今日はお気楽に。

2004年ごろから男女ともに洋服のシルエットはずっとタイトシルエットだった。
これは当時の「ディオール・オム」が打ち出したトレンドで、世界中の業界がこぞってこれに追随した。

「おしゃれは我慢だ」という人も少なからずいるが、彼らを除いた大多数の人は苦痛を我慢してまで服を着たくない。筆者なんて絶対に我慢したくない。
そういう需要を満たすためにストレッチ混素材が各種アイテムに採用されることになった。
ズボンだけではない。シャツにもジャケットにもコートにも採用されているのは珍しくない。
Tシャツ類なんて元から伸縮性があるにも関わらずストレッチ混素材が採用されている場合もある。

そんなタイトシルエットが12年も続いている。
そろそろ揺り戻しが来てもおかしくない。

一昨年からレディースでは正反対のビッグシルエットが現れ始めた。
昨年秋冬はけっこう型数が増えた。

バブル期から90年代半ばにかけてはビッグシルエットが全盛だったが、それがリバイバルしたともいえる。
しかし、その当時のビッグシルエットとは少し異なる。
当時のビッグシルエットは身幅もビッグで、アームホールや袖幅もビッグだった。
要するに袖がかなり太かった。

復活したビッグシルエットは、12年間のタイトシルエットを経験してきているので、袖幅はそんなに広くない。
身幅だけが広い感じになっている。

トレンドは必ずリバイバルするけれど以前そのままではない。
これが鉄則である。

ランニングブームもあって最近では体型のスマートなオッサン連中も増えた。
筆者も5年間週2回走ることを続けて何とか30歳ごろの洋服が着られるサイズに戻った。
相変わらず顔の輪郭は痩せないが(笑)。

けれどもやっぱり暴飲暴食が原因で太ましいオッサン連中も相変わらず多い。
そういう人たちはこの12年間のタイトシルエットな服に泣かされてきたためか、ビッグシルエット復活に歓喜している。
ファッション雑誌やファッションブログでも「トレンドに浮上したビッグシルエットはお腹やたるんだ体を隠すのに最適」と解説している。

そしてこの「新トレンド」はすでにユニクロでも売られているくらいマスゾーンに広がっている。

だが、その解説は果たして本当だろうか?
筆者は経験上、信用していない。

体のラインが隠れやすいことは確かだが、だからと言って安易に着用するとかえってスタイルが悪く見えることもある。
個人的な意見だが、顔がデカくて首が短くて肩幅のある人はビッグシルエットのトップスを着ると余計に体が大きく見える。
もっと直接的な表現をするなら肥満しているように見える。

なぜそんなことを言うかというと、筆者の顔がデカくて首が短くて肩幅が広いからだ。
タイトシルエットだと体にピッタリする分、お腹や腰回りが細ければそれも浮き出る。
そうするともしメタボになっていなければ、それなりにスマートに見える。

一方、ビッグシルエットだと肩幅からそのままの太さでストンと腰まで隠れてしまう。
もしなで肩なら肩幅の太さでストンと落ちるので少々腹が出ててもスマートに見える。

IMG_1304

(グローバルワークのビッグシルエットトップス)

そう、ビッグシルエットで体型を隠せてスマートに見える条件は

1、顔が小さい
2、首が長い
3、なで肩
4、胸が薄い

である。
逆の体型の人がビッグシルエットを着るとかえって太ましく見える。

逆の体型のすべてを兼ね備えた筆者がいうのだから間違いない。

ファッション雑誌とかファッションブログはここまで説明してもらいたいと思う。
そうでなければ、勘違いしてビッグシルエットを着用する太ましい中高年が続出してしまう。
一方、上に挙げた4つを兼ね備えた体型の人はビッグシルエットのトップスを着ると、中年太りした腹を隠すことができ、スマートな体型に見せることができる。

しかし、ふと疑問に思うのだが、レディースで中高年のユニフォームともなっているチュニックだが、あれに対して「体型を隠すことで余計におしゃれではなくなる」という指摘が最近は主流となりつつある。
チュニック着用=典型的オバハンという構図も固まりつつある。

にも拘わらず、メンズに「ビッグシルエットは体型を隠せる」と喧伝するのはそれこそダブルスタンダードなのではないだろうか。

ここに整合性が取れていないと感じるのは筆者だけだろうか?

太ましい中高年があまりにもピチピチの服を着るのはボンレスハムを想起させて得策ではないが、かといって、自らの体型も分析せずにビッグシルエットに走るのも逆効果になる人もいる。

そういう人は流行に流されず、細すぎず太すぎない、ジャストサイズのトップスを選ぶべきではないか。
メディアは安易に流行をあおるべきではないし、消費者は安易に流行に流されるべきではないと思う。

それにしても小顔で枯れ枝のような体つきに生まれたかったとしみじみ思う。