南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

ボブソン最大のヒット商品「04ジーンズ」

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 長らく西日本のジーンズメーカーを取材していた自分にとって、なんだかんだと言っても
ボブソンの経営破綻には感慨がある。

少し、ボブソンの思い出を。


ボブソン最大のヒット商品は90年代前半に大ブレイクした「04(ゼロヨン)ジーンズ」だろう。
レーヨン綿混素材のソフトな肌触りのジーンズで、これが若い層に大いに受けた。
長らく何故、レーヨン混のソフトジーンズが「04」なのかわからなかったのだが、
「04=レイ・ヨン=レーヨン」ということからのネーミングだと言うことがわかったのが
つい数年前のことである。

この「04ジーンズ」は当初はレーヨン綿混で、洗濯をすると極度にシワシワになるというレーヨン特有の弱点もそのまま受け継いでいた。
そのうちにレーヨンが改良されて同じパルプ系繊維のポリノジックやタフセルになり、洗濯後のシワシワ感から解放された。ちなみに04ジーンズのヒットから、テンセルジーンズという新しいジャンルも認知され、大森企画が一世を風靡した。(その大森企画も今はない)

自分は94年に働き始めた。
最初は、1900円・2900円商品ばかり集めた安物のレディースカジュアル店の販売員だった。
このカジュアル店でもレーヨンジーンズを扱っていた。もちろんボブソンのではない。
1900~3900円の価格帯だったので、小泉アパレルデニム事業部(現コイズミクロージング)の商品だった。
他社の廉価商品が出回っているという段階だったので、94年時点でもかなりのヒット商品だったのだろう。

最終的に、自分もボブソンの「04ジーンズ」を3~4本は持っていたという記憶がある。

しかし、97年ごろになるとブームはかなり下火になっており、記憶では97年当時に所有していた「04ジーンズ」着用の回数は年間でも10回前後しかなかった。そして2000年以降は完全に市場から忘れ去られた。

だから2009年ごろからレーヨン綿混やテンセル綿混のミリタリーパンツなどが世に出始めたとき、一番最初に「懐かしいなあ」という感想を持った。


さて、自分が記者になって取材し始めてみると、ブームの頃から、レーヨンジーンズはジーンズ業界の中ではあまり評判がよろしくなかったそうである。
どうやら、もともと「レーヨンでソフトな風合いにしたジーンズなんて邪道だ」という観念をもった方々も相当数いたらしく、それを押し切って新商品「04ジーンズ」として発売した経緯があったらしい。
だからブームの最中にも、「あれは邪道」と言い切るジーンズファンもかなりいたという。

自分が記者になりボブソンとお付き合いさせていただくようになった時点では、
「04ジーンズ」の生みの親である企画のK氏は、同社を去られており、面識を得られないまま今に至る。
皮肉なことにK氏が去られて以降、ボブソンには大ヒット商品が生まれなかった。

04ジーンズの次のブームはビンテージレプリカブームで、ソフトジーンズとは対極の厚くて粗野な表面感のデニム生地が支持されることとなり、この風潮は今に続いている。
ビンテージレプリカの次がローライズジーンズブーム、プレミアムジーンズブームとスキニージーンズブームで、ブームが終了した2008年以降、ジーンズというアイテムはいまだに苦戦を続けている。

さてさて。
ジーンズ業界の「14オンスで表面に凹凸感があるデニム生地が最高」という固定概念が、ジーンズというアイテムを袋小路に追い込んでいるように思える部分がある。
04ジーンズブーム以降のヒットしたアイテムを見ると、ビンテージブームを除いてローライズジーンズもスキニージーンズもプレミアムジーンズもいずれも「ジーンズらしい」商品ではない。ローライズジーンズとプレミアムジーンズは、従来に近いデニム生地を採用したブランドもあるが、生地云々よりもシルエットとか股上の浅さとか、ステイタス性が受けたと言える。
さらにスキニーはまったく違う。
タイトなシルエットでありながらも動きやすくするためにかなりの量のストレッチ素材を使う必要がある。
ここから商品が違う方向へ進んで、現在では厚手のニット素材なども使用されるようになっている。

もしかしたら固定概念を完全に取り除いた先に、次のジーンズのヒット商品が生まれるのではないか、とも思う。



ボブソンが負けたのはファストファッションではない。すべての国内アパレルに負けたのだ

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 昨日、ジーンズメーカー、ボブソンが民事再生法を申請した。

