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南充浩 オフィシャルブログ

廃業できる企業はある意味では幸せなのかもしれない

2015年10月21日 産地 0

 その昔、「千円札は拾うな」という本を読んだ。
経営破綻したワイキューブの元社長・安田佳生さんが書いた本で、発行当時ビジネス書としてはかなりのベストセラーになった。

参考になる部分と、まるで参考にならない部分があったというのが感想である。

2011年にワイキューブは経営破綻するのだが、この本はそれ以前に書かれている。
社員専用バーを作ったとか、将来的には電車通勤を廃止してタクシー通勤にしたいとか、社員のモチベーションを上げるための支出構想が書かれていたのだが、バブリーな生活とは無縁の筆者からすると恐ろしい無駄遣いに思えた。
倒産の一報を聞いたときにも当然だろうと思った。

その後のインタビューでは社員バーは何度も報道され、それによって知名度が上がり成約が増えたそうなので結果的には成功したといえるだろう。まあ、こういう金の使い方もあるということだが、狙ってできるものではないから、付け焼刃で真似ることは危険だろう。

この本の中で同意できた箇所があった。

どういう内容かを要約する。

先祖代々の個人商店を経営している友人が不眠不休で働いていて、アドバイスを求められた。
この友人の店の経営状態は悪い。
そのときは「さっさと廃業するなり、商売替えをしたらどうか」と勧めた。
当然、その友人は「先祖に申し訳ない」と怒ったが、安田氏によると、先祖が仮に死後も意識を持っていたとして、自分の子孫が不眠不休で働いて苦しんでいるのを良しとするだろうか。
先祖なら苦しんでいる自分の子孫が廃業なり商売替えなりすることに対して、それを怒らないのではないか。
だからさっさと廃業か商売替えしろ。

という内容である。

少し冷たいとも感じるし、その友人が先祖に申し訳ないと思う気持ちも理解できるが、どうしても自分の手に負えなければ廃業するか商売替えをした方が良いのではないかと思う。

繊維業界にはそれこそ先祖代々とは言わないまでも何代か続いた製造・加工業者が多くいる。
その経営を上向かせるために奮闘するのは理解できるが、どうしようもなくなった場合は廃業なり倒産なりさせるのが正しいのではないかと思う。
年金暮らしができない年齢なら商売替えするのも正しいやり方だろう。

創業が古い中小企業は我が国には多いが、だからといってすべての企業が未来永劫続くわけではない。
どこかで市場から退場している。そうでなかったら、巷にはもっと中小企業が溢れている。
歯を食いしばってやり抜くことも必要だが、限界だと感じたらあきらめることも必要だろう。

先日、浜松産地の山文の廃業が報道された。

セルビッジ生地大手の山文が高齢化を理由に廃業、シャトル織機120台は海外に
https://www.wwdjapan.com/business/2015/10/09/00018287.html

静岡県浜松市のテキスタイルメーカーの山文が来年3月で廃業する。同社は耳付きのセルビッジテキスタイルを織るためのシャトル織機120台を所有しており、デニム以外のシャツ地やジャケット地向けのテキスタイルでは日本で最大級のセルビッジのテキスタイルメーカーだった。船野泰弘・社長は廃業の理由を「本当は10年前に廃業する予定だったが、従業員や取引先の要請で続けてきた。私も78歳だし、従業員が60歳を超えたので廃業を決めた」と語る。

「われわれのような中小企業にとって繊維で生き続けることは容易ではない。60年間シャトルに特化したことで、なんとかやっては来れた。だが正直言ってそれほど儲かる仕事でもなく、後継者を育てるのは無理だった」という。120台のシャトル織機はすでに売り先が決まっており、業者を通して東南アジアの繊維メーカーへの売却が決まっている。「織機の処理は一括して業者にお願いしたが、聞くところによると日本よりも海外の企業の方が、引き合いが強かったようだ。海外の企業からは技術指導もセットでと言われたが、もう年なのでさすがにそれは無理。最後まで迷惑をかけず、ここまで事業をやってこられたのは奇跡。取引先や従業員に感謝したい」と語った。

とある。

これに対してはさびしいとか悔しいという感想があちこちで聞かれる。
筆者にもそういう思いはある。ただし山文さんとは面識はないので一般論の域を出ないのだが。

しかし、それだけではなんの解決法にもならないし、それを言い続けることは単に感傷をぶつけ合うに過ぎないので何の意味もないと感じる。

じゃあどうしてシャトル織機を譲り受けたいと申し出る国内企業がいなかったのか。
じゃあどうして若手従業員が入社しない、もしくは在籍し続けなかったのか。
じゃあどうして山文に事業譲渡を依頼する国内企業がいなかったのか。

若年層も他の国内企業も繊維製造業が儲からない、魅力がないと感じているからではないか。
まあ、実際のところまさしくその通りなのだが、そういう業種は市場から退場させられても不思議ではない。

逆に「廃業したいけど金がないから廃業できない。倒産させることになる」という産地企業は多い。
言ってみれば、山文は廃業できるだけまだ幸せである。
それだけの資金が手元に残っていたということだから。

業界内からは「国内の繊維製造・加工業を守れ」という声がけっこう大きく聞こえる。
その意図は理解できなくはないが、自立できなくなった企業を国や行政が手厚く保護する必要があるとは個人的には思えない。
繊維業界だけがなぜそういう手厚い保護を受ける必要があるのかも理解できない。
国益という点から考えれば、もっと手厚く保護しなくてはならない業界・業種はほかにもっとある。

ダーウィンの進化論ではないが、時代に適応できなくなった種は滅びるしかないのである。
もし事業に行き詰ってしまったなら先祖代々であろうと、すっぱり手放すのも立派な一つの選択肢ではないか。

千円札は拾うな。
安田 佳生
サンマーク出版
2012-07-01


千円札は拾うな。 (サンマーク文庫 B- 112)
安田 佳生
サンマーク出版
2008-08-05



私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日
安田 佳生(やすだ よしお)
プレジデント社
2012-02-28


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