東洋経済オンラインの「地方創生のリアル」という連載が面白い。

地方創生の失敗事例を毎回書いてあるのだが、繊維・衣料品の製造加工業にも通じる事例が満載である。

7月上旬には、

地方はどうすれば「横並び」から脱出できるか

「プレミアム商品券」では地方は生き返らない
http://toyokeizai.net/articles/-/75965

という記事が掲載された。

要するにプレミアム商品券は各地方で横並びの企画にすぎないから、そんなことでは地方経済は復活しないという内容であり、深く賛同する。

とくに記事中の次の一節には激しく同意する。

例えば、隣り合う自治体が似たような「B級グルメ」や「ゆるキャラ」に取り組んだり、同じような体育館や市民ホールを整備するケースが目立っています。結果として、互いに潰し合いをすることになってしまっています。

今、地域活性化事業に求められているのは、全国どこでもできるような「汎用性」ではなく、ここでしかできないという「希少性」です。

「やっぱり、あそこだよね」と「その地域」を選んでもらうためには、まわりの地域がやることとは、全く別のことをやらなくてはなりません。「その地域にしかないもの」があるからこそ、人々は観光でその場所を訪れたり、その地域で作られた商品を買っていくのです。

とのことである。

自分の身に置き換えてみると、昨今の地方の繊維製造加工業者や行政、一部の大企業は異様に「物語」を求めすぎており、いささかうんざりし呆れ果てている。

はっきり言ってしまえば、彼らは気仙沼ニットの成功事例を見て、単に横並び企画を夢想しているに過ぎない。
全国各地に疑似気仙沼ニットが乱立してどれもこれもが成功するはずがない。
もちろん、彼らがやろうとしていることはニットではない。Tシャツだったりジーンズだったり、様々である。

しかし、それなりの美しい物語を発掘(ときにでっち上げて)して、べらぼうな高価格を付けて少量を販売するというやり方は、気仙沼ニットを換骨奪胎したものであり、二番煎じ・三番煎じでしかない。

気仙沼ニットがそれなりの成功例であることは異論がない。
しかし、販売枚数は聴くところによると年間150枚~200枚程度である。
商品単価は高い。10万円を越えている。
15万~20万円くらいである。

仮に20万円の商品が150枚売れたとして、年間売上高は3千万円である。
200枚でも4千万円だ。

原価率は発表されていないからわからないが、仮に4割だとして、利益は1200万~1600万円である。
それを15人の編み手で分けたとして、一人当たりに分配されるのは最大100万円前後ということになる。
ここに事務局や仕掛け人たちの取り分も入るのだからそれほどの高い金額とは言えない。

気仙沼ニットの知名度だから年間200枚前後も売れるともいえるし、気仙沼ニットの知名度をもってしても年間200枚前後しか売れないともいえる。

どちらにせよ、地方の繊維製造加工業の工場が安定操業できるほどのロットには至っていない。

原因は超高価格である。
10万円を越えるニットを毎年買い続けられる日本人はそれほど多く存在しない。
それこそ一握りの富裕層くらいである。

その富裕層だってこれから何年間にも渡って、気仙沼ニットを毎年買い続けるわけにはいかないだろう。
衣料品は嗜好品の側面があるから、同じような服ばかりを何枚も持っていても仕方がない。
たまには違うテイストの商品もほしくなる。
肌着や靴下のように消耗する度合いが高い商品ならまだしも冬場しか着用しないセーターなんて5年着用してもそうそうは傷まない。
となると、よほどの変人でない限り、同じような商品を何枚も所有はしないし、損傷による買い替え需要は起きにくい。

さきがけとなった気仙沼ニットはそれなりの存在感があるとして、今からこれを真似しようとするようなブランドに存在価値はない。

何よりも、先ほどの記事ではないが、各地に超高額な疑似気仙沼ニットが乱立することで、富裕層の奪い合いとなることは目に見えている。
10万円を越えるニット、1万円を越えるTシャツ、3万円を越えるジーンズ、そんなものを多くの日本人が毎年何枚も買うことはできない。
買える層は限られてくるから必然的に顧客の争奪戦と化す。

美しい物語で立ち上げたブランド同士が血で血を洗う戦いを繰り広げるのだから、それを見物するのは一興でもある。(笑)

外国の富裕層に売れば良いという声もあるが、外国の富裕層にどうやって売るのか。
自社のウェブサイトもろくに持っていないような製造加工業者がまさか「ウェブ販売をすれば良い」とか言い出すのだろうか。ならば自社のウェブサイトを整備する方が先決だろう。

それに中国のバブル経済は弾けたと見られているから、今後はこれまでほど中国人の購買力はあてにできないだろう。

もし、地方の繊維製造加工工場が復活したいのなら、毎月安定的に工場の生産ラインを回せるような価格設定の商品を作るべきだろう。
それはどれくらいの価格か?
Tシャツなら2900~4900円、ジーンズなら8000~1万円強、セーターなら1万~3万円くらいではないか。
貧乏な筆者の相場ならこれくらいだ。

それ以上の商品は筆者は買わないし、買えない。
今後どれほどの金持ちになろうともそれ以上の商品はおそらく買わない。

それに「物語」を過剰に求めることによって、物語の捏造・偽造が生じる。
これは未来への予想ではなく、過去すでに起きている。

よくよく思い返してみれば、ビンテージジーンズブームというのも過剰に「物語」が求められた。
筆者ははっきり言って、ビンテージジーンズという商品が好きではないし、その業界も好きではない。
ブームの当初は、「〇〇年代のあのブランドのディテールを再現しました」程度だったのが、どんどんと加熱してきて、そのうちに、「〇〇という幻のデニム生地を云々しました」みたいなウソか本当かわからないような物語が次々と生み出された。

しかし、その中には捏造・偽造されたものが多数あったと聞くし、デニム生地メーカーからも「あいつらが言ってることはハッタリが多い」との声もよく聞いた。

山師のような連中と、「物語」を異様にありがたがるファッション雑誌が煽った結果である。

デニム生地メーカーやデニム生地問屋の中にはそのハッタリにちゃっかりと乗っかって、売上高と知名度を高めたハッタリ企業もあったのだが。

結局、過剰に「物語」を求めるという性向は、20年前のビンテージジーンズブームのころと何も変わっていないということになる。

それでもまだ、繊維製造加工業や行政、大手企業は「横並びの美しい物語」を下敷きにしたブランドを立ち上げたいのだろうか。

独自の新しい切り口のブランド構築を模索した方がよほど成功確率が高いと思うが。



なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか
辻井 啓作
CCCメディアハウス
2014-01-07