「株式会社ボブソン民事再生法の適用を申請 負債7億3400万円」

http://www.tdb.co.jp/tosan/jouhou.html

http://www.sinyo.co.jp/sokuhou/sokuhou.htm

帝国データバンクと、信用交換所の記事では
少し内容が異なる部分もある。

ボブソンは岡山の老舗ジーンズメーカーだったが、2009年10月にマイルストーンターンアラウンドマネジメントに売却され、新生ボブソンとしてスタートを切ったばかりだった。
ちなみに、「オシュコシュビゴッシュ」の子供服の製造販売を手掛けていた旧ボブソンは、ピーチフォートと社名を変えて営業を継続している。

信用交換所によるとピーク時は年商200億円あったというが、2009年5月期には年商75億円にまで落ち込んでいた。このため、マイルストーンターンアラウンドマネジメントに会社売却となった。
また帝国データバンクでは、ピーク時の年商は記されていないものの、2005年5月期には128億円の年商があったと報じられている。

売却後の2010年2月期は決算期変更の変則決算であるが、7億300万円の年商があった。
7か月の変則決算で7億円ということは、12カ月分に換算してみると10億円前後になるだろうか。
しかし、2005年に128億円の年商があったメーカーが、その5年後には10億円前後にまで落ち込むとは、あまりにも急激すぎて驚くほかない。


今回のボブソンの報道でもっとも気にかかるのは
「しかし、近年はいわゆるファストファッションなどによる激安ジーンズの登場により価格競争が激化し、販売不振から当社へ事業を譲渡」という一節である。
ボブソンの売上高が年々急激なペースで落ち込んだのはファストファッションや激安ジーンズの影響ではないからである。とくに激安ジーンズの登場は2009年秋からであり、その時にはすでに年商75億円にまで落ち込んでいた。またファストファッションの影響でいえば、H&MやZARA、フォーエバー21はボブソンの売上高をすべて奪うほど日本での売上高は大きくないし、彼らが日本に上陸する前からボブソンの売上高は急激に落ちている。


ボブソンが負けたとするならユニクロと、それ以外のすべてのアパレルがジーンズを扱いだしたからである。
現在、ユニクロはさておき、ワールドもオンワード樫山もファイブフォックスも三陽商会もサンエーインターナショナルも大手総合アパレルのブランドのほとんどすべてがジーンズを扱っている。それも自社オリジナル企画としてだ。
また中小アパレル企業のブランドでもそのほとんどにジーンズがある。

そのほか、各セレクトショップに自社企画のオリジナルジーンズがあり、クオリティはそこそこに高く、ジーンズ専業ブランド商品にこだわる必要は、あまりない。


かつて、ほんの10年ほど前までは、ジーンズというアイテムは閉ざされた特殊な業界から生み出されていた。
いわゆる専業メーカーとそうでないアパレルが製造するジーンズには見た目や形、生地の風合いとそのすべてで大きな差があった。
御存知のように専業メーカーの多くも岡山県の児島・井原と広島県の福山市周辺に本拠地を構える。
また徳島や山口には専業メーカーの自家縫製工場がある。
例外は、リーバイ・ストラウス・ジャパンが自家縫製工場を持たないのと、エドウィンが自家縫製工場を東北に構えていること、量販店レディースジーンズのコイズミクロージングが本社を大阪に置いていることくらいだった。

しかし、2000年以降、とくに2005年以降の大手総合アパレルのジーンズと専業メーカーの商品との差があまり大きくなくなってきた。なぜなら、専業メーカーのOBや早期退職独立組が、大手アパレルのジーンズを製造請負するようになったからである。現在ではこのOB、独立組の製造請負業者はかなりの多数に上っており、今では中小アパレルでも気軽に1型100枚くらいからジーンズの製造依頼ができる。

OB、独立組はかつてのジーンズ製造ルートを知り抜いているため、生地、縫製、洗い加工場とそのすべてを専業メーカーと同じところを使用することが可能となっている。
例えば、国内最大のデニム生地製造メーカー、カイハラの生地だって、小ロットでも使用することは可能で、有名国内生地メーカーの生地を少量ずつストックしている小規模生地問屋も存在する。

