南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

アパレル業界は丸投げ体質

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 以前、某所で勝手に消されたのと同じ内容をもう少し詳細に書いてみる。(笑)

繊維業界に携わるようになってからもう23年くらいになるが、何年間か繊維業界とはほとんど接触しない仕事をしていた時期がある。

レストランや飲食店を取材に行ったり、ギフト問屋や雑貨メーカー、雑貨店に取材に行ったり、そこに向けて営業をしたりという仕事をした。

扱う物が異なれば商習慣も当然異なる。
最初は面食らうことも多かったが、慣れてくると、それはそれでなんとか過ごせる。

異業種には異業種の良さがあった。

もちろん、担当者によって異なる場合が、あるので、一概に言うことはできないが、繊維・アパレル業界よりも割合にキッチリとした要望を突き付けてくることが多かった印象がある。
で、こちらが製作した物に対して、先方が修正を要望することも当然にあった。
その場合、先方の意向通りに修正するとそれでOKとなる場合がほとんどだった。


翻って、繊維・アパレル業界は、先方の要望が非常にあいまいで具体的でない場合が多い。
おそらく、どんな要望をしたら良いのかという確固たるイメージが先方にもないのだろう。

そして「とりあえずかっこよく仕上げて」とか「かわいく作ってください」とかそんな雲をつかむような要望を押し付けてくる。
呆れ果てるほかないのだが、かっこよくといったっていろんなかっこよさがある。
ガンダムも仮面ライダーもウルトラマンもエヴァンゲリオンもそれぞれにかっこいい。

だからといって全部を作るわけにもいかない。
だから普通であれば、「ガンダムっぽく仕上げてください」というような要望を言うべきなのである。

で、そんな曖昧模糊とした要望を出すから、何度も修正が必要になる。
まったく不毛で無駄な時間と労力を費やすわけであり、先方は何にも考えてないから脳みそが楽チンで良いだろうと思うが、それでも何度も修正のやり取りをするわけだから、この脳みそ楽チンマンだって結構な時間と労力を実は割いていることになる。本人は気が付いていないようだが。

製品のサンプルにしろ、ウェブのデザインにしろカタログ製作にしろ、とにかくそんな曖昧模糊とした発注が多い。

アパレルが効率化できないのはこういう体質に因る部分もあるのかもしれない。

同じ感想を持っている人が実はけっこう存在する。
そういう人たちはアパレルに限らず様々な業種の企業とやり取りをしているが、彼らが口をそろえるのは「アパレル業界の企業(まれに個人も)からの要望がもっともフワっとしていて明確でないからやりにくい」という部分である。

あるデザイン会社の社長は、「アパレル業界は今までよほど下請けベンダーが優秀だったのではないか」と半ば感心しながら皮肉を言うことがある。

他業種ならあんなにフワっとした要望で商品にしろ、ウェブサイトにしろ、カタログにしろ、まともなものは出来上がらないからだ。
フワっとした要望をムードで修正させる。
だから異様に時間がかかって展示会ギリギリに仕上がる。

そんな自転車操業の繰り返しでアパレルはやりくりしているところが多い。

だから筆者は、長くアパレル業界の悪癖に染まり切ったような人間や組織が業界を改善改革できるとはまったく思っていない。

異業種からの参入者のほうがまだ可能性が高いのではないかと思っている。

フワッとした要望を出して、それを下請けベンダーに察せさせるという、「察してちゃん」な体質のままでは、クラッシュするアパレル企業が今後も続出するだろう。
そろそろアパレル業界に属する人間は、「察してちゃん」をやめて、要望の明確化を真剣に考える必要があるのではないか。
そんなくだらない連想ゲームに時間を費やせるほどの余裕はないはずである。









ユニクロのリペア加工ジーンズの圧倒的コスパ

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 先日、ユニクロのリペア加工ジーンズを買った。
定価3990円が期間限定で2990円に値下がりしていたからだ。

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リペア加工とダメージ加工、クラッシュ加工は似ていて混同されやすいが厳密にいうと違う。

ともにジーンズを破ったり擦り切れさせたりするところは同じだが、ダメージ加工・クラッシュ加工はダメージを与えっぱなし、壊しっぱなしで終了する。

一方、リペア加工は破ったところをさらに修繕(リペア)する。

一般的に、通常の洗い加工よりもリペア加工、ダメージ加工は加工賃が高くなるが、さらにいえばリペア加工の方がダメージ加工よりも加工賃が高くなる。破った穴をもう一度当て布などでふさがなければならないからだ。
なんだか自作自演のマッチポンプみたいな感じもするが、そういうものである。

