以前、このブログで、小規模アパレルやインディーズ系デザイナーズブランドは何社か素材を共通化して、製造コストを下げることを模索するべきではないかと書いたことがある。

先日、現在抱えている仕事の一環で、ベテラン有名デザイナー(本人は中堅とおっしゃっていたが)とお会いした。
このデザイナーの実際の商品を見たことがある人はあまり多くはないように思うが、名前を聞いたことがある人は多いのではないかと思う。
それくらいには有名でありベテランであるデザイナーである。

その人がその場で、

自分も含めて今のデザイナーズブランドは、企業規模が成長する見通しが立たない。
企業規模が成長しないことには、生地も縫製もミニマムロットに達することができずにアップチャージで割高な生産体制になってしまう。
そのため店頭販売価格が高くなり、さらに売れないという状況が繰り返されている。

と指摘した。
そこで、その解決策として、

いくつかの小規模ブランドが集まって、使用素材を共通化するとか、原料の仕入れを共通化することで製造コストを下げ、店頭販売価格を引き下げることで、販売数量の拡大を目指すべきではないか。

との方策を示された。
これに対しては、以前にも同意見を書いたことがあるので、非常に現実的な方策だと評価して賛同したい。

蛇足ながら付け加えると、何もユニクロばりの2000円とか3000円の商品を作ろうということではなく、5万円の商品を25000円にできるのではないかという話である。

クリエイター系の人と考えがかみ合わないのは、生地も縫製もミニマムロットにはるかに達しないがために工賃のアップチャージが繰り返され、販売価格が高騰するということに対して、危機感を持っていない人が多い点である。

10万円のジーンズが製造されたとして、もし、多くの消費者に10万円のジーンズを買うほどの可処分所得があったとして、無名のブランドの10万円のジーンズを買うだろうか。
おそらくほとんどの人が買わないと思う。

同じ10万円のジーンズを買うならプラダやグッチのジーンズを買うのではないか。

なぜなら、

1、ステイタス性があるから
2、ブランドへの信用度が高いから
3、他者から称賛される可能性が高いから

である。

無名のデザイナーズブランドの10万円のジーンズにこの3つが備わっているだろうか?
3つとも備わっていないと言えるのではないか。

そのブランドの熱烈なファン以外、ステイタス性は感じないだろう。

筆者がブランド主宰者なら例えば2万円台に販売価格を引き下げることを検討する。

いくら「素晴らしい物です」とか「こだわって作ってます」と言ったところで、多くの人にとって10万円という価格はポンと出せる金額ではない。
そういう人の人数は限られている。

だったらもう少し買いやすい価格帯を模索すべきで、3000円とか4000円の値付けを模索する必要はないが、1万円台・2万円台で販売できるモノづくりを考えるべきではないかと思う。

デビュー以来変わらず懇意にしてもらっている、スー・ヒライというブランドがある。

http://www.si-hirai.com/

いつの間にか18年くらいのお付き合いになっている。

このデザイナーの平井達也さんが、3~4年くらい前、こんなことを言った。

「スプリングコートみたいな薄手のコートを59000円とか60000円台とかで値付けしているインディーズ系デザイナーズブランドが多いが、それでは売れにくいと思う。彼らの薄手コートが異様に高価格なのは製造枚数が少なすぎることでアップチャージが発生しているからで、それは販売側の論理で消費者には関係ない。それにその値段を支払うなら、多くの消費者は有名海外ブランドで買う。だからぼくは使用素材のクオリティを少し下げてでも29000円くらいで販売できるようにモノづくりをする」と。

この考えには非常に共感した。

冒頭のデザイナーも含め、こういう視点がないとインディーズ系とか小規模ブランドの商品は売れにくいと思う。

一方で、大手生地問屋のタキヒヨーとか瀧定あたりから引っ張ってきたのか、ワールドとイトキンとタカキューがまったく同じ色使いのチェック柄シャツを販売していることがある。
店頭販売価格は4000円~7000円くらいだ。

こういうのは、消費者としてはちょっと萎えてしまう。
おそらく偶然に不可抗力的に重なったのかもしれないが、逆にこの3社が「製造コスト引き下げのために素材を共通化しました」くらいの発表をすればかっこいいが、偶然重なりましたというのでは、安い素材を選んだからたまたま重なってしまったように見えてしまう。(たぶんこちらが実情)
それでは消費を喚起できない。

だから、特徴のある柄の素材は共通化する必要はないが、無地のベーシックな生地とかダウンジャケットに使用するダウン(羽毛)だとか、そういう部分の共通化は模索すべきではないか。

「海外ラグジュアリーブランドと同等のステイタス性と信用度がある」と考えているブランドは、どうぞご自身の思う道(そちらは獣道だが)を突っ走ってもらえば良いが、そうでないなら、ちょっと真剣に考えてみてはどうか。

そうすることで、小規模ブランドやインディーズ系ブランドの売り上げ規模が拡大できる可能性が少しは高まるのではないか。

ただ、問題はその「共通化」の旗振り役を誰がやるかである。
出たがり・やりたがりの人は多いが、多くの場合は「俺が俺が」が強すぎて人望がまるでなかったりする。
またこれまでの実績が単なる虚名に過ぎない場合も多く、実働させてみるとさっぱり業務が進まないことも珍しくない。こういうのをアレオレ詐欺というのであるが、その輩は業界に掃いて捨てるほどいる。

そのあたりの旗振り役を誰がやるのかが実現できるかどうかのカギになるだろう。