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南充浩 オフィシャルブログ

ユニクロが躍進しなくても衣料品の低価格化は進んだ

2014年10月29日 未分類 0

 衣料品の価格が低下した大きな要因の一つにユニクロの躍進があったことは間違いないだろう。
繊維・衣料品業界にはユニクロをはじめとする低価格ブランドへの恨みが渦巻いているのだが、もし、衣料品業界がこぞって高価格路線を維持していたらどうだっただろうか?とたまに考えることがある。

高価格路線を維持した衣料品としては着物が挙げられるが、その着物は市場規模をすっかりと縮小させてしまった。年間3000億円程度の市場規模しかない。
底打ちをして微増に転じたというものの、この市場規模が今後も5000億円にまで拡大することはないと見ている。

年間3000億円というが、着物は「10万円程度では安物」という高単価だから、販売されている枚数はすごく少ないのだろうと推測できる。

洋服がバブル期の高価格を維持していたら、着物のように衰退したのではないかとふと考えてしまう。

それにもし、ユニクロが現れなかったとしても衣料品の価格は下落したのではないだろうか。

というのも、バブル期はジャスコ、イトーヨーカドーなどのGMSが低価格衣料を提供しており、衣料品の売れ行きは好調だった。
今では想像できないだろうが、GMS・量販店の利益の稼ぎ頭は衣料品という時代があった。

また、紳士服量販店チェーンもこのころ急速に伸びた。
青山、アオキ、はるやま、コナカなどである。
スーツ、ワイシャツ、ネクタイがメイン商材だが、一部で当時から低価格カジュアルウェアを扱っていた。

レディースだと、キャビン、リオチェーン、鈴屋、鈴丹などの低価格カジュアルチェーンが躍進していた。
筆者が大学卒業後に初めて勤めた三元株式会社も低価格衣料品チェーンで、当時はそれなりに注目企業の一つだった。

もし、ユニクロが躍進しなくても、これらの衣料品が需要を伸ばしていたのではないかと想像する。
そうなると相対的に衣料品の価格は下がったのではないか。
とくにバブル崩壊後は同じように衣料品の価格が下がり、その主役がユニクロではなく、GMS・量販店や低価格チェーン店だっただけではないのだろうか。

また、H&Mやフォーエバー21などの外資ファストブランドも放っておいても上陸してきただろうから、現在と大きく市況は変わらなかったのではないか。

タラレバの話だが、そんな風に想像する。

自動車、家電などの工業製品は開発当初は驚くほどの高価格で発売されるが、何年か経過すると量産され、廉価版が発売される。携帯電話も同じだ。

そういえば、30年ほど前のVHSビデオデッキが20万円くらいしていた記憶がある。
今、DVDレコーダーだって数万円程度で購入できる。

40型の液晶薄型テレビだって10万円以下で購入できる。
たしか発売当初は40万円以上していた記憶がある。

洋服だって大量生産・大量販売を前提とした工業製品である。
だったら、廉価版が発売されても何の不思議もない。
ユニクロが躍進せずとも同じような価格帯の商品は発売されていたのではないだろうか。

すでにGMS・量販店の低価格衣料品、低価格衣料品チェーンの萌芽は20数年前から生まれていたからだ。

となると、低価格志向に嘆いていても仕方がないから、各ブランドは自社が思うような価格で販売するための販売方法を模索するべきだろう。

売上高はどのくらいに設定するのか?

まさかユニクロみたいに6000億円とか8000億円を目指したいわけじゃないだろう。
また目指せるとも思っていないだろう。

どうしてその価格で販売したいのか?販売しなくてはならないのか?

これをちゃんと消費者に説明し、訴えることができなくてはならない。

そのあたりを地道に取り組むしか方法はない。

低価格の風潮を嘆いてみても始まらないし、バブル期のように高額衣料品ブランドのブームが押し寄せて、そこに若者が長蛇の列を作るなんて状況は今後も出現しないだろう。

工業製品としての衣料品に背を向けて工芸品・一点物として取り組むならそれはそれでありだと思う。
筆者個人はそういうブランドとは縁がないし、きっと今後も購入することはないだろうけど。

ただ、工業製品的な衣料品を企画製造しておいて、今の状況を嘆くのはちょっと筋違いだと思うのだが。

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