このため、クラッシュ加工やリペア加工は長らく、高額品として君臨してきた。
理由は加工賃が高いからである。

そのリペア加工ジーンズが3990円(税抜き)で発売されることだけでも、5年前とは隔世の感があるが、それが2990円にまで値下がりするというのは、驚くほかない。
製造加工賃の観点からすれば圧倒的なコストパフォーマンスだといえる。

ユニクロのリペア加工ジーンズのスペックは、

スリムフィットストレートで股上浅めのシルエット。
綿98%・ポリウレタン2%のストレッチデニム生地で、生地生産メーカーはカイハラ。
製造地は中国。

である。

生地はやや薄く、触感だけでいうと12オンス程度ではないかと感じる。

シルエットは筆者にはピッタリで、太すぎず、かといってピチピチすぎない絶妙なシルエットにまとめている。
もっと華奢な体型の人だと太すぎると感じるだろうし、もっと太い人だとピチピチのモモヒキのようになるだろう。

デニム生地の色落ち感も過不足はない。上を見たらきりがないがこの価格ならむしろ出来過ぎだろう。

肝心のリペア部分は左右の足に1か所ずつでその処理も悪くない。
この処理はアセアンやバングラディシュの工場では難しかったのではないか。だから中国工場を使ったのではないかと考えられる。
アセアンやバングラディシュの工場はまだ技術の低いところが多く、中国工場は概して技術の高いところが多いからだ。

筆者はクラッシュ加工ジーンズが嫌いである。
なぜなら、穿くときに破れ目に必ず足先を引っかけてさらに破れ目を拡大させてしまうからだ。

それに冬は穴が開いたままだと寒い。夏は涼しくて良いのだが。

だから穴をふさいだリペア加工ジーンズの方が好きだが、先ほども書いたように加工賃が高くなりすぎるので、低価格のリペア加工ジーンズというのは3年ほど前まで市場には存在しなかった。

総合的に、ユニクロのリペア加工ジーンズは2990円ならほぼ理想的な商品だといえる。
これも「2017コスパオブザイヤー」の候補に挙げておきたい。

もちろん、商品のクオリティで上を目指せばキリがない。
例えばもっと厚手のストレッチデニム生地を使う。例えばもっとリペア加工した箇所を増やす。もっと激しい洗い加工を施す。などなどだ。

そうすると商品の価格はそれに比例して高くならざるを得ない。
加工賃がうなぎ上りに上昇するからだ。

2万・3万円は当たり前、5万円でもおかしくない。

そんなジーンズが出来上がる。

なるほど、それはそれで結構だし、そういう商品の存在自体を否定する気は毛頭ない。
限られたマニアに向けて売りたいのならそれはそれで良いと思う。

ただ、考えてもらいたいのは、「モノの出来栄え」を競うということはそういう競争になるということである。
ある程度の大衆層に向けて売りたい場合はそういう競争に何の意味があるのだろうか?
ほとんど意味がないだろう。おそらくその「良さ」は大衆にはほとんど伝わらない。

例えば

「ユニクロよりもリペア加工箇所を3ヵ所増やしています」とか
「ユニクロよりもステッチ(縫い目)のピッチを細かくしています」とか
「ユニクロよりも激しい洗い加工を施してタテ落ち感をよりリアルに再現しました」とか

そういう「こだわり」はほとんど大衆には響かない。

「だから店頭販売価格が1万5000円になります」と説明したところで、大衆からすると「だったらユニクロの3990円で十分なんだけど」としか思えない。
ユニクロの商品の出来栄えがゴミ屑のようならそういう論法も通じるが、3990円という販売価格と照らし合わせると過剰品質であるくらいの出来栄えなのだから、大衆は「これで十分」と考える。

繰り返すがニッチなマニア層に向けた商品はこの限りではない。

しかし、ある程度の大量販売を狙うアパレル企業がこの手の競争をユニクロに挑むのは愚策である。
作り手が思っているほど、大衆にはその「こだわり」は伝わらないし、その「こだわり」に価値を見出さない。

そうではなくて、背景とかストーリーとかそういうものを語ることで競争しなくては勝ち目がない。

かといって、お涙頂戴の偽善臭漂うストーリーをデッチ上げるのも危険極まりないが、そういうところに着目する必要があるだろう。

商品の見え方や商品の製造方法での競争は、大衆向け商品においては、ユニクロにはもはや百貨店向けアパレルと言えども勝てなくなりつつある。それを自覚しないことにはさらに負け続けることになる。

