以前から何度も、東京コレクションに常連のように出展しているデザイナーズブランドでさえも、採算ベースに乗っているのはほんの一握りしかないということを書いた。

年商(年収ではない)1億円や3千万円規模のブランドが、1回の出展で最低でも1000万円の経費が必要と言われている東京コレクションに出展する意味が果たしてあるのか。
年2回で2000万円の経費がかかるなら、その費用で腕利き営業マンを2,3人雇用して拡販に努めた方がマシではないか。
年間2000万円の出展経費を何年間もかけながらブランドの売上高はほとんど増えていないではないか。

デザイナーズブランドからは反発があった。
しかし、創業まもないブランドならともかくも創業10年を越えるようなブランドがその状況で良いとは到底思えない。少なくとも製品を量産する際には生地1反をすべて使い切るロット数に乗っていないと話にならない。
生地1反すべて使い切ることを業界では「反つぶし」というが、反つぶしくらいできないとそんなものはサンプル品と同じである。

生地1反の長さは50メートル。
洋服1着を製造するのに必要な生地の長さは平均でだいたい2メートルから2・5メートル。
ワンピースやロングドレス、コート類はもっと生地の長さが必要になる。
この必要な生地の長さを「用尺」という。

1反50メートルの生地で製造できる洋服は20~25枚。
もし、仮に卸売り先が10店舗あれば、1店当たり2枚ずつ配布すれば終わりという少なさである。
5店舗でも4~5枚ずつである。

反つぶしというとハードルが高いように思うが、たった20枚強を生産すれば良いだけの話である。
量産品でありながら20枚強も生産できないというのはビジネスモデルとしておかしいのである。

繰り返すが創業まもないブランドはそこには当てはまらない。創業10年を越えるようなブランドでそんな体たらくでは量産品を扱うビジネスとしては成立しない。
家内制手工業の水準である。

最近は、国内製造産地が存続の危機に瀕するとともに、日本製品への揺り戻しブームも相まって、こういう極小デザイナーズブランドと産地企業のコラボレーションが活発化している。
経産省や都道府県単位の行政もこれを後押ししている。

しかし、産地とデザイナーのコラボというのは今に始まったことではなく、少なくとも20年くらい前からは断続的に行われていたし、20年以上前からも存在していたと耳にしている。
ただし、どれもそれほど成功はしていない。だからベテランデザイナーの中には昨今の産地とデザイナーのコラボを冷ややかに見ている人も存在する。

戦後直後から高度経済成長くらいまでの間、好況に沸いた繊維製造業。
なくなりつつある国内繊維製造・加工業へのノスタルジー。
そういうさまざまな感情がミックスされて、昨今のデザイナーズブランド主宰者たちは「国内産地を未来に残したい」「国内産地を守りたい」というような発言をかなり真面目にしている。
しかし、「守る」ということは大変なことであり、反つぶしもできないようなブランドが産地を守れるとは到底思えない。

家内制手工業のような水準のブランドが、工業として成立している産地をどうやって守るというのか。
例えば縫製工場にたまたま今月だけ20枚程度のオーダーを入れたところで、そんなものは焼け石に水である。
縫製工場が12か月、平均的に稼働できる水準の生産量がそのデザイナーズブランドで賄えるというのか。

奥田染工場がこんなブログを書いておられる。

http://blog.okudaprint.com/2015-02/tour2

ある友人の本に、なくなっていくから、守りたいと書いてあった。
何を言っているんだ。
おまえが作っている量は、守れる量じゃない。
ビジネスはうまくいっているが、技術者を儲けさせるような構造にはならない少量生産を核としているじゃないか。
そのビジネスモデルはそれを言えるような構造じゃない。

勘違い甚だしい、やらせて貰っているんだ。
守るどころの沙汰じゃない。
それぞれの工場に大きな仕事があって、それがあるから、その工場は維持されている。
その維持されている隙間に入れて貰っているだけの話なんだ。
うちの仕事だってその程度のものだ。大きく動いている隙間を生かさせていただいているに過ぎない。
お陰様で物作りが出来ているんだよ。君によって守られているからじゃない。
本当に守る気があるなら、そのビジネスモデルじゃ嘘だってまず気付け。
本当に思うなら、行動に移せ。
お偉い先生になりたくなければだ。

と、今度こそ、本人にちゃんと言おうと思う。
って言いながら、じゃあよろしくと、お願いしたいことがあるのでちょうどいいや。

とある。

染工場の立場からすると正論である。
生地を1反作った程度、20枚を縫製した程度では産地は到底守れない。
下手をすると産地側から守ってもらっているレベルである。

奥田さんのこの書き出しからするとかなりハードな内容になると思ってしまうのだが、そのあたりは彼の文面の巧みさで、そういう辛辣な内容ではなくなっている。

分業体制で構築されていた各産地で、各工程の企業が倒産廃業しており、最早、産地内で仕事は完結できなくなりつつある。そして各工程の倒産廃業は止まらない。まだまだ続く。
3年前に「あと10年で日本の産地はなくなる」と言われていた。これが正しいとするとあと7年で日本の産地はなくなる。
日本全体で一産地にならざるを得ない。

というのが後半の要点である。

個人的には人に対しても企業に対しても「守る」という言葉はちょっと使いたくない。
真に「守る」ためには超人的な力(経済的、物理的な力)が必要になる。凡人中の凡人たる筆者にそんな力はこれっぽっちもない。守りたいとは思うが守れない。
せいぜいが力を少し貸す、少しだけ支えになる、何らかの糸口を提供する、その程度が限界である。

「愛しているから君を僕が守る」なんて歌詞を聞くとどうにもケツがむずがゆくなる。
人間一人を完全庇護するには恐ろしいくらいの経済力と、すべてのアクシデントから保護できるほどの物理的な力が必要になる。
年収数百万円程度で、なおかつスーパーマンや仮面ライダーやウルトラマンのような圧倒的な力もない人間では「守る」なんてことは到底不可能である。
だから筆者は「一緒にがんばってくれよ」とは言えるが、「守ってあげる」とは到底言えない。

人間一人に対してでもこうなのだから、企業や企業の集合体である産地を「守る」なんてことは筆者なら軽々しく口には出せない。

もし、産地を真に「守りたい」と思うなら、そのブランドが圧倒的な経済力を身に付ける必要がある。
ユニクロ規模にまでなれば完全に守れるだろう。いや、年商100億円規模でもかなり守れるだろう。
数十億円規模でも十分に守る資格はあるが、年商3千万や1億円程度では産地はとてもじゃないが守れない。
本当に守りたいなら、ビジネス規模を拡大させることを考えるべきである。

自分たちの今のスタイルを守ることが最優先なら今のビジネスモデルのままで構わない。ただし産地は守れない。
それだけのことである。