約3か月遅れで、ユニクロアンドルメールのキャンバススリッポンシューズを買った。

理由は昨日1990円(税抜き)に下がったから。
大人気だった黒を手に入れた。
細身に作られているので、サイズはいつもより大きめの28・0センチ。これ以上大きいサイズはこの商品にはない。

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何度か着用してみて、調子が良ければダダ余りしている白も買ってみようかと思う。
1990円だし。

バリバリのビジネススーツに合わせるのは疑問だが、それに類した服装には合わせられる。
ちょっと生地が薄いかな?と思う。
これは別に綿花の使用量をケチったわけではなく、細番手糸を使ってキャンバス生地を織ったからではないか。
おそらく耐久性はそれほどないだろう。

合繊を使えば耐久性は向上するが、それはおそらく商品の開発趣旨から外れるのではないか。

それはさておき。

値上げに失敗して昨年末くらいから如実に値下げしているユニクロ。

品質と価格のバランスでいえば、現在よりも300~500円くらい上げても良いかもしれない。
物によっては1000円くらい上げることも可能だと思う。

しかし、嗜好性が多分に加味される衣料品の場合、品質とデザインだけでは価格を決められない。
そこに「ブランド力」とか「ステイタス性」が加味される。
「ユニクロ」というブランドに7990円のジーンズをどれだけの消費者が求めているかという点である。
もちろん、ユニクロがかつてのような「ユニバレ」を恐れるような、安物ブランドではなくなっているのは事実である。

けれども、エドウインと同等の7990円のジーンズが並ぶようなブランドだと多くの消費者が認知していないのも事実であろう。
ユニクロに3万円のカシミヤセーターを求める消費者がどれだけいるのか?
1万円のワイシャツがユニクロに並んでいたらほしいと思うか?

ユニクロというブランドは、日本人にとっては、比較的品質の良い商品が低価格で買えるという認識のブランドではないか。
低価格から外れるような価格設定の商品はなかなか売りにくい。
なぜなら、消費者が「そういうブランド」だとは認識していないし、「高価格でも買える」「高価格でも買いたい」という固定客をつかんでいないからである。

これまでの販売戦略ではそういう固定客は獲得できなかったからだ。

販売価格を上げるということは、これまでの固定客を捨てて新しい固定客を捕まえるという作業である。

物事はなんでも上を見すぎても下を見すぎてもキリがない。
現在、ユニクロには1990円くらいのズボンが売っているが、筆者やそれなりに洋服の好きな人はこれは「妥当」とか「コスパが高い」と認識するが、これを「高すぎる」と見ている消費者は実はかなり多くいる。

極限デフレ都市・大阪で店頭に立っているからそう感じるのかもしれない。
在庫処分のバッタ屋でズボンを買いに来るお客の多くは1990円のズボンは「高い」と思っている。
中にはたまたま通りがかって590円とか190円とかのズボンを「びっくりするくらい安い」と言って買ってくれるお客もいるが、そうでないお客も多い。

在庫処分だから色・柄・サイズは不揃いに決まっている。
在庫処分屋で色・柄・サイズがそろっていると思うほうがおかしいのだが、それを求めるお客は予想以上に多い。
そういう場合は、「ユニクロに行けば色・柄・サイズが1990円でそろいますよ」と言うが、それは嫌なのだそうだ。
なぜなら「高いから」である。

価格競争をするということは、こういう層を顧客化するということである。

逆に価格を上げるにはこういう顧客層はまったく不要で、もっと高所得者層を捕まえなくてはならない。
それを捕まえるには「ステイタス性」がなくてはならない。

今のユニクロにはそれだけのステイタス性は残念ながらない。
同グループでもセオリーにはそれがある。

ユニクロはステイタス性の構築を自ら破壊しているような部分がある。
今回のユニクロアンドルメールのスリッポンシューズもそうだ。
4月の下旬に発売されるや否や、大変な反響で大きいサイズは売り切れ店が続出していた。
とくに今回買った黒はどの店舗もほぼ完売で、23センチなどの小さいサイズしか残っていなかった。
オンライン通販でも2日後には25センチ以上の大きいサイズが完売していた。

おそらく男性の需要が多かったのだろう。
白は残っていたが、それでも店頭では白を買う人も多く見られた。

本来、ブランドのステイタス性を高めるならここで完売にしておくべきだった。

けれどもユニクロの宿病ともいうべき「欠品させない」マインドが働いて、翌週か翌々週にはオンライン通販には全サイズ補充され、店舗にもある程度のサイズは補充されてしまった。

こうなると、もうあとは値下がりを待つだけである。
ブランドのステイタス性には本来、希少性が含まれている。
ブランドの売り上げ規模によって希少性が意味するところの数量は格差があるが、どの規模でも欠品させなくなってしまえば、消費者が感じる希少性はほぼゼロになってしまう。

それは「いつでもある商品」になり、無理に「今買わなくても良い商品」と認識されてしまう。

このスリッポンシューズの場合もそうだ。だから筆者は1000円値下がりするまで待った。
ユニクロの性格からすると必ず売れ残り商品は値下げするからだ。

同じ失敗をかつて+Jでも経験している。

ファーストシーズンは並んでまでファッション好きが買って完売店舗も多かったが、次のシーズンからは供給量を増やしたのだろうか、売れ残りが多く発生するようになった。
当然、お得意の値下げ投げ売りになる。
3シーズン目からは通常のユニクロ商品と消費者の見る目は変わらない。値下げまで待てば良いのである。
実際、筆者も+Jの商品を何枚か持っているがすべて値下げされてから買っている。

今回のルメールもいくつか買ったが定価で買った物は一つもない。
筆者は絶対にユニクロを定価で買うことはない。

この「欠品させない」というやり方を貫く限り、永遠にステイタス性は上昇しないし、販売価格を上げることはできない。

例えば、ユニクロの通常ラインは現在と同じやり方で、コラボラインだけを売り切れ御免にすることはそれほど難しいことではないと考えられる。
そうすれば通常ラインは今の顧客層と変わらないが、コラボラインに関しては今とは違う顧客層を獲得できるようになる可能性が高い。H&Mなんてまさにそのやり方で1つの店舗で異なる顧客層を獲得している。

なぜそのやり方を真似ようとは思わないのか不思議でならない。

筆者は、「人間には無限の可能性がある」という考え方は単なる絵空事だと思っており、好まない。
どんな人間にも限界がある。というか人間なんて限界点だらけの生き物である。
「欠品させない」というやり方に固執するのが柳井正会長の限界点だと見ている。
このやり方に固執する限り、ユニクロは永遠に価格を上げることはできないだろう。

投げ売り目当ての筆者からすればうれしい限りではあるが。
筆者のためにもどんどん投げ売り品を発生させてもらいたい。
よろしくお願いしまーす。(´∀`)



ユニクロ帝国の光と影 (文春文庫)
横田 増生
文藝春秋
2013-12-04