かつてビッグジョンの尾崎篤社長は「専業メーカーからのOBや独立組が増えて、それらがジーンズの製造請負をするようになって、ジーンズの製造ノウハウが流出してしまった。今では我々専業メーカーと、その他アパレルとの差がなくなっている。専業メーカーの優位性はなくなった」と指摘されているが、まさにその通りの状況である。

それにしても、売却した大人向けのジーンズ製造販売のボブソンがわずか1年半で経営破綻したのに対し、子供服の製造販売に専念した旧ボブソン(現社名ピーチフォート)が営業を続けているのは、何か皮肉な物を感じる。


若者のブランド離れはブランド側にも原因

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 50歳代のアパレル業界の先輩方と話していると「昔に比べると安い服の品質が上がった」という話題になることがある。
この「昔」というのはいつ頃のことかというと、20年前よりも昔のことである。
残念ながら自分には20年前よりも以前のことはわからない。
ただ、20年前に買っていた量販店の安い洋服に比べると、今の安い洋服は格段に良くなっていると思う。

ファッションに興味のない大学生だった20年前には、近所のジャスコやイズミヤの平場で買ってきた1900円くらいの洋服しか着ていなかった。
当時の友達の中には、DCブランドのバーゲンで服を買っている者もいたから、高額なブランド物と、量販店の物がまったく異なるということだけはわかっていた。

素材のチープさ、色柄のダサさ、シルエット、とすべてがブランド物と当時の量販店物は異なっていた。


しかし、今はブランド物と量販店の安い商品の差が当時ほど大きくないように思う。

素材もまずまずだし、色柄もそんなに悪くない。シルエットだってそんなに変わらない。これはおそらくユニクロが登場したおかげではないだろうか。

洋服はトレンドの移り変わりがあるため、どんなに高価な物でも20年も30年も着続けることは無理である。
たまに「このスーツは一生モノ」と言って古臭い形のスーツを着ておられる方がいらっしゃる。
リフォーム店でシルエットやディテールを時代に応じて直せば良いが、そのまま着続けることは、いくら高価なスーツでもやっぱり可笑しい。
ならば、経済効率だけを考えるなら、適当に安いトレンド服を毎年買い替える方が良いのではないかとも思う。


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まあ、そんなことをツラツラと考えて、GAPに行った。
3色チェック柄のオックスフォードボタンダウンシャツが1900円にまで下がっているかどうかを見に行ったのだ。
狙い通り下がっていたのでレジに持っていったら、
GWに震災チャリティーの目的で全品(セール品も含めて)値札からさらに15%オフにしているという。
結局15%オフの1615円で、そのシャツを買った。


Gapが全品15%オフ GW期間中の売上5%を義援金に
http://www.fashionsnap.com/news/2011-05-01/gap-gw-sale/


詳しくは上の記事を見ていただきたい。
5月9日まで続くそうである。


何が言いたいのかというと、
GAPを例に出すまでもなく、安くてそこそこ良い品質のブランドが市場には溢れている。
ユニクロ、しまむら、無印良品あたりはその代表だろうか。
GAPは割引販売ありきで考えている節があるので、最初の定価設定に無理があるが、
セール品はお買い得だ。
ポイントも値引き率は低いが定価で買うのはアホらしい。セールで買う方が良い。


巷の評論家は「若者のブランド離れ」とまるで、ブランドを買わない若者が悪いかのように言うが、
悪いのは若者だろうか?
20年前ほど商品に差がないのなら、大多数の人は安い方を買うだろう。
似たような物・同じ物ならほとんどの人は安い方で買う。
これは自然な流れである。
ましてや今の若者は就職難であり、お金を持っていない、もしくは将来への不安がある。
そんなときにバカ高いブランド品を買わないのは当然だろう。


極端に言いきってしまえば「ブランド離れ」の原因は、ブランドにもある。
大手ブランドがOEM/ODM業者や商社に商品企画を丸投げにしているから、
ブランドが同質化する。
またこれらの業者は量販店向け商品も手掛けるから、必然的にブランド物と量販店物の差がなくなる。

こうした状況を見て「アパレル不要論」を唱え続けている知人がいる。
丸投げしかできないアパレルなど業界から退場して、実質の商品企画を行っているOEM/ODM業者が自社ブランドを立ち上げれば良いという主旨である。

アパレルが丸投げ体質を変えることができないのなら、
安いブランドをいくつかミックスすれば十分という風潮は、より強い物となるだろう。






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