムサ・デ・モード、ジュン、ドモンあたりのDC系ブランドのスーツをバーゲンで買うようになった。

定価7万円~8万円が夏冬のバーゲンで4万円前後に下がって買った。

当時からファッション雑誌を読み始めたのだが、若い筆者は熱心だったので、毎月2~3冊くらいはメンズファッション雑誌を購読していた。
ファッション雑誌を流し読みしかしなくなった今とは大違いである。

で、その中の1冊にメンズクラブがあって、このころのメンズクラブには大いに勉強させてもらった。

毎年3月号~5月号くらいのどれかで、フレッシャーズ向けスーツ特集が組まれていた。

そのころの筆者や職場の周りの人間の意識と、メンズクラブのフレッシャーズ向けスーツ特集は、だいぶと乖離し始めていた印象がある。

当時のメンズクラブはトラッド色が強かった。

必然的に掲載されるスーツは、ブルックスブラザーズ、ラルフ・ローレン、ニューヨーカーあたりが多く、価格は10万円を越えていた。
国内ブランドで掲載されていたのはトレンザとかロンナーとかメルボ紳士服とかだっただろうか。

例えば、「リーズナブルな万能スーツはこれだ・・・・・・・・・ニューヨーカーの13万円!」みたいな記事しか掲載されていなかった。

バーゲンで4万円に下がったスーツを1着買ってヒーヒー言っている筆者はその手の記事を読んでいつもカルチャーショックを受けていた。

「マジか!13万円でリーズナブルってどんなブルジョワやねん?」と。

筆者がバーゲンで買っているスーツが3着も買えてしまう。
おまけに「働き出したら夏用・冬用でスーツはそれぞれ3着ずつ必要」みたいな記事も頻繁に掲載されており、それぞれが1着7万~15万円くらいの価格で紹介されていた。

「おいおい、3着で25万円とか俺の月給より多いわ。こんなもん揃えてる新卒サラリーマンおらんやろ!」と心の中で突っ込んでいた。

これが99年ごろまでの話である。
何のかんのといってそういう状態が7年くらいは続いていたということである。

バブル崩壊直後は、実はそれほど不景気感は感じられなかった。
ところが97年に山一證券と北海道拓殖銀行が倒産して一気に不景気感が強まったという印象がある。
ユニクロの1900円フリースブームは、うまくそういう時代の風潮を捕まえることで起きたといえる。
ちょうど98年ごろに起きているからで、そういう時代の風潮を読む目は当時の柳井正会長にはあったということだろう。

結局、4万円くらいの安いスーツを買おうと思うと、青山やはるやまの「オッサン向け」スーツか、DCブランドのバーゲンで半額に値下がりしたスーツしか店頭になかったというのが99年ごろまでの実態である。

「オッサン向け」スーツのイメージは、「太陽にほえろ」の刑事みたいなスーツといえばイメージできるだろうか?
中条きよしが歌番組で着ていたスーツといえばイメージできるだろうか?
小林稔侍がドラマで着用しているようなスーツといえばイメージできるだろうか?

まあ、青山とはるやまにはそういうスーツしか当時は売っていなかった。

94年に、黒の無地のスーツを青山とはるやまに買いに行ったら、略礼服を出された。
いやいや、別に葬式に行くわけではない。

当時の青山、はるやまに黒無地のファッションスーツという商品は存在しなかったということである。

スーツがさらに低価格化し、ファッション化したのは99年にオンリーがツープライススーツショップ「ザ・スーパースーツストア」を出店してからということになる。

ツープライススーツショップを史上初めて出店したのは青山商事でもはるやま商事でもコナカでもなく、オンリーである。それは紛れもないれっきとした事実で、オンリー以外のツープライススーツショップは後発であり、オンリーの業態を模倣したものであると筆者は考えている。

ここで初めて18000円と28000円でのファッションスーツというものが市場で発売された。

ちょっと長くなってきたので、筆者の「独断と偏見によるスーツ価格への感想」はto be continueとさせていただく。

次回へ続く。