(追記:某製造業者からご指摘があったので、補足しておきたい。ユニクロのこのジーンズの加工賃はそれほど高くないらしい。脇をほどいて穴をふさぐ必要がないからとのことである。脇をほどいて穴をふさぎ直すタイプのリペア加工なら加工賃は跳ね上がるが、そうでないならそこまで加工賃は上がらないとのことであり、ご指摘を感謝したい)










量産既製服は「作品」などではなくすべて「商品」である

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 アパレル・ファッション業界にはアートへの劣等感をこじらせたのか、やたらと「作品」と呼びたがるアートスト気取りの人がいて、苦笑・失笑・冷笑を禁じ得ない。

量産既製服は工業製品であり、すべからく「商品」である。

何をもって「作品」、「商品」と区別するのかは個人によって定義が異なるだろうが、すくなくとも量産工業品は「作品」ではないという部分は多くの人が共通している認識だろう。

洋服において「作品」たりえるのは、オートクチュールか、もしくは個人で独創的なオーダーを受けた場合くらいだと考えるのが正常な思考だろう。

こんな書き込みが流れてきて唖然としたことがあるのだが、

ブランドが卸売りをすれば「商品」だが、直営店で販売すれば「作品」だ

と。

え?何を言っているのかまるでわからない。
この論法で行くなら、ルイ・ヴィトンが心斎橋の交差点にある直営店で販売しているのは「作品」ということになる。
そのとなりのディーゼルの直営店も「作品」になるし、横断歩道を渡った対面にあるシャネルも「作品」を販売していることになる。

さらにいうなら、自社企画商品を直営店のみで販売しているユニクロとジーユーも作品になるし、H&MもZARAもGAPも作品になる。

どうしてそういう思考になるのか理解ができない。

アパレル・ファッション業界には芸術やらクリエイティブやらに劣等感を抱いている人がかなりいて、そういう人たちの多くが「作品」を作りたがる。

まあ、趣味でならいくらでも「作品」とやらを作ってもらって結構なのだが、仕事として「作品」作りに心血を注がれると困る。
アパレルビジネスは売れてナンボ、儲けてナンボだから、売れない・儲けられない「作品」は不要で、売れて儲かる「商品」が必要なのである。

もちろん、全ブランドがユニクロのように国内売上高8000億円を実現する必要はない。

例えば、社員10人が世間平均以上の給料を安定的にもらえる売上高が5億円なら、それを維持することが目的でもかまわない。

「売上高より利益」とは言われるが、売上高が100万円もなければいくら無駄を省いたところで手元に残る利益なんて雀の涙ほどになる。

売上高が100万円なのに利益は1000万円なんてことは絶対に実現不可能である。

だから最低限の売上高が確保できるような「売れる商品」作りが必要不可欠となる。

デザインには客観性、機能性の実現が求められるが、アートは主観のみで製作できる。
自分の主観丸出しで製作したければアートを目指すべきなのであり、その代わりにアートは売れないと覚悟を決めなくてはならない。
なぜなら、主観丸出しで機能性も考慮されていないような物体を欲しがる人間なんてそんなに存在しない。
売れる可能性は極めて低いということだ。

世のデザイナー、パタンナー、それを目指す専門学校生は履き違えていないか?

長年、5店舗ほどにしか卸売りをしていなくて、どうやって生計を立てているのかよく分からないブランドも業界には存在する。
しかしそういうブランドの多くは親や配偶者が資産家で、そこから資金が常時流入してくるから、そういう採算度外視の洋服を長年製作し続けられるのである。
これは「作品」「アート」に近いといえる。(全然、その「作品」は欲しくないけど)

親や配偶者が資産家でなければ、そういうことを許してくれる資産家をパトロン、パトロネージとして探さなくてはならない。

「作品」が作りたい人はぜひそういう努力をしてもらいたい。

ただ、長年「作品」作りをしてきたブランド主宰者が、ビジネスを語りだしたのなら、その主宰者は自分の置かれた立場をまるで理解していないということになる。
単なる金持ちの趣味の道楽だったということである。

「作品」を作ろうが「商品」を作ろうがそれは個人の自由だが、自分の置かれた立場を理解せずに、量産品従事者が「作品」を志向してみたり、「作品」を作ってきた人がビジネスを語ったりするのは滑稽だし、世間のミスリードを引き起こしてしまう。

このあたりがごちゃ混ぜになっていることもアパレル・ファッション業界の混迷が続く一因になっているのではないだろうか。





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