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南充浩 オフィシャルブログ

大手企業の平均年収でアパレル業界を判断してはダメ

2016年3月29日 FLAG 0

 The FLAGが「ファッション業界マネー事情」と題して、有力企業の初任給と公表されている範囲での平均年収を一覧表にまとめている。
公表されている範囲なので公表されていない企業の平均年収は当然空欄である。

就職や転職を考える際には指標の一つにはなるだろう。

https://theflag.jp/blog/73

この一覧表を見て「意外に業界の平均年収は高いのではないか」と思った方も多いのではないか。
しかし、掲載されている企業名をよく見てほしい。
アパレル、百貨店、素材メーカー、商社が混在している。
しかもそれらは上場している、もしくは上場してもおかしくはないくらいの業界有力企業である。

これらの平均年収が良いのは当然であり、自動車関連ならトヨタの社員の平均年収を見ているようなものである。

syoninnkyu

ちょっと煩瑣ではあるが企業名をざっと見てみよう。

アパレル系では

ステュディオス
グンゼ
ワコールHD
オンワード樫山
ストライプインター
三陽商会
ワールド
パル
ユナイテッドアローズ
AOKI
ベイクルーズ
ファーストリテイリング
などである。

そのほかは

東レ
帝人フロンティア
旭化成せんい
日清紡HD

などは素材メーカー系だし

伊藤忠ファッションシステム
三井物産インターファッション
三菱商事ファッション

などは商社系

そのほかの三越伊勢丹、高島屋、そごう・西武などは百貨店である。

専門学校生や大学生が就職先として考える「ファッション業界」の範疇には含まれない場合が多い。

そしてこれらの企業の平均年収が予想よりも高いことは、それぞれの業界・ジャンルでの大手企業だから当然であり、これらの企業の平均年収までが低いならその業界は最早終わっている。

ちなみにここで発表された平均年収よりも今年4月1日から下がる企業もある。
経営再建中の大手企業の平均年収は下がるはずである。

ファッション専門学校生や大学生が「ファッション業界を目指す」として、ここで挙がった「アパレル系」に全員が就職できるわけではない。
逆に大半以上が落ちる。
どうしても「ファッション業界で」と考えるのであれば、ここには掲載されていない「アパレル系」を探すほかない。

一般に「アパレル業界の給料が低い」と言われるのは、そういう「ここには掲載されていないアパレル系」を指しており、そしてその数はここに掲載されている「アパレル系」の何百倍にもなる。
そういう企業は、初任給から昇給するかどうか自体が不明だし、そもそも新卒採用していないことも多い。

大手に入り損ねた新卒者の業界でのキャリアアップを例示してみる。

まず、バイトやパート、契約社員、フリーランサーみたいな形でそういう小規模・零細企業に潜り込む。
当然、給料は安く、時給労働のような場合もある。
3~5年くらい働いて少し実力がついて、人脈が広がる。
ここで昇給がある場合もあるが、ない場合もある。
その場合、給料を上げようとすると他社に移籍するほか手がない。
なぜなら無い袖は振れないからだ。

そして移籍する。
ここで少し給料が上がる。
この会社が何かの拍子に、奇跡的な大成長を遂げれば、ここから毎年の昇給という恩恵にあずかれるが、アパレル不況の昨今そんな美味しい話は奇跡にも等しい。

当然、さらなる昇給を目指すならまた移籍するほかない。

そしてこれをあと何度か繰り返したころ、若者は40歳前後の中年になっており決断を迫られる。
その時点で在籍する企業に骨を埋めるか、独立企業するかである。
こうなる前に在籍した会社が倒産してしまっている可能性も極めて高い。

幸運にも移籍を繰り返して中規模アパレルに潜り込めたとして、何年か後にリストラされてしまっている可能性もある。

若者がファッション業界に夢を見ることができるかみたいな議論があるが、普通の感覚を持った若者なら夢は見られないだろう。

この若者が男女ともに生涯独身を貫くなら例示したモデルで働き続けるという選択肢はありだが、結婚して子供を育てるという「夢」があるなら、例示したモデルで働き続けることは男女ともにかなり難しいだろう。

月々の額面給与が仮に40万円で留まったとする。それ以上昇給しないという事態はアパレル業界なら十分に考えられる。40万円まで昇給できるかどうかすらあやしい。

独身なら十分だが、子供を育てるとなるとちょっと心もとない。
保険やら年金やらを天引きされて、手取りは35万円弱だろう。

独身なら大国町あたりの月額家賃4万円のワンルーム住まいでも良いが、結婚してさらに子供まで生まれたそんなわけにはいかない。
10万円前後は家賃として毎月消えてなくなる。
毎日、スーパー万代や西友、スーパー玉出などの安い食材を買うとして、月の食費は夫婦二人で5万円くらいだろうか。子供が生まれたら食費は劇的に増える。
電気代は2万円くらいか。携帯電話代は夫婦二人で2万円、これですでに20万円弱が消える。
そこに水道代・ガス代・自宅のプロバイダー料金などがかかる。
ざっと25万円くらいは消える。
残り10万円で子育てということになるが、実際は食費やらミルク代やらおむつ代やらがかかるのでその10万円もほとんどなくなる。

生命保険やらなんやらも必要だし、学資保険をかける場合もあるだろう。

自動車を持っているなら駐車場代・保険料も含めた維持費がかかる。
おそらくこれで残り10万円もほぼ使い切るのではないか。

子供が生まれて大きくなると教育費がかかる。
大学まで進学したら、私立大学だと文系で年間授業料は80万~100万円円くらい、国公立文系で50万円くらい必要になる。

こういうことを考えて、結婚や出産と同時にアパレル業界を離れる若い人も少なくない。
女性なら産休・育休などの諸制度が整っていない小規模・零細企業では長期間働くことは難しい。
そしてアパレル業界は大手よりも小規模・零細が圧倒的多数を占めている。

個人的には、こういう業界に対して「夢を持て」というのはおかしな話だし、「夢」を煽り立てて若者をより多く獲得しようとするのもおかしな話だと思う。

本当に情熱のある人だけが入ってくれば良いという意見もあるが、むしろその方が、参入者の数が減ってアパレルブランドの供給過剰問題の一端が解消されるのではないかとも思う。

いわゆるテレビドラマで登場するような「平均的で平穏なサラリーマン人生」を送ることはアパレル業界では多くの場合無理だろう。
どうしても入りたいという若者はそれを覚悟すべきだし、専門学校は若者にそれを覚悟させるべきだろう。



ユニクロ対ZARA
齊藤 孝浩
日本経済新聞出版社
2014-11-20


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