世間は連休中なのでちょっと小話を。

先日、天神橋筋商店街のバッタ屋の店頭に立っていたところ、60代後半から70代前半と見られる女性がこんなことを言った。

「もう60年ほど前、私が子供の頃、親から『天神橋筋商店街で買い物をするな』と禁じられていた」

そうだ。

その理由は、「値段を吹っかけられて高額な商品を売りつける店が多かったから」だという。
例えば、定価2000円の商品を見せて「本当は3500円なんだが、2000円に値引きしてあげる」という売り方だ。
現在なら景表法違反に問われてもおかしくない売り方だ。

天神橋筋商店街とは、大阪市の北区にある商店街で、日本一長い商店街としてそれなりに知名度がある。
でも知らない人はまったく知らない。

地下鉄でいうと天神橋筋六丁目駅から扇町駅を越え南森町駅までの区間にまたがっており、その中間にはJR天満駅がある。

現在の天神橋筋商店街は、これまで何度も書いてきたように、在庫処分のバッタ屋の激戦区である。
Tシャツ290円とかジーンズ800円とか、そんな格安衣料品がざらに売られている。
それらの商品は、量販店向けメーカー、外資系グローバルSPAブランド、大手ジーンズチェーン店の自主企画商品、そこそこ著名な日本人デザイナーブランド、109ブランド、大手カタログ通販、とバラエティーに富んでいる。

このほかにも泉州タオル1枚100円の店や、日本製靴下5足1000円の店、アクセサリー390円の店なんかもある。

その年配女性は「あのころから比べると、低価格商品の激戦区となっている天神橋筋商店街はまったく別物」と驚いておられた。

街も商店街も商業施設も生き物みたいな部分があり、年数が経過するにつれて変容したり、死に絶えたりする。
天神橋筋商店街は、「吹っかけ売りの高額商店街」から「低価格商品が目白押しの商店街」へと変容して生き残った。

これはこれで商店街としての一つの生き残り方法として正しかったのではないかと思う。

反対に全国に多数存在する廃墟と化した商店街は、こういう変容ができなかったのではないだろうか。
商店街に対して何のノスタルジーもないし、残すべき商業装置ともまったく思わないが、もし現在、生き残りを模索している商店街があるなら、廃墟になった商店街がどうして変容できなかったのかその原因を考えることで何らかの対策が見つかるのではないか。