国内市場で衣料品の値崩れが止まらない原因の一つに過剰供給がある。
年間41億点の商品が流通しているそうだから、一人当たり平均で35枚くらいは服を買わないと在庫として残ってしまうということになる。

服の供給量は過去最高の41億点、低価格衣料がシェア拡大
http://www.fashionsnap.com/the-posts/2014-12-16/supply/

毎年、一人で35枚も服を買う人がいるだろうか。
まあ、ほとんどいないだろう。

となると、在庫は投げうるか廃棄するかするほかない。

かくして洋服の投げ売り品は増える一方ということになる。
衣料品が値崩れするのは当然といえる。

別に日本人が遅れているからとか、日本の消費者のモラルが劣化したとかいうことではない。
ごく当たり前に過剰在庫が投げ売りされているというだけのことである。
農作物だって水産物だって家電だって供給過剰になれば値崩れを起こす。
それと同じである。

日本にはすぐに「欧米では~」とか「世界では~」という人が多いが、衣料品の値崩れは米国も同じらしい。
そういう意味では人間の行動は人種が異なっても大差ない。

アメリカ小売業界に広がる「架空価格」集団訴訟とオムニチャネル戦略
http://www.apalog.com/sachiehirayama/archive/79

定価での販売実績がない商品を値引きしたかのように装って販売することがアメリカで増えており、それに対して集団訴訟が頻繁に行われているそうである。

日本でいうところの二重価格による景品表示法違反である。
例えば、定価1万円を5000円に値引きしたような値札を付けて商品を売ったとする。
実際に1万円の価格で一定期間販売した実績がなければこれは二重価格であり、景表法違反に問われる。

わざわざ集団訴訟するということは、アメリカにはそれに類した法律がないのではないかと推測される。
すぐに訴訟を起こすアメリカの国民性は正直、大嫌いだが、景表法に類した法律がなさそうだということも逆に驚かされる。
仮に法律がなければ架空の定価なんていくらでも偽造し放題になる。

記事から引用する。

最近、大手チェーンストアによる虚偽の価格をめぐる集団訴訟が急増している。始まったのは2014年のニーマン・マーカス、ノードストローム・アウトレット部門への集団訴訟のあたりからで、その後マイケル・コース、2015年にはジョスAバンク(5月)、バーリントン・コートファクトリー(7月)、TJマックス(7月)、シアーズ(8月)、コロンビア・スポーツウェア(10月)ケート・スペード(11月)など。直近では12月末にメーシーズとブルーミングデールズの百貨店部門が同様の集団訴訟を起こされている。

問題とされるのは、例えば40%オフという販促時の値札に「オリジナル100ドル(もしくはcompare at=比較価格)、現在60ドル(多くの場合40%オフも連記)」という表示があるのに、その商品は実際には一度も100ドルで販売されたことはなかった、という状況だ。英語ではfalse pricing, imaginary pricing(架空価格)と呼ばれる。当該商品がその価格で売られたことがないのであれば、40%オフには根拠がなく、消費者を惑わし、実際の価値とは異なった商品を販売している点が問題だ。

とある。

この記事を興味深く読んだのは次の一節があったからだ。

マイケル・コースの場合は、アウトレットで販売している商品の一部が、実はアウトレット店専用に製造された商品であり、一度もマイケル・コースの定価店舗で販売されていないのに「オリジナル価格」を謳った点が争点となった。

このような訴訟が増えた背景には、アメリカ大手チェーンストア全体、特にファッションを売る百貨店やアウトレットがあまりに頻繁かつ継続的に価格プロモーションを行う結果、価格に対する信頼性が下がったこと。そのまた背景には「ファッション(特にアパレル)が売れにくくなり、値引きに頼らざるを得ない」という厳しい現実がある。

とのことで、「マイケル・コース」のアウトレット専用商品が訴訟対象になるなら、日本の大手ブランド、大手セレクトショップは軒並み訴訟されてもおかしくない。
彼らは、多数のアウトレットストアをチェーン出店しているが、並んでいるのは正規店で販売実績のないアウトレット専用商品がほとんどである。

米国なら訴訟を起こされてもおかしくはないということになる。
日本で商売してて良かったデスネ。( ̄ー ̄)ニヤリッ

そして、その背景の解説は、まるで日本の衣料品業界の現状を見ているようだと感じる。

「ファッション(特にアパレル)が売れにくくなり、値引きに頼らざるを得ない」という厳しい現実

との指摘である。

欧州はどうなのだろうか?
H&MとZARAの拠点が欧州にあることを考えても、欧州も似たり寄ったりではないのかと推測される。
H&MやZARAの低価格衣料品がそれなりに支持され、必然的に価格競争が起きているのではないだろうか。

米国はすでにそうなっており、日本もそうなっている。

高額でこだわりの衣料品にロマンを求める消費者が存在するのは構わない。
それは個人の趣向であり、趣味の世界だから。

しかし、それを衣料品市場全体に広げようとするのは無理があるのではないかと思う。

まず、そういう高額商品を買える能力を持っている人は少数だということ。
筆者も貧しいので高額商品は買えない。
高額商品を定価で買うぐらいなら食料品を買う。

次に、低価格ブランドと高額ブランドの「見た目の差がなくなっていること」もある。

90年代後半までは、低価格ブランドと高額ブランドは見た目から異なっていた。
ユニクロのデザインはもっとダサくて変だったし、GMSのプライベートブランドはもっとダサかった。
94年にブラックのファッションスーツは、青山やはるやまでは販売されていなかった。
青山やはるやまで「ブラックスーツを買いたい」というと略礼服が出された。

今は、見た目ではほとんど変わらない。
低価格ブランドの見た目のレベルはアップしたし、トレンドの対応もほぼ同時になった。
使用素材の品質は当然落ちるが、そこまで素材にこだわらないという消費者が増えても、筆者はそれほどおかしいことだとは思わない。

どうせ、50年も100年も同じ服を着続けたいと思う人は少数だし、トレンドだって確実に10年か15年で変わる。
複数枚を所有していれば1シーズンにその服を着る回数はしれているから、少々使用素材が悪くてもジャケットやコート類なら5年くらいは持つ。

だったらそれを5年ごとに低価格で買い替えた方が良いと考える人が増えるのはまったく不思議ではない。

価格競争に巻き込まれたくなければ、そうではない「売り方」を模索するほかない。
筆者は、趣味サークルのような共感を持ったコミュニティを作ることが最も適しているのではないかと思う。

反対に、啓蒙するかのように説教めいた活動をするブランドや企業もあるが、あれは好きではない。
どこかの記事で読んだ記憶があるのだが(どこだったか思い出せない)、「滅びそうな業界や企業ほど、道徳をからめて説教じみた広告や販促を行う」と書かれていたが、着物業界、年賀状なんかの販促はそれに近い。
そういう販促が増えれば増えるほど洋服業界もより滅びに近づいていると言えるのではないかと感じる。